殿下、俺でいいんですか!?

神谷レイン

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殿下、何してるんですか!?

8 怒り

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 翌日の午後。
 休みだった俺はレオナルド殿下と共に王宮の廊下を歩いていた。というか、レオナルド殿下に手を引かれながら歩いていた。

「あの……本当に行くんですか?」
「ああ、勿論。昨日、約束しただろう?」
「そうですけど……」

 俺は答えながら気が重かった。何せ、俺達が向かっている場所はセシル様が泊っている来客室なのだ。
 なぜ、そんなところに向かっているかと言うと、レオナルド殿下が昨日俺にした約束を果たそうとしてくれているからだ。

 ……何も起こらないと良いのだけれど。

 俺はうーん、と思いながらもレオナルド殿下に連れられて、早々にセシル様の部屋に辿り着いてしまった。
 レオナルド殿下はノックをすると「セシル様、いらっしゃいますか」と声をかけた。レオナルド殿下は先触れを出しておいたのか、セシル様の従者の一人がドアを開けた。

「お待ちしておりました、レオナルド様」

 そう恭しく迎え入れてくれた。でも俺まで来るとは知らなかったのか、従者は少し驚いた顔をした。けれどレオナルド殿下は気にせずに俺の手を引いて一緒に中に入った。
 そして、すぐにセシル様の嬉しそうな声が飛んできた。

「レオナルド様!」

 声の方に視線を向けると、あちらも俺の姿を認識したのか苦い顔を見せた。

 なんで、お前までいるんだ。

 そう露骨なまでに顔に出ていた。
 まあ、そうなりますよね。俺はお呼びじゃなかったですもんね。

 俺は内心、ちょっと申し訳なさを感じていたがレオナルド殿下は構わず俺の手を引いたままセシル様の元に歩み寄った。

「こんにちは、セシル様」
「こ、こんにちは、レオナルド様……どうして、そいつを連れてきたんですか」

 ……そいつ呼ばわり!

 失礼な物言いにむむっとなったが、俺の代わりにレオナルド殿下が丁寧な口調で訂正してくれた。

「セシル様、そいつではありません。私の伴侶のセスです。もうご存知ですよね?」

 レオナルド殿下が言うと、今度はセシル様は綺麗な顔をむっとさせた。

「レオナルド殿下、以前、僕と結婚してくれるって言ったじゃないですか!」
「ええ、言いました。でもそれには条件がありましたね」
「僕が大きくなったらって事でしょう? だから僕は大きくなりました! ……レオナルド様も僕が大きくなったって、この前認めてくれたじゃないですか!」

 セシル様は抗議するようにレオナルド殿下に言った。少々感情的なセシル様に俺は勿論、三人の従者達もおろおろと見守るしかない。

「確かに大きくなりましたが、でもそれは見た目だけの話ではありません。それに条件はもう一つありましたね? 大きくなって、もう一度プロポーズされたら考えると」
「うっ、それは!」

 セシル様は口ごもった。そんなセシル様にレオナルド殿下は容赦なかった。

「どちらの条件も満たしていない。それに……申し訳ないが私にはもうセスという愛する者を見つけてしまった。簡単に約束してしまった事はお詫びしますが、セシル様とはもう結婚する事はできません」

 レオナルド殿下はハッキリとセシル様に告げた。
 セシル様の顔が悲しさと怒りでみるみる赤くなっていき、目元に涙が溜まっていく。
 なんだかこちらが虐めている気になってきた。顔が綺麗なだけに、ものすごく罪悪感が。

「れ、レオナルド殿下。それぐらいで」

 思わず俺が止めると、セシル様は俺をキッと睨んで口を開いた。
 どうやら俺は火に油を注いでしまったみたいだ。

「レオナルド様はこんな平凡な男のどこがいいのですか! 僕の方が絶対綺麗なのにっ!」

 ビシィッと指をさし、セシル様は俺を批判した。
 レオナルド殿下の目の前で言われるのはさすがの俺でも少し傷つく。セシル様が綺麗で、俺が平凡だとわかっているけれど、レオナルド殿下の前では言われたくなかった。

 少しだけ心がしょげる。

 でもそんな俺の肩をレオナルド殿下はぎゅっと抱き寄せた。
 レオナルド殿下? と見上げれば、珍しく彼は怒っていた。

「セシル様、私の伴侶を侮辱するのは、私を侮辱する事と同じです。それに、セスは平凡なんかではありません。私の愛する可愛い人です。そのような言い方は止めて頂きたい!」

 レオナルド殿下はピシャリと言い放ち、俺はその言葉に胸がぎゅっと掴まれた気がした。
 こんな風に自分の為に怒ってくれる人がいる。それだけで沈んでいた気持ちが浮き上がる。

