殿下、俺でいいんですか!?

神谷レイン

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本編

おまけ 運命の出会い

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レオナルド側のお話。
タイトル通り、セスと会った時のお話。

おまけなのに、短編並みに長くなってしまいました(汗)



****↓こちらから、おまけのお話↓****





 ーーーーあれはまだ私が十八歳の時の事だった。



「レオナルド殿下! どこに行かれるのですか?!」

 従者が私を呼ぶ。
 だが、私は無視して窓から逃げた。

 どいつもこいつも煩い。私は独りになりたいんだ!

 疲れ切ったため息を吐いて、王宮の木々が生い茂る庭に逃げ込んだ。

 私は昔から他人が一日かけることを、ものの五分程で終えてしまうぐらいには人より優秀だった。そして体格にも恵まれて、魔術も剣の才能もあった。バーセル王国の第三王子でありながら、騎士団に勤めている者よりも強い。最近では私の相手になれるのは、騎士団長クラスしかいないほどだ。
 その上、母親譲りの豪奢な金髪にサファイアの瞳、父親譲りの見事な体躯。誰もがこの美貌に見惚れる。

 何もかもに恵まれた人生。人は言う、私を羨ましいと。
 だが、それが私の悩みだった。何もかも持ちすぎている事が。

 他人からすればそんなものは贅沢な悩みだと言われるだろう。けれど優秀な頭も剣の才能も、容姿に恵まれている事も何一つ自分で手に入れたものではない。第三王子という地位も。

 生まれた時から、私にはあった。だから、何をやっても味気なかった。

 そして私の容姿と優秀さ、地位に群がる多くの人間。
 そんなものに私はいい加減、うんざりしていた。私が有能でなければ、私が体躯に恵まれなければ、私が平凡な顔で第三王子でなければ、誰も近寄って来やしないくせに。

 上辺ばかりで誰もが私の本質を見てくれない、そんな憤懣(ふんまん)が私の中で渦巻いていた。

 しかし不満を抱えていても、王宮を出て行こうとは思わなかった。
 外界に出ても上手くやれる自信、いや確信があった。この優秀な頭を使えば財を成すことは簡単で、今と同じぐらい不自由ない生活が送れるだろう。だがそれはつまり、この王宮と変わらないと言うことだ。今と同じように下心を持って私に近づく者達が現れるだろう。
 ならば外に出ていく理由はなかった。
 わざわざ外に出ていきたい理由もなかったし、私は第三王子だ。
 生まれたときから王子としての責任がある。それを放り投げることは出来なかった。

 結局、私は籠の中の鳥でいなければならないのだ。

「はぁ……」

 私はどこにもいけず不満を抱えて、最近は王宮の庭に逃げ込むようになっていた。

 あの日、セスに出会うまで……。











「はぁ、全く煩わしいものだ」

 王宮の庭の木の根元に寄りかかり、私は息を吐く。ここは滅多に人が来ず、私の唯一の安らぎの場所だった。
 近くに薬剤魔術師達が使う薬草園があるが、通りかかるのは彼らぐらいだ。彼らはどちらかと物静かな者が多いから私を見つけても、そっとしてくれるだろう。

 夏の日差しが木々の葉っぱの間から私に差し込み、少し暑い。しかしそよ風が暑さを和らげてくれて、ちょうどいい気候だ。鳥も囀り、葉擦れの音が心地いい。
 私は目を閉じて、身も心も休める。

 ……しかし、一時間ほどしたら戻らなければな。

 私は煩わしいと思いつつも、自分の悩みがとても贅沢なものだという事も自覚していたので、王子としての仕事はきちんとこなしていた。
 それに自分の力でこの国が良くなるなら、心血を注ぎたいとは思うぐらいの愛国心はあった。
この国は自分の大切な故郷だし、大事な家族もいる。
 自分の能力を使わない理由はなかった。

 だが、それでも休息は必要だ。

 夏の長閑な午後。私はしばらく木の根元に座って、うとうとしながら時間を過ごす。しかし、私の休息を邪魔するように、ガサガサッと茂みが揺れた。

 ……猫か?

