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殿下、どうしたんですか??
5 助けが来ました
しおりを挟むドゴーーーーンッ! と上で何かが爆発するような音がして、ガタガタガタッと部屋が揺れた。
「なんだッ!?」
おじさんは声を上げ、慌てた顔を見せたが、俺はもしかして? と、すぐにある人物の顔が過った。
そして静まり返った後、少しして階段を降りてくる靴音が部屋の外に響く。
おじさんはさっきとは打って変わって不安そうな顔をして、壁に立てかけていた剣を取ると鞘を抜き、ドアを見つめた。
カツンッ。
靴音はこのドアの前でぴたりと止まると、ゆっくりとドアノブを回した。
そして、立て付けの悪いドアが軋みながら開くと、そこにはひったくりに遭ったと見せかけて俺を騙した女性が立っていた。
「お、お頭!」
その女性はおじさんに助けを求めるよう声を上げたが、その女性をドンッと押して、怒りに燃えた男が部屋に入ってきた。
その人を見て俺は目の縁に溜まっていた涙がぽろっと零れる。
「……レオナルド、殿下」
俺は安堵と共に名前を呼んだ。
でも、そこにはいつもの朗らかなレオナルド殿下はどこにもいなくて、その顔は険しく、怒りに満ちていた。
……レオナルド殿下、めちゃくちゃ怒ってる。
「お頭!」
女性はおじさんに駆け寄り、寄り添うように立つ。そして、おじさんはレオナルド殿下に剣を向けた。
「なんだ、お前は!」
おじさんは叫ぶように問いかけたが、レオナルド殿下は答えずに手を差し出して問答無用で攻撃魔法を使おうとした。
だが、そんなレオナルド殿下を後ろにいた人物が慌てて止めた。
「おい、ちょっと待て! お前、ここも上みたいに吹っ飛ばす気か!?」
そう声を上げて、止めたのは父さんだった。でも、おじさんは俺と父さんを見比べて、酷く驚いた顔をした。まあ、同じ顔の人間がもう一人いたら驚くだろう。
「な! どうして同じ顔がッ!」
「バーカ、お前の相手は俺だ。……あの時、見逃してやったのに、懲りてなかったみたいだな?」
父さんはズカズカッと入ってくるとおじさんの目の前に立った。剣先が父さんに向かう。あと数センチで父さんに触れそうなのに、父さんは恐れていなかった。
そして椅子に縛られた俺を見て、こめかみに青筋を立てた。
「うちのセスになんて事を……。もう次はないと言ったはずだ!」
父さんはそう言うと、ただパチンッと指を鳴らした。
「っ!」
途端におじさんは表情を失くし、剣も手放すと、脱力したようにその場に足を崩してパタリっと倒れ込んだ。
「しばらく悪夢にうなされてろ。この愚か者が!」
父さんは捨て台詞のように倒れたおじさんに言い、俺はそれを見て、父さんがお得意の幻影魔法を行使した事に気が付く。
幻影魔法は人に錯覚や幻覚を見せる精神魔法だ。
きっと父さんは以前このおじさんと対峙した時、復讐された時の保険で指を鳴らすだけで幻影にかかるように細工していたのだろう。それにおじさんは気が付かず、きっと今頃彷徨える悪夢の中だ。
でも当然何も知らない女性はおじさんが突然倒れたのを見て、悲鳴を上げた。
「キャアアアッ! お頭ーッ!」
女性はおじさんの体を揺さぶるが、おじさんは目を開けて倒れたままだ。そして父さんは女性に近づくと、にっこりと人の好さそうな顔で笑った。
「こうなりたくなかったら、大人しくしていられるな?」
