殿下、俺でいいんですか!?

神谷レイン

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殿下、どうしたんですか??

4 誘拐事件発生!

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「ん……?」

 目をしばしばさせて開けると、なんでか身動きが取れないように縄で椅子に縛り付けられていた。

 しかも辺りを見渡せば、どこかの地下室みたいで少しカビ臭い。じめっとした匂いが辺りに漂っている。
 周りには誰もおらず、テーブルの上には灯った蝋燭が一本だけ。時計も窓もないから、今が何時なのかもわからない。

 ……どうして俺、椅子に縛り付けられてるんだ? それにココ、地下室? なんで、こんなところに??

 ぼんやりとする頭で考えるが、段々と意識がハッキリしてくると、自分の身に何が起こったのか思い出した。

 そうだ! 俺、何か知らない人達に誘拐されたんだ!

 俺は帰り道での出来事を思い出した。













 騎士さん達と和気あいあいと帰っている途中。
 人通りのない道を歩いていると「キャー!」という悲鳴が響いた。
 道の先、歩いていた女性がひったくりに遭ったのだ。

「誰か! ひったくりよー!」

 転んでいる女性が叫び、騎士さん達は視線を合わせる。だが、動かない。本来ならすぐに駆けて行くところだろうけれど、俺の護衛をしているからだ。
 その事にピンッと気が付いた俺はすぐに騎士さん達に言った。

「俺の事はいいから、あのひったくりを捕まえて!」

 俺の言葉に騎士さん達は視線で会話し、一人が「すぐに戻ってまいります!」と言ってひったくりに駆け走っていった。
 あまりの足の速さに俺は思わず、おぉ、さすが! と感心してしまう。けれど、俺はハッと我に返ってひったくりに遭った女性にすぐさま駆け寄った。

「大丈夫ですか?」

 俺が声をかけると女性は「ええ」と答えた。俺より少し年上の女の人。

「立ち上がれますか?」

 俺が手を差し伸べて言うと、女性は俺の方をちらりと見た。
 だかその表情を見て、俺は驚いた。

「え?」

 だって普通ならひったくりに遭って、困惑の表情を浮かべるところなのに、女性の口元はなぜか笑っていたから。
 でも驚く俺の前に騎士さんが庇うように出た。

「セス様ッ!」

 次の瞬間、女性はプシュッと何かの液を騎士さんに吹きかけた。
 途端、騎士さんはぐらっと体を傾けて、そのまま地面に片膝を付く。

「ぐっ!」

 なんとか堪えているみたいだが、騎士さんは今にも倒れそうだった。
 
 ……まさか毒をッ!?

「大丈夫ですか!? 一体何をっ!」

 俺は騎士さんに寄り添い、女性に叫んだが騎士さんは俺の体を制した。

「セス様、お逃げ下さい!」
「え、でもっ!」
「お早く! 狙いは貴方だっ!」

 騎士さんは強く言い、女性はゆらりと立ち上がった。

「強力な催眠剤なのに、よく意識を保っているわね。でも、もう無理よ」

 女性は屈んでいる騎士さんの体を蹴り倒した。吹きかけられた液のせいで、屈強な騎士さんは簡単に地面に倒れ込む。もう意識はない。

「止めろっ! 一体」

 なんなんだっ!? と俺が言おうとしたが、その前に後ろから誰かに羽交い絞めにされ、口に湿った布を当てられた。布には催眠効果がある薬の匂いがした。

 ……な、んで、こんなっ。

 俺はそう思いつつ瞼が勝手に落ち、女の笑みを見ながら意識を失った。









 ーーそして目を覚まして現在に至る。

 ……あの女性はひったくりに遭っても、笑ってた。つまりあれは演出だったって事だよな? 俺を誘拐する為の計画的犯行? 俺がレオナルド殿下の伴侶だから?

 俺はそう思った。それしか理由が思い当たらなかったから。
 けれど俺が誘拐された理由はそうじゃなかった。

「……おや、目が覚めたか?」

 ガチャッとドアが開いて現れたのは、胡散臭そうなおじさんだった。

「貴方は……?」

 見知らぬおじさんに俺は眉間に皺を寄せる。するとおじさんは憎らし気に俺を見た。

 なんで? 俺、会ったこともないのに。

「私の顔を覚えていないだと? 散々、お前に煮え湯を飲まされたというのに!」

 おじさんはそう言うと俺の髪をガシッと片手で掴んだ。強い力で掴まれて、痛いっ。引き散られそうだ。

「私の顔をよく見ろ」

 おじさんは顔をずいっと俺に近づけて言った。でも、そんな事されても俺はこの人を知らない。

「俺、あんたなんて知らないっ! 人違いだ!」
「そんな訳があるか! 本当に私を覚えていないというのか? 西国(さいこく)で私から商品を奪っておきながらッ!」

 そうおじさんは唾を飛ばしながら言った。西国と言うのは、このバーセル王国の西に位置する国の事だ。父さんが持って帰ってきたユニコーンの角も西国でとれる代物だ。

 ……もしかして、このおじさん。俺と父さんを間違えて?

