欠陥だらけの彼は箱庭で救世主と呼ばれる【イラスト付き】

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三八 再編

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三八 再編


「なあ、信司。さっき、俺にしかできないって言ったよな。本当にそうなのか?」
「それは、間違いありません。なにせ、リストアの機能はアーティファクトに実装されているものの、次元リークの影響で起動プログラムのルートが遮断され、我々設計者でさえアクセスできない状態にあるんです。復元を実行できるのは、多綱さんだけなんです」

 眩い白銀の光の中を、二つの影が尾を引いて揺らめいている。それらは徐々に小さくなり、その先の世界へと歩く。
 歩を進めると、魁地の視界の奥に、光に埋もれるかのような穴がぽっかりと開いているのが見えた。

「信司、あれか?」
「ええ、あそこを抜けると、元の世界に戻れます」

 魁地は光の上に足を踏みしめ、一歩また一歩と歩む。徐々にその穴が近づいていく。

「復元……でもさ、それって全部ぶっ壊しちまうリスクもあんだろ。俺って、何なんだろうな。俺の存在意義ってさ。結局、エンバッシュの言う通り、いちゃいけない存在だったんじゃねぇか」
「多綱さん、それは違います。多綱さんは、むしろ生み出す可能性を持っているんです。過去を、生み出すんです」
「なんだよ、それ。そんなの、真っ当な奴なら最初からまともな過去を作ってるって」
「そうでしょうか。未来ですらも、次の瞬間には過去になるんです。それが真っ当かどうかなんて、誰にも分りませんよ。それに、『誰がやるか』じゃなくて、『自分がやったか』じゃないですか? そして、それが自分にしかできないのなら、なおやるべきでしょう」

 魁地は横にいる信司を見る。強い光が彼の輪郭を消し去っているが、その表情はうっすらと見て取れる。信司は、いつものように終始笑顔だ。だが、魁地にはそれが打算的なものに見えた。

「なあ、信司。お前ってのせるのが上手いよな。そんなに、霧生のことが好きなのか?」

 不意な質問に、信司の笑顔は大きく破裂し、くしゃくしゃになる。そしてそれを真っ赤に染めて、しきりに両手を振る。
「いやいやいや、何を言ってるですか?! そそそ、そういうのじゃないですよ! 僕はなんて言うか、彼女の純粋な心に惹かれるというか、それはザルバンの社会には失われたものなんです」

 魁地は高らかに笑う。
「ハッハッハ! それって結局同じじゃねぇか。霧生に惚れてんだろ?」
「そ、そんなことないですよ!」
「まぁまぁ、お前、分かり易いな。いや、むしろ安心した。ザルバンつっても、お前は本当に人間と変わりないよ。オーケー、お前のためにも、俺が泥をかぶってやる。いずれにせよ、俺にとっても霧生は大切な人だ」

「えっ……大切……」信司の表情が少し曇った。
「あの、ひょっとして多綱さんは砂菜さんのこと……」
「えっ?」魁地は信司の言葉に思わず歩みを止めた。
「霧生のこと……?!」

 ――霧生って、俺にとってどんな存在なんだ? ただ、大切というだけなのか?
 心の中に、霧生との思い出が浮かんでくる。今になって思うと、彼女はいつだって俺のことを考えてくれていた。あまり感情を表さないから気付いていなかったが、彼女は必死になってそれをこなしていたはずだ。

『ちょっと、あんた霧生さんのことばっか見て!』
 それは真理望の声だった。不意に霧生の顔を押しのけ、彼女の激怒した顔が浮かんできた。

 魁地は身震いすると、スパークしながら睨み合う二人の顔を煙に巻いて、それ以上は考えないことにする。

「いやいや、俺はそんなんじゃないよ。はは……じゃ、行こうぜ。皆が待ってんぞ」
「そうですね。よろしくお願いします。では、行きますよ」
「ああ」

 彼らの影はその穴へと吸い込まれ、広がる光に塗りつぶされた。



◆◇◆◇◆◇

 ――ソラシマ第Bト区 センターベース 管制室――

 山田が浮き上がって上部に移動し、フェルベアードが両手の閃光刀を掲げて視点を上に移したのを見計らい、魁地は一気に間合いを詰めてフォールディングブレードを振る。
「甘いわ!」と、フェルベアードの閃光刀が柄の部分から反対にも伸びて上下に刃を有した。
「げっ、そんなことも?!」
 魁地の二股のブレードの一本がその閃光刀に触れた。強固なロンズデーライトはまるで寒天のように何の抵抗もなく切断される。

「死ね、マルチバグ!」
「やべっ!」

 フェルベアードの閃光刀が魁地の首筋を捉えようとした瞬間、突然それが消え失せた。

「何っ、強制アクセスだと?!」フェルベアードの動きが停止する。
「魁地! 今よ、離れて!!」

 真理望の呼びかけに魁地と山田が反応し、一気に距離を離す。そしてフェルベアードの正面に位置取って予め準備していた結浜がフェルベアード周辺の水素原子を核融合させ、連続爆発させた。

