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クリスマスには
3 先輩
しおりを挟む――――それから食事を終えた俺達はレストランを出て、三年前と同じようにバーへと行こうとする。が、その前に俺は手洗いに向かう。
……今回は三年前のリベンジだ。気合入れて行こう。
俺は鏡に映る自分に言い聞かせる。三年前のクリスマスは悲しい思いをしながら帰ったけれど、今回は楽しい気持ちのまま帰るんだと心に決めて。
そして、外で待っているだろう京助さんの元へと向かおうと外へ出る。でも外に出て見れば、京助さんは俺と同じ年ぐらいの女の子に声をかけられていた。
……この人って、まったく!
色男過ぎる京助さんに俺は内心むすっとしながらも、声をかけた。
「京助さん」
俺が呼びかければ京助さんはすぐに「夏生」と振り返った。そして一緒にいた女性も俺に視線を向ける。でも思いがけない声をかけられた。
「吉沢君」
名前を呼ばれて俺は驚く。俺は彼女が誰だかわからなかったから。
……え、俺の知り合いっ!?
そう思った事が顔に出ていたのか、彼女はくすっと笑った。
「私の事、すっかり忘れてるみたいね。酷いわ」
「あ、すみません」
俺は謝りつつ、頭の中で誰だったか検索する。けれど、この人が誰なのかやっぱりわからない。一体誰なんだ?!
「まあ、あれから七年近く経っているんだから忘れてても仕方ないか」
そう言われて俺は七年前を思い出す。
……七年前ってまだ高校生だった頃だろ? 俺の身近にこんな子……アッ!
「もしかして、ミナミ先輩!?」
「あ、思い出してくれた?」
彼女はニッコリと笑って言った。その笑顔は確かに俺の知っている先輩そのものだ。
……けど、お化粧もバッチリで、こんなお洒落な服を着てたら誰だかわかんないよ。それに先輩には……あんまりいい思い出ないし。
俺は彼女を見て、昔を思い出す。なんたって、彼女こそ俺が初めて付き合ってフラれた相手なのだから。
……でも今思えば、告白されて舞い上がって、あんまり好きでもないのに付き合っちゃった俺が悪いんだけど。
けれどそんな風に思っていたら、彼女は京助さんの前で言って欲しくないことを言った。
「レストランで見かけて、私はすぐにわかったのに吉沢君てば気が付いてくれないんだもの。数ヶ月とも言えど付き合った間柄なのに」
……げっ!
「ちょ、先輩」
そんな事、言わないでよ。と思うけど、京助さんも勿論聞いていて。
「へぇ、夏生と付き合っていたんですか」
京助さんはニッコリと笑って尋ねていた。
……京助さん!?
なんで尋ねてるの!? と思う気持ちとは裏腹に彼女は京助さんの問いに答えていた。
「ええ、まあ数カ月だけ」
彼女はふふっと笑って言った。まさか問いかけた相手が俺の恋人だとは思っていないのだろう。なので俺はこれ以上、話を広げてもらいたくなくて声をかけた。
「それより、先輩はどうして俺に?」
もう数年も会っていないのに、どうしてわざわざ声をかけたのか。昔付き合っていたとしても数ヶ月だし、七年近く前だ。それに彼女は俺と別れた後にすぐに別の彼氏を作っていた。彼女もまた俺に本気じゃなかったのは知っている。
だからこそ、話題ずらしと共に尋ねたのだが。
「久しぶりに会ったし、それに懐かしくて。ねえ、もしよかったら連絡先を教えてくれない? 今度一緒に食事でもしに行こうよ」
彼女はそう俺に言った。だが俺は連絡先も教えたくないし、食事にも行きたくない。しかし、ハッキリと断るのも失礼な気がして。
「あー、えっと」と困惑していると京助さんはがっしりと俺の肩を掴んだ。そして俺の代わりにハッキリと告げる。
「すみませんが夏生には嫉妬深い恋人がいるので、それは無理ですね」
「え?」
「え!?」
彼女はまさか京助さんに断られるとは思っていなかったのか驚いた声を上げ、そして俺も京助さんが俺の代わりに言うとは思っていなかったので驚いた。
でもそんな俺に京助さんは言った。
「さ、夏生、行くぞ。では失礼します」
京助さんはにっこりと笑って彼女に言うと、俺の肩を掴んだまま引っ張った。
