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第十章 背信的悪意と英雄の条件 ~背信的悪意者~
異界の門(上)
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果たして石材か、
あるいは金属なのか————
朽ち果てた迷宮を形作るは
均質なレンガのような形の硬材であった。
それが幾重にも複雑に規則だって重なり、
更に迷宮内には骨や植物のようなものが
覆いかぶさり、古の魔法文明の残り香を
感じるにはあまりにも
禍々しい雰囲気であった。
あの時と、ほぼ同じ光景。
十年前の記憶がルロイの脳裏に蘇る。
ルロイたちを背中の籠に乗せ、
フレッチとリッラは、
一挙に、遥かなる階の最上階まで飛躍した。
その場所に鎮座する悪魔の大口のごとく
開かれた巨大な扉へと突入した。
異界の扉内部の瘴気を振り払うように
空色の飛竜は翼をバタつかせ
石床に着陸する。
「キュイイイ」
「クゥイイイ」
ルロイたちに自分の役目を
一先ず終えたことを二頭は
鳴き声で知らせるのだった。
「よしよし、ご苦労だったな、
本当だったら一旦帰してやりてぇが、
もうしばらくアタシらに付き合ってな」
まずはアシュリーが
フレッチの鞍から降り、
二頭を労いつつ奮起を促す。
続いてルロイは籠から降り、
フレッチの頭を労うように撫でる。
「ありがとう、フレッチ、リッラ。
あなた達も大事な仲間です」
フレッチとリッラもまた嬉しそうに
つぶらな瞳を瞬かせ短く鳴き声を上げる。
「ここが異界の扉の内部ってか!
ヒャハハ、生き物の体内みてぇで
気持ちワリィ」
「そうかい?私はもっと猟奇的な
ものを想像していたんだがね」
「十分猟奇的だろヤァ!
勘弁してくれだヤァ」
「入口の時点で禍々しい霊気が濃いです。
私が目となりますが皆さん気を付けて」
「おっし、こんな場所で死ねるか、
ぜってぇみんなで生還すっぞ!」
ギャリックは笑い上戸に、
リーゼは含みを持たせて笑い、
ディエゴは大げさに怯えて、
アナはあくまで真剣に、
アシュリーは力を込めて、
各々勝手にここの感想を述べている。
「ようやく戻ってこれたよ。ロジャー」
そしてルロイは懐かしさをさえ抱き、
ダンジョン奥の深い闇を見据え
独り言ちる。
異界の扉の内部は幾度かの調査の結果、
外の世界と比べ時間の流れが
酷く遅いことが判明している。
それでもあれから十年。
ロジャーが生存している
可能性は極めて低い。
だが、あの時ロジャーが
あの悪霊そのものに
取り込まれてしまったならば、
あの時のままロジャーが悪霊の一部として
保存されている可能性も否定できない。
ルロイの儚い願望でしかなかったが、
それならばロジャーを悪霊から
解放し救えるはずだと己に言い聞かせ、
ルロイは再びこの場所に
戻る日を待っていた。
「さあ、行きましょうか!」
ルロイが先頭に立ち、
一歩ダンジョンの最奥へと歩を進める。
「————ッシャアア、行くぜ!!」
ギャリックが両の手を勢いよく叩き、
勇み足でルロイに続く。
「そう言えば、入り口の扉はともかく
このダンジョンは名前さえないんだろう?
