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9 恋の病

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 ――――それはドレイクが酔っぱらったコーディーを連れて帰り、二カ月が経った夕方。
 フォレッタ亭の店のドアが開店前にもかかわらず開き、カウンターで準備をしていたローレンツはすぐに声を上げた。

「お客さん。すまないけど、まだ準備ちゅぅ……ってドレイクじゃねーか」

 店に入ってきた幼馴染の顔を見てローレンツは名を呼んだ。しかし、ドレイクが珍しく浮かない表情をしている事に気が付き、目を瞬かせる。

「なんだ暗い顔して。何かあったのか?」

 ローレンツが尋ねればドレイクは何も答えずに目だけを合わせ、それを見て何かあったのだとローレンツは察した。そして開店前の客がいない時に来たということは、ソレは誰にも聞かれたくないことだとすぐに勘づく。

「まあ、とりあえず座れよ。酒、飲むか?」

 ローレンツが勧めると、ドレイクは「ああ」と答えていつもの席に座った。その間にローレンツはカウンター内に戻り、ビールと小皿にのせた乾きものをドレイクの前に出した。するとドレイクは辺りを見回し「嫁さんは?」と尋ねた。

「足りないものがあったんでな、ターニャには近くの店まで買いに行ってもらってる」
「そうか」
「で? ターニャにも聞かせたくない話なのか?」

 ローレンツが尋ねるとドレイクは少し躊躇った後、ジョッキに入ったビールをぐいっと一口飲むと、ローレンツに尋ねた。

「ローレンツ、ある人物にだけ反応する魔法って聞いた事あるか?」
「ある人物にだけ反応する? 反応って何がだ?」
「なんというか、見ていると体が熱くなると言うか。……魅了の魔法みたいな」

 歯切れ悪いドレイクの話にローレンツは首を傾げながらも顎に手を当てた。

「魅了の魔法みたいなのねぇ。聞いたことはないが……。なんだ、お前に懸想でもしている女の子に魔法でもかけられたのか? 用心深いお前が珍しいな」
「いや、城の魔法使いに見てもらったが術をかけられてはいないらしい」
「なんだ。専門家に診てもらってるなら、そっちに聞いた方が早いだろ。俺なんかに聞くよりも」
「城の魔法使いにはもうすでに聞いた。が、魅了の魔法のようなものは他にないらしい。媚薬や惚れ薬の線も見てもらったが反応はなかった。だから……お前ならここに来る客からそういったたぐいの話を聞いていないかと思ってな」

 ローレンツはドレイクから聞いて、なるほどと納得するが、あいにく店に来る客からそう言う話は聞いていなかった。

「ある人物にだけ反応する魔法、ね。今のところ聞いてないな。……ちなみに、その人物に何かされたとかは?」
「いや、関りはない。あるとすれば二カ月前に一度、話をしたぐらいで、それ以前もそれ以降も面識はないに等しい」

