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続編

8 城門前で待ち合わせ

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 ――――それから日が暮れて、夕方の鐘が鳴った頃。
 僕は鞄を持って、魔塔から出ようとしていた。しかしそんな僕の服の袖をくいっと引っ張って、キラーニ姉さんが引き留める。

「コーディー」
「キラーニ姉さん、なに?」

 僕は問いかけるけどキラーニ姉さんはじぃっと僕を見つめるだけで何も言わない。

 ……な、なんだろう。まさか僕がこれからドレイクと会うなんてこと知らないよね?

「き、キラーニ姉さん、僕にまだ何か頼み事でもあったかな?」

 僕は顔を引きつらせながら尋ねるけど、キラーニ姉さんは何も言わないままじっと僕を見つめ続ける。なので僕は汗をたらたらと流す。
 けれどそんな時、もう一人の姉さんが現れた。

「キラーニ、何してるの? もう終業時間は過ぎたのよ、コーディーを引き留めちゃダメじゃない。明日は休みなんだし、早く帰してあげなきゃ」
「ゴールウェイ姉さん」

 僕が名前を呼ぶと、ゴールウェイ姉さんはパチンっと僕にウインクした。

「さ、早く帰りなさい」
「う、うん、じゃあ、またね」
「ええ、また!」

 ゴールウェイ姉さんはなぜかにっこりと笑って僕を見送った。

 ……ゴールウェイ姉さん、どこかご機嫌だったな。何か良いことでもあったのかな?

 僕はゴールウェイ姉さんの笑みの理由をわからないまま城門前へと向かった。
 そして城門前に着けば、夕日に映える赤髪が見える。

 ……やっぱりいるよねぇ。

 僕は小さくため息を落とす。

 ……あー、行きたくない。でも行かなかったら家まで来そうだし。はぁぁぁっ。

 僕はとぼとぼと歩いて、城門に寄りかかって待っているドレイクの元まで行く。そうすればドレイクも僕に気がついたようだ。

「今日は逃げずにちゃんと来たな?」

 ドレイクに昨日勝手に帰ったことを揶揄されて、逆に僕はむすっとぶすくれる。

 ……今日だってひとりで帰りたかったんですけど!!

 そう心の中で叫ぶが、城で働いている人達が通りかかり、珍しい組み合わせの僕達を見て怪訝な視線を向ける。

「おい、あれって魔塔の小間使いだろ? なんで騎士団のドレイクと一緒なんだ?」

 そんな会話まで聞こえてきた。

 ……ここにいたら、噂話にされちゃう!

 僕はそう思って慌ててドレイクに声をかけ、急かすように背を押す。

「は、早く行きましょう!!」
「ん? ああ」

 ドレイクは僕に急かされて、戸惑いつつ僕と共に城門前から足早に離れた。
 そして城門から離れたところまで来ると。

 ……よし、ここまでくれば大丈夫かな。でも用心の為に。

 僕はすすすっとドレイクから数歩離れる。でも、そんな僕を見てドレイクは怪訝な顔をした。

「おい、なんで離れるんだ?」
「気にしないでください。僕の家は知ってるでしょ、先を歩いてください」
「はぁ?」

 ドレイクは片眉を上げ、不機嫌そうに声を上げた。そして離れた僕に近づくが、僕は近づいてきた分、また離れる。

「おい、なんで離れる」
「隣を歩いて、噂になりたくないからです。あなた、目立つんですよ」

 僕が正直に答えるとドレイクは驚いた顔をした。

「噂になりたくないなんて、初めて言われたぞ」
「あー、そーですか!」

 僕はドレイクの自己肯定感の高さに少しイラっとする。

「先を歩いてくれないのなら、僕が先に歩きます!」

 僕はそう言ってドレイクの先を歩こうとするが、パシッと手を掴まれた。

「ちょ、離して」
「別に噂ぐらいなんてことないだろう。それに昨日みたいに逃げられたら困るからな」
「なっ、僕は逃げないって」
「ほら、さっさと行くぞ」

 ドレイクはそう言うと僕の手を握ったまま歩き出した。

「ちょ、ちょっとぉ!」

 僕は声を上げるが、ドレイクはお構いなしに先へと進む。

 ……もぉー、ホント、人の話を聞いてよ―っ!

 そう思うけれどドレイクの手は力強く、やっぱり振りほどけない。そして結局僕は昨日と同じようにドレイクに手を引かれて家まで帰り着くことに。

「ほら、鍵を開けろ」

 ……僕のお家なのに!

 命令口調で言われ、僕はムッとする。でもここで開けない訳にもいかないので僕はポケットから鍵を取り出し、ドアを開ける。なので中に入るが、当然のようにドレイクも家の中に入ってくる。

 ……昨日と言い、今日と言い、遠慮ってものがないの?!

 僕がじろりと睨むように見るとドレイクは「なんだ?」と尋ねてきた。でも答えるのは癪なので僕はドアの内鍵を閉めて「なんでも!」と素っ気なく答えた。
 でもドアを閉めてハッとする。

 ……何気なく家に入れちゃったけど、僕を襲おうとしてる人を入れるなんて危険だったのでは?!

 今更ながらに気がつく僕。
 そしてちらりとドレイクを見れば、呆れた顔で僕を見た。

「野獣を見るみたいな目で見るのはやめろ。すぐに襲う気は無い」

 ドレイクに言われて僕はホッとする。

 ……良かった。襲う気はないんだ。……ん? でもすぐって言ったよな? という事はゆくゆくッ?!

