殿下、俺でいいんですか!?

神谷レイン

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本編

2 殿下に頼もう!

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 それから俺はレオナルド殿下に面会したい旨を侍従を通して伝えてもらい、その日の夕方、早速会う事になった。
 俺は仕事を手早く終え、先に帰る事を薬長に伝えて、レオナルド殿下の部屋に向かう。

 レオナルド殿下の部屋は俺の仕事場から比較的近いところにある。廊下で度々出会うのはそのせいだ。
 俺はレオナルド殿下の部屋まで行くと、外に立つ近衛騎士に挨拶をして、代わりにドアをノックして貰った。

「レオナルド殿下、ダンウィッカー様が来られました」

 近衛騎士が声をかけると、すぐに中から返事があった。

「ああ、中に入ってもらって」

 レオナルド殿下の低い声が聞こえ、近衛兵が「どうぞ」とにこやかな笑顔でドアを開けてくれる。俺は会釈をして、部屋の中に入った。

「失礼します」
「やぁ、セス」

 レオナルド殿下はにっこり笑顔で俺を出迎えてくれた。

 もう俺との結婚話を聞いているだろうに、嫌な顔一つせずに以前と変わらない態度で接してくれるとは……優しい人だ。

 俺はそう思いつつ挨拶を返した。

「こんにちは、レオナルド殿下」
「セス、こんにちは。さ、こっちに。仕事終わりなのだろう? お茶とお菓子を用意しておいたよ」

 レオナルド殿下は部屋にあるテーブル席を俺に勧めてくれた。そこにはお茶のセットとクッキーなどのお菓子が用意されている。
 甘いものが好きな俺の為に用意してくれたのかと思うと嬉しい。

「わざわざすみません」
「いや、私が勝手に用意したかったんだ。お茶は何がいい? 紅茶もあるけれど、ハーブ系のカモミールやローズヒップ、ペパーミントもあるよ」
「ではローズヒップを頂けますか?」
「わかった。セスは椅子に座って」

 レオナルド殿下に勧められ、俺は素直に椅子に座る。しかし、その間にレオナルド殿下がティーポットにローズヒップを入れる。どうやら、レオナルド殿下直々にお茶を淹れてくれるようだ。レオナルド殿下は王子だが、なんでも自分でしたがる。クッキーなんかも自分で焼いて、時々俺にまでくれるのだ。

 魔術も剣の才能も有り、学生時代は勉学も常にトップだったと聞いている。そして今や侍従達や文官達からの信頼も厚く、王の補佐として日夜公務に動いている。そんなすごい人なのに、お菓子作りまでできるなんて物語の王子様の範疇を超えている。

 ……事実は小説より奇なりと言うが、本当だよなぁ。

 俺はそう思いつつもレオナルド殿下に尋ねた。

「レオナルド殿下、もしかしてこのクッキー」
「ああ、私の手作りだよ。よかったらどうぞ」

 レオナルド殿下は笑顔で俺に言った。俺は手を伸ばしてプレーンのクッキーを一枚手に取る。そして口元に運んで、一口齧った。
 さくっとした感触とふんわりと香るバターの味わい。ナッツが少しだけ入れられているのか、香ばしさもあって、とてもおいしい。甘い物好きじゃなくたって、これは何枚も食べられるだろう。
 レオナルド殿下の手作りクッキーはどんなお店の物より美味しくて、俺のお気に入りだった。

「どう、おいしいかな?」

 不安そうな顔でレオナルド殿下が聞くので、俺は思わず微笑んだ。

「とてもおいしいですよ。というか、殿下が作ってくださるものは何でも美味しいです。この前のマフィンもとてもおいしかったですから」

 俺が正直に告げると、レオナルド殿下は嬉しそうに微笑んだ。美丈夫なのに、こういう時の笑顔は可愛い。

「喜んでもらえたなら嬉しいな」

 照れ笑いをしながらレオナルド殿下は言い、ティーカップにローズヒップティーを淹れてくれた。
 ローズヒップのいい香りが俺の鼻腔をくすぐる。仕事で疲れた体にほっとする香りだ。

「どうぞ」
「ありがとうございます」
「熱いから気を付けてね」

 レオナルド殿下の小さな気遣いに俺は本当にいい人だなぁ、と改めて思う。
 俺はふぅふぅっと息を吹きかけてからローズヒップティーを飲んだ。うん、おいしい。

 でも俺が飲んでいる間に、レオナルド殿下は日当たりのいい窓辺に置いていた鉢植えをテーブルまで持ってきてくれた。鉢植えには小さな蕾がたくさん付いている。

「セス、ほら、もうすぐ咲きそうだろう?」
「あ、俺があげた鉢植えですね。うん、ちゃんと育っているみたいですね。あと三日もすれば、次々に咲き始めますよ」
「ほんと? 楽しみだ」

