タチキリモノ

楠 ルカ

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2. 出会い

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「遅かったじゃないか」


白葛は青年の様子など気にも留めず、うっとりするほどの笑みを浮かべている。


「何の用だと聞いている」
「相変わらず可愛くないねぇ。お前に土産だよ」


そう言うと、白葛は微笑んだまま常磐に目をやった。


「千夜、お前にこの娘を預ける。人手が増えて助かるだろう?」


千夜と呼ばれた青年は眉間の皺を一層深めると、そのまま常磐をちらりと見た。
意図せず合ってしまった視線を、常盤は逸らせなかった。千夜の表情は、彼の心をそのまま映し出しているような気がしたのだ。


「言っておくが、私にこの娘を世話する暇はないよ。となると、お前が断ればこの子は野垂れ死んじまうねぇ」
「どういう意味だ」
「この世界で生まれ育った子じゃないからさ。私が人界から連れてきたんだよ」


千夜はわずかに目をみはった。しかし、それはすぐに無表情の中へと消えて行った。

そして、長い沈黙ののち、これまた不機嫌そうな声音で彼は言った。


「使い物にならなければ返品する」


再び合う視線。今度は、カチリと音を立てた気がした。


「よし決まりだ。常磐、せいぜい頑張るんだよ。さあ、食事を用意させたから食べてお行き」


もちろんお前の分もあるから逃げるんじゃないよ、と声をかけられた千夜は、大きな溜め息を吐く。
白葛の笑顔は相変わらず美しかったが、その中に少しばかりの無邪気さが混じっていた。





(気まずい……)

ザッザッと重たい音だけが響いている。白葛の屋敷を出てからというもの、二人の間に会話はない。
常磐は、前を歩く千夜の背中をひたすら追いかけていた。

左右には店が並んでいる。まだ朝のはずだが、とてもにぎわっていた。
常磐も時折店の方に目をやるが、そのたびに注目されているような気がして落ち着かなかった。

ついに耐えられなくなった常磐は、意を決して口を開いた。


「あっあの!」
「………………」
「あの、ごめんなさい」
「……何がだ」
「えっと、私のことを押し付けられただろうから……」
「白葛にはいつも面倒をかけられている」


常磐は思わず苦笑した。
でも、無視をされなかったことに少しだけ安堵する。


「あなたは」
「千夜だ」
「す、すいません。……千夜さんは、何かされているんですか?」
「なぜそう思う」
「先ほど白葛さんが『人手が増えて助かるだろう』と言っていたので」


白葛は確かにそう言った。つまり、自分に千夜の何かを手伝わせようとしているのだと常磐は解釈していた。

再び沈黙がやってきた。
言いたくないのか、それとも言うべきことを考えているのかは、常磐にはわからなかった。
でも、急に黙り込むなんて、やはり聞いたのは失敗だったのかもしれない。そう思い謝罪の言葉を言おうとした常磐だったが、それよりわずかに早く千夜が話しだした。


「俺は断ち切り屋だ」
「断ち切り屋?」
「未練を抱えてこの世界に来た者の、未練を断ち切っている」


そういえばと、常磐は白葛に聞いた話を思い出した。
妖界は、未練を残して亡くなった人間が蘇る世界だ。だとすれば、未練を断ち切りたいと願う人も多いのだろう。


「いたっ!」


そのとき、向こうからやってくる人とぶつかった。考え込んでいたせいかもしれない。
左腕に鋭い痛みを感じ、常盤は思わず立ち止まる。


「あらごめんなさいね。大丈夫?」  
「っ、大丈夫です。気にしないでください」
「でもあなた、痛むんでしょう?」


ぶつかったのは、上品な装いをしている女性だった。心配そうな表情で、常磐の肩に手を添えている。
常磐は痛む腕をおさえつつ、にっこり笑って言った。


「平気です。ちょっとびっくりしただけですから」
「そう? ならいいのだけれど」
「はい、すいませんでした。それでは」


軽く会釈をすると、常磐は歩き出した。

少し進んだところで、木に背を預け立っている千夜を見つけた。常磐がいなくなったことに気づき、待っていたらしい。


「お待たせしてすいません」
「もういいのか?」
「はい。行きましょう」


促され先へ進もうとした千夜だったが、常磐の左腕に傷を見つけて動きを止めた。


「その傷は?」
「実は、人とぶつかってしまって」
「見せてみろ」


そう言うと、千夜は彼女の左肘を掴んで引き寄せた。


「切り傷か。大方胸に付けた装飾品で傷がついたのだろう」


言われてみれば、確かに立派なブローチを付けていたような気がする。


「そうかもしれません。でも大丈夫ですから」
「予定変更だ」
「え?」


常磐の声は聞こえていないのか、千夜はそう告げると再び歩き出した。
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