欠陥だらけの彼は箱庭で救世主と呼ばれる【イラスト付き】

へっど

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第2章

二 転校生

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二 転校生



「おい、聞いたか? 最近ニュースで騒がれてる富士島霊園付近の連続不信死事件。また一人やられて、もう五人目だってよ」
「ああ、テレビでやってんの見た。全員死因不明だってな。自殺か他殺かも分からないってやつ」
「あれ、幽霊の仕業らしいぜ」
「はっ、そんなのただの噂だろ? テレビでも変なコメンテーターがそんなこと言ってたけど、ありえねぇだろ、さすがに」
「いやいや、だって死体には傷一つないのに、魂抜かれたみたいに死んでるって話だぞ。それに、俺の従妹が実際に見たって言うんだよ。霊園の奥にある大杉の幹にもたれかかってる、長い黒髪の女の幽霊をよ」
「ふ~ん。よし、イイこと思いついた。今夜霊園行って確かめてみようぜ!」
「はぁっ? いやだよ、俺。お前が一人で行って来いよ」
「おいおい、腰抜けだなぁ。そんなんだからいつまで経ってもスキル発揮しねぇんだよ」
「うっさい。お前だってようやく昨日の講習で水の温度一度上げられただけじゃんか。役に立たねぇよ、そんなの」
「いやいや、それも栄光への第一歩ってやつよ。じゃ、今夜決まりな!」
「勝手に決めんじゃねぇよ、ったく」


 ――ソラシマ三高の昼休みは一時間。
 学食はあるが、すぐに席が満杯になるため、多くの生徒が持参した弁当や購買のパンを持ち寄り、見晴らしの良い校庭の草むらでピクニックさながら食料を広げて談笑にふけっている。

 魁地もご多分に漏れず、緑のさわやかな香りに包まれながら、真理望に押し付けられたお手製弁当を食べていた。
「魁地、今日の卵焼きどう? うまくできたと思ってるんだけど」
「ああ、うまいよ。さすがだな、真理望。ってか、別に無理に俺の弁当作らなくてもいいんだけどよ」
「いいのよ、どうせおかず余っちゃうんだから、二人分作るくらいがちょうどいいのよ」
「ま、まぁ、そういうことなら……サンキュな」

「むぅ~……もぐもぐ」
 そして、いつものように目の前では不貞腐れた霧生がプイと視線を逸らし、購買のパンを小さな口にねじ込んでいる。こと生活感という点においては、真理望に軍配が上がった格好だ。

 二人の女子の間に、生暖かい嫌な空気が汚泥の如く堆積している。
 なぜこのような状況に至っているのかも理解できていない鈍感な魁地も、さすがにこの空気は耐えられまいと、一生懸命共通の話題を引き出そうとして四苦八苦している。

「な、なぁ、霧生。そういえば、後ろの奴らが話してた富士島霊園の幽霊って、ひょっとしたらバスターウェアか、未確認の能力者の仕業だったりしねぇかな? ……ははっ」

「むぐぐ……ごくん。その可能性もなくはないですが、まだドクター不在で情報の統制がとれていません。バスターウェアや能力者絡みなら、BCOが発令されてもおかしくはないと思いますが、今のところそのような気配はありませんし……」
「何言ってるのよ霧生さん。幽霊なんて、そんなものあるわけないじゃん。この世はすべて計算で作られているのよ。そんな非科学的なもの存在するはずないわ」真理望はそう言って鼻で笑う。

 すると、霧生が鼻頭にずれた眼鏡を指で押し上げた。
「いえ、真理望さん。幽霊が存在しないとはあながち言い切れません。それは、この箱庭(アーティファクト)の次元構造からも言えます。この世界はフィジカルディメンジョンとスピリチュアルディメンジョンという二枚岩で構成されて――」という霧生の講釈を遮るように、真理望が強引にかぶせてくる。
「はぃはぃ、うっさいわねぇ。霧生さん、何知った気になってドヤ顔で語ってんのよ。はぁ? むしろ、あなたが幽霊みたいな存在じゃなくって? ほほほ」
「ほぉ、私に喧嘩を売っているのでしょうか? なんなら、今すぐ全神経をハッキングして減らず口を二度と叩けなくしてもいいのですよ?」
「きゃぁ、こっわぁ~い、霧生さん。魁地、私をこの悪霊から守って、きゃるん☆」

 ……はぁぁぁ。
 魁地は深いため息をついた。深すぎて出す空気がなくなり、軽く眩暈を覚えるほどだ。
 普段は仲がいいのだが、三人でいると何かを発端に急に火花が散り始める。もう、いいかげんにしてくれと、魁地は二人から視線を外すと、校舎の入り口に向かって歩く女子を見つけた。

 およそ男女が半々のこの学校においては、もちろん歩いている女子など珍しくもないのだが、彼は彼女のことが気になった。何せその女子は、他校の制服を着ていたのだ。

 草木になじむようなパステルグリーンの制服は、薄黄がかった色を基調としたこの学校の制服に紛れても、充分に目を引いた。おまけに、長い黒髪が風になびき、ゆっくりとしとやかに歩くその様は、奥ゆかしさに溢れている。
 それはまさに、目の前で怒号を散らす二人とは対角に位置する存在に映り、魁地の目にはまり込んで離れなくなった。

