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三一 奴がいない(1)
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三一 奴がいない(1)
……スパイ?!
「おい、ちょっと待てよ信司。でもまさか、スパイなんてそんな――」
慌てる魁地に対し、信司は澄ました顔をして答える。
「僕も信じたくはないですが、状況証拠はそれを物語っています」
「いやいやいや、っていうかこれ、ムチャクチャ重大発表だろ。っていうか、誰だよそれ? あ、ひょっとしてまた清掃員の奴とか?」
慌てる魁地を尻目に、信司は平然としている。
「ジャヒは、バグズであればいずれフェルベアードの詳細情報を掴むだろうと踏んだようです。実際、私は奴の企みに気付かず、その後の両面窟の維持についてはバグズの協力を仰ぎました。それを察していたジャヒは、予めこのメンバーの中にスパイを送り込んでいたんです。いや、正確に言うと、買収した、ですかね」
「え……このメンバー?!」魁地は絶句する。この中に裏切り者がいる?
どんな目で仲間を見たら良いかも分からないが、彼は無意識の内に視線を周囲に投げていた。そうさせたのが好奇心の一種だとしたら、それはひどく情のない特性だと彼は思ったが、まだ心の中ではそれが冗談か何かの類であることを願っていたのかもしれない。
そして、それは他の皆もそうだった。彼らは一様に、カテゴライズ不能な表情をしたまま視線を泳がせていた。
結浜はいつもと変わらない飄々とした表情を見せている。と言っても、明らかに彼は信司サイドの人間で、白なのは明白だ。
霧生は元々表情が薄いので判断し辛いが、唇を噛んでいるあたり、緊張はしているようだ。
横にいる山田は霧生のせいで固まっている。これはもうどうしようもない。
真理望だけがキョドっているが、こいつは論外だろう。
華凛はまだ術後の経過観察で入院中だが、このメンバーの括りに入るのだろうか。つっても、あれだけの傷を自作自演で、とは考えられまい。
――魁地には、犯人など予想がつかない。
「私がスパイに気付いたのは数ヶ月前。消去法でバグズからのリークを疑い、いくつかのトラップデータを仕掛けました。そしてその結果、スパイの存在を確信するに至ったんです。しかし、犯人の特定には至りませんでした。そこで、ジャヒに気付かれぬよう宿儺の旧世代アバターを利用し、信司としてバグズメンバーの一員になったんです。それでも、しばらく犯人は分かりませんでした。ついさっきまでは」
「……さ、さっき?!」
「はい、さっきです。織里さん、そうですよね?」
「……ええ、その通りよ」
魁地の顎が地面に届かんばかりの勢いで開く。
「はぁーーー?! なんだってぇーーー?! 真理望が犯人なのかよ?! て、てめぇーー!!」
魁地の声がエコーを響かせ、その木霊が幾つか過ぎると静寂が室内を満たした。真理望はきょとんとした目で魁地を見つめる。そして、彼の両肩にそっと手を添え……思い切り振った。
「あががががが――な、何すんだよ真理望! この裏切り者が!!」外れた顎がぶらぶら揺れている。
「ばかぁ!!! そんなわけないじゃない!」
……はいっ?!
