殿下、俺でいいんですか!?

神谷レイン

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殿下、どうしたんですか??

8 両親との会話

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 それからレオナルド殿下はノーベンさんと共に部屋を出て行き、俺はベッドの上で今日一日は療養する事にした。
 読みたかった薬草の本もあるし。

 だが、集中して読んでいたら時間はあっという間に過ぎて、いつの間にかお昼の時間になっていた。

 ……もうお昼か。厨房に行って、昼食を貰いに行こうかな。

 本を閉じて思った矢先。
 ドアがノックされ「はい」と返事をすると、料理をのせたカートを押して母さんが入ってきた。その後ろには父さんも。

「母さんに父さん!」
「調子はどう? セス」
「顔色は良さそうだな」

 二人は俺に近寄り、様子を覗った。

「うん。俺は大丈夫、今日は念の為に安静にしてるだけだから」

 俺が答えると二人はほっとした顔を見せた。

「昼食を持ってきたから、一緒に食事にしましょう?」

 母さんの言葉に俺は「うん」と答えた。

 母さんが部屋にあるテーブルに食事を並べてくれて、三人で久しぶりに食事をする。

 そして母さんとの話しで、レオナルド殿下が気を利かせて、俺達三人で昼食を取れるよう手配してくれたことを知った。
 きっと、昨日の事を聞けって事なんだろう。

 うーん、しかし気まで使える王子様ってすごいな。

 俺は改めて感心しながら、ひとまずは三人で楽しく昼食を食べた。
 昼食は母さんが作ってくれたもので、久しぶりの家庭の味に俺は少し興奮してしまった。
 城の料理人さんやレオナルド殿下がたまに作ってくれるご飯もおいしいけど、やっぱり母の味は格別だ。

 そして母さんのご飯をもりもりと食べた後、お団子をデザート代わりに出して、お茶でまったりした。
 そこでようやく俺は父さんに尋ねた。

「ねえ父さん、昨日の人たち、一体何だったの?」
「ああ、あれか……」

 父さんは呟き、渋い顔を見せながらも教えてくれた。

「実は、西国に行った時にユニコーンを違法に飼育している連中がいてな。セスも知ってるだろうが、ユニコーンの角や涙は希少性が高い、売れば高額で取引される。それを目的に奴らは劣悪な環境で、どこからか盗んだユニコーンを飼育していたんだ。本来なら保護施設で自由に生きるユニコーンをだ」
「もしかして、それを見つけてやっつけたの?」
「勿論だろ? ユニコーンを助けて、あいつらを役所に連行しようとした。だが『もう二度としない』って反省した様子で言ったから見逃したんだ。だが、俺の詰めが甘かった」

 父さんはプンプン怒りながら言った。でもそれは相手、というより自分に。

「そっか、そうだったんだ」
「お前を巻き込むことになって、すまなかった。セス」
「や、父さんのせいじゃないよ」

 けど、なるほどなぁ。だから商品を奪ったの、なんだの言っていたのか。
 でもユニコーンを盗んで飼育するなんて、彼らが悪い。ユニコーンは人に飼育できる生き物じゃない。父さんが見つけ出さなかったら、捕まっていたユニコーンは早々に死んでいたかもしれない。
 ユニコーンは繊細で束縛にとても弱い生き物だから。

「もしかして、あの角って助けたユニコーンから?」

 俺は父さんの荷物の中にユニコーンの角が入っていたことを思い出した。

「ああ、俺の目の前でぽろっと取れてな? どうやらちょうど生え変わりの時期だったらしいんだが、助けたユニコーンが持っていけって」
「そうだったんだ」

 ユニコーンの角は数年に一度生え変わる。ユニコーンの保護施設では、その生え変わって落ちた角を拾い、公平に売り捌いて施設の運営費にしていると聞く。

 でもユニコーン自身が持っていけと言っても、保護施設の人は許してくれたんだろうか?

