殿下、俺でいいんですか!?

神谷レイン

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殿下、どうしたんですか??

7 目が覚めて

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 翌日の早朝。まだ空が白み始めた頃。

「セス、恥ずかしがってないで出ておいで」

 レオナルド殿下はそう言って俺に声をかけた。でも俺は掛け布団を被ったまま出てこない。もうすっかり目は覚めているが、俺はどうしてもレオナルド殿下の顔を見れなかった。

 ……むうぅぅぅぅっ、ワタツギの実のせいとはいえ、あんな醜態! 恥ずかしいぃっ!!

 俺は昨日の自分の痴態を思い出して、布団の中に隠れていた。恥ずかしすぎて、レオナルド殿下の顔を見れない。
 でも、そんな俺を掛け布団の上からポンポンッと優しく撫でてくれる。

「セス、出てきて。セスの顔を見たいな?」

 レオナルド殿下に優しく言われて、俺は恥ずかしいけど観念して、顔をちょこっと出す。
 わかっているんだ、このままでいられない事は。でも、でも恥ずかしくって。

「あ、やっと顔を出してくれた。おはよう、セス」

 レオナルド殿下は目を細めて優しい笑顔を見せると、俺の頬にちゅっとキスをした。
 ぴょぴょんっと俺の胸が跳ねる、朝から俺の中の兎は元気いっぱいだ。ちょっと落ち着いて欲しい。

「あ、う……お、おはよう、ご、ざい、ます」
「うん、おはよう。体は何ともないかい?」
「……うん」
「そうか、よかった」

 レオナルド殿下はほっとしたように顔を緩めた。
 その顔を見たら、恥ずかしく思っているのが馬鹿らしく思えてきて、俺はのそっと掛け布団から這い出た。

「風呂に入って、一緒に朝食を取ろう。その後、お義父さんとリーナに顔を出そうね。心配しているだろうから」
「はい」
「あと、今日一日は休む事」
「え? でも俺、大丈夫ですよ?」

 俺はそう言ったけれどレオナルド殿下は許してくれなかった。

「本人が大丈夫だと思っていても、そうじゃない時もある。セスならわかるだろう? だから今日一日は休んで。私の為だと思って」
「……はい」

 俺が頷くと、レオナルド殿下は俺の頬を優しく撫でた。

「セスが無事で本当に良かったよ」

 自分の身をここまで案じられて、俺は胸の奥がむず痒くなる。

「レオナルド殿下が助けに来てくれたから……」

 でもそう言った後で、俺はレオナルド殿下にお礼を一つも言っていない事を思い出した。きっと仕事の最中だっただろうに、俺を助ける為に放り出して来たに違いない。

「あ、あの、昨日は助けに来てくれて、ありがとうございます! その……俺、言いそびれてて、ごめんなさい」

 俺が告げるとレオナルド殿下は「馬鹿だなぁ」と呟いて笑った。

「私がセスを助けに行くのは当然だろう? お礼なんていらないよ。ごめんなさい、もだ」
「でも、俺を助けに来てくれたし……あ! そうだ! 俺と一緒にいた騎士さんはあれからどうなったの!?」

 救護室に運ばれたと聞いたけど……。
 俺が尋ねるとレオナルド殿下は教えてくれた。

「大丈夫だよ、救護室に運ばれた後、昨日の夜にはもう目を覚ましたようだ。二人とも外傷はない……ただ、どうせセスの耳にも入るだろうから言っておくけれど、今日から二人共謹慎処分で自宅待機だ」
「謹慎! なんで!?」

 俺が声を上げると、レオナルド殿下は申し訳なさそうに俺に告げた。

「仕方ない事なんだよ、セス。彼らは護衛としてついていたのに、みすみすセスを連れ去られてしまったのだからね」
「そんな! 俺のせいでっ」

 俺が簡単に誘拐なんてされちゃったから。

「セスが落ち込むことないさ。これは仕方のない処分だ。……でも、セスがそうやって自分を責めるだろうから、彼らには一週間ほどの自宅謹慎にしている。本来なら減俸ものだけどね。今回の事は計画的犯行だったし」

 一週間の自宅謹慎。それならば、それほど悪くはないのかもしれない。
 俺はちょっとだけほっと胸を撫でおろし、そういえば、と思い出す。

「俺を誘拐した人たちは?」
「今は牢屋の中だ。詳しくはお義父さんに尋ねるといい」
「父さんに……」

 確かに今回の事は父さん絡みの話だ。父さんに聞くのが一番いいだろう、どうしてこんなことになったのか。

「他に聞きたいことはあるかな?」

 レオナルド殿下は首を傾げて俺に尋ねてきた。だから、俺はちょっと考えて、それからぼそぼそっと小さな声でお願いを言った。

「き……こと……れて」
「え?」

 レオナルド殿下は聞き取れなかったのか、俺に顔を寄せて尋ねてきた。

「あ、あの……昨日の、事は……忘れて。……俺、その、すごくヘン、だったから」

 俺は顔を真っ赤にしてレオナルド殿下に伝えた。
 昨日の俺はワタツギの実の効果で、レオナルド殿下に迫って強請って甘えた。最後にはレオナルド殿下に乗っかる始末。
 恥ずかしい、思い出すだけで顔から火が吹き出しそうになる。だから忘れて欲しかった、昨晩の事は。でもレオナルド殿下は驚いた顔をした後、にっこりと笑った。

「忘れないよ。昨日の事」
「ええ!? なんで」
「だって昨日のセス、とっても可愛かったから。また、あんな風におねだりしてくれてもいいんだよ?」
「お、お、おね、だりっ!!」

 それは俺にとってあまりに難しいお願いだ。

「私はいつだって甘えて欲しいよ。セスだけにはね」
「お、俺だけ?」
「そう、セスだけだよ」

 レオナルド殿下の瞳が俺をじっと見つめる。朝だっていうのに、なんだか怪しげな雰囲気になってきた。胸がドキドキする。

 もしかして……朝からまた?

