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13 最高で最低な誕生日
しおりを挟む―――だが、タクシーはマンションに着き、俺達は無言のままエレベーターに乗り込む。しかしエレベーター内があまりにシンッと静まりかえり、その沈黙に耐えきれなくなったのか、京助さんが俺に話しかけた。
「夏生、怒ってるのか?」
そう問いかける京助さんに俺は何も答えない。だって、さっきは何も答えさせてくれなかったのだから……けれど。
「夏生」
京助さんは俺を呼ぶ。まるで返事を催促する様に。
だから俺は「別に怒ってないよっ」と子供っぽく言い返し、フロアに着いたエレベーターから先に降りた。そして鍵を取り出し、誰もいない自宅のドアを開ける。
そんな俺の後をついてきた京助さんは困ったように息を吐いた。
「はぁ。夏生、俺の言い方が悪かったかもしれない。けど、酔っぱらってあんなことを言うから」
そう言う京助さんに俺は怒りを感じ、俺は玄関ドアを開けると京助さんの腕を掴んで、熱気の籠った家の玄関内に引っ張り込んだ。そうすれば廊下に付けている人感センサー付きのナイトライトがパッと光り、京助さんの驚いた顔が見える。
「なっ、夏生!?」
京助さんは声を上げたけど構うもんか。知るもんか。思い知ればいい。
俺はそう思って京助さんにぎゅっと抱き着く。そうすれば京助さんの汗と整髪料、そして熱が伝わってきた。俺は今、京助さんに怒りを感じているのに、その香りと熱にやっぱり胸がときめく。好きだと苦しいほどに心が知らせてくる。
「夏生? いきなり、なにを」
「京助さん。何度も言うけど、俺、酔ってない。酔ってたとしても、何とも思ってない人にこんなことしない。俺は京助さんだからこうするんだ」
俺が告げると京助さんが息を飲んだのが分かった。そして、京助さんの体が強張るのも。
「夏生……本気で言ってるのか?」
「俺、本気だよ!」
俺が顔を上げて言えば、京助さんは困った顔をしていた。つきりと胸が痛む。
「夏生、その気持ちはきっと勘違いだ。俺とよく会うからそんな気持ちになったんだ。親愛の情を恋愛の情と間違えているだけだ」
「そんなわけない! さすがの俺でも、そんな間違いしないよ!」
俺は怒りに任せて反論した。
そうすれば京助さんは俺の後ろに手を回し、少し汗で濡れたシャツの上から腰を撫でた。そのいやらしい手つきに俺はドキッとする。
「夏生。間違いじゃないなら、それがどういう意味か分かってるんだな?」
京助さんは俺の目を見て問いかけた。その瞳は今まで見た事のないほど怪しく光り、京助さんから男の色香を浴びせられる。
なので俺は何も答えられなくなって、ただただ答えるようにぎゅうっと抱き締めた。
すると京助さんの体がゆっくりと動き、熱い体が俺に覆いかぶさる。そして俺の体を包み込む様に優しく、でも力強く抱き締め返してくれた。
その行為一つで、俺の胸はドキドキして飛び上がるほど嬉しい。でもどこか切なくて……けれど、このままずっとこうしていたいと願うほど離れがたい。
……京助さんのカラダ、熱い。
薄いシャツから京助さんが抱き締めてくれる手の大きさと熱を感じ、首元から香る京助さんの匂いに俺はクラクラした。でも俺はなんとかまた声に出そうとする。心の奥に秘めていた京助さんに対する気持ちを。
「京助さん……俺、京助さんのことが」
けれど、そこまで言いかけた時だった。京助さんの体がそっと離れた。
当然、俺は「え?」と困惑する。けれど京助さんの顔を見れば、今まで見た事のないほど苦しそうな表情をしていた。
まるで海の底に落とされて、息ができないみたいに。
……京助さん、どうしてそんな顔を?
俺にはわからなかった。
「きょう、すけさん?」
戸惑う俺の頬を京助さんは左手の指先で優しく撫でると、静かに告げた。
「夏生……許せ」
京助さんはそれだけ言うと俺に背を逸らして、玄関ドアを開けて出て行った。
けれどあまりに突然の事で俺は何も言えず、京助さんの言葉を理解できず、間抜けな俺は玄関先に突っ立ったまま去る京助さんを見送った。
そしてパタンとドアが閉まった途端、心が問いかける。
……許せ? それってどういう意味? 俺の告白は聞きたくないってこと? じゃあ、なんで抱き締め返してくれた? あれは俺に対する同情? それともからかいだったって事?
心は次々と疑問を投げつけてくる。けれど、俺は京助さんを追いかける事もできずに閉まった玄関ドアを呆然と見つめるばかりで。
閉められたドアを見ていれば、まるで京助さんの心を表しているように思えてきた。拒絶という名の扉に。
そして何もできない俺に残ったのは、戸惑いと悲しさ、打ち砕かれた恋心だけ。
その事に次第に気がつき、立ち尽くした玄関先で俺は目の縁にじんわりと涙を溜め、ぽたぽたと玄関床に落とした。まるで、置いていかれた小さな子供みたいに。
「うっ……ううっ、京助さん……なんでなんだよっ」
俺はぎゅうっと手のひらが白くなるまで両手を強く握り、小さく呟いた。
そして俺は靴も脱がずに京助さんと出会った夏の日のように、一人みっともなく泣いた。けれど今回は誰かが慰めてくれる事も、ドリンクをくれる事もない。京助さん本人が俺を泣かしたのだから。
そして、それが余計に悲しかった。
「京助さん、の、バカッ」
俺は鼻水を垂らしながら小さく呟き、その声は誰もいない家に静かに響いた。
けれど―――――そうして、二十歳のお祝いは忘れることができないほど最高に嬉しくて楽しくて、最後は悲しくて、苦しくて、最悪な気持ちで迎える事になったのだった。
――――けれど大人になってから、この時の俺は本当に自分の事ばかりで、京助さんの気持ちを考えていなかったのだと思い知る。
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