 俺の素朴な疑問を読んだように父さんは答えてくれた。

「施設の人もユニコーンを助けてくれたお礼に持っていけって言ってくれたよ」
「そっか」

 俺はほっと胸を撫でおろす。ユニコーンの角は許可がないと持ち出せない物なのだ。父さんが犯罪者にならなくて良かった、と安心した。

「でもセスは災難だったわね。お父さんと間違われて」

 母さんは心配するように俺を見た。

「まあ、父さんと瓜二つだからね」
「何言ってんだ。セスの方がずっと可愛いぞ!」

 父さんはごく真面目に言ったが、そう思っているのは父さんだけだと思う。
 ここ最近は俺も歳とって、ますます父さんに似てきたからなぁ。俺はまじまじと父さんの顔を見て思う。

「全く、誘拐計画を立てたのはいいが、誘拐する相手を間違えるなんてお粗末すぎるぜ」

 父さんは呆れながら言い、俺は苦笑する。
 俺達の事を知らない人に、俺と父さんを間違えるなって言う方が難しいと思うけど。

「でもレオナルド殿下が助けに行ってくれたのでしょう? 頼もしい旦那様ね」

 母さんに言われて俺は少し頬を赤くする。レオナルド殿下を旦那様と言われるなんて、ちょっと照れくさい。

「う、うん……」
「リーナさん、俺もいたからね!? まあ、ほとんどあいつが倒しちまったけど。あいつの魔法……本当に恐ろしい」

 父さんは怯えるように言った。

 一体どんな魔法を使ったんだろう? それより、レオナルド殿下と父さんが最初にあの部屋に来たよな? もしかして二人で乗り込んだんだろうか?

「父さん、そう言えばレオナルド殿下と一緒に来たけど、もしかして二人で乗り込んできたの?」

 俺が尋ねると父さんは少し驚いた顔をした。

「なんだ? あいつから聞いてないのか?」

 俺が返事の代わりにこくりと頷くと、腕を組んで教えてくれた。

「ああ、ノーベンがレオナルドのところにお前が誘拐されたって言いに来てな。その後、どうやってかレオナルドはお前の居場所をすぐに見つけて、転移魔法を使ったんだ。俺はそれに便乗して……そうしたら寂れた家の前に着いて。あいつ、着くなり何の予告もなく風魔法で家をフッとばしやがったんだ」
「へ、へえぇ?」

 ふっ、フッとばした??
 穏やかじゃない話に俺は顔を少し引きつらせる。

「その後、家の中にいたやつらが何人か出てきたが、雷魔法で電気ショックを与えて動けなくして……テーブルの下に隠れていた女を見つけ出したと思ったら、セスのいるところまで案内させたんだ。……全く容赦なかったぜ。俺が止めなきゃ、主犯のあの男、レオナルドに八つ裂きにされてたかもな」

 父さんはしみじみと言い、俺はその言葉を否定できなかった。
 確かに父さんがレオナルド殿下を止めなかったら、あのおじさんに何をしたのかわからない。それぐらいレオナルド殿下は怒っていた。

 いや、でもレオナルド殿下がそんな怖い事するはずないよな? あんなに優しいし。ちょっと打撃を与えるぐらいの魔法を使おうとしていたのかも。……うん、そう言う事にしておこう。

 そう俺は自分に言い聞かす。でもあの冷然としたサファイアの瞳を思い出すと、何とも言えない。

「けれど仕事も放って、セスをいち早く助けに行くなんて……愛されてるのね、セス」

 母さんが生温かい目で俺を見てくる。

 恥ずかしいから、そう言う事は言わないでくれるかなッ?!

