殿下、俺でいいんですか!?

神谷レイン

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殿下、どうしたんですか??

1 帰ってきた両親

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今日からまた始まります。
またまた続編ですが、楽しんでいただければと思います(汗)

 *********


 セシル様の一件から一ヶ月後。
 暑かった夏が終わり、日暮れが早くなって朝晩が少しだけ肌寒くなる季節。
 木々の葉が色づき始めた頃に、それは突然やってきたーーーー。



 秋の始め、暖かい陽気のある日の昼。

「レオナルド殿下!」

 レオナルドは従者のノーベンと共に渡り廊下を歩いているところ、後ろから呼びかけられて振り返った。そこには薬草園で作業していたのか、麦藁帽子を目深に被ったセスがいた。

 セスはレオナルドにとっとっとっと駆け寄ってきて、その姿に「セス君」とノーベンが思わず声をかける。しかし、駆け寄ってきたセスの行動にノーベンは驚くことになる。

「レオナルド殿下~ッ!」

 セスはそう言いながらレオナルドに近寄ると、手をぐっと握って拳を作り、何の前振りもなくレオナルドの顔めがけてグーパンチをお見舞いしてきた!

「セス君ッ!」

 まさか、セスがそんな事をするとは思っていなかったノーベンは本来レオナルドを守る立場にあっても見ているだけしかできなかった。

 しかし、心配ご無用。

 レオナルドは騎士ではないが騎士並みに強く、幼い頃に武術を体得している。当然、突然向かってきた拳を片手で軽くパシッと受け止めた。
 だが、それでもギギギッとセスの拳がレオナルドに向かおうと動く。

「どうして避けるんですか、レオナルド殿下。愛する俺の拳を受け取ってくれないんですか?」

 セスが尋ねるとレオナルドは困った顔で答えた。

「避けもしますよ。本物のセスからのパンチだったら別ですけどね」

 レオナルドが言うと、ノーベンはある事に気が付き、声を上げた。

「まさか!」

 ノーベンが呟いた瞬間。
 風がびゅうっと強く吹き、セスの被っていた麦藁帽子が彼方に飛んでいった。同時にはらりと肩まで伸びた長い茶髪が揺れ、緑の瞳がレオナルドを憎らし気に見る。その顔はセスそのものだった。
 変身魔法を使った形跡もない。
 しかし、その薬指にはレオナルドが贈った結婚指輪がなかった。

 この人物は……?

 その答えは麦藁帽子が飛んでいった先。
 足元にパサッと麦藁帽子が飛んできて、それを拾った女性が声を上げた。

「あら、ウィルってば何してるの?」

 その声を聞いて、隣にいたある人物も慌てた様子で叫んだ。

「ぅぎゃっ、父さんっ! 何してるのッ!」

 叫んだのはセス本人だった。そしてレオナルドはセスそっくりな彼ににっこりと微笑んだ。

「お久しぶりです、ダンウィッカー殿。いえ、今はお義父さんと呼んだ方がいいですか?」
「チッ、誰がお義父さんだ!」

 セスの父親、ウィル・ダンウィッカーは悪い顔で舌打ちし、そしてセスの隣に立つ母親リーナは「あらあら」と頬に手を当てて、困ったように呟いた。













 城の応接間。
 俺はそこで二人掛けのソファに座っていた。

「セスぅっ、会いたかったよぉ~っ!」
「……父さん、鬱陶しぃ」

 俺は隣でべったりとくっついてくる父さんの顔を押しのけて言う。でも俺の言葉に、父さんは人差し指同士をツンツンッとくっつけてイジけ始めた。

「セスが冷たい。折角久しぶりに会ったのにぃ。父さん、いじけちゃうぞ……ぐすんっ」

 泣きそうな顔で言われて俺はうぐっと口を歪める。

 ……ちょっと言い過ぎたかな。半年ぶりの再会だもんな。

 そう思った矢先、父さんの斜め前、一人掛けのソファに座る母さんがにっこりと笑って俺に言った。

「セス、気にすることないわよ。放っておきなさい?」
「ちょ、リーナさん!」
「久しぶりに会えたのはわかるけど、少しは落ち着いて、ウィル」
「うっ……はい」

 父さんは母さんに怒られ素直に返事をした。その様子はまるで叱られた息子のようだ。
 実際父さんの外見はすごく若い。今年五十歳になるが、その見た目は息子の俺とさほど変わりない。いや、変わりないって言うか、俺と父さんはほとんど瓜二つだ。俺達が双子だと言った方が、多くの人は納得するだろう。

 父さんと俺の違いって言ったら、髪の長さと父さんの目元に泣きホクロがあるぐらいだ。それぐらい、父さんは若くて俺に似ている。いや、俺が父さんに似ているのか?