 そう思って閉じていた目を開ければ、茂みから小さな子供がひょっこり出てきた。

 栗色の髪に、エメラルドグリーンの大きな瞳。白いもっちりとした肌。年は七歳ぐらいだろうか?
 白い上衣に、橙色の半ズボンを履いていた。足元はサンダルだ。

 子供は私を見て、きょとんっとした表情を見せた。人がいるとは思っていなかったのだろう。

「おにーさん、何してるの?」

 その子供は無邪気に尋ねた。ぴょんっと髪が跳ねた頭に葉っぱが付いている。

 なぜこんなところに子供が?

 それが私の率直な感想だったが休息を邪魔された私は、その時若かかったのもあって子供相手だというのに少々ぶっきら棒に答えた。

「休んでいるんだ。放っておいてくれ」

 私はそう答えたが、その子供は臆面もなしに更に私に問いかけた。

「おにーさん、疲れてるの?」

 くりくりとした目をこちらに向けて聞いてくる。

 一体、誰だ。王宮に子供を連れてきたのは。

 子供好きでもない私はそう思いながら返事をした。

「そうだと言っているだろう」
「ふーん」

 子供はそう呟くと私をじっと見て、その後出てきた茂みに戻って行った。私が相手をしてくれないとわかって戻ったのだろう。

 ……やれやれ、これでまた休める。

 私は小さく息を吐いて、再び目を閉じて休息を取ることにした。

 しかし、その十分後。
 また茂みがガサガサッと揺れた。

 ……今度はなんだ!

 私が少々苛立ちながら目を開けると、そこにはまた同じ子供が茂みから出てきた。しかし、その手には葉っぱが握られていた。
 子供は私のところに、とことこっと歩いてくると「はいっ!」とその葉っぱを差し出した。

 今まで宝石や貴重な調度品など、高価な贈り物を貰った事はあるが、さすがに葉っぱを貰った事はない私は驚いた。

「私に?」

 私が怪訝に尋ねると、子供はこくんっと頷いた。

「うん! これをね、お茶にいれて飲むと、疲れが取れるんだよぉー! だから、おにーさんにあげる! これを飲んで、元気になってね」

 子供は純真無垢な笑顔で私に言った。その笑顔には下心もやましい気持ちもない。真心から私を心配してくれていた。
 私は子供の思わぬ言葉と行動に驚いた。

 ……私の為? 今、会ったばかりの私に?

「あ、ありがとう」

 私は私らしくなく、動揺しながらその葉っぱを貰った。葉っぱを見るとそれは薬草で、血行促進などの疲れに効果があるものだった。
 きっと近くにある薬草園から取ってきたのだろう。薬剤魔術師以外の者が薬草園から薬草を採取することは本来禁止されている。だが、この子供にそんな事はわからないだろう。
 それよりも私を驚かせたのは、こんな小さな子供が薬草の知識を持っている事だった。

 ……普通の子供なら、薬草か雑草の違いも判らないだろうに。この子は一体?

 私が驚いていると子供はにこっと笑って、突然小さな両手を持ち上げた。何をする気だ? と思って眺めていると、子供はその小さな手を私の頭の上にぽむっと置いた。

 ……なんだ? 

