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八 自己紹介
しおりを挟む八 自己紹介
@亀島高校/風紀委員会室
「あ~らよっと!」
いつものように、私にとっては小学生向けの下らない授業を夕方までこなし、ようやく自由を得たという開放的な気持ちを、襟首を持って思い切り投げ飛ばした拓馬の飛距離で表してみた。
よし、調子よい!
「ふざけんな! それが足に障害ある人に対する態度かよ!」という拓馬の愚痴は一旦スルーして、私はマミルに話しかけた。
「さ、約束通り拓馬も連れてきたわよ。で、風紀委員とやらは、何をすればいいのよ?!」
逆さになって本棚に立てかけられたオブジェ状の拓馬を背に、私はマミルに歩み寄る。拓馬が突入した本棚が棚の機能を一部失い、落下した本が床に散らばっていて歩き難い。
「リリスちゃん、来てくれると思ってたわ……でもね」
組んだ両腕の上に相変わらずのどでかい胸を乗っけて、短いスカートから美しい美脚をこれでもかと晒して立つ。そんな彼女は、女の私でさえちょっとグラつく程の美貌を燦々と放っている。
……が、だ。目の合った人間全てに負のファーストインプレッションを叩き込めるようなこいつの性格がなければ、学校中の憧れになっただろうに。
そのキャラは、完璧なまでの長所をすべて抹消できるだけの短所が同居する、まるで強酸と強アルカリの混合物のような奴だと実感する。
今も人当たりを気にするそぶりもなく、こんな風にもはや変顔レベルの仏頂面を所構わずキメ込んでいるところを見ると、こいつの印象はファーストインプレッションですでに飽和状態にあるのだろう。
「リリスちゃん。風紀委員がどうこう言う前に、まずは拓馬君をぶつけて壊したそこの棚を直しましょうか?!」
うーぷす――どうやら、仏頂面の原因は私にあったようだ。私は頭が良いから、それくらいの察しは今の会話だけで朝飯前につくのよ。まぁ、今回はお相子ってことにしといてやるわ。
「……さぁ、なんのことかしら」
ここは、マミルが委員長を務める『風紀委員』の委員会室だ。しかし、部屋の入口には、『学長室』としか表示がなかったし、事実、マミルからは「学長室に来てね、きゃるん☆」と言われた。
木目を基調とした高貴なインテリアで統一された古式の洋室。その様相から、ここが確かに学長室であろうことは想像に難くない。しかし、室内に堂々と掲げられた『風紀委員会』のおそまつな手書きプレートを見た途端、その考えが揺らいだ。
「ねぇ、なんで学長室なのよ」
「まぁね。風紀委員は政府の裏機関であって学校の公式委員会じゃないから、顧問の亀島学長がここを無理やり割って作ったらしいわ。さすがに一般生徒は来ないし。他の教師も横に裏部屋があるのは知らないわ。ちなみに学長は昨日から出張行ってるから不在よ」
こいつがどこまで本気で言っているのかは不明だが、どうやら風紀委員の顧問が学長だと言っていたのは事実のようだ。
まぁ、それはさておき。目下私の患苦たる事実は、先日の一件で知った『拓馬がダークマ総帥』だったという話。
さすがの私も、彼に対してどう接したらよいのか、ダークマ様を取り戻すにはどうしたらよいのか、それとも、本当に取り戻すことができるのか――それについては相当悩んだ。
悩んだ挙句、結局のところ何が正解か、それとも不正解なのか、その答えは分からなかった。
でも、そんなときこそ何を選ぶべきかの問いに答えるのは簡単。テンプトアルの戦線では、そんな決断など溢れかえるほど強いられていたし。
だから私には、次の一手を決めるためのメソッドがすでにあるのだ。
そう――自分に忠実であれ。己を曲げることはない。
だから私は、「俺はもう、お前にも、あんな奴らとも関係はない。もぅ俺に近づくな!」と教室の隅で駄々をこねる拓馬の首筋にタヒュンッと手刀を打ち込んで黙らせ、引きずってここまで来た。
拓馬は、拓馬。やっぱりただのオタク野郎。
そこには私の憧れ、総帥の片鱗はゼロ。だから、いまさらやり方は変えられない。それが、私の答え。
こいつを徹底的に調教して、元の総帥を取り戻す。能力が戻れば、何かの拍子に記憶も戻るかもしれないし。そのときにどうなるかは……後で考えればいいや。