あわよくば私が
名付け親になってみるのも一興か」
鞄の取っ手を片手で握り、
リーゼは鞄を背中にしょい込む
ようにして歩み始める。
「まったく、オイラはとっとと
終わらせて晩飯食べて寝……」
最後に、ディエゴがぼやいて嫌々
追いすがるように足を進めた、
その瞬間。
ディエゴは足を止め、
神経質に鼻先を細かく動かしている。
同じくアナがロッドの魔力探知の煌きに、
目ざとく反応する。
「クンクン……こりゃ言ってるそばから、
熱烈なお出迎えだヤァ」
「私の方でも多数のアンデッドの
群れを確認、それも全方位から……」
「キヒャアァ!そう来なくちゃなぁ。
いきなり大漁ってかぁ!」
ディエゴとアナの言葉に、
ギャリックは獰猛な歓喜を抑えることが
できず双剣を構える。
「早速だが出番だ、
フレッチ、リッラ、アナ」
アシュリーが竜笛を吹き、
二頭の飛竜に戦闘準備を知らせる。
「キュイィィ」
「クゥイィィ」
竜笛の音に呼応するかのように、
アナのロッドの魔力が高まり輝きが増す。
「うん、分かってるよ」
ダンジョンの奥底から、
轟音とともに異形も群れが
ルロイたちの眼前へ迫る。
巨大な一つ目の蝙蝠じみた怪物に、
一つの胴から複数の
獣の首を生やした魔物、
悪魔の石像を模したガーゴイル。
と、異界の住人たちが迷い込んできた
生贄を求め一気に押し寄せる。
「ゴーレム用の核石は幾つか持ってきたが、
二体の飛竜と合わせても、
あの数に対抗できるかね」
リーゼが舌打ちしつつ、
地面に核石をバラまき、
地面からゴーレム数体を生成する。
「聖結界」
長い詠唱を終えたアナが力を発動する。
薄暗いダンジョン内を清浄な光が包み、
一行に襲い来る波と化した
モンスターの群れを塞き止める。
「スゲェなおい」
「前に朽木の園でロッドに力を込めた時に、
モンスターまで反応したこと
覚えてるよね。
竜笛の効果で私の死霊術の力も、
増幅されているみたいなんだ」
よくよく見れば白い光は、
このダンジョンを彷徨っている
霊魂の塊であった。
それをありったけ集めて
結界代わりにしている。
アシュリーがつい先日、
初めて竜笛を完成させてフレッチに
試した時の事を思い出す。
あれは偶然の産物ではなかった
とアシュリーは思い知る。
「流石に全部は防ぎきれないけど、
後は皆さん頼ます」
「ギヒャー、上出来だぁ任せろやぁ!」
「今じゃ僕が助けられっぱなしですね」
嬉々として剣を振り回す、
ギャリックが先頭に立ち、
ルロイもチンクエデアを抜き
覚悟を決める。
結界内に強引に入ってきたモンスターは、
フレッチとリッラのドラゴンブレスと、
リーゼのゴーレムたちで一掃している。
ディエゴはこの期に及んで慌てふためき
隠れる場所がないかとキョロキョロと
挙動不審になっている。
そんな中リーゼは鞄を石床に置き、
粛々と鞄の中身を取り出していた。
「リーゼさん?」
「いきなりだがこれを実戦で
試す時が来たようだね」
こんな時でもリーゼは、
というよりこんな時だからこそ、
この女は不敵に悪戯っぽく笑っている。
そして、それがどんな予兆か、
ルロイは思い当たる節があり過ぎるほど
あるのだった。
「これは、あの時の!」
「そう、あの時の問題点を改善し、
かつ諸々試行錯誤を重ね、
徹底的に仕上がった————」
ルロイの眼前には、
忘れもしないいつぞやの
植物ゾンビを焼き払った
物騒な鳥形の造形物が目に入った。
それが、更に多量のネジやら
謎の金属片で補強され、
全体として禍々しくも洗練されている。
「その名も、特攻機甲鳥獣フェニックス改」
「相変わらずのネーミングですね」
ルロイの反応などどこ吹く風で、
リーゼは迫りくるモンスターの
大群へと怜悧に狙いを定め、
機体の後部トリガーらしきものを
カチリと引く。
「逝け!」
「オルルビャア、なんだってんだ!」
今まさに、敵へ斬りかからんとする
ギャリックの頭上を紅蓮の炎を
