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第8話(終) 第四写(下)これもある意味確かにあった光景なのですよ。
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電話を受けてすぐに、史郎と佳乃が写真館にやってきた。
「これがご依頼の写真になります」
二人にソファーを勧めてから、店主は兄妹の前に二十数枚の、サービス判よりちょっと大きい、いわゆるL判の写真を並べた。
「「これは!」」
兄妹二人は目を見開いた。
レトロな感じのタワーの前での三人での記念写真。テレビで見たことのある大きな木の前を散策する母と佳乃。コンドミニアムのキッチンでおぼつかない手つきで料理をする史郎と、それを見守る母。どこかの火山だろうか、固まった溶岩の上を怖々歩く母と、今度はそれを見守る佳乃。
二人のフラダンサーに挟まれて、満面の笑みを見せる三人。誰でも知っているビーチを散策する母と史郎。ここで買ったのか、ショッピングセンターの看板の前で、アロハシャツを見せ合う母と佳乃……
まぎれもない、家族三人のハワイ旅行の光景。ひとつひとつに幸せが溢れている光景。
兄妹は一枚一枚を愛おしそうに見た。
「ありがとうございます。これで母を元気付けられると思います」
史郎がそう言ったあと、佳乃がちょっと不思議そうに尋ねた。
「本当にうれしいです。ただ、ひとつ伺ってもよろしいでしょうか」
「どうぞ、ご遠慮なく」
「この写真に写っている私たち三人は、間違いなく今の私たちです。ただ、写っているハワイの風景が、ちょっと古いように見えるのですが」
「おわかりになりましたか」
「はい、ハワイ旅行を計画する時に、家にあった母の古いガイドブックを見たのですが、気になったスポットは、念のためネットで調べ直しました。このフラダンサーと写っている写真の後ろに、『コダックフラショー』とありますが、このショーはかなり前になくなったはずです」
佳乃の言葉に史郎が続ける。
「この、キングスビレッジというショッピンセンター、私もレトロっぽくていいなと思ったのですが、調べたら再開発のために数年前に取り壊されていました」
「ええ、これはどれも三十年前くらいのハワイの光景です。余談ですが、フィルム会社提供のフラショーがなくなったことは、写真館としては人ごとではありません」
店主がそう答えた。
「今ではなく、どうしてその頃のハワイの光景を選ばれたのですか。というか、そもそも、この写真はどうやって……」
史郎の言葉を店主が遮った。
「この写真をお母様に見せれば、おわかりになると思いますよ。そもそもについては、それはお聞きにならないで下さい。先日史郎さんがおっしゃったように、AIが作ったとでもお伝えいただければと思います。でも、これもある意味確かにあった光景なのですよ」
「わかりました。それで、お代はいくらになりますか」
「千三百円いただければと思います」
「千三百円!」
史郎が驚きの声をあげた。
「二十四枚撮りフィルムの同時プリントの値段と同じにさせていただきました。昔はもっと安かったのでとても心苦しいのですが、今はどうしてもそれだけかかってしまうので」
「いえ、こんな素晴らしい写真をその値段でいただけるとは思いませんでした。こちらこそ心苦しいです」
「そうおっしゃられてもそれ以上はいただけません。お母様がこの写真で少しでもお元気になれば、それに勝る喜びはありません」
「「ありがとうございます!」」
史郎と佳乃は声を揃えてそう言い、写真を大切にカバンにしまい写真館をあとにした。
二人を送り出した店主の表情には、昨日のような迷いはもうなかった。
「母さん、帰りましたよ」
そう史郎が声をかけると、リビングのソファーに横になっていた母、好子は体を起こして二人を迎えた。