 でも父さんの外見が若いのは、その昔、千年に一度咲くと言われているとても貴重な『時忘れの花』の花粉を全身に浴びてしまったからなのだ。

 『時忘れの花』は名の通り、花粉を浴びた時からまるで時を忘れたように人の老化を遅らせてしまう。昔は、時の権力者がこぞって欲しがったらしいけど……。
 だから父さんも花粉を浴びた十九歳の時から、ほとんど歳を取っていないらしい。俺が子供の頃から、父さんは父さんのままだ。

 でも一方、母さんは普通なので、年齢相応の外見をしている。皺もあるし、シミもある。普通のおばちゃんだ。本人にこれを言ったら怒られるけど。
 なので父さんと母さんが並んでいると、パッと見は親子のよう。まあ、俺は生まれた時からこうなので違和感なんてないんだけど。

 ちなみに元々ウィギー薬長の前任だった父さんは、今、各国を練り歩いて、新しい薬草や薬の材料になるものを探す旅をしている。母さんはそれに付き添い、二人旅だ。
 だからか、俺よりいい感じに肌が少し小麦色に焼けている。

 二人共、会わない間にまた逞しくなったような気がするなぁ。俺も肌、焼いてみようかな……?

 俺はなよっちぃ自分の白い肌を見つめつつ、用意されたお茶をこくりと飲んだ。

「しかし、お久しぶりですね。お二人共元気そうで何よりです」

 俺の向かいのソファに座っていたレオナルド殿下が父さんと母さんに声をかけた。しかし父さんはむすっと不機嫌な顔だ。

「なーにが、お久しぶりだ!! うちの可愛いセスを誑かしやがって!」
「そんな、誑かしたなんて」

 ついこの前、どっかで似たようなやり取りを聞いたな。と思いながら、俺はレオナルド殿下の援護に入る。

「そうだよ。誑かしたなんて……」

 と言いかけて、ふと、レオナルド殿下の今までを思い出す。

 ……この前お膝の上プレイさせられたし、結婚だって本当は俺を選んだって言っていたよな? あれ? これって誑かされたって言うのか??

 俺は思わず黙ってしまい、鬼の首を獲ったかの如く父さんはフンッと鼻を鳴らした。

「ほーらな! セスだって否定できないじゃないか!」

 父さんは、そら見ろ! とでも言うように、レオナルド殿下に言った。そんな父さんに慌てて俺は声をかける。

「父さん、違うよっ。ちょっと、その、考えてて」

 俺は慌ててフォローに入るが父さんは俺の顔をじっと見て、肩をガシッと掴んだ。その手があまりに力強くて、ちょっと痛ぃ。

「セス、ちゃんと言いなさい。この色気垂れ流し男に騙されて結婚したんだろっ?!」
「色気垂れ流し男って……」

 ……まあ、間違ってないけど。レオナルド殿下、色気あるもんな。いや、しかし第三王子にその言葉使いはどうなの。

「それに、こんな悪趣味な結婚指輪までさせられて!」

 父さんは俺の左手を掴んで言った。そこには結婚した時にレオナルド殿下から贈られた指輪がある。父さんは悪趣味だと言ったけど、銀の質素な結婚指輪だ。
 俺の好みにレオナルド殿下が選んでくれたらしい。ゴテゴテの派手な指輪だったらつけてなかったけど、これなら、と付けている。

 だから、させられた覚えはない。確かに『肌身離さず付けていてくれると嬉しいな』とは言われたけれど……。

 なんて俺が思っていると、父さんはギロッとレオナルド殿下を睨んだ。

「昔からお前の事は気に食わなかったんだ。うちのセスに色目を使いやがって……。お前の事だ、どうせ陛下を脅して同性婚を作って、うちの優しいセスを騙して結婚したんだろ!」
「いやだなぁ、そんなことするわけないじゃないですか」