 熱気が周囲の造形を歪ませる。

 ――なんだ、これは?
 その時、魁地を既視感が襲った。前にも見たことがある、その感覚。そう、あれは五年前のあの時と同じ。能力の発動。

 俺は、この場面を知っている。

 魁地は霧生を見た。何故だか、涙が出た。そして、彼の口をついて、自然に言葉が漏れ出した。
「霧生……俺は、お前を失いたくない」

 その小さな彼の声は、ルーナーを通して彼女の耳にも聞こえた。
「えっ? ……多綱くん?」

 魁地は我に返った。
 そうだ。思い出した。これは、もう一度与えられたチャンス。もう、あの時の二の舞はごめんだ。彼は信司を見た。信司は、彼にこくりと頷く。

 ――果たさねば、彼との約束を。


「まだだ。奴はまだ生きている! 時間がない、もう一度奴の心臓を破壊する。霧生、バトルモードだ!」
「多綱くん、まだ危険です。視界が戻るまで待たないと」
「分かってるけど、とにかく、時間がないんだ。俺を信じてくれ! 真理望、この煙、なんとかならないか?」

 真理望は魁地の表情から何かを察したように、無言で周囲を見渡す。そして、すかさず端末からウィンドーを出力し、マップや配線経路図を取り出すと、システムをハッキングして次々とコマンドを入力した。すると、マップの配線経路に表示されたハイライトラインが、迷路に描いた線のように、迂回しながら発電機から排煙機までをつないでいった。
 そして、突然鳴り響いた巨大なモーターの稼働音とともに、見る見る煙が薄れていく。

「予備電源を復旧して、排煙機を強制稼働したわ。すぐに視界が開けるはずよ」
「真理望、サンキュ!」

 次に、魁地は華凛の手を握った。華凛は突然の行為に驚いた表情を浮かべる。

「華凛!」
「な、何んだよ。こんなときに」
「まだリハビリ中なのにワリぃ。俺を思い切りアイツに振り飛ばせ、今すぐだ」

「一体何を」という華凛の言葉を、「いいから早くしろ!」と魁地が塞ぐ。
「すぐにあいつのプログラムが再稼働する。今しかねぇ! 俺のことは考えるな、思い切りやれ!」

「……分かったわよ。望みどおりにしてやるよっ!!」

 華凛は、魁地の眼差しで言わんとしていることを理解した。
 彼女は魁地の腕を握りしめ、目標を定めると、その体をまるで座布団でも投げるかのように軽々と振り飛ばした。

 そしてその瞬間、霧生の耳に、ルーナーを通して魁地の声が聞こえた。それは、早口ではあったが、はっきりと彼女の耳に届いた。

『――霧生、俺はお前を失いたくない』

 普通の人間なら腕が引きちぎれる勢い。瞬きも許さないスピードで中空を移動し、彼はフェルベアードに達する。

「ふ、ふざけ――」フェルベアードの腕から光の刀が伸びようとしているが、魁地のフォールディングブレードはそれよりも早く、心臓を捉えた。
 真っ二つになったフェルベアードの体は地面にズレ落ち、そして魁地は、余りある勢いでそのまま分厚い壁を突き破った。

「ぐ、ぐはぁぁぁ!!!」

 フェルベアードの心臓は外殻を破壊されて核融合が不安定化し、光を撒き散らす。それはまるで、そこが日中の炎天下であるかのようなまばゆい光。そして、周囲の色彩が明度の限界を超えると、大きな爆発音とともに破裂した。

 動力を失ったフェルベアードの体は、激しく痙攣して制御不能に陥った。そして、光る彼の腕が暴走して発熱し、その体は発火して炎に包まれた。

「が、がふぁ……きさ、きさまら、これで終わったとおも、思うなよ。また、戦乱の世が、くる。これからだ……戦争は、これからだ……」

 フェルベアードの体からはいつまでも炎が湧き起こり、その体を炭化させていく。

「魁地!」真理望の呼びかけにも、彼の声は返らない。

『多綱くん……』
 ――返事はない。霧生のルーナーにはリンクが強制遮断されてエラー表示だけが出力されている。それは彼の意識が失われて、通信が切断されたことを意味している。

 あれだけの勢いで鉄の壁に衝突すれば、いくらオペアで補強された彼の体でも、生身の頭部や内臓周辺へのダメージは計り知れない。それは、そこにいる誰もが理解していた。

「ちくしょう。魁地、大丈夫か?!」
「魁地!」
「多綱君!」

 山田や真理望がそこに向かおうとするが、結浜が止める。

「まて、まだフェルベアードの体が暴走している。一部の機能は発現したままだし近付くのは危険だ。燃え尽きるのを待つんだ!」

「で、でも……」

 霧生は、必死になって魁地の神経電位を探した。彼のオペアの感覚や、共有化した生身の鼓動を思い出そうとするが、憑依で得られる感覚空間のどこを探しても、それは見当たらない。

「多綱くん、応答してください。多綱くん!」

 霧生の声は、ただルーナーの中で木霊するだけだった。

 黒煙のみを残し、フェルベアードの残骸は完全にその動きを止めた。チリチリとした残り火が、炭と化した彼の中で控えめな光を放つ。
 静けさが包み込む周辺は、その焚き火のような音だけがわずかに囁いている――が、いくら待てど、そこに魁地の声は響いてこない。
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