京助さんと夏生

神谷レイン

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その後のふたり

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「京助さん、俺とえっちしよう」
「……は?」

 京助さんはぽかんっと口を開けた。



 ◇◇



 ――――二時間前。

 それはあの告白から一カ月が過ぎた頃で、やっと暑さが引き、涼しくなってきた九月の終わり。
 俺は朝から一人暮らしの部屋をピッカピカにして腰に手を当てていた。

 ……よし、どこも綺麗だな!

 俺は指差し確認して、準備万端な事を再確認する。なんたって今日は京助さんが一人暮らしをしている俺の家に来るのだから。

 ……あー、つい京助さんが家に来るのかぁ。なんだか不思議。

 俺はソワソワしつつ、ワクワクドキドキと胸を躍らせる。

 ……あの後いい雰囲気になったのに、父さんから電話が入ってそのまま別れたし。その後、京助さんの家に行ったけど何もなかったし。

 俺はぽすんっとベッドに腰を下ろして、あの日の後の事を思い返した。









 ――――太陽がゆっくりと沈みかけようとしている夕暮れ時。
 ようやく京助さんと通じ合い、笑い合った後、俺は京助さんに声をかけた。

「ところで京助さん、この後予定ある?」
「いや、何もないけど」
「じゃ、じゃあさ、折角会えたんだし、この後は!」

 そう言いかけた時だった。鞄に入れている俺の携帯が、タイミング悪く鳴った。

 ……もーっ、こんな時に!

 俺は鞄を睨む。そして俺はこのまま無視しようかとも思ったが。

「夏生、携帯が鳴ってるぞ」

 京助さんに言われて俺はしぶしぶと鞄から携帯を取り出す。そして見てみれば、着信画面には”父さん”の名前。

 ……父さん! タイミング悪いよ~!

 父さんが悪いわけじゃないけど、俺はついついムッとしてしまう。でも携帯を手に取った手前、このまま出ない訳にもいかない。俺はしぶしぶと電話に出た。

「もしも、父さん? どうしたの?」

 俺が尋ねれば呑気な声が返ってきた。

『あ、夏生。今日は家の方に帰ってきてるんだろう?』
「うん、そうだけど?」
『じゃあ、今日は久しぶりに家で一緒にご飯にしよう! 父さん、今から帰るから』

 突然のお誘いに俺は思わず「えッ!?」と声を上げる。

『ん? 駄目だったか?』

 ちょっとしょんぼりした声で父さんは言った。俺が一人暮らしをしてから、あまり会っていないからだろう。父さんは元々忙しいし。
 だから『無理』と言うのは気が引けて。でも俺はこの後、久しぶりに会えた京助さんと食事でも、と思っていたから。

『折角だから、寿司でも取ろうかと思ってたんだが……何か予定でもあるのか?』

 父さんに尋ねられて俺は言葉に詰まる。そして思わず京助さんに視線を向けた。
 だって五年ぶりに会ったんだ、話したい事も聞きたい事もたくさんある。このまま別れたくない。
 だけど、京助さんにも父さんの声が聞こえていたのか、俺だけに聞こえる小さな声でこう言った。

「夏生、親父さんと会うの久しぶりなんだろ?」

 京助さんに言われたら、俺はもう父さんの誘いを断れなかった。

『夏生? どうした?』
「ううん、何でもない。予定はないから、俺、家で待ってるよ」

 俺が答えると電話向こうで父さんは嬉しそうな声を上げる。

『そうか! じゃあ、また後でな!』
「うん、じゃあまた後で」

 俺は返事をして、それから電話を切った。

 ……父さん、どうして今日なのーっ。もっと他の日だったら喜んで会うのに。

 俺はそうがっくり肩を落とす。何も知らない父さんに罪はないけれど……。

「ごめん、京助さん」
「いや、構わない。それより夏生、ちょっと待ってくれるか?」
「え? うん、いいけど?」

 俺が答えると京助さんは持っていた鞄からメモ帳とペンを取り出すと何かを書き込んだ。

 ……何、書いてるんだろう?

 そう思って眺めていると京助さんはメモ帳から紙を切り取ると俺に渡した。

「え、なに?」
 
 俺は戸惑いながらも京助さんが渡したメモを見る。するとそこには住所と電話番号が書かれていた。

 ……住所と電話番号? ……まさか!