 父さんが言うとレオナルド殿下はすぐに否定した。でも、そんなレオナルド殿下を父さんは疑いの目で見る。

「すぐ答えるところが怪しいな……。やっぱり、お前にセスはやれん!」

 いや、やれんって……俺、もうレオナルド殿下と結婚してるんですけど。

 そんな俺の気持ちはさておき。

「お義父さん!」

 なんてレオナルド殿下が言うから、父さんはとうとう席を立ってレオナルド殿下に向かって指をさした。

「ええい! お前にお義父さんと呼ばれる筋合いはないッ!」

 ドラマチックな展開が目の前で広げられ。

 ……俺は一体、何を見せられているのだろうか。

 呆れつつそんな事を思うが、父さんが俺を本当に大切に思っているのを知っているから何も言えなかった。

 ……父さん、俺に激甘だからなぁ。

 息子の俺が自覚するほど、父さんは俺に甘くて、べったりだ。

 その理由は明快。
 俺は父さんと母さんが結婚して十年目にして、奇跡的に授かった子だからだ。

 実は『時忘れの花』は不老になり若さを保つが、代わりに不妊になってしまう副作用がある。そのせいで子供を持てないと思った父さんは、母さんとも別れようとした時もあったらしい。まあ母さんが断固拒否したらしいけど。

 そして母さんの熱意に折れた父さんはほどなくして結婚し、十年ほど二人きりで楽しく暮らしていた。

 でもある日。
 何の拍子か、ぽっと俺が母さんのお腹に宿り、俺が無事に生まれた時、父さんは泣いて喜んだそうだ。

 おかげで父さんは昔から俺に甘く、仕事が忙しくてもいつも構ってもらえた。遊びにもよく連れていってもらったし、勉強も見てもらった。悪いことをしたら勿論怒られたけど。
 他の父親よりも過分な愛を受け取った自覚がある。

 そして、それは現在進行形だ。

 ……やっぱり、父さんに手紙で『結婚します』って報告するのはダメだったかな。でも父さんって昔から、なぜかレオナルド殿下を毛嫌いしてるから反対されそうだったし……。それにしても、父さんはなんでレオナルド殿下を嫌ってるんだろ??

「とにかく、お前とセスの結婚は認められないからな! わかったかッ!」
「お義父さん、ちょっと落ち着いてください」
「ええい! だから俺をお義父さんと」

 父さんがそう言った時、母さんが静かに口を開いた。

「ウィル、ちょっと落ち着いて」
「リーナさん! 落ち着いてられないよ! うちのセスがこんな腹黒王子の手籠めにッ!」

 そう言いかけると母さんはにっこりと笑って父さんを見た。

「ウィル、聞こえなかった? 落ち着いて、ソファに座って」

 母さんが本気で怒る一歩手前の声色を出し、父さんは「はい!」と言ってソファに再び座った。母さんが怒ると、そりゃ怖いんだ。おかげで俺も背中がぞくっとしちゃった。
 そして父さんは二つ年上な母さんにぞっこんラブで、立場が弱い。

「まあ、どういう経緯で結婚したかはセスからの手紙で読みました。セス、確認するけれど、自分の意志でレオナルド殿下と結婚すると決めたのよね?」

 母さんは俺に尋ね、俺はこくりと頷いた。

「うん、そうだよ」

 はっきりと答える俺に母さんは更に問いかけてきた。

「セス、レオナルド殿下と結婚して幸せ?」

 母さんに尋ねられて、俺は思わず顔を赤くする。こんなことを両親に言うのは何となく恥ずかしいけれど、父さんと母さんにはちゃんと言わないといけないだろう。
 王妃様に言うにはサラッと答えられたのに、照れくさいな。

「う、うん……俺、幸せだよっ」

 俺が答えると母さんは優しく微笑み、そして父さんは「セス……」と少し寂しそうな顔を見せた。だが、その一方でレオナルド殿下は嬉しそうだ。あ、父さんが睨んでる。

「なら、いいのよ。むしろ、貴方はちょっとぽやんっとしているから、レオナルド殿下ぐらいしっかりした方と結婚して良かったわ」

 母さんはふふっと笑って言った。だが、それは心外だ。

「ちょ、母さん、俺、ぽやんっとなんてしてないよ! むしろ、それは母さんでしょ?」
「あら、私はしっかりしてるわよぉ」
「ぽやんっとしている本人は大体そう言うんだ」

 俺はそう母さんに言ったが、父さんとレオナルド殿下の二人の視線がちらりと俺に向かう。

 ……なんだ??

