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17 お手伝い!

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「はぁ~っ、お腹いっぱい!」

 ……おいしかったぁ!

 僕は椅子の背にもたれて、お腹に手を当てる。お皿にたくさん入っていたビーフシチューはすっかりなくなっている。勿論、パンもだ。
 そしてドレイクのお皿も綺麗さっぱりなくなっていた。でも苦し気な様子はなく、ドレイクも満足げ。

 ……ビーフシチューも美味しかったけど、ドレイクのステーキ定食もおいしそうだったな。また今度来て、ステーキ定食を頼んでみようかな。量少な目で。

 なんて僕は次の来店を考える。勿論、その時は一人で来る予定だ。

 ……けど、デザートにケーキも食べたかったのにな。全然入るスペースがないや。一切れ買って帰って、夜に食べようかな。というか、ドレイクはいつまで僕に付きまとう気なんだろう? 今日一日付き合うって言ってたけど、そろそろ帰って欲しい。

 僕はこの後の事を考えて、ドレイクをじっと見る。その視線を感じ取ったのか、ドレイクは「なんだ?」と聞いてきた。

「あの……ドレイク、この後の事なんだけど」

 僕はそこまで言って『いつまで一緒にいるつもりなの?』と聞こうと口を開いた時だった。

「ドレイクッ!」

 マダムが慌てた様子で僕達のテーブルにやって来た。どうやら何かあったようだ。そしてドレイクも感じ取ったようで、すぐにマダムに問いかけた。

「マダム、どうかしたんですか?」
「ドレイク、この後の予定はあるかい?」

 マダムに聞かれてドレイクはちらりと僕を見たけどすぐに「いえ、何も」と答えた。するとマダムはドレイクにこう頼んだ。

「悪いけど、ちょっと店の手伝いをしてくれないかい? 給仕の子がさっき裏方で鍋をひっくり返して火傷を負ってね、すぐに病院へ連れて行きたいのよ。でも、これからまたティータイムで人が多くなる時間だし、今日は元々人が少なくて店を回せる人間がいなくて。その上、予約客もいるんだよ。……だから頼めないかい? もう立派な騎士様になったドレイクにこんな事を頼むのはすごく申し訳ないんだけど」

 マダムは本当に申し訳なそうに言ったが、ドレイクは二つ返事で答えた。

「構いません、俺でよければ手伝います」

 ドレイクが答えるとマダムはパッと顔を明るくさせた。

「本当かい!? すまないね、恩に着るよ!」
「いいえ、ローレンツ共々世話になりましたから。ではすぐに仕事に取り掛かります。注文の取り方は昔と変わってませんよね?」

 ドレイクはそう言うと席を立った。

「ああ、前と同じだよ。エプロンも同じところに置いてるからね、わからないことがあれば、うちの人に聞いてちょうだい。厨房にいるから」
「わかりました」

 ドレイクは頷くと、僕に視線を向けた。

「というわけだ。俺は店を手伝うから、お前は帰れ」

 ドレイクはそう僕に告げた。でもこんな話を聞いて『はい、そうですか』とはなれない。それにキラーニ姉さんにも『困った人、いたら、手伝ってあげる。ね?』と教えられて育ったのだから。
 なので僕も席を立ってマダムに尋ねた。

「あの、マダム。大変なら僕も手伝います。その、注文とかは取れないと思うけど、皿洗いとかならできます!」

 僕が告げるとマダムは少し驚いた顔をした。

「あら、本当に? それはすごく助かるわ! でも、いいの?」
「はい。僕もこの後は何の予定もありませんし、マダムさえよければ」

 僕が答えるとマダムは笑顔を見せた。

「じゃあ、ご厚意に甘えさせてもらうわ」

 マダムの言葉に僕は頷く。

「マダム、こいつには俺が教えておきます。マダムは火傷した子を早く」
「ええ、二人ともありがとう!」

 マダムはそう言うと足早にばたばたと去っていった。これから火傷した子を連れて急いで病院に向かうのだろう。

 ……火傷、酷くないといいけど。僕がダブリン姉さんみたいに治癒魔法が使えたらなぁ。

 そう思うけど、僕には使えないのだから仕方がない。そして、そんな僕にドレイクは声をかけた。

「コーディー」
「なに?」
「手伝うって、本当にいいのか?」

 ドレイクに聞かれて僕は「勿論」と答える。

 ……マダム、困ってるみたいだったし。皿洗いならできると思うし。マダムにああいった手前、頑張らなきゃ!

 僕は心の中で気合を入れる。でも、そんな僕を見てドレイクは笑った。

「お人好しだな。……まあお前がいいなら、早く行くぞ」

 ドレイクはそう言うと椅子に置いていた買い出しの紙袋をひょいっと持った。なので僕も椅子に掛けていた肩掛け鞄を慌てて手に持つ。

「ドレイク、テーブルのお皿は?」
「それは俺が後で片付けにくるからいい。行くぞ」

 ドレイクはそう言うとスタスタと歩き、カウンターの横を通って厨房の方へと迷いなく進む。僕はその後ろを歩きながらドレイクの背中を見つめた。

……ドレイクってただの常連客だと思っていたけど。さっきの口ぶりだとここで働いていた事があるんだろうな。だからマダムと親しかったんだ。

 僕はそう思いながら、ドレイクと共に厨房へ入る。

「ジェイコブさん」

 ドレイクが声をかけると厨房に立つ一人の料理人に声をかけた。するとコック服を着ているおじさんが振り返る。

「おう、ドレイク。手伝ってくれるのか?!」
「はい、マダムから頼まれました」

 ドレイクが答えるとおじさんはマダムと同じように申し訳なさそうにした。

「そうか、すまないな。急にこんな事を頼んじまって」
「いいえ、大丈夫ですよ。それより、今から手伝わせて頂きます。それと、こっちはコーディーと言います。俺の友人で、彼も手伝ってくれることになりました」