纏った物体がメキメキと音を立て、
ギャリックの橙色の逆立った頭髪の
末端を焦がしながら突貫してゆく。
機械仕掛けのフェニックスは、
同じく機械じみた厳しいガーゴイルの
凶悪そうな顔面に激突すると同時、
機体の中央が青白く一閃したかと思うと、
一挙に爆散し紅蓮の火球となり、
その炎は周囲の有象無象を
巻き込み広がって行く。
「これは、凄い熱量ですね」
凶悪な火力に思わずルロイは舌を巻く。
「言ったはずだろ、徹底的に改良したって」
嬉し気に、一同へウィンクして振り返る。
しかし、立ち込める煙の中から、
後続のモンスターどもが爆炎を
ものともせずに進撃してくる。
「だあぁー、やっぱダメじゃんか!」
前衛で槍を振るうアシュリーが、
果敢に闘いながらもツッコミを忘れない。
確かに何体かは先ほどの爆発で
仕留めたことだろう、
それでも、敵の数は増えつつある。
その圧倒的な数の前にあっては、
フェニックスの爆発力さえ
焼け石に水に見えた。
「よぉ~く御覧よ」
狼狽えるアシュリーに、
特に焦る様子もなく気だるそうに
リーゼがフェニックスの爆散した
場所を指さしてみせる。爆発の間際、
おそらくフェニックスの動力源であり、
爆発をもたらした力の源なのだろう、
青白い結晶体が炭化した
モンスターの死骸から
鋭い輝きを放っている。
耳をそばだてると、
なにやら結晶体の周囲で
金属的なカタカタと何かを
引きずり擦れるような音が
徐々に大きくなってゆく。
「んな、何んだと……!」
先ほどまで非難がましい態度でいた
アシュリーが、目の前の光景を見て
口をあんぐりと開け固まっている。
爆散し灰になったはずの
フェニックスの残骸の数々が、
結晶体へと次々に引き寄せられ
鳥の造形へと復元してゆく。
「こ、壊れた破片から自動で再生してます」
これには死霊使いのアナさえも
ただただ愕然としている。
「フェニックスの名を付けた以上、
爆炎の中から蘇ってこそなのさ」
リーゼがどや顔で言い切るや、
フェニックスは爆発前の姿へ戻っている。
心なしか一回りサイズが大きくなり、
細部の形状がやや歪だが、
どうやら先ほど爆発で巻き込んだ
モンスターの死骸の一部を
体のパーツとして
取り込んだためであった。
「これは復活した姿が前衛的……はっ」
思わず、口にしてしまいルロイは
リーゼの顔を見てはっとなる。
「そうだろう、
ここまで仕上げるのに苦労したよ。
とある石に色々細工をしてさ、
倒したモンスターをエネルギーとして
吸収し破壊された外殻を修復するよう
術式を施してある。よって……
私のフェニックスは
敵を倒せば倒すほど強くなれ————」
「ちょ……喋ってねーでヤァ!後ろ!」
戦闘に巻き込まれまいと、
柱によじ登って待避していたディエゴが、
妄想に没頭するリーゼに呼び掛ける。
フェニックスにより爆散させられた
モンスターの死骸を踏みしだき、
鴉のような頭をした半獣人が
奇声を上げリーゼに襲い来る。
「妄想もそこまでにしとけ。
この変態馬鹿エルフ!」
やっけぱちの罵倒と共に、
アシュリーが駆け寄り勢い槍の穂先で、
リーゼを襲おうとした半獣人の体を貫く。
「ふん、無粋な……」
リーゼもまた護身用に金属製のメイスを
振り向きざまにコートの中から取り出し、
更に死角から襲って来た獣人の頭を、
手慣れたようにあっさり潰してしまう。
本職が錬金術師とは言え、
リーゼもまたダンジョンに
潜り慣れている。
「へえ、意外とやるじゃねぇか。
白兵戦はからきしだと思ってたぜ」
「当然だ。ダンジョンに潜るのも、
偉大な探求の一部だからね」
復活したフェニックスは、
既に最前線で剣を振るう
ギャリックと共に
再び炎を纏い踊り狂っている。
その覇気にモンスターの群れも
気圧され始めている。
ルロイもまた得物のチンクエデアを構え
敵の動揺によって生じた間隙に突っ込む。
「ヴィヒャッシャ!
難しいことぁ分かんねぇ!