そのためには、アルケミーエネルギーのないこの地球でも、能力を使えるようにしなければいけない。それにはマミルの力が必要だ。彼女の見せた、あの能力を引き出した何かを。
あのとき、拓馬もわずかではあるがテレパスを発揮した。きっとそれは、マミルの影響だろう。
何か方法がある。それを知りたい。
だから私は、いや私たちは、彼女の勧誘に乗って風位委員としての一歩を踏み出すことにしたのだ。
「うわっ! なんだここ?!」
「あら、目が覚めたようね、拓馬。ここは風紀委員の拠点よ」
「目が覚めたじゃねぇよ、眠らせたのはお前だろっ! っていうか何でか全身痛ぇし」
「ああ……」私は苦笑いを浮かべ、拓馬を投げ飛ばして破壊した棚を指さした。
「あんたが寝ぼけてそこの棚に突っ込んだせいでしょうが。さっさと片づけなさいよ」
「はぁ?! ……そんな記憶ねぇし。とにかく、俺は教室に戻る!」
拓馬が出口に向かって足を踏み出したとき、床に散らばった本で杖を滑らせ、彼は前のめりによろけた。そして咄嗟に掴んだそれに顔を埋め、倒れこんだ。
「いやん、拓馬君。大胆じゃない? そんなこと言って、やっぱり私がほしかったのね。いいわ、好きにして」
突っ伏した拓馬の下にはマミルが横倒しになり、彼の手には豊満な胸が握られている。
「おわぁぁ! ――これは、偶然であって、そんなんじゃなくて!」
「こぉ~の、ど変態がぁ!!」
私は彼の手を引き剥がすと、そのまま関節を決めて体を浮かせ、投げ飛ばした。そして、こんどは隣の棚にとどめを刺した。
「……ちょっとあんたら、委員会室を何だと思ってんのよ……これじゃ、学長帰ってきたら、大目玉よ」
マミルを見ると、なぜだか胸の奥から不快感が顔を出した。私は彼女に少々の苛立ちを覚えて、プイっと視線を逸らす。
「私は、違うし……拓馬、あんたのせいなんだから、両方片づけなさいよね」
そして、本の山から、拓馬の声が聞こえた。
「――だから、リアル女子は嫌いなんだよ……」
拓馬は口を尖らせ、床に転がる無数の本を手に取って棚に収めていく。しかし、杖を突きながらの片手作業のため、大量に山積するそれらは一向に減る様子がない。
マミルはさっきからソファーにふんぞり返ってスマートフォンを弄るばかりだし、これではいつまで経っても埒が明かない。
私は早く、この地で能力を発揮する秘策を知りたいんだ。おそらくはコーディックが開発したエネルギーストレージャーに近い何かがあるのだろうが、はたしてこの文化レベルの低い地球に染まったリークドビヴロスタに、それだけの技術力があるのだろうか? 実に疑わしいものだ。
とは言え、事実マミルは能力を目の前で発揮して見せた。それも、かなり高位のパイロキネシスだった。
「むぅ~、拓馬マジでとろいんだから。――ったく、仕方ないわね。私も手伝うわよ」
私は本の山に足を踏み入れ、腰を折ってそれを拾い上げた。拓馬にやれと言っておいてこう言うのもあれだが、正直きつい、これ。
本は意外に重さがあるし、本棚が馬鹿デカいから背伸びしないと上段に届かないし、これはもうただのスクワット状態。いい加減うんざりして逃げ出そうかと思い至った、その時だった。
じっと身動きせず読まれることの性分を忘れたかのように無造作に横たわる本の数々が、突然整然と起き上がって背表紙を揃え、宙を舞って次々と本棚へと収まっていく。
「な、何よこれ?!」
それは、明らかにアルケミースキルだ。おそらくはテレキネシスの類だろう。
私は咄嗟に振り返った。すると、入り口の陰から半身を出すようにしてこちらを見ている見知らぬ生徒二人が立っていた。ちょうど廊下の窓から太陽の光が差し込んで逆光になっているため、その顔はよく見えない。だが、そのシルエットから、一人はすらりと背の高い男子生徒、もう一人は小さな女子生徒だということは察しが付いた。
目を細めて凝らして見る。
すると、二つの影の内、大きい方が片方の口角をゆがめるようにしてニヤリと笑ったのが分かった。露出した純白の歯が室内の光を反射し、逆光で見えない表情と相まって妙な不気味さを醸し出している。
「あんたたち、何者よ!」
すると、その男子生徒が足を踏み出して室内へと入った。
「いやぁ、すみません。驚かすつもりはなかったんですが、本が散乱していてお困りのようだったので」
驚いた。
私の場合、こういうシーンに出くわすと、決まって登場するのは目を瞑ってデザインしたような汚らしい男というのが相場だった。