「ママ、横になっていていいのよ。無理しないで」
「大丈夫よ。かなり吐き気もおさまってきたし」
佳乃の言葉に好子は笑顔でそう答えたが、その顔は青白く、無理に笑顔を作っていることは兄妹二人にはよくわかる。
「それにしても、昨日今日と、二人してどこへ行っていたの。せっかくの土日なのに」
「実はね、大学の後輩で、AIの研究をしている奴がいて、俺たちそいつのところに行ってたんだ」
写真館の帰り道に打ち合わせたとおり、史郎がそう答えた。
「AI?」
「うん、ママ、この写真を見て」
佳乃はそう言って、写真館で受け取った写真を広げた。
「写真?私たちが写っているけど、あ、これ、もしかしてハワイ?」
「うん」
「アロハタワーに、この大きな木はモアナルア・ガーデンパークね。あなたたちもCMで見たことあるでしょ。それとワイキキのコンドミニアムに、この溶岩のところはハワイ島のキラウエア火山だわ」
写真を見ていくうちに、好子の顔に徐々に赤味が差してきた。
「コダックフラショーやワイキキビーチ、ワイキキビーチはみんな大好きね。そしてキングスビレッジの写真もあるわね。でも、どうして私たち三人が写っているのかしら」
二人が答える前に好子が言った。
「ああ、わかったわ。これ、もしかして、AIが作った写真?AIって、今はこんなこともできるのね」
「う、うん、そうだよ、母さん」
「どの写真も、とっても懐かしいわね」
「「懐かしい?」」
そう言って、史郎と佳乃は顔を合わせた。
「そうよ、これ、どこも私が行ったことがあるところよ。あなたたち、私が隠していた昔のアルバムをこっそり持ち出したんでしょ?ハワイで出会った時の私とお父さんが写っているので、恥ずかしくてこれまで見せたことがなかったけど、そのアルバムがあるって知っていたのね」
「そんなアルバムが……いえ、うん、そうよ、ママ。黙って持ち出してごめんなさい」
佳乃が慌ててそう答えた。
「仕方ないわね。アルバム、持ってくるわ」
そう言って好子は自室から一冊のアルバムを持ってきて、二人の前に広げた。陽光あふれるハワイの景色のなか、どの写真でも、若い頃の好子と、後に夫になる男性、つまり二人の父親の笑顔が輝いている。
「すごいわね、今のAIって。あの頃のハワイの写真に、今の私たちの姿をこんなに違和感なく乗せることができるのね」
アルバムを食い入るように見ていた史郎と佳乃だが、はっとした表情で史郎が答えた。
「そ、そうだよ、母さん。このアルバムと、今の俺たち三人の写真を後輩のところに持ち込んで、AIに、もし俺たちがハワイに行ったらという写真を作ってもらったんだ」
「私たちも、こんなにうまくできるとは思わなかったけど」
佳乃もそう付け加えた。
「このハワイの景色、いつかあなたたち二人に見せたかったのよ。なくなってしまった物もあるけど、ハワイの太陽や爽やかな風は変わらないわ。だから、ハワイ旅行を計画してくれた時は本当に嬉しかったの。でも、私が病気になって二度とも行けなくなってしまって、二人には本当に申し訳ないわ」
「母さん、申し訳ないなんてそんなこと」
「ママ、そうよ、そんなことないわ」
「でもね、この写真を見せてもらって、ずっとハワイに三人で行きたいと思っていた気持ちを思い出したわ。それに、家族で海外旅行に行きたいっていうのは、お父さんの夢でもあったの。ここで夢を諦めたら、お父さんにも叱られるわ」
好子は目を上げて、どこか遠くにいる夫の姿を追った。写真を見る前とは異なり、その目には、力強い光が灯っている。
「母さん……」
「ママ……」
「病気になんて負けてはいられないわ。そうだわ、母さんとお父さんと若い頃の写真、もっと見る?」
「「うん!」」
好子が持ってきた何冊ものアルバムを見ながら、三人は久しぶりに、いつまでも笑顔で語り合った。
私鉄駅前の商店街もそろそろ尽きようかという少し寂しい場所に、今日もその写真館は建っている。
