京助さんと夏生

神谷レイン

文字の大きさ
上 下
15 / 27

15 夏生の決意

しおりを挟む
『―――京助さん。京助さんって推理小説から時代劇、子供向けの冒険小説とか幅広く書いてるよね? 恋愛小説は書かないの?』
『恋愛小説ぅ? 絶対書かない。そういうのは苦手だ』

 ある日、何気なく尋ねた俺に京助さんは嫌々した顔で言った。

 なのに、新しく出た本は恋愛小説。そしてタイトルは『君に贈る告白』
 自意識過剰かと思ったけれど、それはまるで俺に宛てられた題名な様な気がした。だから、京助さんの事を忘れなくちゃ、と思いながらも俺はその本に手を伸ばし、躊躇いつつも購入した。




 そして指先が冷える冬の夜。俺はひとり、自室でまだ真新しいページを開いた。




 ――――物語の主人公は三十代の女性会社員サキと男子大学生のタクマ。
 この二人は同じマンションの二軒隣に住んでいたが、全くと言っていいほど関りがなかった。けれどひょんなことから二人は出会い、意気投合して、休みの日はたびたび会うような仲になっていく。

 けれどその内にサキはタクマの優しさと無邪気さに段々と惹かれるようになり、同時にタクマもサキに好意を寄せて、ある日付き合って欲しいと告白をする。

 けれどサキは自分とタクマの年齢差を考えて、その告白を素直に受け取ることができなかった。
 そして、サキは次第にタクマと距離を置くようになる。けれどタクマは諦めず、交際を飛び越えて結婚して欲しいとプロポーズ。

 そんな熱い想いをぶつけられてサキは心揺らぐが、返事はせずに一つの条件をタクマに提示した。

『君が二十三歳になっても、その時、まだ私の事を好きだったら答えるね』

 それは大人なサキが若いタクマに示した優しさだった。
 でもタクマはわからずに了承し、それから辛抱強く待って二十三歳の誕生日。
 タクマは再びプロポーズをして、サキはその時になってようやく自分の気持ちを告げた。

『ずっとずっと君の事が好きだった。愛してる』と。

 そして、二人は結婚して幸せに暮らし、物語はハッピーエンドで締めくくられていた。





 ―――――だけど、幸せな物語を読み終えたはずの俺は本を涙で濡らしていた。

 だって、この物語のほとんどが俺と京助さんの話だったからだ。そして物語を読んで、やっと京助さんから答えを貰えた気がした。いや、きっとこれが答えなんだろう。『君に贈る告白』と題名が示すとおりに。

 最後の言葉の意味、どうして突然いなくなったのか、俺に何も言わなかった理由。その全てが俺の為だったのだと、物語を通して京助さんは俺に伝えていた。
 あまりに若すぎる俺の未来を危惧して、突然の別れを選んだのだと。

 ……京助さんはきっとサキと同じように心配したんだ、俺の事を。

 物語の中でサキがタクマにこんなことを言うシーンがある。

『君には未来があるから。今は勢いで私の事を好きだと言ってるだけで、大人になったら色んな事が見えてきて気持ちが変わるかもしれない。それに私の年齢じゃ子供も難しいし。だからタクマ君には同い年の女の子がきっと合うよ。私じゃなくて、もっと可愛くて君を想ってくれる人。その人と結婚して、子供も作って、温かい家族を作る。……だから、私とはさよならしよう』

 これはサキの台詞だけど、きっと京助さんの気持ちでもあるんだと思えた。そして俺に求めたもの。
 自分じゃなくて他の誰かと結婚して、幸せになってくれ、と。あの優しい人はそう俺に願ったのだ。

 でも俺はそんなもの欲しくなかったし、願っても欲しくなかった。ずっと欲しいのは京助さんの気持ちだけで、傍にいて欲しかった。

 ……京助さん、どうしてサキとタクマは最後幸せになったのに、俺達はそうはいかないの?

