殿下、俺でいいんですか!?

神谷レイン

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殿下、何してるんですか!?

9 治すって、そういう意味じゃない!

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 俺は思わず目を見開いて、パチパチッと目を瞬かせる。

 頭にあるぴくぴくっと動く獣の耳、お尻から生えたうねうね動く尻尾。そして俺と年の変わらなかったセシル様は縮んで、十歳の少年に変わっていた!

「ううええぇえええっ!?」

 俺、体の力を抜く事しかしてないけど!? 耳とか尻尾とか生やしてないし、なんで少年になってるのっ!?……俺、なにかやっちゃった!?

 と思ったが、小さくなったセシル様はびええええーーんっと高い声で泣いて俺に謝った。

「あぁぁんんっ、ごめんなさぁぁいいっ、ぼくっぼくっ、傷つけるつもりじゃなかったのおぉーー! ごめんなさぁいいっ! わぁぁんっ!」

 セシル様は床にぺちゃっと張り付いたまま、泣きじゃくった。床に涙が溜まっていく。
 そしてその姿を見て、俺はハッと思い出した。ずっと忘れていた事を。

 ……そうだ、忘れてた! ノース王国の末王子はまだ十歳の黒豹の獣人だったッ!!

 その真実に気が付き、俺は今までの違和感の謎がすっかり解けた。

 見た目に反して、俺宛ての呪いの手紙の文字が拙いところ、やることがどこか妙に幼いところ、自分の気持ちにここまで正直なところ……全部、子供だからだ。

 つまり、レオナルド殿下が大きくなったらって、歳を取ったらって事?

 俺は呆気に取られていたが、セシル様は三人の従者に抱きかかえられて必死に慰められている。最初は多いと思っていた従者も、十歳の子供なら従者も三人つくはずだ、と今では納得できる。

「あああーんっ、ごめんなさぁぁいいっっ」

 セシル様はよっぽど怒った俺が怖かったのか、ビービー泣いている。それはもう手も付けられないほど。

 ぶかぶかの服を纏って小さな子供が泣いている姿を見ていると、段々居た堪れなくなってきた。というか、罪悪感が……。体の力はすぐに戻ると思うけど、ちょっとやり過ぎちゃったかな? いや、十歳の子供にはやり過ぎたよな。どうしようっ……!!

 俺はおろおろとし始めたが、そんな俺の肩をぽんっとレオナルド殿下が叩いた。俺が振り返るとレオナルド殿下は少し困ったように笑っていた。
 そして、すぐに俺の手を怪我をしていない方の手で握ると従者達に言った。

「私達がいてはセシル様も落ち着かれないでしょうから、一旦失礼します。……今回の事はお互い不問という事でいいですね?」

 レオナルド殿下がまだ血の付いている右手をちらつかせると、従者達は頷いた。それを見て、レオナルド殿下は俺の手を引いて「戻ろう」と言った。

 俺はレオナルド殿下に引かれて、来た時と同じように部屋を出て行った。












 それから俺達は自室に戻ったのだがーーーー。

「レオナルド殿下、俺、やりすぎちゃったんじゃっ」

 心配になって言うと、レオナルド殿下は「大丈夫だよ」と俺の頭を優しく撫でた。

「それより、私の手を治療してくれないか?」

 切られた右手を見せて俺に言った。
 皮膚は繋がって治っているが、まだ内部は痛むのだろう。

「勿論です! 先に手を洗って血を落としてきてください。俺、準備しておきますから」

 俺が言うとレオナルド殿下は「ちょっと待ってて」と言って部屋を出て行った。手を洗いに行くのだろう、俺はその間に仕事鞄から包帯やら薬草やらを取り出した。
 それからレオナルド殿下が部屋に戻ってきて、俺達はベッドの上で向かい合って座った。

