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11 戻って来たぞ
しおりを挟む……よぉーし、あとは寝るだけ。いつもよりちょっと早いけど、さっさとお布団に入っちゃおー。
歯磨きも終えた後の僕はそう思ってベッドに向かおうとした。
けれどそんな時、夜だというのに玄関を誰かがノックした。
……こんな夜に誰だろ? もしかして姉さん?
不思議に思うが、時々ゴールウェイ姉さんやエニス姉さんが近くのパブで飲んで、そのまま魔塔に帰らずに僕の家を宿屋代わりに使う事もあるので、僕は疑う事もなく玄関へと向かう。
だが玄関先の待ち人は待ちきれないのか、コンコンッともう一度ドアをノックした。
なので僕は「あ、はいはーい」と答えて、急いで玄関の鍵をガチャンと開ける。
……このせっかちな感じ、エニス姉さんの方かな?
「姉さん、また泊まりにきたの?」
僕はそう声をかけながらドアを開ける。そこには見知った姉さんがいると思って。
しかし、ドアを開けた瞬間見えたのは屈強な体で……。
「よう。戻って来たぞ」
にっこり笑顔で玄関先に立っていたのは、赤髪の騎士様だった。
「……ッ!!!!」
なので僕はハッとして即座にドアを閉めようとするが、ドレイクはさすが騎士なだけあって反射神経が早く、閉めようとしたドアを掴まれ、逆に力任せにぐいっと開かれた。おかげでドアノブを持って閉めようとしていた僕の方が体勢を崩し、ドレイクの硬い胸板に顔からダイブしてしまう。
「うぷっ!」
「鈍臭いな」
ドレイクはビクともせずに僕を抱き止めて言った。しかしドレイクの言葉とは反対に僕の顔は引きつり、すぐにドレイクから離れる。
……誰がどんくさいだ! あなたがドアを開いたからでしょ!!
大きな声で叫んでやりたかったが、今は夜だ。アパートメントのご近所さんに迷惑はかけられないので、ぐっと堪えて小さな声で僕は尋ねた。
「ドレイクさん、おかえりになったのでは?」
僕が怒りを抑えながら尋ねるとドレイクはにっこりと笑った。
「ああ、帰ったぞ。それで荷物を持って戻ってきた。今日は泊めさせてもらう。お前も明日は休みなんだろう? 明日は俺に付き合え」
「ハァッ!? ぅぷっ!」
思わぬ事を言われ、さすがの僕もご近所さんの事をすっかり忘れて大きな声が出てしまった。だが、すかさずドレイクが僕の口を大きな片手で塞ぐ。
「馬鹿、声が大きい。夜なのに近所迷惑だろう」
「ッフムム―――ッ!(あなたのせいなんですけど!?)」
僕は喋れないから鼻息だけで抗議する。
「とにかく中に入れろ。このままここで立ち話をさせる気か?」
ドレイクに言われ、僕はしぶしぶと家の中に入れた。そうすればドレイクはやっと僕の口を塞いでいた手を退かす。
……くぅ、もう二度と家に入れないと思っていたのに!!
悔しさに僕はぐっと手を握る。しかし、その怒りの原因である本人は実ににこやかだ。
「風呂に入ったのか。いい匂いがするな」
呑気な声で言われ、僕はイラっとする。なのでついに僕はハッキリ言う事にした。
「ドレイクさん、家に帰るって約束しましたよね!?」
「ああ、家に帰ったぞ?」
「じゃあ、なんで戻って」
「戻ってきちゃダメなんて一言も言わなかっただろ? 俺は約束は守ってるぞ?」
……なんていう屁理屈!
にこやかに笑いながら言われ、逆に僕はムッとする。 そして、改めて数時間前のやり取りを悔やんだ。
なぜドレイクがあっさり帰ったのか。なぜ明日の休みを聞いてきたのか。もっとよく考えるべきだったのだ。
……なんで明日は休みだって答えちゃったのッ!!
悔やんでも悔やみきれない凡ミスである。しかし後悔しても遅い。
「や、約束は守ってるかもしれないけど、急に泊まるなんて困ります!」
「何が困るんだ?」
「何がって」
「もう寝るだけだったんだろう?」
「そ、それはそうですけどっ」
「じゃあ、いいだろ?」
……いいわけないだろ!
僕は叫びたいのをぐっと堪えるが、その隙にドレイクは勝手に部屋の奥へと入っていく。
「あ、ちょっとぉ!」
「別に俺が泊ったところで本当は困らないんだろう? ここには魔女も何度か泊ってるようだしな」
ドレイクは持ってきたそれほど大きくない荷物を床に置きながら言った。
どうやら開けた時に僕が言った言葉をしっかりと覚えていたようだ。
「でも、だからって僕にも予定ってものが!」
……早起きして魔塔に逃げ込むはずだったのに!