 怪訝に思っていると、子供は何の予告もなしに私の頭を無遠慮にわしゃわしゃっと撫でた。そして微笑みながら私に言ったのだ。

「よしよし、がんばって偉いねー」
「っ!」

 思わぬ言葉に私は言葉を失う。
 まさか小さな子供に頭を撫でられて、ましてや褒められるとは思っていなかったからだ。しかもこんな風に頭をわしゃわしゃと撫でられて……。
 でも不思議と嫌とは思わなかった。

 私は周りから”なんでもできる第三王子”と思われている。

 だから多くの者は私を褒めたりしない、できて当然と言う顔をするのだ。人より優秀だから、王子という地位に就いているのだから、と。

 確かに私は人より優れている自負がある、だが全く努力がない訳ではない。多くの書物を読み、剣の稽古も欠かしたことはない。いつだって何事にも真面目に取り組んできた。

 でも今まで、誰もその事に気が付いてくれなかった。

 両親でさえ幼い頃から私は何でもできる息子と思っていて、手放しで褒める事はなかった。両親は私を愛してはくれたが、王子であったが故に普通の子より厳しく育てられた。
 そして私は十八になり、もう誰かに『褒めて欲しい』と願う事はできなくなっていた。

 心の隅ではいつも寂しさと悲しさを抱えていた。
 けれど、その気持ちをこんな小さな子供に見透かされたようだった。

 私の胸にトスッと何かが刺さる。

「おにーさん、いっぱいいーーっぱいがんばって偉いね。お疲れさまです。でも、無理しちゃダメなんだよぉ?」

 子供は私の頭を撫でながら、微笑んで言った。
 その姿はまるで聖堂に飾られている天使のように慈悲深い。
 私はなんだか急に泣きたい気持ちになった。そして優しくされる方が泣ける事を私は知った。

 胸の奥が熱い。

「っ!」

 私は気が付けば、その子供をぎゅっと抱きしめていた。
 子供は柔らかくて温かくて、とても優しい匂いがした。それは心が安らぐ匂いだった。心の奥が満たされていく。初めての感覚だった。

「ふぇ? おにーさん?」

 子供はどうしたんだろう? と不思議そうな声を出した。私はハッと我に返って、すぐに子供から離れた。

 子供に抱き着くなんて、これでは幼児趣味の変態ではないか!

「す、すまないっ」

 私は顔を青ざめさせて、すぐに謝った。しかし離れた途端から、まだ抱きしめたい衝動に駆られる。

 ……こんなのは初めてだ、人など今まで鬱陶しいと思ってきたのに。

 私は自分の中に生まれた初めての気持ちに戸惑うばかりだった。しかしその一方で、子供は何に謝られたのかわからないような顔をして首を傾げた。

「うん? べつにいいよー?」

 子供はへらっと笑って私に言った。それどころか、私に向かって両手を広げた。

「もっとぎゅってするぅ?」

 子供は首を傾げながら言い、トストスッドスッと何かがまた私の胸に刺さる。

 ……こ、この子は天使か?!

 そう思ったが、人を呼ぶ声が私たちの元に届いた。

「セスーー? どこにいるのー? 帰るわよ~!」
「あ、おかーさんだ!」

 子供は声がする方を向いて呟いた。そして私を見るとニコッと笑った。

「じゃあね、おにーさん」

 それだけを言うと子供は駆け足で母親の元に戻って行った。
 私は思わず立ち上がって、子供が戻って行った方を見た。

「もう、セスってば。一人でどこかに行っちゃ駄目でしょう?」
「へへ、ごめーん」

 子供は叱る母親に笑って謝った。しかし私はその母親を知っていた。なにせ彼女は私の元乳母で、王妃である母の親友だったから。

 ……あれはリーナじゃないか。ということは、あの子はリーナの一人息子か? セスと言うのか。

 リーナに一人息子がいると聞いていたが見るのは初めてだった。
 そしてそこにはリーナだけでなく、隣には当時の薬剤魔術師長が立っていた。リーナの夫、ダンウィッカー氏だ。彼はセスを抱き上げると頬を寄せた。