父さんがおじさんを指さしながら言うと、恐怖した顔で女性はコクコクッと強く頷いた。そして女性は観念したように静かになった。
どうやら、あっさりと全て片が付いたようだ。
俺はその事がわかり、縛られたままほっと安堵の息を吐いた。
……よかったぁ。
「セスッ!」
でも安堵している俺の元にレオナルド殿下が、そして父さんもすぐ傍に来てくれた。
「殿下、父さん」
「セス、すぐに縄を解くからね」
「セス、今回は俺のせいですまなかったな。大丈夫か?」
「うん、大丈夫だよ」
そう俺が父さんに返事をすると、心配顔のレオナルド殿下は帯刀していた剣を抜いて、すぐに縄を切ってくれた。パラリッと縄が解け、床に落ちる。俺はようやく拘束が解けて、肩の力を抜いた。
「セス、大丈夫かい?」
レオナルド殿下は眉間に皺を寄せ、八の字に眉を下ろして俺に尋ねた。その顔を見ていたら、なんだかすごくほっとして、心から安心した。
ああ、もう大丈夫だって。
「大丈夫ですよ、殿下」
俺はそう答えて、元気な事を証明するように立ち上がろうとした。
けれど体は上手く動いてくれなくて、ふらりっと前のめりに倒れ込む。その体をレオナルド殿下が逞しい腕で支えてくれた。
「「セスッ!」」
レオナルド殿下と父さんがほとんど同時に叫んだ。
……あれ? 体がうまく動かない。……というか、ますます体が熱くなってきたっ。
「セス、本当に大丈夫なのか?」
「ん、大丈夫……はぁっ」
そう答えるけれど、体が熱くて、今度は全身がむず痒くなってきた。腹の奥もウズウズする。
そんな俺を見て、父さんはすぐに異変に気が付いた。
「セス、お前、何か飲まされたな?」
父さんに言われて、おじさんに飲まされたワタツギの実の液を思い出した。
二人が来てくれたことに安堵して、すっかり忘れていた……。
「この甘い匂い……セス、媚薬のワタツギの実を飲まされたな? どれくらい飲まされた?」
父さんは俺が答える前に俺の息からワタツギの実の独特な甘い香りを嗅ぎ取り、顔を顰めた。
「はぁ、はぁっ、い、いっぱい」
俺は段々息が乱れてきて、なんだか答えるのも難しくなってきた。体の奥に熱情が渦巻いてくる。
「あの野郎、なんてモンを……。すぐに解毒薬を飲ませる」
父さんはそう言いながらおじさんを睨んだが、すぐ肩に掛けている鞄から小さな瓶をいくつか取り出して、即興で薬を作り始めた。父さんが一流薬剤魔術師と言われる所以はこういった芸当にある。
俺はその華麗な調合作業を見ながら、緑色に染めあがった解毒薬を見つめた。
「ほら、これを飲め。体の疼きが多少なりと落ち着くはずだ」
父さんは小瓶に入っている解毒薬を俺の口に持って来て、ゆっくりと飲ませてくれた。
「んくっ……はぁっ」
苦い解毒薬を最後の一滴まで飲み干すと、確かに体の疼きが少し治まった。でも体がまだ熱い、服を全て脱ぎたい。
「セス……」
レオナルド殿下を見ると心配そうな顔で俺を見てる。
そんな心配そうな顔をしなくていいのに。
俺はぼんやりとする頭でレオナルド殿下を見つめ返した。
けれど、そこに遅れて多くの騎士さん達がやってきた。
「レオナルド殿下、こちらに!」
そうリーダーっぽい騎士さんがレオナルド殿下に言った。俺はその騎士さんを見て、ハッとする。
「あ、レオナルド、殿下! 俺、を護衛、してくれた騎士さんが!」
まだ道の上に倒れているかもしれない!