「まあ、予定があるなら俺がお前に付き合う。本当に予定があるならな?」
まるで僕の予定がないことを知っているかのような口ぶりに僕は思わず口を噤む。そんな僕を見て、ドレイクは追い打ちをかけた。
「まあ、本当は明日の朝に来てもよかったんだが、来る前にどこかに雲隠れされたら困るからな」
「べべべ、別にどこにも隠れたりしませんけど!?」
嘘が下手な僕は明後日の方向を向いて答える。そんな僕を見てドレイクは少々呆れた目で僕を見た。
「正直か。……まあ、そう言う訳だから今日は泊るぞ」
ドレイクはそう言うと、おもむろに着ていた上着や上衣を脱ぎ始めた。すると鍛えられた屈強な体が服の下から現れる。まさに肉体美とは彼の為にある言葉だろう。同じ男として少し羨ましい。
けれど、今はそんな呑気な気分にも浸ってられなかった。
「ギャッ!! な、ななんで脱ぐんですかッ!!」
僕は思わずドレイクから距離を取って尋ねる。
でもそれも仕方がない。なにせ、この人は僕を『抱きたい』と言ったのだから。
なので壁側に逃げるが、そんな僕を見てドレイクはにやりと笑うとずんずんっと近寄ってきた。
……ギャアアアッ!! なんでこっちに来るの!
「ちょ、あっちに行ってください!」
「嫌だね」
ドレイクはそう言うと僕を壁際に追い立て、壁に両手を付くと僕を内に閉じ込めた。
目の前には盛り上がった胸筋にくっきりと割れている腹部。腕は筋張っていて、二の腕なんか僕の腕の二倍はありそうなほど太い。まさに筋肉に覆われた鎧のような体だ。
圧倒的筋肉量の違いに僕は敗北を悟る。この人に勝てないと。
……あ、あぅぅぅぅぅぅっ。
逃げられない僕はまさに追い立てられた小動物のようで、心の中で小さな鳴き声を発する。しかしそんな僕を見てドレイクはつまらなさそうな顔を見せた。
「普通なら顔を赤らめるところなんだがな……嬉しくないのか?」
「嬉しいわけないでしょ!」
「……変な奴だな」
ドレイクは小さく息を吐きながらそう言うと僕から離れた。なので僕はホッとするけれど同時に苛立つ。
……変なやつって、あなたに言われたくありませんよ!!
僕はドレイクの背中を見て、思わずぷくっと頬が膨らむ。でも、そんな僕を他所にドレイクはラフな夜着を手にして僕に振り返った。
「風呂、借りるぞ」
ドレイクはそう言うと僕の言葉も待たず、上半身裸のままトイレと併設されている浴室へ向かった。どうやら昨日トイレに行った時に風呂場の位置もしっかりと覚えたらしい。
だがそんな事よりも、もう自由人過ぎてもはや言葉も出ない。
……もう、何なのあの人。なんかドッと疲れた。僕、寝る前だったのに。……とにかくソファで寝る準備しよ。
僕は「はぁ」と小さく息を吐きながら、いそいそとクローゼットから予備の毛布と枕を取り出す。
姉さん達が泊まりに来た時に僕がソファで寝る為に用意しているやつだ。さすがに姉さんと一緒にベッドで寝る訳にもいかないし、女性をソファで寝させるわけにもいかないからね。
なので僕はいつものように、ダブリン姉さんが買ってくれたソファの上に置く。
……ドレイクをソファに寝かせてもいいけど。このソファじゃ、ドレイクの体ははみ出そうだもんなぁ。やっぱり僕のベッドを貸さなきゃいけないよな、ムカつくけど。
僕はムカムカしながら思うけれど、体格差を考えれば仕方ないだろう。それにソファに寝かせて壊されたら、それこそ堪ったものじゃない。
……仕方ない。ここはぐっと我慢して、こっちで寝よう。
僕は部屋の奥から聞こえてくるシャワー音を聞きながら、ソファに枕と毛布を掛けて簡易ベッドを作る。そして早速、ごろんっと横になった。
……ドレイクが出てくるまでは起きてなきゃ。何されるかわかったもんじゃないし。……いや、逆に寝たふりをしてた方がいいのかも!? 起きてたら何言われるかわからないし。
僕は天井を見上げながら考える。
だが昨日、ドレイクのせいでイライラして寝付けなかった僕は少し睡眠不足で、なおかつ今日も姉さんに色々と仕事を頼まれて疲れていた。
なので考えている内にうとうとと瞼が落ちてきて、うっかり、すっかりそのまま眠ってしまったのだった。
――――次に起きた時、寝てしまった事を後悔する事を知らずに。
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