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第1話 1月24日16時12分 札幌駅発
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僕が鉄道好きなのは父さんの影響だ。家の本棚には父さんが小学生の頃からの時刻表が並んでいて、僕も時々手に取っていた。
例えば1974年、つまり40年前の時刻表を開くと、今や絶滅寸前の寝台特急がこれでもかというほど並んでいる。運転時間も長い。寝台特急富士に至っては、東京駅を18時に出発し、西鹿児島駅に18時24分に到着している。丸一日以上走っているわけだ。
父さんによると、昔は二昼夜かけて走っていた鈍行列車もあったらしいし、この時刻表でも、富士と同じルートを走る急行高千穂は28時間以上走っている。
丸一日列車に乗っているのはどんな気分だろう。飽きるのか、楽しいのか、どっちだろう。一度体験してみたい。でも、今は寝台特急トワイライトエクスプレスの札幌発の22時間48分の運転が最長だ。それでも長く、憧れの列車だけど、丸一日にはちょっと足りない。それに、そのトワイライト自体の廃止も近い。
ところが、北海道新幹線工事の都合でトワイライトのダイヤが変更になる日が出てきた。札幌発16時12分、大阪着16時53分。24時間41分の運転だ。これを逃したら、一生、丸一日の旅は出来ないのではないか。絶対に乗ってみたい。来年1月24日発ならば、土曜日の発なので、高校を休まなくても乗れる。
そして今、年が明け1月24日、僕は札幌駅の4番線ホームにいる。肩からかけたカバンには、6号車のシングルツインの切符が入っている。この切符をどうやってゲットしたかをしゃべったら、それこそ24時間では足りない。宝物のような切符だ。
こんな長距離の一人旅をするのは初めてだから、ちょっと緊張する。父さんは一緒に行きたがっていたが、外せない出張が入ったそうだ。「トワイライトは若い頃二、三回乗ったからいい」と強がっていたけど、かなり悔しそうだった。
そろそろ入線の時間なので、僕は4号車と書かれた札の下へ向かった。今回の乗車に際しては、予習に予習を重ねている。「千里がそんなに勉強している姿は初めて見たわ」と母さんに言われくらいだ。
4号車の乗車位置には、すでに数名の先客がいた。みんな考えることは一緒なのだろう。もしかしたら僕よりもずっと歴戦を潜り抜けてきた、筋金入りの鉄道ファンなのかもしれない。
あれ、でも、列の先頭にいるのは、僕と同じくらいの歳の女の子だ。濃いグリーンの分厚いパーカーを着込んだ、セミロングの髪の女の子。4号車はサロンカーで寝台はない。間違えて並んでいるのか、わかって並んでいるのか、どっちだろう。
16時4分、いよいよ憧れのトワイライトが入線したきた。僕たちの前にサロンカーが止まり、ドアが開いた。先頭の女の子も、それに続く僕たちも、サロンを抜けて3号車の食堂車に向かっている。あの子はちゃんとわかっていたんだ。
食堂車ではシャワーカードを売っている。シャワーカードの発売数は48枚なので、確実に買うには、発売時に食堂車に並ぶのがベストだ。僕も含め、列の前の方の人は安堵の表情を浮かべている。
定刻の16時12分を少し過ぎた頃、シャワーカードの販売に並んでいるうちに、トワイライトは札幌駅を発車した。いよいよ24時間41分の旅の始まりだ。父さんたちの年代の人には懐かしくてたまらない「いい日旅立ち」のメロディとともに、車内放送が始まり、シャワーカードの販売の販売も始まった。
先頭でシャワーカードを買うその子の姿を何気なく見ていたら、ちょっと目が合った。彼女が意外そうな表情をしたのは、同年代の男の子がいたからかな。