 そう思う俺の頭を、レオナルド殿下はポンっと撫でてクスッと笑った。

「朝からその顔はいけないな」

 その顔? 俺、どんな顔をしてるんだろ?

 きょとんっと首を傾げると、レオナルド殿下は俺の唇にちゅっと掠めるようなキスをした。

「今はこれだけにしておくよ、セス。続きは夜にね?」

 レオナルド殿下は蠱惑的なサファイアの瞳で俺を見つめて言った。そしてベッドから下りると、ガウンを羽織って逞しい体を隠してしまった。

 しかし、レオナルド殿下は振り返って「セス?」と俺に声をかけた。
 俺がベッドの上でごろんっと倒れ、顔を両手で隠しているからだ。

 ……むきゅぅ、またノックダウンされた。 

 俺は胸がドキドキしながら、ちらりとレオナルド殿下を見た。レオナルド殿下は不思議そうな顔をしている。でもそんな顔も好きだと思ってしまう。

 ……ああ、俺。いつの間にかレオナルド殿下の事、すごく好きになってたんだな。

 俺は改めてそう自覚した。
















 それから二人でささっと朝風呂に入り、服を着替えた頃。
 ノーベンさんがレオナルド殿下を迎えに部屋にやってきた。

「セス君、無事でなによりです」

 俺を見て、すぐにノーベンさんはそう言った。どうやらノーベンさんにも心配をかけていたようだ。

「ご心配おかけしました。ノーベンさん」
「いえ……。それよりこれを」

 ノーベンさんは俺に紙袋を差し出した。それは昨日買ったお団子の紙袋だった。

 誘拐された時に失くしたと思っていたのに!

「これ!」
「昨日護衛をしていました騎士達が持って帰ってきたものです。セス君が買ったものだから渡して欲しいと頼まれましてね」
「ありがとうございます! あの、騎士さん達は大丈夫でしょうか」

 俺が尋ねるとノーベンさんはにこやかに笑った。

「大丈夫ですよ。それよりも二人共、申し訳なさそうにしていました」
「そんな……俺のせいで謹慎なのに」
「セス君が気にすることはないですよ。それに一週間後には戻ってきますから、その時に話しかけてやってください。それで十分です」

 ノーベンさんはそう俺に言った。
 俺にできる事なんて、確かにそれぐらいしかないだろう。謹慎を解いて欲しいと言っても、これは俺が口を出せる事じゃない。

「わかりました。あの、もし、騎士さん達に伝えることができるなら“俺も申し訳なかったです”って伝えておいてくれませんか? あとこれを持って来てくれて“ありがとう”って」

 俺がお願いするとノーベンさんは頷いてくれた。

「ええ、伝えてきましょう」

 ノーベンさんがそう言い終わった後、隣にいたレオナルド殿下はじっと俺の持っている紙袋に視線を向けた。何やら紙袋に描かれているお団子屋のマークを見ている。

「昨日、買いに出たのは、お団子を買いに行くためだったのかい?」
「レオナルド殿下、このお団子屋さんを知っているんですか?!」

 俺はレオナルド殿下が知っているとは思わず、ちょっと驚いた。だって下町のお団子屋さんだから、王族であるレオナルド殿下が知っているとは思わなかったんだ。
 騎士さん達も知らなかったみたいだし。

「まあね。町の事も知っておかなければ政務はできないから」

 そうレオナルド殿下はにこやかに笑って言った。

 なるほど! さすが、レオナルド殿下だ!

 俺は素直にそう納得した。まさかレオナルド殿下が俺の良く通っていた店へ調査に入っていたなんて知らずに。

「セスはお団子が好きなんだね?」
「はい! 父さんと母さんも好きで、それで買ってこようと思って……。あの、レオナルド殿下とノーベンさんにも買ってきてありますから、休憩の時にでも召し上がってください」

 俺がそう言うとノーベンさんは少し驚いた顔をした。

「私の分もですか?」
「はい……もしかしてお団子、嫌いですか?」
「いえ、そんな事はありませんよ。ありがたく頂きます」

 ノーベンさんは嬉しそうに答えた。買ってきて良かった。
 二日目なら、まだお団子もそう固くはなっていないだろう。お茶の時にでも出してもらおう、俺はそう思った。

 けれど不意にノーベンさんの手が俺に伸ばされた。

「セス君、肩に糸くずが」
「ッ!」

 俺はビクンッと体を揺らしてその場に固まってしまった。ノーベンさんの手が昨日、俺を捕まえた男と一瞬重なってしまって……。

「セス」
「セス君。すみません、驚かせてしまいましたね」

 レオナルド殿下は俺を心配そうに見て、ノーベンさんはすぐに手を引っ込めて謝った。そんな必要はないのに。

「あ、ち、違います! ごめんなさい! 俺、ちょっと驚いちゃって」

 俺が慌てて言うとレオナルド殿下は俺の肩を抱いた。

「セス、無理はよくない。昨日、あんなことがあったんだから……今日は部屋でゆっくりしておくんだ。いいね?」

 レオナルド殿下に言われて、俺は「はい」と大人しく答えた。

 どうやら俺は自分で思っていた以上に、昨日の事を精神的にちょっと引きずっているみたいだ。


 ……レオナルド殿下はこうやって触れられても大丈夫なのにな。今日は大人しく部屋で本でも読んでおくか。


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