「レオナルド殿下、ナイフの前に出ちゃダメですよ」

 俺はそう言いながらレオナルド殿下の右手に治りが良くなる薬草を貼り、包帯を巻く。
 レオナルド殿下にナイフが向けられた時、ひやっとした。

「切られるつもりはなかったんだけどね」
「俺……本当にびっくりしたんですから」

 切られた時の事を思い出すと、胸が痛い。自分が切られたみたいに。

「すまない、セス」

 レオナルド殿下は俺の頬を撫でながら謝った。いつもは凛々しい眉毛が八の字になっている。そんな表情をされたら怒れない。

「今度からは気を付けて下さいね」

 俺は包帯を巻き終え、レオナルド殿下は「ああ」と答えた。そんなレオナルド殿下に俺はぽつりと尋ねる。

「あのレオナルド殿下。……セシル様、本当に大丈夫ですかね? 俺、やりすぎちゃいましたよね、きっと」
「いや、あの子にはあれぐらいがちょうどよかっただろう」

 レオナルド殿下は意外にあっさりと言い放つと、その理由を教えてくれた。

「セスも見ただろう? あの子が半獣なところを」
「はい」

 人でありながら一部は獣だった姿を思い出す。

「ノース王国では、魔力が高いとどちらの姿も保てないとされている。実際セシル様は魔力が高い。あの変身魔法も魔力が高いから出来た事だ。おかげで将来を期待されている。……だが、そのせいで皆が甘やかしているんだ」

 レオナルド殿下の言葉に俺はセシル様のわがままプリンスぶりを思い出し「あー」と納得する。

「なんでも自分の思う通りになると思っている。……今回の事はあの子にとってはいい薬になっただろう。さすが薬剤魔術師だ」

 レオナルド殿下はふっと笑って言った。

 まあ、確かにいい薬にはなったかもしれない。……でもぉ。

「大丈夫ですかねぇ」

 あんなに泣いてたけど……。俺、やりすぎちゃったんじゃないかな?

 俺はやっぱり心配になる。でもそんな俺にレオナルド殿下は「セスは優しいな」と言った。

「……俺は別に優しくないですよ。……それより」

 言いかけた俺にレオナルド殿下は「なんだい?」と問い返した。

「あの、どうしてセシル様はレオナルド殿下の事を?」

 いや、まあ、レオナルド殿下なら老若男女問わず誰にだって好かれると思うけど。でも、どこでセシル様に好かれたんだろう? 相手は他国の王子なのに。
 その疑問が胸に残っていた。

「ああ、それはね。去年、私がノース王国に行った時に遊び相手になってね、どうやらそこで惚れられてしまったみたいなんだ。さすがに小さな子の求婚を足蹴にできなくて、ああやって答えてしまったんだが……今度からは気をつけるよ」

 レオナルド殿下は申し訳なさそうに俺に告げた。

 レオナルド殿下が誰にでもモテてしまうのはしかたないが、あんな小さな子も恋に落とすとは……さすが魔性の男!

 俺は改めてレオナルド殿下のモテ力に感心してしまった。

「……今度からは気を付けて下さいね」
「ああ、わかってる。……ところでセス」

 レオナルド殿下は俺の腰を掴み、ぐいっと自分の方に抱き寄せ、じっと俺を見る。

「はい?」

 なんでしょう? 治療も聞きたいことも、もう終わりましたけども?

 俺が首を傾げて尋ねるとレオナルド殿下は微笑みながら俺に尋ねた。

「私の事を大切な人って思ってくれているの?」
「へ?」

 そんな事を聞かれると思っていなかった俺は驚いた。

「あの子に向かって言っていただろう? 俺の大切な人を傷つけたって……私の為に怒ってくれた」
「あ、あれは!」

 俺は怒りでほとんど無意識に喋っていたから、改めて言われるとなんだか恥ずかしかった。

「その……忘れて下さい。恥ずかしい事を言いました」

 俺は照れくさくてレオナルド殿下から離れようとした。けれど、レオナルド殿下は俺をがっしり捕まえていて離さない。

「セス、嬉しいよ。私が無理やり迫って結婚したようなものなのに、私の事をそう思ってくれて」

 レオナルド殿下は本当に嬉し気に呟き、俺の手を恭しく取るとその手の甲にキスをした。その仕草に俺はドキマギしてしまって、目を逸らす。でも、そんな俺の指先をレオナルド殿下はがじっと甘く噛んだ。その刺激に視線を戻すと、サファイアの瞳が俺を見ていた。

