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第一章 死霊使いの薔薇石 ~第三者による詐欺行為~
ローゼスストーン
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「くっ―――――――」
一層まばゆい光がルロイの視界を遮る。
思わず眉間を力ませ
意識が飛ぶのを必死に堪える。
視界の代わりに、
くぐもった地の底から
響き渡るような高笑いが
ルロイの頭に響いた。
「グェハハー!
ホイホイ騙されてくれて……
まったく楽しい奴だったよ、お前は」
ルロイがにわかに視力を取り戻すと、
血のように赤く染まった瞳を見開き、
嗜虐的に口元を歪ませ笑う
アナの姿があった。
絹のカーテンのような漆黒の長髪は、
針のように逆立ちあるいは
髪の束が蛇のように蠢いている。
反りあがった髪は今や
毒々しく光る薔薇石に巻き付き、
闇に染まりつつある空に向かい
妖しく煌めいている。
「まさか、すでに
悪霊に体を乗っ取られて……」
「完全に乗っ取るのに、
薔薇石が必要だったがなぁ」
「今日中に薔薇石を取り戻し、
呪いを解かないと死ぬ
というのも嘘だったと?」
「その通り、すべては力を
取り戻すための猿芝居よ」
嫌に足元が重いと
ルロイが下に目をやると、
先ほどアントニオを拘束した青い手が
影のようにルロイの足に絡まり、
すでに足もろとも地面に
根を張ってしまっている。
「逃げられると思うなよ。
お前の魂も今、食らってやる!」
ルロイは革袋から紙を取り出そうと
腰のベルトに手をやるが、
すんでのところで悪霊が髪を
鞭のようにしならせ
ルロイの手首を鋭く叩いた。
証書がルロイの手元から零れ落ちる。
体勢を崩した拍子にルロイは
地面の青い手に引っ張られ
地面に突っ伏してしまう。
「おっと、何をするつもりだ」
獲物をいたぶることを
心底楽しむように、
悪霊がルロイの右手の甲を
靴で踏みにじる。
ルロイが取り出そうとしていた
紙片を拾って、
悪霊はなんであるかを確かめる。
紙片は既に文字が書かれた証書だった。
腹から力を振り絞るように
ルロイが言葉を紡いだ。
「真実を司りし神
ウェルスの名のもとに問う。
汝、アナスタシア・ローゼンスタインが
レッジョを尋ねし理由は、
父メルヴィル・ローゼンスタインを
弔うためか?」
証書に書かれていることを
一字一句ルロイは読み上げた。
一瞬、悪霊はルロイの言葉を
理解しかねるかのように首を傾げた。
が、やがてゲタゲタと笑いだした。
「馬鹿めぇえ!
石さえ手に入れば
貴様の能力など恐ろしくないわ」
なおもあざ笑う悪霊は
墓場から邪気を吸い取り、
薔薇石に妖気をため込んでいた。
同時にルロイの体から一気に力が
吸い取られ衰弱してゆく。
悪霊はこれから自らのために
死にゆく眼前の生贄へ、
暗い情熱を血走った瞳にたぎらせていた。
「終わりだ、死……」
「はい、そうです」
一瞬、邪気が払われた。
眼前の悪意に歪んだ表情が抜け落ち、
証文に微笑む笑顔に満ちた
アナの人間としての顔がそこにあった。
瞬時にそれまでため込んでいた
邪気が一気に放出される。
アナが手にした証書が
白く光り輝いてゆく。
「お見事――――」
地べたに這いつくばりながら、
ルロイが満面の笑みを浮かべていた。
「バカな!力が萎んでゆく――――」
今までアナの自我を急いでねじ伏せ、
狼狽えた表情の悪霊が顔を出した。
既に力の流出が止まらない。
アナに巣くっていた悪霊が
未練がましく、
プロバティオの力に抗おうと
憤怒の形相でルロイを睨みつける。
「薔薇石は所有者への死者の念を強める。
それ以上に真実を口にすることで
『プロバティオ』の力がそれを上回った。
それだけのことです」
ルロイを拘束していた
青い手の亡霊たちは既になく、
ルロイは立ち上がり汚れた上着を払った。
ウェルス証書において、
純白に証書が輝くことは問いかけに
正直に答えた証だった。
「まさか、この私をはめたのか!」
「イチかバチかでしたけどね。
アナさんは芯の強いお人だ」
宿主であるアナを傷つけずに、
彼女に取り憑いた悪霊を確実に倒すには、
悪霊の存在に気づいていることを