「セスぅ、おとーさん、つかれちゃった~。元気ちょーだい?」

 ダンウィッカーは一人息子に甘えるように言った。するとセスは私にしたようにぽむっと頭に手を乗せると、わしゃわしゃっと撫でた。

「おとーさん、おつかれさまです! お仕事、がんばって、えらいです! そんけーします!」
「はぁぁぁ、癒される~。セス、ありがとー」

 ダンウィッカーは髪をくしゃくしゃにされたのに嬉しそうにニッコリと笑って言い、セスも「へへっ」と微笑み返した。

 そうか、あの子はあの二人の息子なのか。

 私は仲の良い親子をじっと見つめたが、その視線はセスから離れなかった。

 セスは疲れた私に父親と同じことをしただけなのだろう。けれど、私の心はもう囚われてしまった。
 もう一度、私の頭を撫でて貰いたい、ぎゅっとしたい。心がそう願っていた。

「じゃ、お家に帰ろうか。セス」
「うん!」

 ダンウィッカーはそう言うと、セスを抱きかかえたままリーナと共に歩き出した。

 あ、行ってしまう……!

 そう思ったが、私は見つめるだけしかできなかった。なんて呼び留めたらいいのかわからなかったからだ。
 でもセスは木々に隠れていた私に気がつき、こっそり手を振ってくれた。

『バイバイ』

 にっこりと微笑み、声を出さずに言った。

 ズキューンッと胸に大きな何かが刺さる。

 ……な……なんなんだ、あの子は。

 私は呆然と立ち尽くしてしまった。何でもできる、優秀な第三王子であるはずの私が。
 そして、その日から私はセスの事が気になって夜も眠れない日々を送った。

 セスは今何をしているだろう? 何が好きなんだろう? セスにもう一度、頭を撫でて欲しい。

 暇さえあれば、そんな事を私はいつも考えていた。
 小さな子供相手に、なにを馬鹿な事を考えているんだ、とも思ったが、私の心は正直だった。

 会いたい。

 何度も私の心は囁いた。
 だから私はリーナに頼んで、時々セスを王宮に連れて来てもらった。本当は毎日が良かったが、さすがにそれは断念したが。

 そしてセスに会う度、私の胸は高鳴った。
 今まで老若男女問わず、魅了してきた私がだ。ほんの小さな子供から目が離せなかった。セスだけが色づいて見えた。
 ここまでくれば、さすがに私も認めざる得なかった。

 セスに恋をしているのだと。
 
 だが自覚した途端、味気なかった世界は急に色づき始めた。
 毎日が楽しく思えて、セスを想うといつも心が踊った。

 ああ、セスが好きだ。

 この気持ちはもう紛れようもない想いだった。

 しかし相手はまだ小さな子供。さすがに今、手は出せない。だから私は辛抱強く、セスが大きくなるのを待つことにした。

 だが、勿論その間にセスとの親交を深めるのを忘れない。

 リーナに連れてきてもらって、お茶を一緒に飲んでお喋りをしたり、カードゲームやボードゲーム、外に出てボールで遊んだりした。
 私も王子としての公務があったり、セスも学校があったりして頻繁には会えなかったが。

 でも、その間に花や植物が好きな事、甘いものが好きでクッキーなどを良く食べる事。将来は父親と同じ薬剤魔術師になりたいと思っている事を知った。

 それから私は毎年セスの誕生日に花を贈った、勿論愛の言葉も付けて。
 そしてすぐに菓子作りも覚えた、セスの為に。同時に料理も覚え、今では王宮料理人の舌を唸らせるほどの腕前だ。
 あと、セスが将来薬剤魔術師になるなら、薬科室のメンバーに言い寄られないように結婚させておかなければ。

 私はあらゆる事に手立てを講じておいた。

 そして私はセスに好きになってもらう為に仕事にもより一層力を入れ、容姿にも気を付けた。おかげで、知らぬ間に文官や侍従達の信頼と国民の人気が更に上がっていった。

 全てが何もかもうまく行っていると思っていた。セスはすくすくと元気に育っているし、十五になれば薬科室に薬剤魔術師見習いとして王宮勤めになる。
 そうすれば毎日、セスに会う事だって可能になるのだ。私は浮足立っていた。
 しかし思わぬ誤算が私を襲った。

 それは、当のセスが全くと言って私のアプローチに超鈍感だったことだ。

 花を毎年送っても、焼き菓子を持っていっても、廊下で待ち伏せをしていても、セスは慕っていてくれていても、親しい友人以上の気持ちを持ってはくれなかった。

「レオナルド殿下、こんにちは~」

 そう能天気に挨拶を私にするだけだった。

 他に言いたいことがあるんじゃないか? 愛を告白してもいいんだぞ?