「う……そ、だね」

 俺は恥ずかしさを誤魔化すように三色団子を食べて、もぐもぐと咀嚼する。
 でも父さんは母さんの言葉に肯定的だった。

「そりゃそうだよ、リーナさん! うちのセスと結婚したんだ、一番に駆けつけるぐらいの男じゃなきゃ俺が許さないね!」

 父さんはふんっと鼻を鳴らして言った。

 許すも許さないもないんだけど……そもそも第三王子が直接俺を助けにくるっていいのだろうか? いや、まあ、レオナルド殿下は強いからいいのかもしれないけれど一応王子様だよ? 単身で乗り込んでくるって、普通は護衛に囲まれてないといけなかったのでは……。 今更だけど良かったのかな?

 俺はそんな事を思いながら、ごっくんっと団子を食べた。

 やっぱり二日目でもお団子は美味しい。また買いに行きたいなぁ。次は誘拐されないように気を付けなくちゃ。

 けれど、能天気に思っている俺に父さんは何気なく言った。

「あいつがセスを大事にしているのはわかった。でも……セス、お前は本当にあいつと結婚して幸せなのか? もしも、あいつに押し切られて結婚したのなら俺がっ」

 父さんはいつの間にか真剣な顔で言い、俺はそれを遮った。

「待って! 俺、押し切られてないから!」

 いや、押し切られたか?

 俺は思い出して、ん? と思うけれど、でもやっぱり結婚すると決めたのは俺の意志だ。

「俺がレオナルド殿下と結婚するって決めたんだ。……それに、その幸せ、だよ。レオナルド殿下と暮らすの。色々としてくれるし」

 両親の前で惚気なきゃいけないなんて恥ずかくて照れくさい。でもきっと今、言わないといけない事なんだ。俺が手紙で『結婚します』なんて簡単に済ませちゃったから。

「本当に? あいつと一緒にいたら自由もないだろう」
「俺、基本的に籠ってるからそこまで自由がなくても困らないよ。というか、今のところ住む場所が変わったぐらいだし、生活は前より快適だよ」

 家事洗濯、食事だって作らなくていい。家賃だってない。これで不満なんか言っていたら、バチが当たっちゃうよ。

 俺は一人そう思ったが、父さんはぐっと拳を握りしめ、何か思いつめているような表情をみせた。

「父さん? どうしたの?」

 俺が首を傾げて尋ねると父さんは俺をじっと見て、重い口を開いた。

「セス、正直に答えて欲しい。子供ができないかもしれないって思って、男であるレオナルドと結婚したんじゃないか?」

 父さんはそう俺に尋ねた。

 その目は真剣で、俺は今更わかってしまった。父さんが母さんと突然帰国したのは、俺の結婚についてではなく、この事を尋ねる為だったのだと。

 ……父さん、もしかしてずっとその事を気にかけて?

 父さんは時忘れの花粉を浴びて、不老になり、その対価として不妊になってしまった。そしてそれは俺に受け継がれている可能性がとても高い。
 俺は二十歳にもなるのに、髭もすね毛もないから。

 そして父さんは、自分の遺伝子を引き継いで不妊の可能性が高い俺が、と、ずっと思っていたのだろう。

 だって父さんの顔を見ていたらわかる。その瞳の奥には自責の念が渦巻いているから。でも父さんだって花粉を浴びたのは偶々で、不意の事だったはずだ。
 父さんが悪い訳じゃないのに。

「もしも、お前がそういう理由で結婚したなら、俺はお前に謝らないといけない。いや、そういう理由じゃなくたって俺のせいで」
「ちょ、ちょっと待って! 父さん!」

 俺は頭を下げようとする父さんに慌てて声をかけた。そして、俺は正直に答えた。どうしてレオナルド殿下と結婚したのか。

「父さん、確かに俺、レオナルド殿下と結婚するなんて思ってなかったよ。だって、俺にはもったいない人だからさ。……でも、レオナルド殿下が俺の事を好きだって言ってくれて……俺も、レオナルド殿下の事が好きなんだ」
「……セス」

 俺がハッキリと口にすると父さんは少し驚いたようだった。でも俺も、自分自身にびっくりだ。こんなにハッキリと“好き”って言葉を口に出せるなんて。

「だから、父さんの思うような事で結婚したんじゃないよ。そもそも不妊だからって男の人と結婚できないよ。レオナルド殿下だから……俺は」

 言った後で、じわじわと頬が熱くなっていく。
 こんな事、レオナルド殿下にも言った事がないのに。ああ! 恥ずかしいッ!!