初めての遠くへの一人旅、初めての、そして最後のトワイライトの旅に出会いを期待していなかったと言えばウソになるし、鉄道ファンかもしれないので、ちゃんと話をしてみたいな。24時間も一緒に乗っているのだから、顔を合わせる機会もあるだろう。
ちなみに、僕が買ったシャワーカードは19時で、二つあるシャワールームのうちのBだった。前の誰かが同じ時間のAを買ったらしい。カードを手に、僕は自分の部屋のある6号車に向かった。
24時間というと時間がたっぷりあるようだけど、予習をしたら、結構やることがあることがわかった。まずは部屋の中の調査と撮影だ。ベッドにもなる「下段」の向かい合わせのソファーと、「上段」のベッドからなるシングルツイン。狭いと言えば狭いが、仕掛けがぎゅっと詰まった秘密基地みたいで、少年心をくすぐるんだ。
部屋の構造を夢中になって調べ、愛用のデジカメを使って撮影していく。そうそう、廊下から部屋の中がどう見えるのかも撮影しないと。部屋のドアを開けたら、ちょうど向かいシングルツインの部屋のドアも開いて、お向かいさんが姿を現した。
デジカメを手に現われたのは、先ほど見かけた彼女だった。
「あ、さっきシャワーカードを買っていた」
「え、あ、はい」
ぎこちなく挨拶とさえ言えない言葉を交わした。まさか彼女がお向かいさんだなんて。彼女も廊下から自分の部屋を撮影している。
さっきは話をしてみたいとは思ったけれど、いざ会ってみると、どうしたらよいかわからない。僕が好きなライトノベルみたいには、出会ってすぐに仲良くはなれない。今はトワイライトに集中だ。
僕はすぐに部屋に引っ込んだ。発車後には、車掌さんの検札と、食堂車のスタッフさんによる朝食券の販売がある。朝食券を買い逃したら一生後悔する。彼女は朝食券の販売はわかっているかな。入線時にサロンカーのところに並んでいたくらいだから、大丈夫か。
車掌さんの検札のあと、スタッフさんから朝の7時30分の朝食券を無事購入した。そのあと向かいの部屋からもなにやら話し声が聞こえてきたから、彼女も無事朝食券の購入を終えたのだろう。
例えば1974年、つまり40年前の時刻表を開くと、今や絶滅寸前の寝台特急がこれでもかというほど並んでいる。運転時間も長い。寝台特急富士に至っては、東京駅を18時に出発し、西鹿児島駅に18時24分に到着している。丸一日以上走っているわけだ。
父さんによると、昔は二昼夜かけて走っていた鈍行列車もあったらしいし、この時刻表でも、富士と同じルートを走る急行高千穂は28時間以上走っている。
丸一日列車に乗っているのはどんな気分だろう。飽きるのか、楽しいのか、どっちだろう。一度体験してみたい。でも、今は寝台特急トワイライトエクスプレスの札幌発の22時間48分の運転が最長だ。それでも長く、憧れの列車だけど、丸一日にはちょっと足りない。それに、そのトワイライト自体の廃止も近い。
ところが、北海道新幹線工事の都合でトワイライトのダイヤが変更になる日が出てきた。札幌発16時12分、大阪着16時53分。24時間41分の運転だ。これを逃したら、一生、丸一日の旅は出来ないのではないか。絶対に乗ってみたい。来年1月24日発ならば、土曜日の発なので、高校を休まなくても乗れる。
そして今、年が明け1月24日、僕は札幌駅の4番線ホームにいる。肩からかけたカバンには、6号車のシングルツインの切符が入っている。この切符をどうやってゲットしたかをしゃべったら、それこそ24時間では足りない。宝物のような切符だ。
こんな長距離の一人旅をするのは初めてだから、ちょっと緊張する。父さんは一緒に行きたがっていたが、外せない出張が入ったそうだ。「トワイライトは若い頃二、三回乗ったからいい」と強がっていたけど、かなり悔しそうだった。