今のうちに、突き進むぜオラァ!」
「そうだぜぇ、この機を逃すんじゃねぇ」
「急いで下さい。
いつまでも結界は持ちません」
飛竜二頭と連携して
一先ず眼前の敵を倒した
アシュリーとアナがギャリックに続く。
「おかげで道が開けました。
ありがとうみんな」
「さて、じゃ行くとするよ」
ルロイに続きリーゼも、
血に塗れたメイスを持ち突き進む。
「しょうがねぇだヤァ……」
ディエゴもまた得物であろうダガーを
手慣れたように扱い、曲芸のように
襲い来るモンスターの攻撃を
いなすように
蹴散らしながら追いついてくる。
ヘタレコボルトのようでいても、
ディエゴという男はいざという時の
修羅場は潜り抜けている猛者なのだった。
かつての友を救いに、
新たな友と共に今自分は
人生を歩めている。
ルロイはその感謝をこの地獄の入り口
ともいえる異界の間で、
自分を魔法法証人とした
ウェルス神に感謝していた。
あるいは金属なのか————
朽ち果てた迷宮を形作るは
均質なレンガのような形の硬材であった。
それが幾重にも複雑に規則だって重なり、
更に迷宮内には骨や植物のようなものが
覆いかぶさり、古の魔法文明の残り香を
感じるにはあまりにも
禍々しい雰囲気であった。
あの時と、ほぼ同じ光景。
十年前の記憶がルロイの脳裏に蘇る。
ルロイたちを背中の籠に乗せ、
フレッチとリッラは、
一挙に、遥かなる階の最上階まで飛躍した。
その場所に鎮座する悪魔の大口のごとく
開かれた巨大な扉へと突入した。
異界の扉内部の瘴気を振り払うように
空色の飛竜は翼をバタつかせ
石床に着陸する。
「キュイイイ」
「クゥイイイ」
ルロイたちに自分の役目を
一先ず終えたことを二頭は
鳴き声で知らせるのだった。
「よしよし、ご苦労だったな、
本当だったら一旦帰してやりてぇが、
もうしばらくアタシらに付き合ってな」
まずはアシュリーが
フレッチの鞍から降り、
二頭を労いつつ奮起を促す。
続いてルロイは籠から降り、
フレッチの頭を労うように撫でる。
「ありがとう、フレッチ、リッラ。
あなた達も大事な仲間です」
フレッチとリッラもまた嬉しそうに
つぶらな瞳を瞬かせ短く鳴き声を上げる。
「ここが異界の扉の内部ってか!
ヒャハハ、生き物の体内みてぇで
気持ちワリィ」
「そうかい?私はもっと猟奇的な
ものを想像していたんだがね」
「十分猟奇的だろヤァ!
勘弁してくれだヤァ」
「入口の時点で禍々しい霊気が濃いです。
私が目となりますが皆さん気を付けて」
「おっし、こんな場所で死ねるか、
ぜってぇみんなで生還すっぞ!」
ギャリックは笑い上戸に、
リーゼは含みを持たせて笑い、
ディエゴは大げさに怯えて、
アナはあくまで真剣に、
アシュリーは力を込めて、
各々勝手にここの感想を述べている。
「ようやく戻ってこれたよ。ロジャー」
そしてルロイは懐かしさをさえ抱き、
ダンジョン奥の深い闇を見据え
独り言ちる。
異界の扉の内部は幾度かの調査の結果、
外の世界と比べ時間の流れが
酷く遅いことが判明している。
それでもあれから十年。
ロジャーが生存している
可能性は極めて低い。
だが、あの時ロジャーが
あの悪霊そのものに
取り込まれてしまったならば、
あの時のままロジャーが悪霊の一部として
保存されている可能性も否定できない。
ルロイの儚い願望でしかなかったが、
それならばロジャーを悪霊から
解放し救えるはずだと己に言い聞かせ、
ルロイは再びこの場所に
戻る日を待っていた。
「さあ、行きましょうか!」
ルロイが先頭に立ち、
一歩ダンジョンの最奥へと歩を進める。
「————ッシャアア、行くぜ!!」
ギャリックが両の手を勢いよく叩き、
勇み足でルロイに続く。
「そう言えば、入り口の扉はともかく
このダンジョンは名前さえないんだろう?