「それより、セス。最近、どうなの? ちゃんと生活している?」

 母さんに聞かれて俺は口を尖らせる。

「ちゃんと生活してるよ。俺、もう二十歳なんだからね?」
「本当かしら? レオナルド殿下がいるとわかっていても、なんだか心配ねぇ」
「もう子供じゃないんだから大丈夫だよ! それより母さんたちの旅の話を聞かせてよ」

 俺が母さんに尋ねると、くすっと笑って答えた。

「それはお父さんに聞いた方がいいかもしれないわね」

 父さんに? と思って視線を向けると、父さんはいじいじとまたイジけていた。

「二人で楽しく話しちゃって、俺なんかどーでもいいんだぁ。しくしくしくっ」

 どうやら母さんと楽しく話していた事に嫉妬したようだ。父さんは膝を抱え、しゅんっとソファのひじ掛けに人差し指で円を描いていた。

 うーん、面倒くさ……いや、さみしがり屋だなぁ。

 俺は心の中で言い直し、父さんに声をかける。このまま放っておくと、機嫌を治すまで時間がかかる事を知っているから。

「父さん、そんな事ないよ! 俺も父さんから話を聞きたいなぁ~。色々な国を回ってきたんでしょ?」

 俺が声をかけると父さんはがばっと顔を上げた。

「聞きたいか?!」
「うん」
「そうかそうか、じゃあ、まずはノース王国での話をしようかな!」

 父さんはもう早速乗り気で俺に話始めた。
 これは長くなるぞ。と思ったが、そんな父さんを止めたのは、やはり母さんだった。

「ウィル、話はまた明日にしましょう。レオナルド殿下もセスも、まだ仕事の途中でしょうし、私達も夕方には予定があるでしょう? それに数日滞在するのだから。ね?」

 母さんに言われて父さんはうぐぐっと口を歪めたが「わかった」と答えた。

 そしてその後、レオナルド殿下が手配してくれて城の客間に泊まる事になった。
 町中にはダンウィッカー家の小さな持ち家があるのだが、長期留守にするので今は人に貸している。なので二人は町の宿屋に泊まる予定だった。
 しかし、それを聞いたレオナルド殿下が二人を引き留めてくれた。

「折角、帰ってきたのですから、こちらでゆっくりしていってください」って。

 俺の家族と言えども、城に泊まる事ができるなんて他国の国賓ぐらいだ。
 なので、ええ!? それは申し訳ない! と思ったが、俺の気持ちを察したレオナルド殿下は「セスが気にすることなんてないよ」と言ってくれた。

 ……なんて優しい旦那様だ。

 でも父さんは「フンッ、こんなことで騙されないからなッ!」と言っていたが。素直じゃないなぁ。

 そう思いつつも俺とレオナルド殿下は、その後、父さんと母さんが従者のノーベンさんに連れられて客間に行くのを見送った。

 父さんと母さんは予定があるから、また会うのは明日になるみたい。明日、楽しみだなぁー!

 息子として父さんと母さんと会えるのは、やはり嬉しい。

 あ、薬科室に戻ったら、ウィギー薬長にも父さん達が帰ってきたって教えよう!

 俺はウキウキしながら思った。けれど、不意に隣に立つレオナルド殿下を見ると少しだけ険しい顔をしている。

 なんでだろう? 母さんって元レオナルド殿下の乳母だから、話すの緊張するのかな?

 俺はレオナルド殿下を見て思った。
 実は客間に行く前に、母さんがレオナルド殿下に笑顔で言ったのだ。

『レオナルド殿下、明日はゆっくりお話しましょうね?』

 その言葉にレオナルド殿下は珍しくやや緊張した面持ちで『はい』と答えていた。

 母さんに何か怒られるとでも思ってるのかな? でも、母さんに怒ってる素振りはなかったけど……。

 俺はそう思ったけれど、険しいままのレオナルド殿下がちょっと居た堪れなくて、そっとレオナルド殿下の手を握った。

「!」

 レオナルド殿下がハッと俺を見る。

「レオナルド殿下、大丈夫ですよ?」

 俺が声をかけると、レオナルド殿下はようやくいつもの優しい顔に戻ってくれた。

「ああ、そうだね。セス」

 レオナルド殿下はそう言うと、にこっと笑ってくれた。

 ……いつものレオナルド殿下だ。

 俺はほっと安堵した。




 でも、俺はわかっていなかった。どうして両親が国に戻ってきたのか。

 てっきり、俺が勝手に結婚したからだと思っていたのに……それは大きな勘違いだった。





 ***********

 今日から九月ですね~。早いな~。
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