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殿下、何してるんですか!?
5 レオナルド殿下、どういうことですか?
しおりを挟むけれど、セシル様から嫌がらせを受け始めて一週間。
嫌がらせは相変わらず適当に受け流していたが、それとは別に俺はここしばらくレオナルド殿下に会えていなかった。
レオナルド殿下は最近忙しいらしく、俺が寝た後に戻ってきて、俺が起きる前に出かける日々が続いていた。一度、夜遅くまで起きてレオナルド殿下を待っていたら『無理して起きなくていいよ。寝ていいからね?』と言われたので、俺はその言葉の通り素直に寝ていた。
だから毎日のように抱かれていたのに、この一週間一度もなし。おかげで俺の体にあった大量のキスマークは消えてしまった。
……今日はレオナルド殿下、早く戻ってくるのかな? あんまり無理してないといいけど。
俺はそう思いつつも陽気な天気の午後、陛下にまた薬科湿布を配達に行き、薬科室に戻る為に廊下を歩いていた。
でもその最中、窓から渡り廊下が見え、そこでレオナルド殿下とセシル様が楽しそうに話している様子が見えてしまった。俺は咄嗟に窓陰に身を隠した。
いや、なんで俺、隠れてるんだろう?
そう思いつつも窓陰に隠れたまま、こっそりと二人を覗いた。
何の話をしているのかわからないけれど、二人は楽しそうに話していて、セシル様がレオナルド殿下を熱い瞳で見ていた。
それはどこからどう見ても、貴方が好きです! って目だった。俺でもわかるぐらいだから勘のいいレオナルド殿下は気が付いているだろう。
でも、その瞳を受けながらもレオナルド殿下は和やかにセシル様と話し、ぽんっとその頭を優しく撫でた。
『きゅうっ!』
俺の中の兎が小さく鳴いた。
だが、俺は何も出来なかった。美丈夫と美男子二人が並んで立っている姿はとても絵になって、俺なんかが割って入る事はできなかった。
……レオナルド殿下は俺の事、好きって言ってくれてるけど、いつか……いつかあんな風に他の誰かを好きになっちゃうかもしれない。レオナルド殿下はセシル様を好きになってしまうかも。
俺は初めてその事に気が付いた。いつまでも、レオナルド殿下が俺を愛してくれる保障はないのだと。
『きゅうきゅうっ』
俺の中の兎がまた切なく鳴いている。
そんなに鳴くな。大丈夫だ。そもそも俺と殿下は元から不釣り合いだっただろう? 二人がお似合いだからって、そんなに鳴くことないさ。
俺は胸を抑えて、悲し気に鳴く兎に語り掛ける。
でも兎はうるさいくらいに『きゅーきゅーぅっ!』と鳴いてくる。俺はその声を聞いていられなくて、その場を立ち去った。
その日の夜、レオナルド殿下は久しぶりに早く戻ってきた。
「……セス、聞いている?」
「え? ああ、すみません」
同じベッドの中、レオナルド殿下に言われて俺は慌てて返事をした。
今は食事も風呂も終えて、寝るところだった。けれど、俺はレオナルド殿下の話をちっとも聞いていなかった。久しぶりに会うのに、頭にちらつくのは昼間の光景。
どうして彼の頭を撫でたんですか?
なんて狭量な事は聞けない。
「今日はなんだか上の空だね? 何かあった?」
「いえ……何も」
あったのはそちらでは? と言いたくなる口をむぐっと抑えた。
「本当に?」
レオナルド殿下の質問に俺は「何もありませんよ」と少々素っ気ない言葉を返してしまった。こんな風に返事をするつもりなんてなかったのに。
胸がもちゃもちゃする。ねっとりした粘ついた何かが胸に張り付いたみたい。気分が悪い。
「セス?」
レオナルド殿下が俺の体に触れてきた。いつもは嬉しいのに、今日は何だか触れられたくない。俺はその手から逃れるように、ベッドの中に潜りこんだ。
「今日はもう疲れたので寝ます。おやすみなさい」
俺はレオナルド殿下に背を向けて、早口で告げた。
「セス?」
レオナルド殿下が心配げに俺を呼んだけれど、俺は何も答えなかった。しばらくして、レオナルド殿下は明かりを落とし「おやすみ」と小さく俺に言って眠りについた。
嫌な態度を取っている事はわかっている。でも、レオナルド殿下がセシル様の頭を撫でた所を思い出すと、イライラするから仕方ないだろ?