あわよくば私が
名付け親になってみるのも一興か」
鞄の取っ手を片手で握り、
リーゼは鞄を背中にしょい込む
ようにして歩み始める。
「まったく、オイラはとっとと
終わらせて晩飯食べて寝……」
最後に、ディエゴがぼやいて嫌々
追いすがるように足を進めた、
その瞬間。
ディエゴは足を止め、
神経質に鼻先を細かく動かしている。
同じくアナがロッドの魔力探知の煌きに、
目ざとく反応する。
「クンクン……こりゃ言ってるそばから、
熱烈なお出迎えだヤァ」
「私の方でも多数のアンデッドの
群れを確認、それも全方位から……」
「キヒャアァ!そう来なくちゃなぁ。
いきなり大漁ってかぁ!」
ディエゴとアナの言葉に、
ギャリックは獰猛な歓喜を抑えることが
できず双剣を構える。
「早速だが出番だ、
フレッチ、リッラ、アナ」
アシュリーが竜笛を吹き、
二頭の飛竜に戦闘準備を知らせる。
「キュイィィ」
「クゥイィィ」
竜笛の音に呼応するかのように、
アナのロッドの魔力が高まり輝きが増す。
「うん、分かってるよ」
ダンジョンの奥底から、
轟音とともに異形も群れが
ルロイたちの眼前へ迫る。
巨大な一つ目の蝙蝠じみた怪物に、
一つの胴から複数の
獣の首を生やした魔物、
悪魔の石像を模したガーゴイル。
と、異界の住人たちが迷い込んできた
生贄を求め一気に押し寄せる。
「ゴーレム用の核石は幾つか持ってきたが、
二体の飛竜と合わせても、
あの数に対抗できるかね」
リーゼが舌打ちしつつ、
地面に核石をバラまき、
地面からゴーレム数体を生成する。
「聖結界」
長い詠唱を終えたアナが力を発動する。
薄暗いダンジョン内を清浄な光が包み、
一行に襲い来る波と化した
モンスターの群れを塞き止める。
「スゲェなおい」
「前に朽木の園でロッドに力を込めた時に、
モンスターまで反応したこと
覚えてるよね。
竜笛の効果で私の死霊術の力も、
増幅されているみたいなんだ」
よくよく見れば白い光は、
このダンジョンを彷徨っている
霊魂の塊であった。
それをありったけ集めて
結界代わりにしている。
アシュリーがつい先日、
初めて竜笛を完成させてフレッチに
試した時の事を思い出す。
あれは偶然の産物ではなかった
とアシュリーは思い知る。
「流石に全部は防ぎきれないけど、
後は皆さん頼ます」
「ギヒャー、上出来だぁ任せろやぁ!」
「今じゃ僕が助けられっぱなしですね」
嬉々として剣を振り回す、
ギャリックが先頭に立ち、
ルロイもチンクエデアを抜き
覚悟を決める。
結界内に強引に入ってきたモンスターは、
フレッチとリッラのドラゴンブレスと、
リーゼのゴーレムたちで一掃している。
ディエゴはこの期に及んで慌てふためき
隠れる場所がないかとキョロキョロと
挙動不審になっている。
そんな中リーゼは鞄を石床に置き、
粛々と鞄の中身を取り出していた。
「リーゼさん?」
「いきなりだがこれを実戦で
試す時が来たようだね」
こんな時でもリーゼは、
というよりこんな時だからこそ、
この女は不敵に悪戯っぽく笑っている。
そして、それがどんな予兆か、
ルロイは思い当たる節があり過ぎるほど
あるのだった。
「これは、あの時の!」
「そう、あの時の問題点を改善し、
かつ諸々試行錯誤を重ね、
徹底的に仕上がった————」
ルロイの眼前には、
忘れもしないいつぞやの
植物ゾンビを焼き払った
物騒な鳥形の造形物が目に入った。
それが、更に多量のネジやら
謎の金属片で補強され、
全体として禍々しくも洗練されている。
「その名も、特攻機甲鳥獣フェニックス改」
「相変わらずのネーミングですね」
ルロイの反応などどこ吹く風で、
リーゼは迫りくるモンスターの
大群へと怜悧に狙いを定め、
機体の後部トリガーらしきものを
カチリと引く。
「逝け!」
「オルルビャア、なんだってんだ!」
今まさに、敵へ斬りかからんとする
ギャリックの頭上を紅蓮の炎を
纏った物体がメキメキと音を立て、
ギャリックの橙色の逆立った頭髪の
末端を焦がしながら突貫してゆく。
機械仕掛けのフェニックスは、
同じく機械じみた厳しいガーゴイルの
凶悪そうな顔面に激突すると同時、
機体の中央が青白く一閃したかと思うと、
一挙に爆散し紅蓮の火球となり、
その炎は周囲の有象無象を
巻き込み広がって行く。
「これは、凄い熱量ですね」
凶悪な火力に思わずルロイは舌を巻く。
「言ったはずだろ、徹底的に改良したって」