 そう思ったがセスから愛の告白を貰う事は一度もなかった。セス以外からは飽きるほど貰うと言うのに。

 ……私がこんなにもアプローチをしているというのに。普通ならもう好きになって、向こうから告白しておかしくないぞ。

 そう思ったが、セスの鈍さはぴか一だった。
 例え、私が『セスを愛している、付き合って欲しい』と言ったところで『またまた、ご冗談を~』と笑って返すだろう。私が他の人と結婚すると言っても『へえ~、そうなんですか。おめでとうございます』とにっこりと笑って言うに違いない。

 ……想像していたら、イライラしてきた。

 ならば、強硬手段を取るまでだ。
 私はセスが二十歳になる前に自分の能力の高さと国民へ人気を後ろ盾にして、セスと結婚できるよう父上を脅して同性婚を施行してもらった。
 父上は良い治世者だ。私がいなくなる損失を考えれば、法律化してくれることはわかっていた。

 そして父上を使ってセスを騙した。王命ならばセスが断れない事をわかっていて。

 戸惑うセスを言いくるめて、私は以前から用意していた段取りで結婚式の準備を進めていった。本来王族の結婚は半年以上かかるが、私は早くセスと結婚したくて一ヵ月で準備を終わらせ
た。
 なぜなら、男の私と『王命でも、やっぱり男性と結婚するのは無理』と言われる危険性があったし、あまりに時間をかけてしまうとセスが逃げてしまうような気がした。
 だから一ヶ月で全ての準備を整えた。この時ばかりは自分の優秀さを褒めたたえたいぐらいだった。

 そして結婚を取り付けた私は自分の欲を抑えきれず、言葉巧みにセスを騙してキスの練習を求めた。

 『頬にキスをしてごらん?』と言って。

 素直なセスは私に騙されているとも気が付かず、私の頬にキスをしようとした。だがその時、私は顔の角度を変え、私の唇にキスするよう仕向けた。
 セスは何も知らずに、むちゅっと私の唇にキスをする。

 あの時のセスの唇の柔らやかさと言ったら!

 でも私にキスしてしまって、セスは顔を林檎のように真っ赤にした。その表情に騙したことへの罪悪感が心の中に生まれるが、それ以上にセスがとても可愛かったので後悔はない。
 なんとしてでもセスを手に入れる、例え騙しても。そう私に新たな決意をさせた。

 そして、何も知らないセスは戸惑いつつも私と結婚した。

「本当に俺でいいのかな?」

 なんてセスは呟いていたが。

 だが結婚してしまえば、こちらのものだ。これから一緒にいる時間はたっぷりある。囲って、私の愛をたっぷり教えていってあげよう。『俺でいいのかな?』と思わない程に。
 私はどんな風にセスに教えようか、そう考えるだけで体の奥がゾクゾクした。

 これからは抱きしめる事も、キスも躊躇う事はしない。私達は夫夫になったのだから。
















 ーーーー初夜を過ぎた翌日。日も随分と上がった昼下がり。

「んむ?」

 うつ伏せに眠っていたセスがようやく目を覚ました。隣に座って、セスの寝顔を眺めていた私はすぐにセスにおはようのキスを落とした。

 昨晩は最高だった。ようやく自分の気持ちをわかってもらえたし、セスの体は思った以上に可愛い反応をしてくれた。今まで誰も近寄らないように手を回していた甲斐があったと言うものだ。