 レオナルド殿下は嬉しそうに言い、ようやく俺の向かいの席に着いた。しかし、その視線は蕾に向かったままだ。花が咲くのを待つ姿に俺は微笑ましく思う。それが自分の上げた鉢植えだと思うと余計に。
 だが、あまりにまったりとして、ここに来た本来の目的を忘れかけていた。

「ところで今日は話があると聞いていたけど、どうかした?」

 レオナルド殿下に聞かれて俺はハッと思い出した。

 ……レオナルド殿下は存在自体に癒し効果があるから、忘れそうになってた。いけない、いけない。

 俺はローズヒップティーを一口飲んでから姿勢を正し、レオナルド殿下に声をかけた。

「レオナルド殿下、実は今日こちらに伺ったのは陛下からのお話の件についてなんです」

 俺が言うとレオナルド殿下もハッとした表情を見せて、俺を見た。

「それは……私と結婚すること、だよね?」

 レオナルド殿下は照れくさそうに俺に言った。

 イケメンの照れ顔……可愛いな。うーん、美丈夫のなせる業か。全く、陛下はなんで庶民で平々凡々の俺とレオナルド殿下を結婚させようなんて考えたんだろう。俺じゃなくて、もっといい物件こうほがいただろ。レオナルド殿下の隣に立っておかしくない人が!

「そうです。その件で……どうか、殿下の方から陛下に進言していただけないでしょうか?」
「進言?」

 レオナルド殿下は何を? とでも言いたげな顔で首を傾げた。

「結婚相手の変更です。俺ではなく、他の者にして欲しいと」

 俺がはっきり告げると、レオナルド殿下はガタっと席を立った。

「他の人?!」

 そう言った顔は酷く悲しんでいる。……ナゼに?

「ええ。俺のような者では、殿下にはふさわしくないでしょう。例え、形式上の結婚だとしても」
「……そんな」

 レオナルド殿下は肩を落として、落ち込んだ顔で呟いた。

 ……俺が予想していた反応と大分違うんだが。なんでだ? レオナルド殿下も俺なんかよりも可愛い子がいいでしょう、結婚するなら!

「そもそも、レオナルド殿下はいいのですか? 形式上だとしても俺と同性婚などして。本当に嫌なら、陛下にハッキリと言うべきですよ?」

 俺が良かれと思って言うと、レオナルド殿下はじろっと俺を見た。

「セスはそんなに私と結婚するのが嫌か?」

 思わぬ問いかけに俺は「へ?」と驚いてしまう。

 俺よりもレオナルド殿下の方が嫌だと思うのだが……。だって俺、可愛くもないし、175㎝もあるひょろ男ですし。何より、髪の毛もぼさぼさだし。俺は俺みたいなのと結婚したくはないですよ。形式上の結婚相手でも!

 そう思ったが、レオナルド殿下は俺をじっと見て、尋ねてくる。

「セスは私と形式上でも結婚したくない、そう言う事なのか?」

 尋ねるレオナルド殿下はなんだかちょっと怖い。圧があるというか。

「い、いえ……そう言う訳では。ただ、俺では力不足というかぁ。他の子の方が」

 だって、考えてみても下さいよ。貴方みたいな美丈夫、他にもわんさかと候補になりたい子はいますよ。わざわざこんな俺みたいのじゃなくてもいいじゃないですか。俺の取り柄なんて、雑草か薬草かを見分けられるぐらいなんですよ?!

 そう心の中で思ったが、レオナルド殿下は首を横に振った。

「そんな事ない! 私はセスがいいんだ!」

 思わぬ言葉に俺は「ええっ?!」と驚く。

 なぜに俺?! どうして俺!? ……レオナルド殿下、頭でも打ったのかな?

 心配に思う俺の気持ちとは裏腹に、レオナルド殿下は俺に美しいサファイアの瞳を向けた。

「父上から同性婚するように言われて、相手はセスがいいと私が言ったんだ」
「え、お、俺?!」
「セスなら一緒にいても楽しいし、気が休まる。だから辞めたいなんて言わないでくれ。他の人とするのは嫌だ、なにより他の相手では……」

 レオナルド殿下は口元に手を当てて困ったように告げた。

 それを見て俺はピーンッと来た!