「ち、違うのか?」魁地は外れた顎を涙目になりながらはめる。
「当ったり前でしょ。そうじゃなくて、ようやく信号のアルゴリズムを解読できたのよ。それでスパイのメッセージを傍受したの。さっきね」
「さっき?! いやいや、だって俺たち全員ここにいるじゃん。誰もそんなの送信できねぇよ」
霧生、山田、結浜、信司、それに当然真理望もいる。後は……。
「まさか、華凛が犯人とか言う気じゃねぇだろうな? てめぇ、そんなの許さねぇぞ!」
「バカ言ってんじゃないわよ。彼女なら病室で療養中なのはあんたも知ってるでしょ。映像でも確認してるわ。候補は他にもいるじゃない。スパイなんて人とは限らないわよ」
「えっ……人とは、限らない……」
そう言えば、やけに静かだ。いつの間にかギャーギャーピーピーわめく奴がいない。
「あいつ、何処に行った? さっきまでいたのに」
魁地は周囲に視線を流してレジルを探した。……やはり、どこにもいない。
「まさか、レジルなのか?」
と、その時。
バシュンッ! ――彼らの会話は突然消えた室内の照明と共に途切れた。
「えっ?!」
一瞬室内全体が暗くなり、彼らはお互いの顔が見えなくなる。
「くそっ、何だよ、これ!」
「どうやら電源が落ちたようだ。だが大丈夫。コンピューター類はUPSで停電対策をしてあるし、この研究所は地下も含めて巨大な発電システムを設置してあるから、メインパワーが断たれてもすぐに予備電源に切り替わる」
結浜がそう言っている間にすぐ天井灯が光を取り戻した。
「一体何が起きたんだ? 天気は悪くなかったから雷じゃねぇよな。地震か?」
「いえ、これは……まさか」
信司が青い顔をして辺りを窺っている。
「織里さん、さっき傍受した信号は?」
「言葉じゃないみたい。おそらく何らかのコード。送信先はアーティファクトのコマンドインタプリタよ。つまり、この世界に何らかの特殊操作をしたみたい」
真理望が端末のホログラムを指で弾くと、管制室の巨大な中空モニターにアルファべットと数字の羅列が浮かび上がった。魁地には何のことやらさっぱり分からない。
「……このコードは……この施設に張られていた暗号化バリアを解凍しています。このバリアは研究所周辺の次元アドレスをカメレオン化することで、外部のザルバンからは見えないようにしていたものです。つまり、この場所はもう丸裸と言うことです。……このタイミングで動くとは、予想より早かったですね」
今度は、耳をつんざくような警報音が管制室内に鳴り始めた。
エッジの利いた人工波形が打ち鳴らす大音量のアラーム。それはまるで、殻に覆われた人の本能を引っ掻いて生物としての危機感を剥き出しにさせるような音だ。それは聴覚から脳髄を伝い、全身に恐怖を蔓延させる。
「なんだよこれ、BCOじゃないよな?!」
魁地は突然の事態に平静を装う余裕もない。だが、周囲の誰もが同様に、穏やかでないことは皆の強張った表情で察しがついた。
「セキュリティーアラームだ。どうやら設備異常と外部侵入者警報のようだ」
……スパイ?!
「おい、ちょっと待てよ信司。でもまさか、スパイなんてそんな――」
慌てる魁地に対し、信司は澄ました顔をして答える。
「僕も信じたくはないですが、状況証拠はそれを物語っています」
「いやいやいや、っていうかこれ、ムチャクチャ重大発表だろ。っていうか、誰だよそれ? あ、ひょっとしてまた清掃員の奴とか?」
慌てる魁地を尻目に、信司は平然としている。
「ジャヒは、バグズであればいずれフェルベアードの詳細情報を掴むだろうと踏んだようです。実際、私は奴の企みに気付かず、その後の両面窟の維持についてはバグズの協力を仰ぎました。それを察していたジャヒは、予めこのメンバーの中にスパイを送り込んでいたんです。いや、正確に言うと、買収した、ですかね」
「え……このメンバー?!」魁地は絶句する。この中に裏切り者がいる?
どんな目で仲間を見たら良いかも分からないが、彼は無意識の内に視線を周囲に投げていた。そうさせたのが好奇心の一種だとしたら、それはひどく情のない特性だと彼は思ったが、まだ心の中ではそれが冗談か何かの類であることを願っていたのかもしれない。
そして、それは他の皆もそうだった。彼らは一様に、カテゴライズ不能な表情をしたまま視線を泳がせていた。
結浜はいつもと変わらない飄々とした表情を見せている。と言っても、明らかに彼は信司サイドの人間で、白なのは明白だ。
霧生は元々表情が薄いので判断し辛いが、唇を噛んでいるあたり、緊張はしているようだ。
横にいる山田は霧生のせいで固まっている。これはもうどうしようもない。
真理望だけがキョドっているが、こいつは論外だろう。
華凛はまだ術後の経過観察で入院中だが、このメンバーの括りに入るのだろうか。つっても、あれだけの傷を自作自演で、とは考えられまい。
――魁地には、犯人など予想がつかない。
「私がスパイに気付いたのは数ヶ月前。消去法でバグズからのリークを疑い、いくつかのトラップデータを仕掛けました。そしてその結果、スパイの存在を確信するに至ったんです。しかし、犯人の特定には至りませんでした。そこで、ジャヒに気付かれぬよう宿儺の旧世代アバターを利用し、信司としてバグズメンバーの一員になったんです。それでも、しばらく犯人は分かりませんでした。ついさっきまでは」
「……さ、さっき?!」
「はい、さっきです。織里さん、そうですよね?」
「……ええ、その通りよ」
魁地の顎が地面に届かんばかりの勢いで開く。
「はぁーーー?! なんだってぇーーー?! 真理望が犯人なのかよ?! て、てめぇーー!!」
魁地の声がエコーを響かせ、その木霊が幾つか過ぎると静寂が室内を満たした。真理望はきょとんとした目で魁地を見つめる。そして、彼の両肩にそっと手を添え……思い切り振った。
「あががががが――な、何すんだよ真理望! この裏切り者が!!」外れた顎がぶらぶら揺れている。
「ばかぁ!!! そんなわけないじゃない!」
……はいっ?!