「セス、おはよう。気分はどうだい?」

 私はにっこり笑って言ったが、セスはまだ寝起きだからか、ぽやっとした表情をしていた。そんな表情も愛らしい。
 だが段々意識がはっきりしてくると私だという事に気が付き、顔を引きつらせるとそそそっとすぐに私から離れた。
 昨晩、あんまりにセスを可愛がりすぎたせいだろう。
 セスはむっとした顔で、私を睨むように見つめた。

「……うそつき」

 なんに対しての言葉なのかはわかっていたが、私はわざとらしく「セス?」と首を傾げる。

「優しくするって言ったのにぃ」

 セスは少し口を尖らせて呟いた。

 ……可愛すぎるから、止めてくれないだろうか。また抱きたくなる。

 私は心の囁きをぐっと喉の奥で押しとどめ、謝った。

「ごめん、セスがあまりに可愛くて。でも、セスも気持ち良かっただろう? 昨夜はあんなに」
「うわー! 言っちゃダメ!」

 セスは恥ずかしいのか、がばっと起きて私の言葉を遮った。でも体に力が入らないのか、すぐにへろへろっと倒れ、私はセスの体を支えた。何も着ていない肌同士が密着する。
 だが、セスは裸で抱き合う事が恥ずかしいのか私から離れようとした。けれど私はそんなセスの体を離さない。

「レオナルド殿下、は、離して」

 セスは顔を赤くして言う。元々色白の肌が赤く染まっていくのは見ていて楽しい。
 昨夜、たくさん付けたキスマークがセスの体に散らばって見えるのもいい。

「なんで? 昨日、あんなに抱き合ったのだから今更だろう?」
「今更でも、何でも!」

 セスは恥ずかしそうにしながらもむすっとして私に言い、私はやれやれとしかたなく体を離した。セスはほっとした顔を見せたが、そんな顔を見ると、また意地悪をしたくなる。
 だが私はぐっと堪えて、セスの名前を呼んだ。

「セス」
「なんですか」

 セスの声は少し怒っていた、昨晩私が色々としたからだろう。でも怒っていてもちゃんと返事するところは優しさを窺わせる。
 ふふっと私は心の中で笑いながらも、セスに尋ねた。

「セスはいつ引っ越しができる?」
「へ? 引っ越し?」

 私の思わぬ言葉にセスは驚いた顔を見せた。

「ああ、私とセスは結婚したのだから、一緒に暮らさなければ変だろう? それともまさか、今借りている部屋で暮らしていくつもりだったのかい?」
「え? いや、そういう訳では?」

 セスはそう言ったが、その顔はこのまま今の家で暮らす予定だったと書いてある。本当に正直な子だ。でも、そこは突っ込まないでおいた。

「引っ越し、大変なら私も手伝うよ?」
「え?! だ、大丈夫です。俺一人で! でも……俺、引っ越すってどこに??」

 セスは可愛らしく、こてんっと首を傾げた。

「どこって、この私の部屋に決まっているだろう?」
「ええ?! 同じ部屋!?」
「ああ、セスはどこに引っ越すつもりだったんだ?」
「え……別の部屋に」

 私が聞くとセスは目を逸らしながら答えた。別の部屋? そんなもの私が用意する、いや用意させるわけがないし、行かせない。

「そんな訳ないだろう?」
「でも、陛下と王妃様は別の部屋でしょう?」
「それはそれ、これはこれだ。それともこの部屋は狭すぎる?」
「いや、俺はこの部屋でも十分広すぎるくらいですけど。その……俺、部屋で植木鉢を一杯育てて、それもここに持ってくる事になりますけど、いいですか? それにレオナルド殿下は俺と暮らすことになりますけど、嫌じゃないですか?」

 セスは不安そうに私に聞いた。私が捨てろ、という訳ないのに。それにセスが私の部屋にいてくれることは万々歳だ。むしろ歓迎する。
 そもそも、一緒に住まないという選択肢は私の中にはない。監禁してでもセスと一緒に住む。勿論、怖がられると困るので、そんな事はセスには言わないが。