「え、あ、京助さん!?」
俺は困惑したまま引っ張られるままに連れて行かれる。おかげで、別れの挨拶もなく彼女から引き離された。そして俺達はポカンとする彼女を置いて歩いて行き、同じフロアにあるバーではなく、すぐにやって来たエレベーターに乗り込む。
それから京助さんはすぐに閉めるボタンと階層のボタンを押して、エレベーター内は二人っきりの密室に。
「えっと、京助さん? この後はバーに……?」
行く予定なんだけど? という言葉を飲み込んで、俺がこわごわと顔を上げると京助さんは俺をじぃっと見ていた。
「お前の好みってああいう感じ?」
なんとなくいつもより低い声で言われて俺はなぜか肩身が狭い。
「い、いや、京助さん、あの先輩とはちょっとの付き合いで」
「でも、あの子がお前を泣かせた例の彼女なんだろう?」
京助さんに言われて俺はギクッとする。
なにせ俺と京助さんが出会いは俺が初めての彼女相手に勃たなくて、その相談に乗ってもらったところから始まったのだから。
「い、いや、まぁ、そうだけど~」
「へー、あの子がねぇ。これは嫉妬深い恋人が黙ってないなー。なんだか今日はやけ酒を飲みたい気分だな」
京助さんは不機嫌そうに俺に言う。だから俺はおろおろするしかなくて。
「京助さん、あの人の事なんて俺はもう別にっ」
「でも、誘われた時にすぐ断らなかったじゃないか」
「あれは断る理由を考えててっ。だから誘われるつもりも連絡先も教えるつもりも」
「どうかな、俺がいなかったら」
「そんなっ、俺には京助さんしか!」
そこまで言った時だった。顔を上げれば、京助さんはくすっと笑っていた。
「え?」
「わかってるよ」
「……きょう、すけさん?」
俺は戸惑うけれど、その間にエレベーターは京助さんが押した階に着いた。そしてエレベーターから俺達は外に出る。どうやら客室のある階に止まったようで、辺りは静かだ。しかし今はそんな事はどうでもいい。
「京助さん、わかってるって?」
「夏生が断ろうとした事。でも夏生が慌てふためくから、ちょっと意地悪した。悪い」
京助さんはそう言った。なので俺は一瞬呆気にとられる。
「い、意地悪!? 俺は機嫌を損ねたかとっ」
「悪い悪い、ついな」
……ついってなんだ、ついって! 俺はデートが台無しになりそうだって焦ったのに!
そう思うと、俺はなんだか段々イラっとしてきた。
……大体、恋人の元カノに会ったと言うのに、この余裕はなに? 過去の事には嫉妬しないって事? それにしたって、もう少しやきもちを焼いてくれてもいいんじゃない? 俺なんか、京助さんが他の人と付き合っていただろうと考えるだけで気分が悪いのに! 京助さんって、俺の事が好きなんだよな?
そんな事わかり切っているのに、俺は余裕の顔をしている京助さんを見ると不安になってしまう。
「それより夏生、この後はバーに行く予定だったけど今日はもう切り上げて帰ろう」
「え!?」
「もしかしたら、さっきの彼女と鉢合わせたら気まずいだろ?」
京助さんはそう俺に言った。確かにまた会うのは気まずすぎる。
けれど今日の俺は三年前のリベンジをする為に、バーに行くのを楽しみにしていた。あの悲しい思い出を払拭できるって……でも。
「そう言う訳だから帰ろう」
京助さんはエレベーターの呼び出しボタンを押して言う。
でも俺はそんな京助さんの手を取って引っ張る。偶然にも下りた階がここで良かったと思いながら。
「夏生?」
京助さんは驚くけれど、俺は気にせずに京助さんを引っ張って廊下を歩く。
「夏生、どこに行くんだ」
ここには客室しかないぞ? と言う言葉を含んだ声を聞きながら俺は目当ての部屋番号を見つけて、そのドアの前に立つ。
「おい、夏生?」
俺を呼ぶ京助さんを放って、俺はポケットに入れていたカードキーでドアを開けた。そして京助さんを中へと引っ張り込み、鍵を閉める。
「夏生、部屋を取ってたのか?!」
京助さんは中に入るなり、珍しく驚いた声を上げ、そして心配げに俺に尋ねる。
「部屋まで取って……お前、いくら使ったんだ?」
……こんな時にお金の心配!?