だが、今回は違った。
少し長めの前髪の間から覗くインテリジェンスなメタリックフレームの眼鏡。そのレンズを透かして主張するくっきりと輪郭のとれた目には、大きく澄んだ瞳孔がこちらを見据えている。
足の長さで高い身長を実現している均整の取れた体は、まるでここがファッションショーのステージかと見紛う程に美しい。
言わずもがな、これぞ美男子というやつだ。
「あっ……そう。そりゃ、どうも」長らく屈強な男にまみれていた私は、どうにもこういう輩が不慣れで苦手だ。
「申し遅れました。僕はこの風紀委員に所属する一年の栗栖修斗(くるす・しゅうと)です。宜しくお願いします」
「一年? じゃぁ、私たちの一個下ってこと?!」
「ええ、そうですよ、先輩」
私だって見た目だけでキュンとするほど愚かではない。こんな平和ボケした地球人に何の魅力があろうかと、総帥の絶大なる魅力を思い起こしてみる。
が、私の横で興味なさそうに薄い半目を栗栖に向けている拓馬を見ていると、私が目指していた高みの基準が崩壊しそうで、これまで積み上げてきた自信やそれを支えるアイデンティティーでさえも、雲散霧消と化す思いに至るわけで。悲しくなってくる。
……とにかく、だ。気持ちを切り替えなきゃ。
悪い奴ではなさそうだし、なかなかのスキルレベルを持っていそうだ。きっと役に立つに違いない。
「こちらこそよろしく。私はリリス。ダービル・エトス・リリスよ。で、こっちがダー……じゃない。出門琢磨。二人とも二年B組よ」
拓馬の首根っこを掴んで栗栖の前に晒す。
「痛たたた。やめろよ、リリス! 俺は漫研なんだぞ。そもそもこんな意味分かんねぇところに入る気はないんだって!」
「はははっ、お二人はとても仲が宜しいご様子ですね。お付き合いされているのですか?」
――沈黙が、少々。
私は心の中で栗栖の言葉を咀嚼した。何回か口元に戻して反芻した後、ようやくその意味が脳髄に行き渡った。
そして、顔の表皮を真っ赤に染め上げた。
「ななな、何を言ってんのよ! 私が拓馬と、って、あり得ないから!」と、同時に私の拳が飛んでいく。
――拓馬に向かって。
「おぶふっ?!」
再びぶっ飛んだ拓馬が、本棚と仲良くなる。そして、せっかく栗栖によって整理された本が彼の上で山を作った。
「あちゃ~……。っていうか、栗栖がいけないのよ。変なこと言うから」
「そうですか? いやはや、これは失礼しました」
まるで、こいつにだけ爽やかな風が吹き込んでいるように、長い前髪をふわりと浮かせて笑顔を見せる彼は、眼鏡のブリッジを二本指でちょいと持ち上げ、眼鏡男子の特権とも言える定番のポーズを決める。
おそらく、本来ならアウトの光景。
――でも、こいつは違った。
キザったらしいけど、なぜだか嫌味に見えないのも能力の一種じゃないかとすら疑う。彼の周囲には青々とした草っ原が広がり、黄色や赤の小さな花が太陽に向かってヒラを広げる。私は一瞬、ここが委員会室だということを忘れていた。
しかし、そんな時間も束の間。足元から聞こえてきた潰れた虫のような鳴き声が、私を現実に引き戻す。
「くっそぉ、いってぇな……俺だって願い下げだよ、こんな暴力リアル女子……」
――むっ。こいつ。
カチンときた私は、足元にあった本を拾い上げて拓馬の顔にぶつけてやった。
「痛っ!」
「――なによ。あんたなんかに言われたかないわよ……」
そんなこんな、喧噪で満たされた風紀委員のシークレットルーム。
だが、そんな空気感もここまでだった。
――そう、私は忘れていた。入り口に佇んだままのもう一つの影を。
そしてそれは、次に何気なく言い放った栗栖の言葉によって、突如舞い降りた沈黙とともに思い出すことになった。
「やれやれ、それでは拓馬先輩がかわいそうですよ。だって、先輩はテンプトアル最強のダークマ総帥なんですから。そうですよね、沙羅さん?」
「そう。間違いない。拓馬――彼は、ディモン・マグラ・ダークマ。伝説級のマルチスキル……」
うつむき気味のその女子は、こちらに向けた目を明青色の前髪に隠す。しかし、月代のように輝くその髪は蛍光灯の光さえ透かし、感情をフィルタリングしたような虚ろな目を私にしっかりと晒している。
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