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6. 断ち切り屋 ―壱―
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「え……?」
「どういうこと?」とこぼしそうになった口を、寸でのところでつぐむ。
今の自分に聞くことはできない。許されないのだと常盤は思った。
落ちる沈黙。
それでも不思議と苦しくないのは、風とともに今朝と同じ甘い香りが流れていったからだろうか。
それとも。
「大事にしますね」
着物を包むように手を添え、自然と湧き上がってきた言葉を選んだ。
こちらを見た千夜の顔は、驚いているように見えたけれど。
「あぁ」
次の瞬間には、柔らかいものに変わった。
「あ!」
しかし、穏やかな空気は、常盤の叫ぶような声ですぐに立ち消えた。
「も、もしかして、千夜さんはこの家にお一人で?」
「そうだが」
「ということは……千夜さんと私の二人きり、ですか!?」
「そうだな。何か問題でも?」
常盤は頭を抱えた。しかし、まったく意に介する様子のない千夜を見て、自分がおかしいのかと一瞬迷う。いや、そんなはずはない。
「いえ。千夜さんがよければそれで……」
結局常盤は、自分だけが意識していると悟られる恥ずかしさの方が耐え難かったのである。
その後、家の中を一通り案内してもらうと、千夜はすぐ戻ると言って出かけてしまった。
再び一人になった常磐は、どうしようかと悩んでいた。
千夜には家のものを好きに使っていいと言われているが、勝手がわからないので難しい。
かと言って、外に出るにしても、確実に戻れる自信がないので遠出はできないだろう。
考えた結果、家の周りを調べてみることにした。それなら迷子になる心配はないし、妖界の景色も眺めることができる。
わずかな緊張を抱えながら、常盤は外へと向かった。
玄関を一歩出て見えた世界は、まさに圧巻だった。
自然の形を残したままの土地に、木造の家が程よく建っている。景色の大部分を占めるのは緑だが、わずかな黄色も混ざっていた。
主役はあくまで山や草花であり、妖たちはそれを壊さぬよう営みを続けているのだろう。
千夜の家の裏は行き止まりになっているせいか、ここに来るまでの景色とはまた違う眺めだ。
そしてもちろん、銀色が並び立つ人間の世界とは、まったく違う。
常盤は目を閉じ、深呼吸をした。
吹く風は清々しく、空気が美味しいとはこういうことを言うのだろうとすぐにわかった。
聴こえてくる音も、目に入る景色も、すべてが心地よい。
先ほど家の中から見えた花の元へ歩み寄った。生き生きとした緑の中、てんでに咲く花はよく映える。
花に詳しくはないけれど、愛でる気持ちはある。自然と頬が緩むのを感じていた。
「こんにちは」
しばらく眺めていたが、不意にかけられた声に常盤は振り向いた。
そこには、一人の女性が立っていた。
「あの、断ち切り屋はこちらでしょうか?」
「あっはい。そう、です」
そういえば、千夜は断ち切り屋をやっていると言っていたはずだ。
大事なお客様を勝手に帰すわけにもいかず、常盤は中へと案内した。
「すいません。ただ今外出しておりまして。少しお待ちいただけますか?」
「はい。お忙しいときにお邪魔してしまってごめんなさい」
「いえ、とんでもありません! ただ……実は私、この世界に来たばかりで。その、お茶の淹れ方がまだわからなくて」
常盤が申し訳なさそうに頭を下げると、女性はすぐに笑顔を浮かべた。
「あら、そうなんですね! もしよければ、私が淹れましょうか?」
「そんな、お客様に淹れさせるわけには!」
「気にしないでください。場所をお借りしても?」
「は、はい。……あの、もしご迷惑でなければ、教えていただけませんか?」
「ええもちろん。では一緒にやりましょう」
「どういうこと?」とこぼしそうになった口を、寸でのところでつぐむ。
今の自分に聞くことはできない。許されないのだと常盤は思った。
落ちる沈黙。
それでも不思議と苦しくないのは、風とともに今朝と同じ甘い香りが流れていったからだろうか。
それとも。
「大事にしますね」
着物を包むように手を添え、自然と湧き上がってきた言葉を選んだ。
こちらを見た千夜の顔は、驚いているように見えたけれど。
「あぁ」
次の瞬間には、柔らかいものに変わった。
「あ!」
しかし、穏やかな空気は、常盤の叫ぶような声ですぐに立ち消えた。
「も、もしかして、千夜さんはこの家にお一人で?」
「そうだが」
「ということは……千夜さんと私の二人きり、ですか!?」
「そうだな。何か問題でも?」
常盤は頭を抱えた。しかし、まったく意に介する様子のない千夜を見て、自分がおかしいのかと一瞬迷う。いや、そんなはずはない。
「いえ。千夜さんがよければそれで……」
結局常盤は、自分だけが意識していると悟られる恥ずかしさの方が耐え難かったのである。
その後、家の中を一通り案内してもらうと、千夜はすぐ戻ると言って出かけてしまった。
再び一人になった常磐は、どうしようかと悩んでいた。
千夜には家のものを好きに使っていいと言われているが、勝手がわからないので難しい。
かと言って、外に出るにしても、確実に戻れる自信がないので遠出はできないだろう。
考えた結果、家の周りを調べてみることにした。それなら迷子になる心配はないし、妖界の景色も眺めることができる。
わずかな緊張を抱えながら、常盤は外へと向かった。
玄関を一歩出て見えた世界は、まさに圧巻だった。
自然の形を残したままの土地に、木造の家が程よく建っている。景色の大部分を占めるのは緑だが、わずかな黄色も混ざっていた。
主役はあくまで山や草花であり、妖たちはそれを壊さぬよう営みを続けているのだろう。
千夜の家の裏は行き止まりになっているせいか、ここに来るまでの景色とはまた違う眺めだ。
そしてもちろん、銀色が並び立つ人間の世界とは、まったく違う。
常盤は目を閉じ、深呼吸をした。
吹く風は清々しく、空気が美味しいとはこういうことを言うのだろうとすぐにわかった。
聴こえてくる音も、目に入る景色も、すべてが心地よい。
先ほど家の中から見えた花の元へ歩み寄った。生き生きとした緑の中、てんでに咲く花はよく映える。
花に詳しくはないけれど、愛でる気持ちはある。自然と頬が緩むのを感じていた。
「こんにちは」
しばらく眺めていたが、不意にかけられた声に常盤は振り向いた。
そこには、一人の女性が立っていた。
「あの、断ち切り屋はこちらでしょうか?」
「あっはい。そう、です」
そういえば、千夜は断ち切り屋をやっていると言っていたはずだ。
大事なお客様を勝手に帰すわけにもいかず、常盤は中へと案内した。
「すいません。ただ今外出しておりまして。少しお待ちいただけますか?」
「はい。お忙しいときにお邪魔してしまってごめんなさい」
「いえ、とんでもありません! ただ……実は私、この世界に来たばかりで。その、お茶の淹れ方がまだわからなくて」
常盤が申し訳なさそうに頭を下げると、女性はすぐに笑顔を浮かべた。
「あら、そうなんですね! もしよければ、私が淹れましょうか?」
「そんな、お客様に淹れさせるわけには!」
「気にしないでください。場所をお借りしても?」
「は、はい。……あの、もしご迷惑でなければ、教えていただけませんか?」
「ええもちろん。では一緒にやりましょう」
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