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続編

58 異変

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 ――――ドレイクは早朝から訓練に参加していたが、頭の中は昨晩の事で一杯だった。おかげで訓練に全然集中できていない。
 もしここにローレンツがいたら『昨晩はお楽しみだったのか?』とにやついた顔で言われているところだ。

 ……怪我であいつが騎士を辞めることになったのは本当に惜しかったが、ここにいなくて良かった。

 ドレイクは失礼だとわかりつつも、元同僚であった幼馴染に対してそう思った。
 だが模擬魔獣を全て倒し終わり、一息を吐いていると団長であるヒューゲルがやってきた。

「ドレイク」
「団長……何か?」

 ……集中してないことがバレたか?

 ドレイクはそう思ったが、ヒューゲルが駆け寄ってきた理由は違った。

「ルルデン殿が来ているよ」

 思わぬ言葉にドレイクは少々驚いた。

「コーディーが?」

 ……一体何をしに?

 昨晩の事もあったので、ドレイクはコーディーの目的が分からず眉間に皺を寄せた。でもそんなドレイクの疑問に答えたのもヒューゲルだった。

「ドレイク、今日は徽章を忘れたと言っていただろう? ルルデン殿が持ってきてくれたようだ」

 ヒューゲルに言われて、ドレイクは今朝つけようとして忘れた騎士章を思い出した。

 ……テーブルの上に置き忘れたのをわざわざ持ってきてくれたのか?

 ドレイクはそう思い、訓練場の入り口付近で小さく佇むコーディーに視線を向ける。自分の為に持ってきてくれたのだと思うと素直に嬉しい。
 思わず顔がにやけそうになるほどに。

「早く行ってあげなさい」

 ヒューゲルはポンッとドレイクの背中を押して言い、ドレイクは「すみません」と謝ってからコーディーの元へと歩いて行った。本当は駆け寄りたいほどだったが、嬉しさを落ち着ける為にあえてドレイクは歩いた。

 ……こんなにも駆け寄りたいと思うなんて。まるで飼い主を見つけた飼い犬みたいだな、俺は。

 心の中で自虐しながらも気分は悪くはなかった。今はもうコーディーの事が好きだとハッキリしているから。
 だが模擬魔獣を倒した後、魔法使い達は新たな訓練対象を訓練場に解き放った。

 それは最初から予定されていたレッドドラゴンの出現。

 まさに本物と見間違えるほどの出来だ。だがそうでなくては訓練にならない。これは街に現れたドラゴンに対する対処訓練なのだから。
 でもレッドドラゴンが現れた途端、入り口に佇むコーディーの様子が変わったのが眼のいいドレイクにはわかった。

 ……コーディー?

 ドレイクは歩きながら、レッドドラゴンを見上げるコーディーを見つめた。
 その表情はわからないが、どこか怯えているように見える。だからドレイクは自然と歩く速度を速めてコーディーの元へと向かった。
 しかしレッドドラゴンが尻尾を地面に叩きつけ、コーディーを見た瞬間、事態は一変した。

「うわああっ!?」
「地震かッ!?」

 ゴゴゴゴゴッと地鳴りと共に地面が揺れ出し、辺りは騒然となる。
 その場にいた誰もが揺れ出した地面にしゃがみこみ、当然魔法使いや魔女達も同じように地面に座り込む。おかげで彼らが作り出した模擬レッドドラゴンは蜃気楼のように消え失せた。

 そしてドレイクも地面に片膝をつくが、その視線はコーディーを見つめていた。
 なぜならコーディーは、まるで揺れなど起こっていないかのようにその場に平然と立っていたからだ。

 ……コーディー、揺れを感じてないのか? いや、なにか……様子がおかしい。

 立っている事も不思議だったが、動揺することもなく、ぼんやりとしている姿にドレイクは違和感を覚えた。だから地面が揺れる中、ドレイクはコーディーに向かってふらつきながら必死に歩く。

「コーディー!」

 ドレイクは声が聞こえるであろう距離で叫んだが、コーディーは見向きもしない。いや、まるで聞こえていない。

 ……おかしい。一体、何が起こってる?!