嬉し気に、一同へウィンクして振り返る。
しかし、立ち込める煙の中から、
後続のモンスターどもが爆炎を
ものともせずに進撃してくる。
「だあぁー、やっぱダメじゃんか!」
前衛で槍を振るうアシュリーが、
果敢に闘いながらもツッコミを忘れない。
確かに何体かは先ほどの爆発で
仕留めたことだろう、
それでも、敵の数は増えつつある。
その圧倒的な数の前にあっては、
フェニックスの爆発力さえ
焼け石に水に見えた。
「よぉ~く御覧よ」
狼狽えるアシュリーに、
特に焦る様子もなく気だるそうに
リーゼがフェニックスの爆散した
場所を指さしてみせる。爆発の間際、
おそらくフェニックスの動力源であり、
爆発をもたらした力の源なのだろう、
青白い結晶体が炭化した
モンスターの死骸から
鋭い輝きを放っている。
耳をそばだてると、
なにやら結晶体の周囲で
金属的なカタカタと何かを
引きずり擦れるような音が
徐々に大きくなってゆく。
「んな、何んだと……!」
先ほどまで非難がましい態度でいた
アシュリーが、目の前の光景を見て
口をあんぐりと開け固まっている。
爆散し灰になったはずの
フェニックスの残骸の数々が、
結晶体へと次々に引き寄せられ
鳥の造形へと復元してゆく。
「こ、壊れた破片から自動で再生してます」
これには死霊使いのアナさえも
ただただ愕然としている。
「フェニックスの名を付けた以上、
爆炎の中から蘇ってこそなのさ」
リーゼがどや顔で言い切るや、
フェニックスは爆発前の姿へ戻っている。
心なしか一回りサイズが大きくなり、
細部の形状がやや歪だが、
どうやら先ほど爆発で巻き込んだ
モンスターの死骸の一部を
体のパーツとして
取り込んだためであった。
「これは復活した姿が前衛的……はっ」
思わず、口にしてしまいルロイは
リーゼの顔を見てはっとなる。
「そうだろう、
ここまで仕上げるのに苦労したよ。
とある石に色々細工をしてさ、
倒したモンスターをエネルギーとして
吸収し破壊された外殻を修復するよう
術式を施してある。よって……
私のフェニックスは
敵を倒せば倒すほど強くなれ————」
「ちょ……喋ってねーでヤァ!後ろ!」
戦闘に巻き込まれまいと、
柱によじ登って待避していたディエゴが、
妄想に没頭するリーゼに呼び掛ける。
フェニックスにより爆散させられた
モンスターの死骸を踏みしだき、
鴉のような頭をした半獣人が
奇声を上げリーゼに襲い来る。
「妄想もそこまでにしとけ。
この変態馬鹿エルフ!」
やっけぱちの罵倒と共に、
アシュリーが駆け寄り勢い槍の穂先で、
リーゼを襲おうとした半獣人の体を貫く。
「ふん、無粋な……」
リーゼもまた護身用に金属製のメイスを
振り向きざまにコートの中から取り出し、
更に死角から襲って来た獣人の頭を、
手慣れたようにあっさり潰してしまう。
本職が錬金術師とは言え、
リーゼもまたダンジョンに
潜り慣れている。
「へえ、意外とやるじゃねぇか。
白兵戦はからきしだと思ってたぜ」
「当然だ。ダンジョンに潜るのも、
偉大な探求の一部だからね」
復活したフェニックスは、
既に最前線で剣を振るう
ギャリックと共に
再び炎を纏い踊り狂っている。
その覇気にモンスターの群れも
気圧され始めている。
ルロイもまた得物のチンクエデアを構え
敵の動揺によって生じた間隙に突っ込む。
「ヴィヒャッシャ!
難しいことぁ分かんねぇ!
今のうちに、突き進むぜオラァ!」
「そうだぜぇ、この機を逃すんじゃねぇ」
「急いで下さい。
いつまでも結界は持ちません」
飛竜二頭と連携して
一先ず眼前の敵を倒した
アシュリーとアナがギャリックに続く。
「おかげで道が開けました。
ありがとうみんな」
「さて、じゃ行くとするよ」
ルロイに続きリーゼも、
血に塗れたメイスを持ち突き進む。
「しょうがねぇだヤァ……」
ディエゴもまた得物であろうダガーを
手慣れたように扱い、曲芸のように
襲い来るモンスターの攻撃を
いなすように
蹴散らしながら追いついてくる。
ヘタレコボルトのようでいても、
ディエゴという男はいざという時の
修羅場は潜り抜けている猛者なのだった。
かつての友を救いに、
新たな友と共に今自分は
人生を歩めている。
ルロイはその感謝をこの地獄の入り口
ともいえる異界の間で、
自分を魔法法証人とした
ウェルス神に感謝していた。
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