 ドレイクは眉間に皺を寄せながら答え、ローレンツはフムフムと顎に手を当てる。

「なるほど。で、なんでその人物に反応するって気が付いたんだ?」
「この前昼に見かけて。それ以降、見かける度に……こう」

 ドレイクがそこまで言うとローレンツはなぜかニヤニヤし始めた。なのでドレイクはムッとする。

「おい、なんでにやついてんだ」
「なんでって、そりゃぁお前、にやつきもするだろー。お前がそこまで鈍感だったとはな」

 ローレンツはからかうように言ったが、ドレイクの症状が何かわかったようだ。なのでドレイクは険を落として、すぐに尋ねた。

「わかったのか?」
「ああ、多分な」
「……魔法使いでもわからなかったのに」
「そりゃ、魔法使いでも専門外だろ。魔法というか病だしな」
「病だと?」

 ドレイクは目を丸くした。ここ数年、風邪もひいた事のない健康体だったからだ。

「一体、何と言う名の病なんだ。これは」

 ドレイクが答えを急かすように言えば、ローレンツはニッコリと笑って告げた。

「それはな、恋の病だ」
「……は?」
「だから、恋のやま」
「聞こえている」

 ドレイクは答えてローレンツを睨む。何を言ってるんだコイツは、という目で。
 けれど幼馴染であるローレンツに睨みが利くわけもなく、逆に呆れた視線を向けられた。

「もう一度聞くが、俺が何の病だって?」
「だから恋の病だよ。お前、その人に恋してるんだよ」

 ローレンツはハッキリと言い、ドレイクは深いため息をつく。

「俺が恋だと? そいつは俺の好みの正反対にいるような奴だぞ」
「ばーか、恋ってのはそういうもんなの。理屈じゃないの!」

 ……何が理屈じゃないだ。俺がアイツに恋するわけないだろ!

 ドレイクの脳裏に小柄で、とろそうなコーディーの姿が思い浮かぶ。

「お前も恋すれば変わるぞ~」

 ドレイクは『何を馬鹿な』と思い、そのまま口にしようとしたが、タイミングよく買い出しに行っていたターニャが戻ってきた。なので喉まで出かかった言葉は奥に引っ込む。

「ただいまー。あらドレイクさん、いらっしゃい」
「……ああ」
「おかえり、ターニャ。買い出し、ありがとう」

 ローレンツは笑顔でお礼を言った。
 その様子を見て、ドレイクは心の中で呟く。

 ……恋して変わったのはお前だけだろ。

 ドレイクはデレデレとする幼馴染の変わりようを見ながらしみじみと思う。なにせローレンツはさっきの言葉をそのまま体現しているからだ。

 実はローレンツも数年前まではドレイクと同じく騎士をしていて、特定の一人を作らずに浮名を流す色男だった。しかし魔獣との戦いで傷を負い、騎士を退役。だが療養先の病院でターニャに出会い、それから嫁さん一筋の硬派な男になってしまった。

「あなた、看板を外に出すわね。もうお客さんが待っているから」
「ああ、頼むよ」

 ローレンツはにこやかに返事をし、そしてドレイクに楽し気な視線を向けた。

「まあ、ゆっくり考えろよ」

 ドレイクはローレンツに言われ、不貞腐れた顔でビールを煽った。


 ――――そして。

 それからドレイクはしばらくコーディーを観察したが、やっぱり下半身はなぜかコーディーにだけ反応し、コーディーと会ってから三カ月後。
 ドレイクは痺れを切らして声をかけた。



 のだが―――現在。



 料理をするコーディーの後姿を見ながらドレイクは眉間に皺を寄せていた。

 ……俺がこいつに恋? やっぱり何かの冗談だろ。

 コーディーの後姿を見て、ドレイクは改めて思う。
 男にしては小柄な体、白い肌とは対照的な猫っ毛の黒い髪、そして晴れた日の湖のような青の瞳。

 ……確かに見目はまあ悪くない、だが好みでもない。そもそも相手は男だ。こいつのどこを好きになるって? ただ三カ月前に送った時に会っただけだと言うのに。

 そう思うが心とは違って体はコーディーを見ているだけで熱くなり、後ろから抱き着いてキスをしたい、と主張する。

 ……いやいや、違う。

 ドレイクは自分に言い聞かせるが、昨日キスした時の気持ちよさを思い出して、やっぱり視線はコーディーに向かう。

 ……やっぱり一度抱いたら、この気持ちは落ち着くか?

 そんな事を思いながら、キッチンでパスタを湯がくコーディーの後姿をじぃっと見つめる。
 だが、見つめているとトマトソースのいい匂いが漂ってきて、ドレイクのお腹が小さく鳴った。

 ……ここに居座る為に夕飯を食べさせろと言ったが、このうまそうな匂い。期待できそうだな。まあ、あいつを抱くかは夕飯の後に考えるか。

 ドレイクはそう思いつつ、大人しくソファに座って待った。

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