 『お嬢様』、その言葉を彼女に当てはめると、隙間なくぴっちりと埋まる。
 それが、魁地の感じた印象だった。

「あの子、誰なんだろ……」



◆◇◆◇◆◇

「浦戸 望(うらと のぞみ)と言います。皆さん、宜しくお願いします。よかったら、気軽にノゾミと呼んでください」

 ……あ、そういえばあの子。昨日昼休みに見た子だ。
 魁地は思い出した。

 なるほど、転校生とあらば、違う制服で学校に来ていたのもうなずける。おそらく、あのときに新しい制服を支給されたのだろう。

 角のない柔らかな彼女の声は、まるでヒーリングミュージックのように心地良く清涼感がある。そして、長い滑らかな黒髪がその清楚な雰囲気をさらにエンハンスしている。
 育ちの良い、お金持ちの令嬢か何かかな――魁地の目に映るすべての印象が、そこに行きつく。

 おそらく、自分とは全く異なる世界で過ごしてきたのだろう。魁地はテレビの中の人物を見ているような気にさえなった。

「浦戸君は、先月まで海外に住んでいて、そこでアビリティーの教育も受けていたそうだ。今月初旬に急遽日本への移住が決まり、ここ三高に通うことになった。まだ日本に慣れていないだろうから、みんな、彼女と仲良くしてやってくれ」
 越沢がそう言うと、クラスが沸き立った。

「ノゾミちゃ~ん、俺が色々案内してやんぜ!」
「俺が裏山の散歩道教えてやるよ! 後で一緒に行こうや!」
「僕が購買のパン買ってきてやるからね! なんでも言ってよ!」
いや、概ね『クラスの男子が沸き立った』、が正確なところか。

そして、その言葉を遮るように、越沢が続けた。
「おいおい、みんな静かにしろ。では、これで朝会を終わる。浦戸君はあそこの空いている席に座ってくれたまえ」
「はい、先生」

 ノゾミが示された席は魁地の列の最後尾だった。

 彼女は周囲に笑顔を振りまきながら、モデルのような身のこなしで魁地の方に歩いて来る。他の男子と同様、魁地も思わず、その姿に見とれていた。

 すると、男たちの喧騒に紛れ、「ちょっと、魁地。あんた何鼻の下伸ばしてんのよ!」という怒号が隣から浴びせられた。嫌な予感はしていたが、案の定、真理望が不機嫌オーラを垂れ流している。

「いや、そんなことねぇって、別に」
「うそよ、ノゾミさんのことヤラしい目で見てたし。魁地の変態!」

「あ、あの~……」
 真理望との瑣末な会話に気を取られ、気付くとノゾミが魁地の目の前に来ていた。教室の空気も読まず、机の間の狭い通路を挟んで問答を繰り返していた二人に、ノゾミは進路を奪われ困惑した表情を見せていた。

「あ、す、すまん。ちょっとこいつがちょっかい出してきてたから、悪かったな」
「ちょ、なによ魁地、元はと言えばあんたが――」

「ぷっ、ふふふっ」
 突然、ノゾミが笑い出した。魁地は何事かと顔を上げると、彼女は美しい笑顔を彼に向けた。
「ご、ごめんなさい。なんだか二人、とても仲がイイなと思って。お二人は恋人同士かしら? ぜひ私もお友達になりたいわ」

「なっ……こここ、恋人?!」真理望が茹でダコのように真っ赤に燃え上がっている。
「も、もう。ち、違うわよ、ノゾミちゃん。そんなんじゃないって。でも、私たち仲良くなれそうね。ぜひお友達になってね、私は真理望、織里真理望よ、きゃぴっ」

 きゃぴっ、じゃねぇよ。急に手のひら返したようにキャラ変えやがって。なんなんだこの女は。それに引き換え、このノゾミという子はなんて可憐なんだ。霧生も静かな方だがどうも斜め上を行っているし、バグズの女衆と比較すると、この差は歴然だろう。

 魁地は、新世界のお嬢様系女子に引き込まれそうになり、ついついその手を差し出していた。
「あ、俺は多綱魁地、ってんだ。よろしくなノゾミ」
「こちらこそ、よろしくね。魁地くん」

 ノゾミはニコリと笑い、躊躇なく魁地の手を握り、握手を交わした。

 うおぉぉ……正直、カワイイ。

 柔らかく華奢なその手に少し力を入れると、壊れてしまいそうな気がした。「守ってやりてぇ」、魁地の中に、そんな感情が湧き上がる。

 おっと、また横で真理望が睨みを効かせ始めている。これ以上は、事をややこしくし兼ねない。
 魁地はそう察して咄嗟に手を離した。
 ノゾミは再度笑顔を作ると、「では、また後程」と言って最後尾の席に向かって歩き出した。


 ノゾミが席に着くと、越沢の合図とともにクラスメートは皆、授業の準備を始めた。各々、机の中やカバンの中から教科書をまさぐっている。
 彼女は、誰も自分に視線を向けていないことを確認すると、ふっ、と溜息をつき、片側の口角をニヤリと上げた。


「多綱魁地……やっと見つけたわ」
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