「セス、もう一度言ってくれないか?」
「え?」
「私がセスにとってどういう存在なのか」

 レオナルド殿下に言われて、俺は頬を少し熱くする。でも、言うまで離してくれなさそうだ。言わなくなって、わかっているだろうに。

「セス」

 催促されるように名前を呼ばれ、俺はどうしたものか、と考えたが、ええいっ! と勢いのまま身を動かした。

「んっ!」

 レオナルド殿下は俺に口を塞がれて、小さく驚きの声を上げた。俺がぶちゅっとキスしたからだ。でも俺はすぐに体を離してレオナルド殿下を見た。

「これが答えです。……俺、好きでもない人とこんなことできませんから!」

 俺の一生懸命の答えにレオナルド殿下は驚いた顔をして、真っ赤な顔の俺をまじまじと見た。

 む? なにか文句でもあるのか? これ以上の答えは言えないぞ。

 むぎゅっと口を閉じて目で訴えるとレオナルド殿下は俯いて、胸を抑えた。しかも何も答えない。黙ったままだ。

「……殿下?」

 不安になった俺が尋ねるとレオナルド殿下は胸を抑えたまま小さく呟いた。

「セス、胸が痛い」
「えッ?!」

 突然の事に驚き、俺は声を上げた。

「胸が痛いんですか?! どんな風に? 横になりますかっ?!」

 俺は慌てて尋ねたけれど、レオナルド殿下は首を横に振り、そして俯いた顔を上げて俺を見た。その瞳は細まり、嬉しそうに俺を見ていた。

「セスを想うと胸がいつも痛んだ。心がぎゅっと締め付けられる」

 それは、愛してると同じ意味を持っていた。

「でもセスにしか治せない。これからもずっと治してくれる?」

 レオナルド殿下は優しい目をして俺に尋ねた。

 そんなの決まっているのに。……なんでこの人はこう、恥ずかしい事を聞いてくるかな。もうっ!

「俺は薬剤魔術師ですし、俺達は夫夫なんですから……治して差し上げますよ。何度でも!」

 俺は恥ずかしながら答え、俺の言葉にレオナルド殿下は満足そうに笑った。

「ああ、セス! 大好きだよ!」

 レオナルド殿下は言いながら、ガバリッと俺に覆いかぶさってきた。二人共ベッドに倒れ込む。ぐわんぐわんっとベッドが揺れる。
 レオナルド殿下の重みと体温、そして香りに俺はついついうっとりしそうになった。

 だが……倒れ込んだまでは良かったが、何かが太ももに当たっている。

 なんだろう、太ももに当たっているモノは。まだ明るい午後ですヨ??

 だが、その太ももに当たっているモノをレオナルド殿下はすりすりと俺に擦りつけてきた。

「で、デンカ?」

 俺が顔を引きつらせながら尋ねると、ちゅっとキスされた。

「セス、ベッドの上では殿下はなしだ」
「いや、でも……その、太ももに」

 当たっているんですけど、殿下のナニかが。すごく元気になっているナニかがッ!!

「セス、治してくれるって言ったよね? 早速、腫れてるところを治して欲しいな?」

 レオナルド殿下の指先があやしく俺の頬をすりっと撫でる。

「いや、それは腫れというか……」

 勃っていらっしゃる、というのですけれど。

「セス、いいよね? そういえば明日は休みだったね?」
「え、でも、まだ明るいしぃ……」

 俺がずーりっずーりっとベッドの上を逃れるように動くとレオナルド殿下はがしっと俺の腰を掴んだ。

 ひえぇっ!!

「セス、逃がさないよ?」

 レオナルド殿下の瞳がキランッと獰猛に光っていた。




 いや、治すって言ったけど……そっちじゃなーーーーーーい! ぁぎゃーーっ!


 その日、俺はぺろっとまるっとレオナルド殿下にまたも食べられてしまったのだった。
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