「ち、違うのか?」魁地は外れた顎を涙目になりながらはめる。
「当ったり前でしょ。そうじゃなくて、ようやく信号のアルゴリズムを解読できたのよ。それでスパイのメッセージを傍受したの。さっきね」
「さっき?! いやいや、だって俺たち全員ここにいるじゃん。誰もそんなの送信できねぇよ」
霧生、山田、結浜、信司、それに当然真理望もいる。後は……。
「まさか、華凛が犯人とか言う気じゃねぇだろうな? てめぇ、そんなの許さねぇぞ!」
「バカ言ってんじゃないわよ。彼女なら病室で療養中なのはあんたも知ってるでしょ。映像でも確認してるわ。候補は他にもいるじゃない。スパイなんて人とは限らないわよ」
「えっ……人とは、限らない……」
そう言えば、やけに静かだ。いつの間にかギャーギャーピーピーわめく奴がいない。
「あいつ、何処に行った? さっきまでいたのに」
魁地は周囲に視線を流してレジルを探した。……やはり、どこにもいない。
「まさか、レジルなのか?」
と、その時。
バシュンッ! ――彼らの会話は突然消えた室内の照明と共に途切れた。
「えっ?!」
一瞬室内全体が暗くなり、彼らはお互いの顔が見えなくなる。
「くそっ、何だよ、これ!」
「どうやら電源が落ちたようだ。だが大丈夫。コンピューター類はUPSで停電対策をしてあるし、この研究所は地下も含めて巨大な発電システムを設置してあるから、メインパワーが断たれてもすぐに予備電源に切り替わる」
結浜がそう言っている間にすぐ天井灯が光を取り戻した。
「一体何が起きたんだ? 天気は悪くなかったから雷じゃねぇよな。地震か?」
「いえ、これは……まさか」
信司が青い顔をして辺りを窺っている。
「織里さん、さっき傍受した信号は?」
「言葉じゃないみたい。おそらく何らかのコード。送信先はアーティファクトのコマンドインタプリタよ。つまり、この世界に何らかの特殊操作をしたみたい」
真理望が端末のホログラムを指で弾くと、管制室の巨大な中空モニターにアルファべットと数字の羅列が浮かび上がった。魁地には何のことやらさっぱり分からない。
「……このコードは……この施設に張られていた暗号化バリアを解凍しています。このバリアは研究所周辺の次元アドレスをカメレオン化することで、外部のザルバンからは見えないようにしていたものです。つまり、この場所はもう丸裸と言うことです。……このタイミングで動くとは、予想より早かったですね」
今度は、耳をつんざくような警報音が管制室内に鳴り始めた。
エッジの利いた人工波形が打ち鳴らす大音量のアラーム。それはまるで、殻に覆われた人の本能を引っ掻いて生物としての危機感を剥き出しにさせるような音だ。それは聴覚から脳髄を伝い、全身に恐怖を蔓延させる。
「なんだよこれ、BCOじゃないよな?!」
魁地は突然の事態に平静を装う余裕もない。だが、周囲の誰もが同様に、穏やかでないことは皆の強張った表情で察しがついた。
「セキュリティーアラームだ。どうやら設備異常と外部侵入者警報のようだ」
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