写真館は変わらず客の間で密かにこう呼ばれている。「想い出写真館」と。
了
「これがご依頼の写真になります」
二人にソファーを勧めてから、店主は兄妹の前に二十数枚の、サービス判よりちょっと大きい、いわゆるL判の写真を並べた。
「「これは!」」
兄妹二人は目を見開いた。
レトロな感じのタワーの前での三人での記念写真。テレビで見たことのある大きな木の前を散策する母と佳乃。コンドミニアムのキッチンでおぼつかない手つきで料理をする史郎と、それを見守る母。どこかの火山だろうか、固まった溶岩の上を怖々歩く母と、今度はそれを見守る佳乃。
二人のフラダンサーに挟まれて、満面の笑みを見せる三人。誰でも知っているビーチを散策する母と史郎。ここで買ったのか、ショッピングセンターの看板の前で、アロハシャツを見せ合う母と佳乃……
まぎれもない、家族三人のハワイ旅行の光景。ひとつひとつに幸せが溢れている光景。
兄妹は一枚一枚を愛おしそうに見た。
「ありがとうございます。これで母を元気付けられると思います」
史郎がそう言ったあと、佳乃がちょっと不思議そうに尋ねた。
「本当にうれしいです。ただ、ひとつ伺ってもよろしいでしょうか」
「どうぞ、ご遠慮なく」
「この写真に写っている私たち三人は、間違いなく今の私たちです。ただ、写っているハワイの風景が、ちょっと古いように見えるのですが」
「おわかりになりましたか」
「はい、ハワイ旅行を計画する時に、家にあった母の古いガイドブックを見たのですが、気になったスポットは、念のためネットで調べ直しました。このフラダンサーと写っている写真の後ろに、『コダックフラショー』とありますが、このショーはかなり前になくなったはずです」
佳乃の言葉に史郎が続ける。
「この、キングスビレッジというショッピンセンター、私もレトロっぽくていいなと思ったのですが、調べたら再開発のために数年前に取り壊されていました」
「ええ、これはどれも三十年前くらいのハワイの光景です。余談ですが、フィルム会社提供のフラショーがなくなったことは、写真館としては人ごとではありません」
店主がそう答えた。
「今ではなく、どうしてその頃のハワイの光景を選ばれたのですか。というか、そもそも、この写真はどうやって……」
史郎の言葉を店主が遮った。
「この写真をお母様に見せれば、おわかりになると思いますよ。そもそもについては、それはお聞きにならないで下さい。先日史郎さんがおっしゃったように、AIが作ったとでもお伝えいただければと思います。でも、これもある意味確かにあった光景なのですよ」
「わかりました。それで、お代はいくらになりますか」
「千三百円いただければと思います」
「千三百円!」
史郎が驚きの声をあげた。
「二十四枚撮りフィルムの同時プリントの値段と同じにさせていただきました。昔はもっと安かったのでとても心苦しいのですが、今はどうしてもそれだけかかってしまうので」
「いえ、こんな素晴らしい写真をその値段でいただけるとは思いませんでした。こちらこそ心苦しいです」
「そうおっしゃられてもそれ以上はいただけません。お母様がこの写真で少しでもお元気になれば、それに勝る喜びはありません」
「「ありがとうございます!」」
史郎と佳乃は声を揃えてそう言い、写真を大切にカバンにしまい写真館をあとにした。
二人を送り出した店主の表情には、昨日のような迷いはもうなかった。
「母さん、帰りましたよ」
そう史郎が声をかけると、リビングのソファーに横になっていた母、好子は体を起こして二人を迎えた。
「ママ、横になっていていいのよ。無理しないで」
「大丈夫よ。かなり吐き気もおさまってきたし」
佳乃の言葉に好子は笑顔でそう答えたが、その顔は青白く、無理に笑顔を作っていることは兄妹二人にはよくわかる。