 ドレイクはこの事態を飲み込めずにいたが、明らかにおかしい事だけはわかった。

 ……早くコーディーの元へッ。

 そう気が急くが、そんな時、突然コーディーを中心に水色の光の波が放射線状となって放出された。
 眩い光にドレイクは咄嗟に身を庇うように両手で光を遮り、目を細めるが、光が通り過ぎた後、周りの誰も彼もがバタバタとその場に倒れていく。

 ……今の光は一体? コーディーが……?

 ドレイクは困惑しながらも視線の先にいるコーディーを見るが、コーディーは変わらずその場に立っていて慌てる様子さえない。

 ……コーディー、どうしたんだっ。

 この、どう考えてもおかしい事態にドレイクは嫌な勘が働き、コーディーの身分証に書かれていた”特級”の文字がなぜか脳裏を過った。

 ……今起こっている事がコーディーの階級と関係が? ……わからない。だが、とにかくすぐにコーディーの傍にっ。

「くそっ」

 ドレイクは悪態をつきながら、さっきより揺れる地面をなんとか走ってコーディーの元へ向かった。そしてコーディーの元まで辿り着くと、その腕を掴んだ。

 しかしコーディーに触れた瞬間、ビリビリッと何かの強烈な力がドレイクに走り、まるで引っ掻かれたような傷が腕や足、顔に一瞬でつく。

「ぐっ!」

 その痛みにドレイクは反射的にコーディーから手をパッと離した。けれどコーディーはこちらを見ず、どこか空虚を見つめたまま固まっている。
 そこにいつものコーディーはいない。

「コーディーッ!」

 名前を呼んでみるが反応すらない。その姿にドレイクは腹の奥底が冷えこむような恐ろしさを感じた。
 まるで何かにコーディーの体を乗っ取られ、このままコーディーがいなくなってしまうような感覚がして。

 だからこそドレイクはぐっと拳を握ると、もう一度、今度はコーディーの両肩を掴んで触れた。するとすぐに手の平からビリビリと痛みが走り、体中に裂傷が更にできていく。でもドレイクは構わずにコーディーの両肩を掴んだまま叫んだ。

「コーディー! 戻ってこいッ!!」

 ドレイクは目の前にコーディーがいるのに、なぜかそう言っていた。
 でもその叫びの後、ビリビリと走っていた痛みが急に止み、黒髪の隙間から湖色の瞳がドレイクをようやく見つめた。

「あ……ど、れい、く?」

 いつものコーディーを感じて、ドレイクはホッと安堵の息を漏らす。


 ―――――でもその時、影が揺らめいた。


「コーディー、少しおやすみなさい」

 突然コーディーの背後に現れたダブリンはそう言うと、そっとコーディーの背中に触れた。するとコーディーはかくんっと意識を無くした。

「コーディー!」

 ドレイクは叫びながらも、倒れるコーディーを抱き止め、そしてすぐにダブリンを睨みつけるように見つめた。

「コーディーに一体何を!?」
「少し眠って貰っただけよ、ドレイク。そう心配しないで。……でも、もう少しで本当に危ないところだったわ」

 ダブリンは胸に手を当てて、心底ほっとしたように言った。
 その青ざめた表情と様子で、コーディーの事を心配しているのだとドレイクにもわかった。そして、この状況がどうして起こったのか、わかっている事も。

「ダブリン様……一体、コーディーは」
「それは後で、今は倒れている人達の手当てが先よ。貴方の手当てもね、ドレイク。……さぁ、みんな、お願い」

 ダブリンが言えば、いつの間にか魔塔の魔女達が勢ぞろいで後ろに控えていた。
 そしてすぐに倒れている者達の手当てをしていく。
 その様子を見ながらドレイクはいつの間にか地鳴りも揺れも収まっている事に気が付き、改めてたった今起こった事を反芻する。

 ……コーディー、お前は一体何者なんだ?

 ドレイクは腕の中で眠るコーディーを見つめながら心底思った。
 しかしそんな時、コーディーの長い前髪が乱れ、いつも隠れている額が露わになる。そこには一本、横に入った傷口のようなものが見えた。

 ……傷口? もしかしてこれを隠すためにコーディーは前髪を?

 ドレイクはそう思いながらも顔にできた裂傷から垂れる血を手の甲で拭いながら、ただただ腕の中で眠るコーディーを見つめた。

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