「セスが植物好きなのは知っているからね、持って来てくれて大丈夫だよ。私の部屋は少し殺風景だから、むしろセスが植物を持って来てくれた方がちょうどいいかもしれない。それに私はセスと一緒に暮らしたいと思っているのだから、嫌なんて……セスが部屋にいてくれた方が嬉しいよ」

 私が優しく言うと、セスはほっとした後、少し嬉しそうに笑った。さっきまであんなに怒っていたのに。

 ……こんなにちょろくて大丈夫だろうか、この子は。誰かに簡単に騙されるのでは……私に騙されたように。

 あまりに素直なセスに小さな不安が過ぎるけれど、セスの事は今後私が傍にいて守ればいいだけの話だ。誰かがセスを騙そうとしたら、そいつは地獄を見ることになるだろう。

「引っ越し……でもあの部屋」

 セスがぽつりと呟くように言った。

「部屋がどうしたんだい?」
「今の部屋、すごく気に入っていたんです。部屋、すごく綺麗で、商店街にも王宮にも近いのに、とっても破格の値段で借りられていて……大家さんのおじいちゃんもいい人だったから」

 ああ、勿論知っている。セスが今借りている部屋は、私がセスの為に用意した部屋だから。
 立地も設備も良く、セキュリティもいい。本来ならセスが払っている家賃の二倍が相場だが、セスを住まわせる為にセスだけには半額で貸し出している。
 けれど、それは言わない。実は私があの建物の本当のオーナーで、大家の爺さんが管理人兼セスに何かあった時用の監視役であった事も。

「なら、引っ越しはゆっくりでいいよ。セスは私と結婚してくれたんだ。これ以上急かしたりはしたくない」

 私が言うとセスは目をキラキラとさせて私を見た。

「レオナルド殿下!」

 優しい! という思いがキラキラの瞳に宿っている。だが残念、私はそこまで優しくはない。

 ……セスに部屋から退去するよう爺さんに交渉してもらおう。理由はそうだな、改築あたりが妥当だろう。そして改築後、戻れないように家賃を値上げれば、セスは自然とこちらに住むしかなくなる。

 私はふふふっと心の中でほくそ笑む。
 しかし何も知らないセスは「ありがとうございます」と微笑んで私に言った。ちくりと良心が痛むが、この際気にしない。セスを手に入れる為ならば、何でもすると決めた私だ。

「お礼ならキスがいいな。セス」
「!」

 私が言うとセスは顔を真っ赤にして私を見ると、ぼそりと呟いた。

「昨日もあんなにしたのに……」
「ん? 何かな?」

 私は聞こえないふりをする。でもセスは私にキスをしてくれる気配はない。
 それなら、こう出るまでだ。

「セスはやっぱり私のことなど好きではないから、私にキスをするのは嫌か?」

 私が不安そうなそぶりを見せるとセスは「そんな事ないです!」と声を上げた。

 ふふ、簡単につられてくれるなぁ。

「なら、キスで証明して」
「うっ……わかりました!」

 セスは覚悟を決めるとじっと私を見て言った。そういう男らしいところも好きだよ、セス。
 私はそっと目を閉じた。

 セスはフンスッと鼻息を巻くと、そっと私に近づいて私の唇にむちゅっと押し付けるだけのキスをしてくれた。ハッキリ言って子供みたいな拙いキスだ。
 それでも私の心は踊るのだから、セスはすごい。

 目を開けると、顔を赤くしたセスがいた。

「俺だってキスぐらいできるんですからね!」

 セスはフンッと鼻を鳴らして言った。私はそんな可愛らしいセスに微笑んだ。

「ああ、そうだね。セスはすごいよ、大好きだ」

 私が言うと、セスは赤い顔を更に赤くして、口を戦慄かせた。
 いつだってセスは私を飽きさせない。

 あの日から私は君だけがいいんだよ、セス。




 おまけもおわり。


 
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