悟られずに、
その本性を完全に露出させることが
必要だった。
薔薇石を囮に使う手段が
もっとも確実だったのだ。
「ホイホイ騙されたフリをするのも
疲れましたよ。
もう終わりましたけど……」
ルロイは地べたから立ち上がると、
ケープの埃を払いながら
大げさにため息を吐きだす。
「お、おのれぇ……この喰わせ者め!」
悪霊の断末魔に呼応するかのように、
アナの頭頂に掲げられた
薔薇石が一層紅に煌めき、
砕け散った。
粉々になった真紅の鉱石が
アナとルロイに
聖なる祝福のように降り注ぐ。
「僕が魔法公証人と呼ばれる所以ですかね」
力なくアナが崩れへたり込むと同時、
霊園は元の静けさを取り戻した。
「ううん……」
寝ぼけ眼をこすりつつ
アナが意識を取り戻す。
「大丈夫ですか?」
晴れやかな笑顔で
ルロイはアナに手を差し伸べる。
何があったか少々狼狽気味だったが
アナの記憶はすぐに鮮明になり、
どうやら一連の流れも
覚えているようだった。
「ほ、本当になんてお礼を言ったらいいか」
正気に戻ったアナが
ぺこりとルロイに頭を下げる。
「いやぁ、こちらこそ
薔薇石粉々にしちゃいましたし。
申し訳ありません」
バツが悪そうにルロイは、
頭をかきむしる。
「いいんです。
死霊使いの癖に悪霊に取り憑かれる
私が未熟だったから。
ルロイさんがいなければ
確実に悪霊にやられてましたし、
結局お父さんがどんな思いでいたのかも
分からずじまいです」
「それなんですがプロバティオを、
使うまでもなかったようです」
「ほぇ?」
「ほら、見事に公証されちゃってます」
ルロイが指さした先に
まだ真新しい墓石があった。
〈わが人生の最期に最愛なる妻と
娘にわが魂を捧げる〉
とある孤独な魔法具職人
「今でも、お父様を愛していますか?」
「はい。今度こそ――――」
人のぬくもりを取り戻した娘は、
冷たく固い墓石を抱いた。
その頬から墓石へ
温かい雨が伝っていった。
一層まばゆい光がルロイの視界を遮る。
思わず眉間を力ませ
意識が飛ぶのを必死に堪える。
視界の代わりに、
くぐもった地の底から
響き渡るような高笑いが
ルロイの頭に響いた。
「グェハハー!
ホイホイ騙されてくれて……
まったく楽しい奴だったよ、お前は」
ルロイがにわかに視力を取り戻すと、
血のように赤く染まった瞳を見開き、
嗜虐的に口元を歪ませ笑う
アナの姿があった。
絹のカーテンのような漆黒の長髪は、
針のように逆立ちあるいは
髪の束が蛇のように蠢いている。
反りあがった髪は今や
毒々しく光る薔薇石に巻き付き、
闇に染まりつつある空に向かい
妖しく煌めいている。
「まさか、すでに
悪霊に体を乗っ取られて……」
「完全に乗っ取るのに、
薔薇石が必要だったがなぁ」
「今日中に薔薇石を取り戻し、
呪いを解かないと死ぬ
というのも嘘だったと?」
「その通り、すべては力を
取り戻すための猿芝居よ」
嫌に足元が重いと
ルロイが下に目をやると、
先ほどアントニオを拘束した青い手が
影のようにルロイの足に絡まり、
すでに足もろとも地面に
根を張ってしまっている。
「逃げられると思うなよ。
お前の魂も今、食らってやる!」
ルロイは革袋から紙を取り出そうと
腰のベルトに手をやるが、
すんでのところで悪霊が髪を
鞭のようにしならせ
ルロイの手首を鋭く叩いた。
証書がルロイの手元から零れ落ちる。
体勢を崩した拍子にルロイは
地面の青い手に引っ張られ
地面に突っ伏してしまう。
「おっと、何をするつもりだ」
獲物をいたぶることを
心底楽しむように、
悪霊がルロイの右手の甲を
靴で踏みにじる。
ルロイが取り出そうとしていた
紙片を拾って、
悪霊はなんであるかを確かめる。
紙片は既に文字が書かれた証書だった。
腹から力を振り絞るように
ルロイが言葉を紡いだ。
「真実を司りし神
ウェルスの名のもとに問う。
汝、アナスタシア・ローゼンスタインが
レッジョを尋ねし理由は、
父メルヴィル・ローゼンスタインを
弔うためか?」
証書に書かれていることを
一字一句ルロイは読み上げた。
一瞬、悪霊はルロイの言葉を
理解しかねるかのように首を傾げた。
が、やがてゲタゲタと笑いだした。
「馬鹿めぇえ!