子ども扱いされて、俺はますますムッとしてしまう。
「別に心配されなくたって大丈夫だよ」
「そうは言っても高かっただろう」
社会人になりたての俺を心配して京助さんは言ってくれたのだとはわかる。でも、今はそんな心配をして欲しくなかった。
「そうだとしても、俺は京助さんと泊まりたかったんだ。あの時の悲しい思い出を変えたくて! なのに京助さんは俺の元カノと会っても平然としてるし、バーには行けないしっ」
「……夏生」
「今まで聞かなかったけど、京助さんは俺と離れてた時、誰かと付き合ってた? だから俺が誰と付き合ってても平気?」
こんな事言いたいわけじゃないのに、どうしてか口から勝手にポンポンッと言葉が出てしまう。
……こんなんだから子ども扱いされるのに。それに付き合って言われたら、俺……。
俺は言った端から後悔する。でもそんな俺に京助さんは尋ねた。
「夏生、俺が離れていた時に誰かと付き合っていたらどうする? 嫌うか?」
京助さんに寂しい声で問いかけられて、俺はハッと顔を上げる。
「嫌う訳ない! ……でも正直に言うとすごく嫌だ」
俺が正直に言えば京助さんはフッと笑って俺の頭をポンっと撫でた。
「俺も同じだ。それに平気なわけないだろ? さっき嫉妬深い恋人がいるからって断っただろ」
「けど京助さ、んんっ!」
言いかける俺の口を京助さんは無理やり唇で塞いだ。しかも軽いキスじゃなくて、濃厚なやつ。
「んっ……んんっ……ふっ、はぁっ、きょ、うすけ、さん」
唇が離れて俺は息を吸う。そんな俺をドア際に追い込んで、京助さんは俺を見下ろした。
「なら正直に言ってやる。本当は夏生の元カノなんて会いたくもなかった。そもそもそんな存在、抹消したいぐらいだ。それに俺も今まで聞かなかったが、夏生が離れていた間に誰かと付き合っていたかと思うと腸が煮えくり返りそうだ」
少し怖い目つきで見られ、俺は身を竦めてしまう。俺は優しい京助さんしか知らないから。
「お、俺はそんな相手っ」
「わかってる、だから聞かなかった。俺も同じだからな。……いや、本当の事を白状すれば誰かと付き合って夏生の事を忘れようとした」
京助さんの告白に俺は胸が痛む。でも京助さんは目元を和ませた。
「だけど駄目だった。だから誰とも付き合ってない、それが答えだ」
京助さんの答えに俺はホッとする。京助さんが俺と別れてから誰とも付き合ってないという事実に。でもそんな俺の顎に京助さんは手を当てた。
「これで嫉妬深い恋人の気持ちはわかったか?」
京助さんは言い聞かせるように俺に言った。なので俺は子供っぽい自分の発言を思い出しながら「……はぃ」と反省を込めて返事をする。
けれど、それだけでは京助さんは満足じゃなかったみたいだ。
「んー、夏生はまだ俺の事がわかってないみたいだな?」
「え!?」
「俺が本当は夏生が思うよりずっと嫉妬深くて、面倒くさいってことを教えてやらないといけないみたいだ」
京助さんはそう言うと、手にしていた鞄とロングコートを床にドサッと落とし、俺をドアに押しつけたまま俺のズボンのベルトをカチャカチャと外し始める。
「えッ!? ちょ、ちょっと京助さん!?」
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