 俺と父さんは瓜二つ。違いと言えば髪の長さと父さんの右目に泣きホクロだけ。
 俺達の事を知らなければ、間違えても仕方がない。

 でも、きっとこのおじさんにその事を言っても信じてくれないだろう。それ以前に、俺が父さんの息子だとわかったら、それはそれで何かされそうだ。
 父さんがこのおじさんに何をしたのか知らないけれど、おじさんはとても怒っている。

 ……父さん、一体何をしたんだ。

「復讐をする為にここまで追って、ようやく捕まえた。ただで帰れると思うな。……お前には痛い目を見てもらう」

 おじさんはそう言うと醜く笑った。蝋燭に照らされた顔が怖い。

 ……もしかして俺、殴られたり、拷問を受けるのか?

 考えると体が恐怖にカタカタッと震えそうになる。でも怖がっているところを見せたくなくて、必死にぐっと堪えた。
 だが、そんな俺の心の内を見透かすようにおじさんは楽しそうに俺を見る。

 ううぅーーっ! こっちを見るな、悪趣味おじさんっ!

「ふふ、物理的にお前を痛めつけてやってもいいが、それでは面白くない……。だからそんなお前に、これを用意した」

 おじさんはそう言って小さな小瓶をポケットから取り出し、それを俺に見せつけた。中には怪しすぎる紫の液体が入っている。

「……一体何の」
「これには催淫効果のあるワタツギの実がたっぷり絞られている。これで男を欲しがる身体にしてやる。男を咥えているお前を見たら、お前の嫁はどう思うかな?」

 おじさんは下卑た笑みを浮かべると小瓶の蓋を開けた。

 ワタツギの実は媚薬に使われている代物で、普通は飲料水に数滴たらせばいいと言われている。それをたっぷり、と言ったからには効果は計り知れない。
 今まで使った事も扱った事もないが、危険なことだけはわかる。

 飲んだら最後だ……。

 俺はぎゅっと固く口を閉じ、顔を背けた。でもおじさんは俺の顎を掴むと、正面に向けて俺の鼻をぎゅっと摘まんだ。

「さあ、いつまで息を止めてられるかな?」

 おじさんは俺を楽し気に見て言った。それは人を嬲るのに慣れている人間の顔だった。
 父さんがこのおじさんに何をしたかわからないけれど、絶対に父さんが間違ったことをしたとは思えなかった。こんな相手に。

「んー!」

 俺は顔を左右に振って、鼻を摘まんでいる手から逃れようとした。けれどおじさんはがっしりと俺の顎と鼻を摘まんで放さない。

「んんーっ!」

 暴れれば、暴れるほどドクドクドクッと心臓が次第に煩く鳴り出す。息が苦しくなってきた。息苦しさに顔が赤くなってくるのがわかる。

「そろそろ限界だろう? 大人しく口を開けたらどうだ?」

 その言葉に従いたくなかった。
 けれど……ギリギリ頑張ったけれど、もう息が持たなかった。体全身が酸素を欲する。

「ぷはぁっ! はぁっはぁっ! んぐぅっ!」

 口を開けて息をした途端、小瓶を口の中に突っ込まれた。

「さあ、たっぷり飲め」

 液体を押し込まれて、俺は息と共に嚥下してしまう。ワタツギの実の液はどろりと甘い味がして、喉に張り付くようだ。
 そして全ての液を俺に飲ませると、おじさんはようやく俺の口から突っ込んでいた小瓶を取り出した。

「ガハッ! ゲホゲホッ! はっはぁっはぁっ! ゲホッ!」

 俺は咳き込みながらできるだけ飲み込んでしまった液体を吐き出そうとする。けれど、そんなものは微々たるもので、ほとんど液体を身体に取り込んでしまった。

 ……くそっ、たくさん飲んじゃった。俺、どうなっちゃうんだっ。

 性的欲求が増進されるのは知っているが、それは知識としてだ。これから起こるであろう未知の症状に俺は不安を覚えた。
 そんな俺におじさんは不安を更に増長させる言葉を吐いた。

「しばらくすれば、自分の意志とは関係なく欲情し始めるだろう」

 おじさんは笑って俺に言い、俺はそんなおじさんを睨んだ。

「俺なんかを相手にする男なんかいないぞっ」

 俺がなけなしの勇気を振り絞って言った。だが、おじさんは鼻で笑った。

「残念ながら、ここにいる」

 そうおじさんはニタリと笑っていった。
 俺は「え?」と呟いた後、体の中から血の気が引く思いがした。

「私がお前の相手をしてやる。お前のような若い男を虐めるのは、きっと楽しいだろうからなぁ?」

 このおじさん、男もイケる人?! てか、このおじさんが俺の相手!? ぜ、絶対ヤダッ!!

 俺は気持ち悪さが体を占め、ぞぞぞっと悪寒がした。
 そして思い浮かぶのは、俺にいつでもどこでも触れてくるレオナルド殿下の姿。

 ……レオナルド殿下に触れられて、一度も嫌なんて思ったことないのに。このおじさんに触れられるかもって思うだけで気持ち悪い。

 吐き気すら感じてきた。レオナルド殿下の時は触られて嬉しいとさえ感じたのに。

 だが、薬は容赦なく俺の体をどんどん熱くしてきた。ワタツギの効果だ。
 俺はぐっと唇を噛み締めた。

 ……レオナルド殿下、帰りたいよっ。

 俺は泣きたい気分になり、実際目の縁に涙が溜まっていく。でもおじさんに泣いてるところなんか見せたくなくて、ぐっと堪える。
 でも涙は勝手に目の縁に溜まっていって、あともう少し。
 零れそうになった時、異変は起きたーーーー。

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