 これは形式上の結婚だ、でも相手はレオナルド殿下。余程の耐性の持ち主でなければ、形式上の結婚でもレオナルド殿下に好意を寄せるだろう。そして思いのあまり、襲ってしまう事は確実だ。

 逞しい身体に精悍な顔立ち。その上、能力もあって、性格もいい。男でも抱かれたい、と思ってしまうのも仕方ない。実際レオナルド殿下にはファンクラブらしきものがあるらしいし。

 ……なるほど。俺なら無害だと思われたからか。

 一人納得する俺にレオナルド殿下は席を立ち、突然俺の前に膝をついた。

「で、殿下?!」

 驚く俺を他所に、レオナルド殿下は俺の手を取る。

「セス、私と結婚して欲しい。お願いだ」

 レオナルド殿下はしきたりにならって、左手の甲にキスをすると俺に求婚をした。

 ……レオナルド殿下がここまで追いつめられているとは! 俺の手にキスまでして!

 そう思いつつもサファイアの瞳がじっと俺を見て、柄にもなく胸がぴょんっと変な動きをする。その動きに、ん? と内心首を傾げるが、俺は呼吸を整えて返事をした。

「ふぅ。レオナルド殿下、わかりました。俺でよければ、お話を受けましょう」

 これは人助けなのだ。
 きっと数年したら今よりも同性婚が増えて、そうなれば離縁して俺達の関係も元に戻るだろう。レオナルド殿下だって、その方がいい。
 その間、レオナルド殿下の貞操を守る係だと思って引き受けよう!

「本当に? ありがとう、セス! 大好きだ!」

 レオナルド殿下は立ち上がると、椅子に座ったままの俺をぎゅーっと抱きしめた。がっちりとした身体に抱き締められると俺の胸がぴょぴょんっとまた変な風に跳ねる。

 ……んん?

 俺は胸を押さえたが、レオナルド殿下はそんな俺にふふっと笑った。

「それならば、セス。これから私達は婚約者になるのだから、もっと砕けた話し方をして欲しいな。あと私の事はレオと呼んで」

 レオナルド殿下はサファイアの瞳をじっと俺に向けて言った。その瞳が魅惑的に輝いている。

「っ……考えておきます」

 俺はそう答えたけれど、レオナルド殿下は身を屈めると突然俺の頬に触れるだけのキスをした。ちゅっというリップ音付きで。

「ひゃえッ!? で、殿下ぁ!?」

 俺は驚いて奇声を上げてしまった。キスをされた頬を押さえてレオナルド殿下を見ると、にこにこ笑顔で俺を見ていた。

「セス、これからは婚約者っぽくキスも慣れていかなきゃな?」
「えぇっ!?」
「私達は形式上の結婚相手と言っても、口づけぐらいしないと皆、変に思うだろう?」

 た、確かに。形式上の結婚というのは俺達の間での話だ。

「さ、セスも私にキスしておくれ。これも練習だ」

 レオナルド殿下はにっこり笑って俺に言った。

 レレレレ、レオナルド殿下にキスッ!!! いや、しかし頬にだし、確かにこれから慣れて行かないといけないかも。一応、形式上とはいえ結婚するのだし、みんなの目を誤魔化さないといけない。

「わ、わかりました」
「ん、さあ、どうぞ?」

 レオナルド殿下はそう言うと、目を閉じて頬を差し出す。男らしい精悍な顔立ち、長いまつ毛に影ができる。

 ……頬にキスぐらい、なんてことない。ちゅっと軽くすればいいんだ、軽くッ!

 俺はそっとレオナルド殿下に近づいて目を閉じ、えいっと顔を寄せた。

 むちゅっ。

 唇が着地した場所は頬というには、とても柔らかい場所だった。

 んむ? ……頬ってこんなに柔らかいものだっけ?

 そう思って目を開けると、レオナルド殿下の唇に俺はキスしていた。

「あわわわわっ!!」

 俺はシュバっとすぐに離れた。

 でででで、殿下にキスしちゃったッ!!

 そう思う一方で、予想外にレオナルド殿下の唇が柔らかくて驚いた。

「す、すみませんっ!」

 俺は謝ったが、レオナルド殿下は俺を怒ったりしなかった。

「ははは、セスは情熱的だな」
「ち、違います! 俺は頬に!」

 俺はそう弁明しようとしたが、レオナルド殿下は俺の顎をくいっと片手で持ち上げた。

「私もセスの唇で練習していい?」

 甘い声で囁かれ、俺の脳みそはキャパオーバーを迎える。

「だ、駄目です! ダメダメッ!」

 俺は身を引き、両腕を交差してペケのジェスチャーをする。そんな俺にレオナルド殿下は残念そうな顔を見せた。だが、それはほんの少しの間だけだった。

「そうか……。まあこれからたくさん練習していこうな?」

 レオナルド殿下はにこりと色っぽく笑って俺に言った。

 これから、れ、練習。……というか今の、俺のファーストキスだったんですけどぉ。

 だがファーストキスどころかセカンドキスもサードキスも、キスの練習と称して俺はレオナルド殿下に奪われることになったのだった。


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