 俺は本の表紙を撫でて、心の中で京助さんに問いかける。

 そしてこんなにも優しい告白をされて、今だって京助さんを忘れられないのに、もうどうやって京助さんを諦めればいいのか俺はわからなくなった。
 胸の一番真ん中に宿る好きの炎は、しっかりと吹き返してしまったから。

「狡いよ……京助さん」

 俺はあの日、俺の元を去った京助さんを思い出して呟き、そして俺は椅子から立ち上がって冷たい風が吹くベランダに出た。
 冬の星が瞬く夜空を見上げながら、胸に宿った炎を落ち着かせるように俺は冷たい空気を深く肺まで吸い込む。

 そして星を眺めながら、俺にできることは一つだと知る。

 ……きっと今のままじゃダメなんだ。どうやったって京助さんに今の俺の手は、声は、想いは届かない。俺はもっと大人にならなきゃいけないんだ。京助さんの隣にいてもおかしくないような大人に。


 俺は拳を握り、ひとり決意をした。


しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

そばにいてほしい。

15
BL
僕の恋人には、幼馴染がいる。 そんな幼馴染が彼はよっぽど大切らしい。 ──だけど、今日だけは僕のそばにいて欲しかった。 幼馴染を優先する攻め×口に出せない受け 安心してください、ハピエンです。

隠れSubは大好きなDomに跪きたい

みー
BL
⚠️Dom/Subユニバース 一部オリジナル表現があります。 ハイランクDom×ハイランクSub

さよならの合図は、

15
BL
君の声。

美人に告白されたがまたいつもの嫌がらせかと思ったので適当にOKした

亜桜黄身
BL
俺の学校では俺に付き合ってほしいと言う罰ゲームが流行ってる。 カースト底辺の卑屈くんがカースト頂点の強気ド美人敬語攻めと付き合う話。 (悪役モブ♀が出てきます) (他サイトに2021年〜掲載済)

姫を拐ったはずが勇者を拐ってしまった魔王

ミクリ21
BL
姫が拐われた! ……と思って慌てた皆は、姫が無事なのをみて安心する。 しかし、魔王は確かに誰かを拐っていった。 誰が拐われたのかを調べる皆。 一方魔王は? 「姫じゃなくて勇者なんだが」 「え?」 姫を拐ったはずが、勇者を拐ったのだった!?

こっそりバウムクーヘンエンド小説を投稿したら相手に見つかって押し倒されてた件

神崎 ルナ
BL
バウムクーヘンエンド――片想いの相手の結婚式に招待されて引き出物のバウムクーヘンを手に失恋に浸るという、所謂アンハッピーエンド。 僕の幼なじみは天然が入ったぽんやりしたタイプでずっと目が離せなかった。 だけどその笑顔を見ていると自然と僕も口角が上がり。 子供の頃に勢いに任せて『光くん、好きっ!!』と言ってしまったのは黒歴史だが、そのすぐ後に白詰草の指輪を持って来て『うん、およめさんになってね』と来たのは反則だろう。   ぽやぽやした光のことだから、きっとよく意味が分かってなかったに違いない。 指輪も、僕の左手の中指に収めていたし。 あれから10年近く。 ずっと仲が良い幼なじみの範疇に留まる僕たちの関係は決して崩してはならない。 だけど想いを隠すのは苦しくて――。 こっそりとある小説サイトに想いを吐露してそれで何とか未練を断ち切ろうと思った。 なのにどうして――。 『ねぇ、この小説って海斗が書いたんだよね?』 えっ!?どうしてバレたっ!?というより何故この僕が押し倒されてるんだっ!?(※注 サブ垢にて公開済みの『バウムクーヘンエンド』をご覧になるとより一層楽しめるかもしれません)

別れの夜に

大島Q太
BL
不義理な恋人を待つことに疲れた青年が、その恋人との別れを決意する。しかし、その別れは思わぬ方向へ。

振られた腹いせに別の男と付き合ったらそいつに本気になってしまった話

雨宮里玖
BL
「好きな人が出来たから別れたい」と恋人の翔に突然言われてしまった諒平。  諒平は別れたくないと引き止めようとするが翔は諒平に最初で最後のキスをした後、去ってしまった。  実は翔には諒平に隠している事実があり——。 諒平(20)攻め。大学生。 翔(20) 受け。大学生。 慶介(21)翔と同じサークルの友人。

処理中です...