「それにしても、昨日今日と、二人してどこへ行っていたの。せっかくの土日なのに」
「実はね、大学の後輩で、AIの研究をしている奴がいて、俺たちそいつのところに行ってたんだ」
写真館の帰り道に打ち合わせたとおり、史郎がそう答えた。
「AI?」
「うん、ママ、この写真を見て」
佳乃はそう言って、写真館で受け取った写真を広げた。
「写真?私たちが写っているけど、あ、これ、もしかしてハワイ?」
「うん」
「アロハタワーに、この大きな木はモアナルア・ガーデンパークね。あなたたちもCMで見たことあるでしょ。それとワイキキのコンドミニアムに、この溶岩のところはハワイ島のキラウエア火山だわ」
写真を見ていくうちに、好子の顔に徐々に赤味が差してきた。
「コダックフラショーやワイキキビーチ、ワイキキビーチはみんな大好きね。そしてキングスビレッジの写真もあるわね。でも、どうして私たち三人が写っているのかしら」
二人が答える前に好子が言った。
「ああ、わかったわ。これ、もしかして、AIが作った写真?AIって、今はこんなこともできるのね」
「う、うん、そうだよ、母さん」
「どの写真も、とっても懐かしいわね」
「「懐かしい?」」
そう言って、史郎と佳乃は顔を合わせた。
「そうよ、これ、どこも私が行ったことがあるところよ。あなたたち、私が隠していた昔のアルバムをこっそり持ち出したんでしょ?ハワイで出会った時の私とお父さんが写っているので、恥ずかしくてこれまで見せたことがなかったけど、そのアルバムがあるって知っていたのね」
「そんなアルバムが……いえ、うん、そうよ、ママ。黙って持ち出してごめんなさい」
佳乃が慌ててそう答えた。
「仕方ないわね。アルバム、持ってくるわ」
そう言って好子は自室から一冊のアルバムを持ってきて、二人の前に広げた。陽光あふれるハワイの景色のなか、どの写真でも、若い頃の好子と、後に夫になる男性、つまり二人の父親の笑顔が輝いている。
「すごいわね、今のAIって。あの頃のハワイの写真に、今の私たちの姿をこんなに違和感なく乗せることができるのね」
アルバムを食い入るように見ていた史郎と佳乃だが、はっとした表情で史郎が答えた。
「そ、そうだよ、母さん。このアルバムと、今の俺たち三人の写真を後輩のところに持ち込んで、AIに、もし俺たちがハワイに行ったらという写真を作ってもらったんだ」
「私たちも、こんなにうまくできるとは思わなかったけど」
佳乃もそう付け加えた。
「このハワイの景色、いつかあなたたち二人に見せたかったのよ。なくなってしまった物もあるけど、ハワイの太陽や爽やかな風は変わらないわ。だから、ハワイ旅行を計画してくれた時は本当に嬉しかったの。でも、私が病気になって二度とも行けなくなってしまって、二人には本当に申し訳ないわ」
「母さん、申し訳ないなんてそんなこと」
「ママ、そうよ、そんなことないわ」
「でもね、この写真を見せてもらって、ずっとハワイに三人で行きたいと思っていた気持ちを思い出したわ。それに、家族で海外旅行に行きたいっていうのは、お父さんの夢でもあったの。ここで夢を諦めたら、お父さんにも叱られるわ」
好子は目を上げて、どこか遠くにいる夫の姿を追った。写真を見る前とは異なり、その目には、力強い光が灯っている。
「母さん……」
「ママ……」
「病気になんて負けてはいられないわ。そうだわ、母さんとお父さんと若い頃の写真、もっと見る?」
「「うん!」」
好子が持ってきた何冊ものアルバムを見ながら、三人は久しぶりに、いつまでも笑顔で語り合った。
私鉄駅前の商店街もそろそろ尽きようかという少し寂しい場所に、今日もその写真館は建っている。
写真館は変わらず客の間で密かにこう呼ばれている。「想い出写真館」と。
了
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