 ハッと気がつくがドレイクは「勝手に邪魔するぞ」と言って立ち尽くす僕を置いて、言葉通り勝手に中に入った。僕の家に来るのは二回目だから、まさに勝手知ったるだ。

「あ、ちょっとぉ!」

 呼び止めるけど、無視して中に入っていく。そして部屋の中に入ると遠慮することなく、ドレイクはソファに座った。それは僕がダブリン姉さんから一人暮らし祝いに貰ったものだった。

『ダブリン姉さん、こんな大きなソファなんていらないよー』
『あらあら、そんなことないわ。コーディーに友達ができたら部屋に呼ぶこともあるかもしれないでしょう?』

 そう言って家具屋さんで買ってくれたのだ。そしてまさに今、ダブリン姉さんの言う通りになっている……だけど。

 ……こんな横柄な友達はヤダ!!

 僕はそう思いながらソファに座るドレイクを見る。しかし、僕の視線を感じたのかドレイクは声をかけてきた。

「友達が来たのに、茶のひとつも出さないのか?」

 ドレイクに催促され、僕はムッとする。

 ……誰が友達だ!

 心の中では反論するが、ドレイクに力では敵わないことはもう実体験済み。なので、何かされるよりは、と思って僕は「ハイハイ」と適当に答えてキッチンに向かう。

 ……もう本当になんなの、この人。

 心の中でぶつくさ言いつつ、僕はお湯を沸かす準備をする。水を入れたポットを魔石コンロの上に置き、スイッチを入れる。するとすぐに火が点く。
 でもそれを見ていたドレイクは僕に尋ねた。

「魔法で沸かさないのか?」

 聞かれて僕は一瞬言葉に詰まる。
 普通の魔法使いなら、呪文一つでお湯を沸かすことなど造作もないことだからだ。でも僕は魔法使いを名乗っていても、お湯を沸かすことはできない。というか、事情があって魔法を使えないのだ。けれど、それをドレイクには言いたくない。

「別にいいでしょ。お茶を飲んだら帰って下さいよ」

 僕は適当にあしらって、食器棚からティーポットやマグカップ、紅茶の葉を取り出して用意する。けれど、後ろから突き刺さる視線と無言の圧。
 そして、あっさりと準備が終わりお湯を待つだけになってしまった僕には沈黙がやたらと重く感じて。
 だから、問いかけてみた。

「ところで昨日のお話ですけど、その……まだ僕に何か感じてるんですか?」

 ちらりと視線を向けて尋ねればドレイクはこう返してきた。

「俺に抱かれる気になったか?」
「お断りです!」

 僕は速攻で断る。そしてすぐに危機感が募る。

 ……や、やっぱり家に入れるのは間違いだったんじゃぁ。

 そう思うけれど、僕が屈強な騎士を家から追い出せるわけもない。とりあえず、今はお茶を飲ませてさっさと帰って貰おう、と改めて思う。

 ……でも、どうして僕だけに執着するんだろう。ドレイクは魔法や呪いにかかっている様子はないし。かといって魔法を使えない僕が魅了の魔法をかけられるわけもない。そもそも魔法が使えてもかけないし。魔塔に置いてある魔導書を何冊か読んだけど、それらしい答えはなかった。姉さん達に聞こうかとも思ったけど……詮索されると困るし。そもそもどうして僕? まあ、そう一番思っているのはドレイクだろうけど。

 僕はそう思い、ちらりとドレイクを見る。そうすれば、カチッとドレイクと目が合ってしまった。なんだか居た堪れなくて、僕はすぐに目を反らす。でもそうしている内にお湯がやっと沸いた。
 なので僕はさっさとお茶を淹れて、ドレイクにすぐ差し出した。

「はい、お待たせしました!」

 さあ、今すぐ飲んで、さっさと帰って下さい! と言わんばかりに僕が出したからか、ドレイクはもの言いたげな顔で僕を見た。でも何も言わずに僕が淹れたお茶を大人しく飲む。

 ……よーし! もう帰ってもらえるぞ!

 そう思ったが、ドレイクは食卓のテーブルに置いてある物を指さした。

「あれは今日の夕飯の材料か?」
「そうですけど?」

  テーブルにはトマトペーストの瓶とパスタ、バジルなんかが置いてある。今日の夕飯に、と思って朝の内に出したものだ。

「そうか、夕飯までご馳走してくれるなんて優しいな?」
「はぃッ!?」

 ドレイクにとんでもない事を言われて僕は素っ頓狂な声を上げる。

「ちょ、夕食まで食べて行くつもりですか?! お茶したら帰るって約束は!」
「俺は別に帰るなんて言ってないぞ? お前がそう言っただけだろ。それに酒に酔ったお前を送ってやった礼をまだしてもらってない気がするが?」
「うっ!」

 ……その事を言われたら、何も言い返せない。

「じゃ、じゃあ、夕食をご馳走しますから、それで貸し借りはなしって事にして下さい! あと、食べたら帰るって約束して!!」
「はいはい、分かったよ」

 ドレイクは手の平をヒラヒラとさせて、返事をした。

 ……本当にわかってんのかなー?!

 そう思うが約束は約束。もうこうなったら、さっさと食べて帰ってもらうしかない。

 ……お茶だけで済むはずだったのにぃー。くそぉ、あえて不味く作っちゃおうか。

 そう不埒な考えが過ぎるけど。

「昼飯のサンド、美味しかったから夕飯も期待してるぞ」

 そう言われたら不味く作れない。

 ……まあ、僕も食べるんだし。仕方ない、普通に作ろう。そして、とっとと食べてもらって帰ってもらおう!

 僕はひとり意気込み、早速鍋を引っ掴んで調理に取りかかった。




 一方、その後姿を見つめるドレイクは数日前、フォレッタ亭でローレンツに言われた事を思い出していた。

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