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28 魔法研究所へお届け物

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 ――――ムカムカしながら帰った翌日。
 珍しく朝から雨が降っていた。
 どうやら短い梅雨の時期に入ったみたいで昨晩から降り続いている。おかげで雨を含んだ土の香りが魔塔にまで届き、カエルがゲコゲコと元気に鳴いていた。

 ……雨が降って嬉しいのかも。

 僕はカエルの鳴き声を聞きながらそう思うけど。雨のせいなのか、ドレイクのせいなのか、僕の気分の方はじめっとして晴れないでいた。

「あらあら、コーディーってばなんだかご機嫌ナナメさんね?」

 休憩用のお茶を淹れている後ろからダブリン姉さんが声をかけてきた。

「ダブリン姉さん……別に僕はご機嫌ナナメじゃ」

 言い訳するように言うけれど、ダブリン姉さんは僕の隣に立ってニコッと笑った。

「あら、そう? でも今日はまだコーディーの笑顔を見てないなぁっと思ったんだけど」

 ダブリン姉さんに言われて、僕は黙ってしまう。言い訳したって、姉さんは何でもお見通しなのだ。だから誤魔化しはやめて正直に答えることにした。

「その……昨日、ちょっと苛立つことがあって。その事考えてたの」
「あらあら、そうなの? どんなことがあったの?」

 ダブリン姉さんは優しく尋ねてくれたけど、ドレイクの事を話す気にもなれなくて僕はぼそっと答える。

「……話すほどの事じゃないよ」
「そう? でも、困った事があればすぐに言うのよ。相談すれば解決することだってあるんだからね?」

 ダブリン姉さんはそれだけを言うと深くは追及しなかった。ダブリン姉さんの聞かない気遣いに僕はほっとする。
でも、お茶を淹れ終わる僕にダブリン姉さんはあることを頼んだ。

「ところでコーディー、このお茶は私が運んでおくからお使いを頼まれてくれないかしら?」
「お使い? いいけど、どこに?」

 僕が空になったポットを置いて尋ね返すとダブリン姉さんは「魔研へ」と答えて、紙を丸めたスクロールを差し出した。ちなみに魔研とは魔法研究所の事だ。

「何のスクロール?」
「この前、西側諸国との間に新しい街道が出来てね、石碑が立ったからそこへ行けるように転移魔法陣を描いたの。また誰でも移動できるようにね」
「へぇ~」

 僕はスクロールを広げて、描かれた転移魔法陣を眺めながら呟く。
 転移魔法は本来なら魔法使いしか使えな高度魔法だ。
 でも一般人でも移動ができるように、魔法陣をスクロールに描き、魔法を使えない人でも呪文を唱えれば魔法陣に組み込まれた名前の場所へと飛ぶようできている。

 数百年前、大魔女様が誰でも移動できるようにと作った代物だ。

 ただ、その便利な転移魔法のスクロール製作は誰にでもできる事じゃない。魔塔に住む魔女にしかその作り方は教えられていないらしい。そしてダブリン姉さんが姉さん達の中で作るのが上手らしくて、この仕事はダブリン姉さんの担当だ。

 ……まあ、このスクロールは原本さえ作っちゃえば、あとは中級の魔法使いでもコピーできるって話だけど。

 というわけで、この原本を魔法研究所に持って行って、研究所に所属している魔法使いや魔女が一杯コピーして大量生産するのだろう。そしてそれを売って、そのお金は魔法研究費になるってわけだ。
 魔法を研究するにもお金は必要だからね。

「だから魔研のゴドフリーに持って行ってくれないかしら? 雨の中、悪いのだけれど」
「別にいいよ。じゃあダブリン姉さんにはお茶を頼むね。お菓子はもうテーブルに用意してあるから」

 もうそろそろ休憩の時間で、それぞれの魔塔から食堂へと姉さん達が集まってくるのだ。そして休憩時のお茶の準備は僕の仕事のひとつだった。

「ええ、わかったわ」
「じゃあ、行ってくるね」

 僕がスクロールを持って言えば、ダブリン姉さんは「ええ、お願いね」と言って見送った。
 なので僕はすぐに魔塔の階段を下り、雨の中傘をさして少し離れた場所にある研究所へと向かう。

 だから僕は気が付かなかった、ダブリン姉さんが魔塔の窓から外を歩く僕を眺めているなんて。

「うーん。本当はコーディーに『ドレイクと抱き合っていたって噂を聞いたのだけれど本当なのかしら?』って聞きたかったのだけれど、なんだか聞けなかったわね。代わりに、自分で持って行こうとしたスクロールを渡しちゃったわ。……でも、やっぱり気になるわぁ。夜になってから聞いてみるかしら?」

 そう悩ましく僕を見ながら呟いていた言葉も。




 ◇◇



 ――――雨の中。僕は少し離れた研究所へ、傘を片手にトコトコと歩いていた。
 ぽたぽたっと傘の端から雨の粒が連続して落ちる。

 ……ダブリン姉さんが折角描いたスクロール、絶対濡れないようにしなくちゃ。

 僕は懐に大事にしまって雨に濡れないように注意する。まあ濡れてしまっても『あらあら大丈夫よ。もう一度、描けばいいんだから~』とダブリン姉さんは笑って許してくれるだろうけど。

 ……けど、もう一度描き直してもらうのは悪いからな。気をつけよう。……それにしても、研究所に行くのは久しぶりだな。

 僕は雨の中を歩きながら思う。
 研究所には多くの上級と中級魔法使いや魔女が所属し、ポーション製作や魔法陣、魔道具の研究、広い薬草園を管理を任されている。

 ちなみに上級とか中級と言うのは、年に一度魔法の試験があって合格すると貰える資格だ。そしてその資格を元に、作られるポーションや読める魔導書が決められている。中には扱いが危険なものもあるから。

 ちなみに姉さん達は『特級』の資格を有していて、なんでも作れる。この転移魔法陣もそのひとつ。だからこそ最高位の魔塔の魔女を名乗れている。

 ……僕も試験を受けたけど……あんまりいい思い出ないもんなぁ。大した魔法も使えないし。

 僕は昔の事を思い出しながら傘を閉じる。
 格式高い魔法研究所に着いたからだ。初めてだったら入るのを躊躇っちゃうぐらいだけど、何度も来ているので僕は大きな木の扉をゆっくりと開けて、中へと入った。

 中はタイル張りの広いロビーになっていて、多くの魔法使い、魔女達が忙しなく動いている。だが、ロビーの奥には誰もいない受付があって僕はそこへと向った。
『ねぇ、あれって魔塔の小間使いじゃない?』というひそひそ話が聞こえながらも。

「こんにちはー」

 僕は誰もいない受付に声をかける。すると、ひょこっと一匹の猫が顔を出した。白い毛に青い目の可愛い猫だ。でもどこか品がある。そして猫の尻尾は二つあった。

「あら、コーディーじゃない。久しぶりねぇ」

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