石さえ手に入れば
貴様の能力など恐ろしくないわ」
なおもあざ笑う悪霊は
墓場から邪気を吸い取り、
薔薇石に妖気をため込んでいた。
同時にルロイの体から一気に力が
吸い取られ衰弱してゆく。
悪霊はこれから自らのために
死にゆく眼前の生贄へ、
暗い情熱を血走った瞳にたぎらせていた。
「終わりだ、死……」
「はい、そうです」
一瞬、邪気が払われた。
眼前の悪意に歪んだ表情が抜け落ち、
証文に微笑む笑顔に満ちた
アナの人間としての顔がそこにあった。
瞬時にそれまでため込んでいた
邪気が一気に放出される。
アナが手にした証書が
白く光り輝いてゆく。
「お見事――――」
地べたに這いつくばりながら、
ルロイが満面の笑みを浮かべていた。
「バカな!力が萎んでゆく――――」
今までアナの自我を急いでねじ伏せ、
狼狽えた表情の悪霊が顔を出した。
既に力の流出が止まらない。
アナに巣くっていた悪霊が
未練がましく、
プロバティオの力に抗おうと
憤怒の形相でルロイを睨みつける。
「薔薇石は所有者への死者の念を強める。
それ以上に真実を口にすることで
『プロバティオ』の力がそれを上回った。
それだけのことです」
ルロイを拘束していた
青い手の亡霊たちは既になく、
ルロイは立ち上がり汚れた上着を払った。
ウェルス証書において、
純白に証書が輝くことは問いかけに
正直に答えた証だった。
「まさか、この私をはめたのか!」
「イチかバチかでしたけどね。
アナさんは芯の強いお人だ」
宿主であるアナを傷つけずに、
彼女に取り憑いた悪霊を確実に倒すには、
悪霊の存在に気づいていることを
悟られずに、
その本性を完全に露出させることが
必要だった。
薔薇石を囮に使う手段が
もっとも確実だったのだ。
「ホイホイ騙されたフリをするのも
疲れましたよ。
もう終わりましたけど……」
ルロイは地べたから立ち上がると、
ケープの埃を払いながら
大げさにため息を吐きだす。
「お、おのれぇ……この喰わせ者め!」
悪霊の断末魔に呼応するかのように、
アナの頭頂に掲げられた
薔薇石が一層紅に煌めき、
砕け散った。
粉々になった真紅の鉱石が
アナとルロイに
聖なる祝福のように降り注ぐ。
「僕が魔法公証人と呼ばれる所以ですかね」
力なくアナが崩れへたり込むと同時、
霊園は元の静けさを取り戻した。
「ううん……」
寝ぼけ眼をこすりつつ
アナが意識を取り戻す。
「大丈夫ですか?」
晴れやかな笑顔で
ルロイはアナに手を差し伸べる。
何があったか少々狼狽気味だったが
アナの記憶はすぐに鮮明になり、
どうやら一連の流れも
覚えているようだった。
「ほ、本当になんてお礼を言ったらいいか」
正気に戻ったアナが
ぺこりとルロイに頭を下げる。
「いやぁ、こちらこそ
薔薇石粉々にしちゃいましたし。
申し訳ありません」
バツが悪そうにルロイは、
頭をかきむしる。
「いいんです。
死霊使いの癖に悪霊に取り憑かれる
私が未熟だったから。
ルロイさんがいなければ
確実に悪霊にやられてましたし、
結局お父さんがどんな思いでいたのかも
分からずじまいです」
「それなんですがプロバティオを、
使うまでもなかったようです」
「ほぇ?」
「ほら、見事に公証されちゃってます」
ルロイが指さした先に
まだ真新しい墓石があった。
〈わが人生の最期に最愛なる妻と
娘にわが魂を捧げる〉
とある孤独な魔法具職人
「今でも、お父様を愛していますか?」
「はい。今度こそ――――」
人のぬくもりを取り戻した娘は、
冷たく固い墓石を抱いた。
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