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第九章 アナの一日とある予兆 ~日常編~

アナの休日

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「おお、アナじゃんか!」

 アナは堅苦しい序文を読み終えた直後、
 神殿図書館の閲覧室で
 聞きなれた声で呼ばれた。
 堅苦しい文体を読んでいたせいか、
 思わずアナの顔はしかめっ面に
 なっていたのかもしれない。
 アナに元気そうに手を上げて挨拶した
 アシュリーは慌てて気まずそうに、
 俯き加減に頭を下げる。

「おっとゴメン……
 図書館じゃ、静かにしなきゃだな」

 ウェルス神殿内にある図書館は、
 冒険者にも開放されている。
 ルロイのような法律関係者に加えて、
 アナのような魔導士型の冒険者が、
 魔術書目当てでここに来ることは、
 珍しくもなかったが、
 アシュリーが来るとは珍しい。

「あ……えっと場所、変えよっか?」

 ひとまず、
 眉間を寄せた顔のせいで、
 誤解を与えてしまったと
 アナが気まずそうに囁く。

「おっ、おう……」

 逆にアシュリーは読書中のアナに、
 気を使わせてしまったと気後れしつつも、
 まんざらでもなさそうに首を縦に振る。



 図書館を出た二人は、
 ウェルス神殿から離れた四つ辻の、
 屋台でパニーノサンドを買った。
 アナとアシュリーは今、
 適当な椅子とテーブルに腰を下ろして、
 多めに具材を挟んだパニーノサンドを
 昼食代わりにせっせとパクついている。

「な~んだ、
 そんなお堅い本を読んでるたぁ、
 流石アナだな」

 神殿図書館の堅苦しい雰囲気から解放され、
 アシュリーは素に戻って陽気に笑っている。

「魔法の研究がてら、
 レッジョの歴史も少し調べてみたくて、
 チェーザレ・ジョルダーノはひと昔前、
 ここでは人気の作家だったらしいの。
 もう故人となって久しいんだけど」

「へぇ」

「この著者も元は冒険者で、
 この街を愛し冒険者を引退後は
 年代記作家として一住民になった人なの。
 独特の表現の歴史記述が面白くてね、
 でも文体がやや古いと言うか硬いから、
 好き嫌いは分かれそうだけど」

 熱心に感想を述べるアナに、
 話し半分に聞いていたアシュリーが
 感心した様に頷く。

「それであの表情だったか~
 アナでさえ難しんじゃアタシなんか
 一行でギブアップだな」

 たははと笑いながらアシュリーが、
 パニーノサンドの最後のひとかけらを、
 口の中に押し込む。

「あの、アシュリーはどうして、
 神殿図書館に?」

 少し呆れ気味にアナが聞き返す。

「おう、実は竜笛を作ろうと思ってさ」

「竜笛?」

「遠くから飛竜を呼ぶための道具さ、
 竜騎士が騎乗中に飛竜に合図やなんかを
 知らせるために使ったりもすっけど」

 アナもようやく
 パニーノサンドを食べ切り、
 今度はアシュリーの話を
 興味深く聞いている。

「あの大図書館なら
 飛竜関連の本もありそうだよね、
 目当ての本は見つかった?」

 目を輝かせるアナに対して、
 アシュリーはうんざりした様に首を横に振る。

「あのデカい図書館ならな~んか、
 ヒントがあると思って来たんだけど、
 ダメだ。適当に本を選んで、
 少し読んだだけで眩暈がするぜぇ。
 やっぱアタシは読書にゃ向いてねぇ」

 本の虫であるアナとしては、
 アシュリーの本嫌いが寂しくはあったが、
 本の話題から離れることにした。

「そう言えば前にアシュリー、
 飛竜を使った街への貢献とか言ってたけど、
 それと今回の竜笛って
 何か関係しているの?」

 よくぞ聞いてくれたとばかりに、
 アシュリーが顔を明るくする。

「ああ、大ありさ。
 親父みてぇな竜騎士としての才能は
 ねぇけど、竜使いならアタシの性に
 合ってる気がする。
 でだ、その特性をどうにかここの人たちの
 生活に関わる形で役立てたいと……
 そうなると~」

 アシュリーは饒舌になって、
 自分の未来を紡ぎ出す。

「飛龍を使った飛脚いや、
 運送業とかイケるんじゃないかと、
 今、考えててさ」

「へぇ~」

 そんな事考えもしなかったと、
 アシュリーのアイデアに、
 今度はアナが感心してみせる。

「飛竜教の古い教えで空を駆ける飛竜は、
 あらゆる魂の運び手だって、
 言い伝えがあってさぁ。
 なら運送業はって思いついたんだけど」

 照れ隠しの様にアシュリーが笑って見せる。

「なんか、アシュリーらしくて面白そう」

 つられてアナも微笑んで見せる。
 思えばアシュリーとは、
 冒険者として組み仕事をしてゆく内に、
 お互いの家族の事や故郷のことを
 あれこれ話しお互いに
 境遇が似ているようで、
 しかし決定的に違うな。
 と、アナはアシュリーと
 よく笑い合ったものだ。
 気が付けば二人は親友になっていた。

「決めた!」

 幸い今日は予定が空いている。
 たまにはこんな日常も良いだろう
 とアナは意気込んで見せる。

「何が?」

「今日一日、竜笛を作る
 アシュリーの手伝いをする」

 アナがクスリと笑い決意を固める。
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