婚約者は幼馴染みを選ぶようです。

香取鞠里

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「今、何て言ったの?」

 結婚を間近に控えた昼下がり、私は自分に告げられた言葉がすぐには信じられなかった。

「エリーには申し訳ないが、この婚約はなかったことにしてほしい」

 目の前で地面に額がつきそうなくらいに深く土下座するのは伯爵家のご子息のハクトだ。

 ハクトは私と同じ二十歳で、親同士の決めた許嫁だった。

 昨年出会ったハクトとは何度も顔を合わせ、最初こそ親の決めた結婚ではあったが、少なからず私は誠実そうなハクトに好意を抱いていた。

 最初こそ乗り気でなかった結婚も、今では楽しみにしていたというのにこの仕打ちは何なのだろう。

 一年かけてハクトと仲を深めてきたように思っていたというのに、それは私の思い上がりだったのだろうか。

 そう思うと、これまで一緒に過ごしてきた時間さえ何だったのだろうと思う。

「どうして? そんな、突然そんなこと言われたって困ります。私の何が気に入らなかったのですか?」

「エリーは悪くないんだ」

 けれど、ハクトは至極真面目な顔で告げたのだ。

「どういうこと?」

「……僕にシリアという幼馴染みがいることを知っているだろう?」

 確かにハクトと婚約したばかりの頃、仲の良い幼馴染みとしてシリアという女性を紹介されたのを覚えている。

 妹のような存在で、恋仲になったことはないと聞いていた。

 過去に馬とぶつかった経緯から片足が不自由だが、それを感じさせないくらいに元気で明るい女性だ。

「実は彼女の片足が不自由なのは、僕が原因なんだ。僕が乗っていた馬が彼女にぶつかって──」


 ハクトの話によると、五年前、馬に乗ったハクトが誤ってシリアにぶつかってしまい、彼女を負傷させてしまったのだそうだ。

 その責任を感じて、ハクトは今もこれから先もずっとシリアのそばについていたいのだそうだ。


「こんな気持ちのままエリーと結婚しても、きっと僕は君を幸せにできない。だから悪いけどこの婚約はなかったことにしてほしい。君のお父様には僕から話させてもらう」


 ハクトの話しぶりから私には拒否権はなさそうだった。

 責任からハクトはシリアのそばにいたいのだろうか。

 それとも、ハクトはシリアを選んだというのだろうか。

「……わかりました」

 ハクトの本心はわからないけれど、私はハクトの気迫から首を縦に振らざるを得なかった。

 私の承諾を確認したハクトは少し安心したように笑ったけれど、一人結婚を前にして浮かれていた自分がバカみたいに思えた。
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