「ともかく話はそれだけです。さ、セス、行こう」

 レオナルド殿下はそう言うと俺を連れて部屋を出て行こうとした。
 え、このまま出て行っていいの?! と俺は戸惑ったが、レオナルド殿下は用事は終えたと言わんばかりにドアに向かう。
 でも、そんな俺達の後ろでセシル様の従者が声をあげた。

「セシル様!? 何を!」
「セシル様、おやめください!」

 悲鳴のような声に俺とレオナルド殿下はさすがに立ち止まり振り返った。
 するとセシル様がいつの間にかナイフを持って自分自身に刃を向けていた。

「レオナルド様が僕と結婚してくれないなら、死んでやるっ!」

 思わぬ言葉に俺達は驚く。
 でも、セシル様の目は真剣だ。

「セシル様」

 セシル様は正直、苦手だ。嫌がらせをしてくるし、酷い事も言ってくるし。でも、レオナルド殿下を好きな気持ちは本物なんだろう。
 涙目になりながら俺達に言う姿は本気だった。

「セシル様、おやめください。そんな事をしても私の気持ちは変わりません」

 レオナルド殿下は俺から離れてセシル様の元に歩み寄った、そんなレオナルド殿下をセシル様はじっと見つめた。

「さあ、ナイフを渡して」

 レオナルド殿下は宥めるように言い、セシル様の持つナイフに手を伸ばした。しかしセシル様はナイフを振りかざした。

「やだ! 近寄るなッ!!」

 セシル様は癇癪を起したように叫び、さすがのレオナルド殿下も一歩下がった。従者もオロオロとしている。そして俺もその様子を見ているしかできなかった。

「セシル様ッ!」

 レオナルド殿下が鋭い声で名前を呼ぶと、セシル様は恨むようにレオナルド殿下を見つめた。

「なんで、僕よりあいつが良いんですか!? 僕が大きくなったら結婚してくれるって言ったのにッ!」
「セシル様、危ないからナイフをよこしなさい!」

 レオナルド殿下はナイフを振り回すセシル様を止めようとして手を伸ばした。

「やだ! くるな!」

 しかしその時、ザクッと嫌な音がした。

「っ!!」

 ぽたぽたっと血が床に落ちる。レオナルド殿下が血が流れだす右手首を左手で抑えた。レオナルド殿下に怪我を負わせてしまったセシル様は青い顔をして佇む。

「あ……っ」
「殿下ッ!」

 俺は思わず叫んで、レオナルド殿下に駆け寄った。

「セス、大丈夫だ。手を切っただけだから」

 そう言ったけれどナイフで切られた事に変わらない。

「見せて下さい」

 俺はレオナルド殿下の手を掴み、傷を見た。ナイフでスパっと切られたのか、右手の手の内が綺麗に一文字に切られていた。傷はそこまで深くはなかったが浅くもなかった。
 俺はすぐに治癒魔法をレオナルド殿下に行使した。

 俺の手がうすぼんやりと光り、レオナルド殿下の傷を癒していく。傷は見る見るうちにくっつき塞がって血は止まった。しかし切られた内部がしっかりと治るまでは時間がかかるだろう。

「ありがとう、セス」

 レオナルド殿下は俺にお礼を言った。でも、俺は何も答えずセシル様に視線を向けた。セシル様は俺の視線にビクッと肩を揺らした。

「セス?」

 隣でレオナルド殿下が俺を呼んだが、俺は無視してセシル様に歩み寄った。セシル様はナイフを手放して、床に落とした。もう何もしないと目で訴えた。しかし、もう遅い。

 俺は怒っていた。

「あっ、ひっ」

 セシル様は無言で近寄る俺を見て、おどおどと後退った。けれどそんなセシル様の肩に俺はぽんっと手を置く。すると、セシル様はがくぅぅぅっ! と膝を崩して、床にぺちゃっと倒れ込んだ。

「あっ、うっ、か、体がうごかないぃぃっ」

 セシル様は困惑した顔で呟いたが、俺は助ける事をしなかった。彼は俺を怒らせた。
 人を癒すことも、苦しめる事もできる薬剤魔術師である俺を。

「……俺は暴力が嫌いです、暴力は何も解決しないから。誰かが傷つけられるのも誰かを傷つける姿を見るのも不快だ」

 セシル様が怯えた様子で俺を見上げてくる。そんな彼に俺は告げる。

「でも貴方は俺の大切な人を傷つけた。……また暴れないように体の力を抜きましたから、しばらくそうしていなさい」

 俺が言うと、セシル様の瞳にみるみる涙が溢れてくる。
 でも俺は冷たく踵を返して、ぺちゃっと床に倒れ込むセシル様を置いて歩き去って行こうと思った。

 少しは反省しなさいっ!

 そう思ったから、でも……。



「……ごごめんなさぁぁいいいいいっ!」



 という叫び声と同時にボンッ! と音がして、驚いて振り返ると、そこには思わぬものがいた。
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