だけど翌日。
「セス、どうした? 今日はミスばかりだな」
ウィギー薬長に言われて、俺はただただ頭を下げる。
さっき回復薬を作っていたのだが、手順を間違えて、全部ダメにしてしまったのだ。それ以外にも今日は書類のミスだったり、物を落としたりと、踏んだり蹴ったりな一日なのだ。
「すみません……」
俺は素直に薬長に謝る。でもナイスミドルな薬長は優しいから怒ったりはしない。
「いや、誰にでもミスはあるものだ。……今日は体調が悪いのか?」
「いえ、そういう訳じゃないんですけど」
頭の中にどうしても昨日の光景がちらついて、集中できていない事は自分でもわかっていた。このままじゃ、また回復薬を作っても駄目にしてしまうだろう。
「ちょっと薬草園の様子を見てきます」
俺は頭を冷やす為に、トボトボと一人で薬草園に向かった。
夏の太陽の日差しを浴びて、薬草たちは伸び伸びと育っている。そんな中、俺は……。
「はぁ」
大きなため息を吐いて、薬草が虫に食われていないかちまちまと確認していた。そうしていると心の中の俺が文句を言ってくる。
『なんで、レオナルド殿下に何も言わないんだよ! 二人の姿を見て嫌だった! そうレオナルド殿下にちゃんと言うべきだ!』
俺はその心の囁きに雑草を抜きながら返事をする。
……他の人の頭ぽんぽんしないでって? ……なんかそれって子供くさくない?
『何言ってんだ。恋人、いや、もう俺達は夫夫なんだから言って当然だろ!?』
……そうかなぁ? というか、俺が夫って変だね。まあ妻ってわけでもないけど。レオナルド殿下が妻……ふふっ、おかしいや。
『笑ってる場合か!』
心の中の俺はたしたしっと地団駄を踏んだ。
でも、自分自身と会話をしていたら、なんだかちょっと心が穏やかになってきた。
……俺はちゃんとレオナルド殿下に言うべきなのかな。そうすれば、この胸のイライラは収まるのかな。
俺は胸を抑えて考える。でもそこに悩みの種がやってきた。
「またこんなところにいたのか!」
声をかけられて、見上げるとそこにはセシル様がいた。
『げげ、元凶がきた!』
心の中の俺は呟いて、ひそっとどこかに隠れてしまった。どうやら口は達者だが臆病者のようだ。
「セシル様……こんにちは」
俺は立ち上がって挨拶をした。だが、俺は今日はまだセシル様の嫌がらせを受けていなかった事を思い出した。
もしかして、今から何か嫌がらせを受けるのか?
そう思ったが、セシル様は腰に手を当ててふふんと笑った。
「お前、さっさと荷物をまとめた方がいいぞ!」
「え?」
突然の言葉に俺は驚いた。でもそんな俺を無視してセシル様は声高に言った。
「レオナルド様は僕と結婚してくれるって言ったからな!」
思わぬ言葉に、俺は声を失う。
「だから、お前は離婚されるのを待っているんだな」
セシル様はそう俺に言い放った。憎き恋敵である俺に一泡吹かせたかったのだろう。
しかし、俺はそんなセシル様の腕をガシッと掴んだ。
「ひょえ!?」
驚いたセシル様は変な声を出したが、俺は気にせず問いかけた。
「レオナルド殿下が、そう言ったんですか? 貴方と結婚すると」
俺が低い声で尋ねれば、セシル様はびくびくしながら「へ? あ、ああ!」と答えた。
「へー、そうですか」
俺は棒読みなぐらい感情のない返事をした。
「お、おい?」
セシル様は様子の変わった俺におどおどしながら声をかけたが、俺は気にしなかった。
「言いたい事はそれだけでしょうか? 用がないのなら、俺は仕事に戻ります」
「へ? ……あ、おい!」
後ろでセシル様が声を上げたが、俺は無視して薬科室に戻った。
……セシル様と結婚、ふーん? レオナルド殿下、一体どういう事ですかね?
俺の中はめらりっと苛立ちに溢れていた。
****あとがき******
うさぎって本当は”きゅうっ”とは鳴かないんだよな……まあ、セスの心の中のウサギだから許してもらおう(笑)
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