 ドレイクの紹介に不服な点がいくつかあったが僕は訂正せず、とりあえず挨拶した。

「コーディーです。皿洗いとか簡単な事ならお手伝いできると思うので、よろしくお願いします」

 僕がペコっと頭を下げて挨拶すればおじさんは朗らかに笑った。

「おや、ありがたいねぇ。こっちは猫の手も借りたいぐらいだったんだ、助かるよ」

 そうおじさんは言い、厨房のシンクを見ればこんもりと汚れたお皿やコップで埋め尽くされていた。

 ……これは頑張んなきゃ!

 僕は心の中でもう一度気合を入れる。

「とりあえず、荷物を置いてエプロンをつけてきます」
「ああ。他の子達には俺から説明しておくよ。おーい、みんな集まってくれ!」

 おじさんは残っている店員の子達を呼び、ドレイクは「コーディー、行くぞ」と僕に声をかけた。

 そして僕達は厨房から離れて狭い廊下を通った先にあるこじんまりとした休憩室へと入る。そこの椅子の上にドレイクは買い出しの紙袋を置き、僕もその椅子の背に肩掛け鞄をかける。

「ほら、汚れないようにこれをつけておけ」

 ドレイクは壁にかかっていた首から掛けるエプロンを僕に渡した。そしてドレイクもエプロンを付けるが、僕とは違う腰に巻くタイプのエプロンだった。
 どうやら給仕と裏方ではエプロンが違うようだ。僕はエプロンを着用しながらそんな事を思う。
 しかしちょっとした疑問があったのでドレイクに聞いてみた。

「ねぇ、ドレイクはここで働いたことがあるの?」
「騎士になる前にな。まだガキの頃だ」

 ドレイクは短く答えた。でもそれで十分だった。

 ……やっぱりここで働い事があるんだ。道理で手慣れてるんだな。

 そう思うとドレイクは仕事をしやすいようにシャツの袖を捲り、棚に置いてある布巾と鉛筆、注文票をズボンのポケットに入れると僕を見た。

「用意はできたか?」
「うん」
「よし、戻るぞ」

 ドレイクはそう言うと先を歩く。なので僕はその後ろをまたついて歩き、厨房へと戻る。そうすればおじさんが声を上げた。

「おぉ、そうしてると昔を思い出すな、ドレイク」
「またこのエプロンを付けることになるとは思いませんでしたよ」

 ドレイクは笑って軽く答え、それから厨房のテーブルに置かれている料理に目を向けた。

「では早速仕事に取り掛かります。ジェイコブさん、こいつをお願いします」
「ああ、わかったよ。ありがとう」
「じゃあコーディー、後はジェイコブさんに聞いてくれ」

 ドレイクはそれだけ言うと、僕の背中をぽんっと叩いた。まるで頑張ってくれ、と言いたげに。

「うん、わかったよ」

 僕が答えるとドレイクはテーブルに並んだ料理が乗ったお皿をひょいひょいっと持つと颯爽と給仕に向かった。その姿は様になっていて、ちょっと、いや大分カッコいい。

 ……給仕もできるなんてすごいな。ドレイク。

 僕は尊敬の眼差しでドレイクの背を見送ってしまう。だけど、そんな僕におじさんは声をかけた。

「えっと、コーディー君と呼ばせてもらっていいかな?」
「はい」
「私はジェイコブだ。今日は本当にすまないね、助かるよ」
「あ、いえ。僕でよければ! ところでジェイコブさん、ここのお皿やコップを全て洗えばいいですか?」
「ああ、そうしてくれると助かるよ。ここで洗って、この魔導乾燥機に入れて魔石を押してくれれば、数秒で乾燥するから。乾燥したお皿はこの棚に、コップは隣の棚に並べてくれるかい? もしわからないことがあれば、すぐに聞いてくれればいいからね」

 おじさんに説明され、僕は「はい、わかりました」と答える。

 ……やることはそう難しくない。でも量がすごいから、お皿を割らないように気を付けて片付けていこう!

 僕はドレイクと同じようにシャツの袖を捲り上げ、気合を入れて早速皿洗いに徹した。





 ――――しかし、それからは怒涛の数時間で。
 人気店らしく、どんどん注文は入っては料理や飲み物、デザートが運ばれて行き。同時に洗い物も片付けた内から増えていく。
 その中で僕はあくせく動き、皿洗いだけではなく、厨房を一人で回すジェイコブさんの手伝いで野菜を切ったり、お皿を並べたり、盛り付けをした。そしてドレイクも慌ただしく厨房とテーブル席を行ったり来たり。

 ようやく一息つけるようになったのは夕方前。
 マダムが帰ってきて、そしてお店のティータイムが終わり、ディナータイムまでにお店を一時的に閉めて準備に入る頃だった。


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