そう思って言ったのだが、レオナルド殿下は優しく笑ってくれた。
「彼は大丈夫だよ。今頃城の救護室にいるだろう」
レオナルド殿下の言葉に俺は何度目かの安堵をする。
催眠剤をかけられただけだから、外傷はないだろうけど……とりあえず無事で良かった。
俺はほっと息を吐く。
でもそんな折、レオナルド殿下にリーダーらしき騎士さんが再び声をかけた。
「お取込み中申し訳ありません、レオナルド殿下。上は一体何があったのですか? 多くの者が倒れていましたが……あと、あの者が誘拐犯でしょうか? どうか、ご指示を」
リーダーらしき騎士さんがレオナルド殿下に床に転がっているおじさんを指さしながら聞いた。
確かに、誰かがこの状況を説明する必要があるだろう。
「セス、こっちにおいで。殿下は忙しいみたいだ」
父さんはそう言って俺に手を差し伸べた。レオナルド殿下が俺を抱き支えているからだろう。
本当なら、俺は父さんの元に行かなければいけない。いつもの俺だったら素直に父さんの言う事を聞いていただろう。
でも、今はどうしてもレオナルド殿下の傍から離れたくなかった。
もう俺の安心できる場所はすっかり変わってしまったのだ。レオナルド殿下のこの胸の中に。
「ぃゃだ……っ」
俺はぷいっと顔を背けると、レオナルド殿下の首に腕を回して縋り寄った。
普段ならこんな子供っぽい事をしないのに、俺は薬のせいか少々気持ちに素直になっていた。そしてそんな俺を背をレオナルド殿下は優しく撫でてくれた。
まるで『大丈夫だ、離れないよ』と言うように。
「で、んか?」
俺が見上げると、レオナルド殿下は微笑んでくれた。そして真っすぐに父さんを見る。
「お義父さん、セスは私が連れて帰ります」
レオナルド殿下がそう言うと、父さんは少しの沈黙の後「ああ、その方がいいみたいだな」と寂し気に言って、俺に差し出した手を引っ込めた。
「彼らの指示は俺が出しておく。それでいいだろ?」
「はい。皆、ダンウィッカー氏に指示を仰ぐように」
レオナルド殿下が言うと騎士さん達は「ハッ!」と答えた。そして、レオナルド殿下は俺を抱えたまま立ち上がった。レオナルド殿下にかかれば軽々だ。
「セス、城に戻ろう」
レオナルド殿下は俺の耳元で囁くと、転移魔法を行使した。
床に魔法陣が浮かび上がり、青白く光る。
そんな中、父さんがレオナルド殿下に不服そうに声をかけた。
「レオナルド、セスはまだ完全に薬が抜けてない。次第に戻るだろうが、それまでお前が相手をしてやってくれ。その方が治りも早い……お前にしかできない事だ」
「はい、わかりました」
父さんは含んだ言い方をし、それにレオナルド殿下は返事をした。
そして、すぐに青白い光が俺とレオナルド殿下を包む。
ピカッ!
眩しさに一瞬目を瞑って、すぐに目を開ければ、そこは俺とレオナルド殿下の私室だった。
……ふぇ! これが転移魔法!
初めての転移魔法に俺は少し驚き、感動した。転移魔法は難しく、この国でも使えるのは数人の高等魔法なのだ。それをさらりと使いこなすレオナルド殿下。
すご……。
率直な感想を心の中で呟く、だけどレオナルド殿下は転移魔法を使っても表情一つ変えずベッドまで歩くと、そっと俺を下ろした。
カーテンが開いたままの窓の外はすっかり暗く、月明かりが俺達を照らした。
「セス、大丈夫かい?」
身を屈めて俺に聞いてくるレオナルド殿下。その瞳がまだ不安に揺れている。
「はい……大丈、夫です、よ」
そう答えたが本当は体に熱情が溜まっている。誰かに触りたくて、触られたくて堪らない。
そしてそんな俺の気持ちを見透かしたようにレオナルド殿下は俺に尋ねた。
「本当に?」
俺の頬を撫でて言い、その優しい手の感触が今の俺には過ぎた刺激になる。
「あっ、んんっ」
「お義父さんが言った通り、まだ薬が抜け切れていないみたいだね?」
レオナルド殿下は俺の頬から首筋をつつーっと撫で、俺はびくびくっと体を震わせた。感じちゃうから、そんな風に触らないで欲しい。
「んあぅ、レオナルド殿下ッ、だめっ、今の、俺、へんっ、だからっ」
「セスに変なところなんてないよ」
レオナルド殿下はそう言いながら、俺の額にキスを落としてくる。そんな事をされると、媚薬の効果が残っている体は勝手に期待しちゃう。
もっとして欲しいって。
「セス、私にどうして欲しい? 言って。何でもしてあげるから」
そんな事言わないで、変な事を言ってしまうから。そう思うのに、レオナルド殿下は俺の耳朶に柔らかな唇を押し付けて、低い声で誘うように俺に囁いた。
「セス、言ってごらん?」
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