そろそろ入線の時間なので、僕は4号車と書かれた札の下へ向かった。今回の乗車に際しては、予習に予習を重ねている。「千里がそんなに勉強している姿は初めて見たわ」と母さんに言われくらいだ。
4号車の乗車位置には、すでに数名の先客がいた。みんな考えることは一緒なのだろう。もしかしたら僕よりもずっと歴戦を潜り抜けてきた、筋金入りの鉄道ファンなのかもしれない。
あれ、でも、列の先頭にいるのは、僕と同じくらいの歳の女の子だ。濃いグリーンの分厚いパーカーを着込んだ、セミロングの髪の女の子。4号車はサロンカーで寝台はない。間違えて並んでいるのか、わかって並んでいるのか、どっちだろう。
16時4分、いよいよ憧れのトワイライトが入線したきた。僕たちの前にサロンカーが止まり、ドアが開いた。先頭の女の子も、それに続く僕たちも、サロンを抜けて3号車の食堂車に向かっている。あの子はちゃんとわかっていたんだ。
食堂車ではシャワーカードを売っている。シャワーカードの発売数は48枚なので、確実に買うには、発売時に食堂車に並ぶのがベストだ。僕も含め、列の前の方の人は安堵の表情を浮かべている。
定刻の16時12分を少し過ぎた頃、シャワーカードの販売に並んでいるうちに、トワイライトは札幌駅を発車した。いよいよ24時間41分の旅の始まりだ。父さんたちの年代の人には懐かしくてたまらない「いい日旅立ち」のメロディとともに、車内放送が始まり、シャワーカードの販売の販売も始まった。
先頭でシャワーカードを買うその子の姿を何気なく見ていたら、ちょっと目が合った。彼女が意外そうな表情をしたのは、同年代の男の子がいたからかな。
初めての遠くへの一人旅、初めての、そして最後のトワイライトの旅に出会いを期待していなかったと言えばウソになるし、鉄道ファンかもしれないので、ちゃんと話をしてみたいな。24時間も一緒に乗っているのだから、顔を合わせる機会もあるだろう。
ちなみに、僕が買ったシャワーカードは19時で、二つあるシャワールームのうちのBだった。前の誰かが同じ時間のAを買ったらしい。カードを手に、僕は自分の部屋のある6号車に向かった。
24時間というと時間がたっぷりあるようだけど、予習をしたら、結構やることがあることがわかった。まずは部屋の中の調査と撮影だ。ベッドにもなる「下段」の向かい合わせのソファーと、「上段」のベッドからなるシングルツイン。狭いと言えば狭いが、仕掛けがぎゅっと詰まった秘密基地みたいで、少年心をくすぐるんだ。
部屋の構造を夢中になって調べ、愛用のデジカメを使って撮影していく。そうそう、廊下から部屋の中がどう見えるのかも撮影しないと。部屋のドアを開けたら、ちょうど向かいシングルツインの部屋のドアも開いて、お向かいさんが姿を現した。
デジカメを手に現われたのは、先ほど見かけた彼女だった。
「あ、さっきシャワーカードを買っていた」
「え、あ、はい」
ぎこちなく挨拶とさえ言えない言葉を交わした。まさか彼女がお向かいさんだなんて。彼女も廊下から自分の部屋を撮影している。
さっきは話をしてみたいとは思ったけれど、いざ会ってみると、どうしたらよいかわからない。僕が好きなライトノベルみたいには、出会ってすぐに仲良くはなれない。今はトワイライトに集中だ。
僕はすぐに部屋に引っ込んだ。発車後には、車掌さんの検札と、食堂車のスタッフさんによる朝食券の販売がある。朝食券を買い逃したら一生後悔する。彼女は朝食券の販売はわかっているかな。入線時にサロンカーのところに並んでいたくらいだから、大丈夫か。
車掌さんの検札のあと、スタッフさんから朝の7時30分の朝食券を無事購入した。そのあと向かいの部屋からもなにやら話し声が聞こえてきたから、彼女も無事朝食券の購入を終えたのだろう。
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