 俺が気がつくと同時に京助さんは教えてくれた。

「それ、俺の家の住所と携帯番号。今度の休み、家に遊びに来ないか?」

 京助さんに誘われて俺はメモを握りしめて目を見開く。

「いいの?!」

 俺が問いかければ、京助さんはくすっと笑った。

「大人になったのに、そういう所は高校生の時と変わらないなぁ」

 京助さんに言われて、俺はちょっと恥ずかしくなる。あんまりに子供っぽく喜びすぎた事を自分でも自覚したから。でも、好きな人に誘われたら誰だって嬉しいと思う。少なくとも俺はすごく嬉しい。本当は飛び跳ねたいくらい。

「今日は残念だが、また休みの日に会おう。だから親父さんとの食事、楽しんでおいで」

 諭すように言われ、俺は気がつく。次の約束を京助さんの方から取り付けてくれたのは、今日の俺が父さんとの食事を楽しめるようにだと。
 きっと、このまま約束もなく父さんと会えば俺が不機嫌な態度を取ってしまう事がわかったのだろう。

 ……本当、京助さんって変わらないな。

 多くの事は言わない。でも、そこには確かな優しさがある。これからはその優しさを見逃さないようにしたい。

「うん、わかったよ。なら次の休み、今度の日曜日、朝から遊びに行ってもいい!?」

 俺が尋ねれば京助さんは「ああ」と答え、小指を差し出した。なので、俺は一瞬 何だろう? って思うけど、ゆびきりだと気がついてすぐに小指を絡める。

 ……ゆびきりなんて子供以来。久しぶりだなぁ。

 なんて俺は思うけど、絡めた小指がなんだかくすぐったい。

「約束だ、今度の日曜日に」

 京助さんはハッキリと言い、俺は次の約束に心躍る。でも、京助さんはするりと小指を離した。

「じゃあ、俺はそろそろ帰るよ」

 その言葉に俺はやっぱりちょっと寂しい。でも、『行かないで』なんて我儘はもう言わない。けど、一つだけ聞きたい事があった。

「うん。じゃあ、また日曜日に……あの、京助さん」
「ん? なんだ?」
「その……俺と京助さんって、恋人になったって、ことでいいんだよね?」

 俺は確認する様に尋ねた。想いも伝え合った、キスもした。でも、俺達の関係をハッキリさせておきたかった。
 けれど尋ねた俺に京助さんは笑い、少し屈むと俺の瞳を覗くように見つめた。

「俺はそうなったと思ったけど、夏生は俺の恋人じゃないのか? それとももう一度キスしたらわかるか?」

 色っぽく尋ねられて俺は思わず「コイビトです!」と答える。そうすれば京助さんは楽し気に目を細めた。

「なら良かった。じゃあ、俺は」

 立ち去ろうとする京助さんの腕を俺は取る。

「夏生?」
「でも、キスはして欲しい」

 俺は目を伏せながら、頬に熱さを感じながら気持ちを伝えた。けれど、そんな俺を前に京助さんはハーッと深いため息を吐いた。
 なんで? と思って見上げれば、京助さんはじとっと俺を見た。

「きょうすけさん?」
「お前ってやつは……」

 何か言いたげな顔で俺を見る。でも何も言わずに京助さんは俺の顎に手を当てて、そっと顔を近づけた。だから俺は慌てて目をつむる。そうすれば、すぐにふにっと京助さんの唇が当たった。
 さっきは突然だったから全然わからなかったけれど、触れた柔らかさに体が痺れる。

 ……うわーっ、京助さんとキスしてる!

 ついつい小学生みたいな感想を心の中で呟いてしまう。
 でも、その唇は触れた時と同じようにそっと離れた。だからゆっくりと目を開けたんだけど、そこにはドアップの京助さんの顔があった。

「満足か? 夏生」

 京助さんに見つめられて俺はこくこくっと頷く。そんな俺を見て京助さんはふっと笑った。

「この続きはまた次回にな」
「へ!?」
「じゃあな」

 驚く俺を他所に京助さんは扉を開けると、先に非常階段から出て行ってしまった。そして残された俺は階段に座り込む。

 ……つ、続きは次回。

 そして京助さんの言葉が蘇る。

『でも、今度寝込みを襲う時はキスだけじゃなくて、もっと色々としてくれてもいいぞ? 俺も夏生に色々したいしな』

 ……色々されちゃうのか、俺。

 俺は階段に座り込みながら両頬に手を当てつつ、胸を高鳴らせた。そして頭の中は色っぽいコトばかりが駆け巡る。
 おかげで、この後父さんと一緒に食事をしたが俺はずっと上の空で。
『夏生、どうしたんだ?』と怪訝な顔で父さんに聞かれるハメになった。






 ―――――そして、それから。
 俺は約束通り、日曜に京助さんの家へ遊びに行った。

 しかし!

 その日はお喋りだけで終わり、その次の休みの日にはおでかけデートをしたが、夕方には解散……。
 色々するんじゃなかったの!? と悶々とする日々が続き、そして今日は我が家に京助さんがやってくる。

 ……三度目の正直! 今日こそ進展してみせる!

 俺は意気込み、ぐっと両拳を握った。
 そして掃除を終えた俺はおもむろにベッドから立ち上がる。

「そろそろ準備を始めるか」

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