「ともかく、そういう訳だから! あと俺、父さんと旅にも出られないからね!」

 俺が宣言すると、父さんははぁーっと大きくため息をついた。

「わかったよ。お前がそこまで言うなら……あいつは気に食わないけど、許すことにする」

 父さんはむすっとしながら、そう答えた。そして、そんな父さんに母さんはくすっと笑った。

「ウィルはいつかセスがこうやってレオナルド殿下に取られるかもって思って嫌っていたのよねぇ。まあ仕方ない事だから諦めなさい」

 母さんはふふっと笑って父さんを慰め、それから俺を見た。

「お父さんね、ずっとセスの事を気にしていたの。だから、セスが自分の意志で結婚したって聞けて良かったわ。セスはすっかりレオナルド殿下を愛しているのね」
「あ、あ、愛し!」

 そんな言葉を聞くなんて思っていなかった俺は、プシューッと顔から湯気を出した。母さんにそんな事を言われるとますます恥ずかしい。
 確かにレオナルド殿下の事は好きだけど、それを口にするのはまた別なのだ。

「あらあら、セスはまだ子供ねぇ。こんなことで恥ずかしがっちゃって」

 母さんはくすくすっと笑ったけれど、俺は頬の熱を冷ますことはできなかった。

「いいよ。まだ子供で!」

 俺は恥ずかしさから、ふいっと顔を背けて母さんに言った。
 けれど、“子供”というキーワードで俺は二人に言っておかなければいけないことを思い出す。

「あ、あのさ、父さん、母さん」

 俺は二人に声をかけた。二人は、何? と言いたげに俺の顔を見る。
 俺は、もしも来るかもしれない未来を予想して一応、二人に告げておいた。

「あの、あのね。……もしも、レオナルド殿下が子供が欲しくなったり、他に好きな人が出来たら、俺、別れるつもりだから。その時は怒らないであげて欲しいんだ」

 俺の思わぬ告白に二人は驚いた顔を見せた。だから俺は慌てて言葉を付け加えた。

「もしも! だからね? 不妊うんぬんの前に俺、男だから子供できないし。俺より綺麗な人はいっぱいいるからさ。だから……だからね? お願い」

 俺が頼むと、父さんは渋い顔をしながら「セスがそこまで言うなら、何も言わない。一発は殴るがな」と答えた。

「父さん!」
「一発で許されるなんて優しいもんだぞ。俺の大事な息子を預けてんだ。お前が許しても俺は許さない。けど、お前がどうしてもって言うから一発で納めてやるって言うんだ」

 父さんは憤慨するように言った。それが俺を思っての事だから、嬉しいやら困ったやらで。

「そうねぇ。私も怒っちゃうわね」

 思わぬことに母さんまでそんな事を言い始めた。

「え?! か、母さんまで!?」
「ええ」

 当たり前よ、とでも言いたげな母さん。

「ちょ、ちょっと~! 二人共、俺のお願い聞いてた?!」
「あら、聞いてるわよ。でも、そうならないようにしたいならレオナルド殿下と別れない事ね。まあ? レオナルド殿下の事ですから、自分からそんな理由で別れるなんてしないと思いますけど」

 母さんは断言するように俺に言った。
 俺だって、そんな未来が来て欲しいと思わない。でも万が一ってことがある。未だになんでレオナルド殿下が俺の事をこんなに好いてくれているのかわからないから。

「頑張って結婚生活するのね、セス」

 母さんはそう言ってにっこりと笑った。



 そして俺だけが気が付いていなかった。誰かがドアの前に立っていた事を……。

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