欠陥だらけの彼は箱庭で救世主と呼ばれる【イラスト付き】

へっど

文字の大きさ
上 下
40 / 55

三一 奴がいない(1)

しおりを挟む
三一 奴がいない(1)


 ……スパイ?!
 
「おい、ちょっと待てよ信司。でもまさか、スパイなんてそんな――」

 慌てる魁地に対し、信司は澄ました顔をして答える。

「僕も信じたくはないですが、状況証拠はそれを物語っています」
「いやいやいや、っていうかこれ、ムチャクチャ重大発表だろ。っていうか、誰だよそれ? あ、ひょっとしてまた清掃員の奴とか?」

 慌てる魁地を尻目に、信司は平然としている。

「ジャヒは、バグズであればいずれフェルベアードの詳細情報を掴むだろうと踏んだようです。実際、私は奴の企みに気付かず、その後の両面窟の維持についてはバグズの協力を仰ぎました。それを察していたジャヒは、予めこのメンバーの中にスパイを送り込んでいたんです。いや、正確に言うと、買収した、ですかね」

「え……このメンバー?!」魁地は絶句する。この中に裏切り者がいる?
 どんな目で仲間を見たら良いかも分からないが、彼は無意識の内に視線を周囲に投げていた。そうさせたのが好奇心の一種だとしたら、それはひどく情のない特性だと彼は思ったが、まだ心の中ではそれが冗談か何かの類であることを願っていたのかもしれない。
 そして、それは他の皆もそうだった。彼らは一様に、カテゴライズ不能な表情をしたまま視線を泳がせていた。

 結浜はいつもと変わらない飄々とした表情を見せている。と言っても、明らかに彼は信司サイドの人間で、白なのは明白だ。
 霧生は元々表情が薄いので判断し辛いが、唇を噛んでいるあたり、緊張はしているようだ。
 横にいる山田は霧生のせいで固まっている。これはもうどうしようもない。
 真理望だけがキョドっているが、こいつは論外だろう。
 華凛はまだ術後の経過観察で入院中だが、このメンバーの括りに入るのだろうか。つっても、あれだけの傷を自作自演で、とは考えられまい。
 ――魁地には、犯人など予想がつかない。

「私がスパイに気付いたのは数ヶ月前。消去法でバグズからのリークを疑い、いくつかのトラップデータを仕掛けました。そしてその結果、スパイの存在を確信するに至ったんです。しかし、犯人の特定には至りませんでした。そこで、ジャヒに気付かれぬよう宿儺の旧世代アバターを利用し、信司としてバグズメンバーの一員になったんです。それでも、しばらく犯人は分かりませんでした。ついさっきまでは」

「……さ、さっき?!」
「はい、さっきです。織里さん、そうですよね?」

「……ええ、その通りよ」

 魁地の顎が地面に届かんばかりの勢いで開く。
「はぁーーー?! なんだってぇーーー?! 真理望が犯人なのかよ?! て、てめぇーー!!」

 魁地の声がエコーを響かせ、その木霊が幾つか過ぎると静寂が室内を満たした。真理望はきょとんとした目で魁地を見つめる。そして、彼の両肩にそっと手を添え……思い切り振った。
「あががががが――な、何すんだよ真理望! この裏切り者が!!」外れた顎がぶらぶら揺れている。

「ばかぁ!!! そんなわけないじゃない!」

 ……はいっ?!
「ち、違うのか?」魁地は外れた顎を涙目になりながらはめる。

「当ったり前でしょ。そうじゃなくて、ようやく信号のアルゴリズムを解読できたのよ。それでスパイのメッセージを傍受したの。さっきね」
「さっき?! いやいや、だって俺たち全員ここにいるじゃん。誰もそんなの送信できねぇよ」

 霧生、山田、結浜、信司、それに当然真理望もいる。後は……。

「まさか、華凛が犯人とか言う気じゃねぇだろうな? てめぇ、そんなの許さねぇぞ!」
「バカ言ってんじゃないわよ。彼女なら病室で療養中なのはあんたも知ってるでしょ。映像でも確認してるわ。候補は他にもいるじゃない。スパイなんて人とは限らないわよ」
「えっ……人とは、限らない……」

 そう言えば、やけに静かだ。いつの間にかギャーギャーピーピーわめく奴がいない。

「あいつ、何処に行った? さっきまでいたのに」

 魁地は周囲に視線を流してレジルを探した。……やはり、どこにもいない。
「まさか、レジルなのか?」

 と、その時。
 バシュンッ! ――彼らの会話は突然消えた室内の照明と共に途切れた。
「えっ?!」

 一瞬室内全体が暗くなり、彼らはお互いの顔が見えなくなる。

「くそっ、何だよ、これ!」
「どうやら電源が落ちたようだ。だが大丈夫。コンピューター類はUPSで停電対策をしてあるし、この研究所は地下も含めて巨大な発電システムを設置してあるから、メインパワーが断たれてもすぐに予備電源に切り替わる」

 結浜がそう言っている間にすぐ天井灯が光を取り戻した。

「一体何が起きたんだ? 天気は悪くなかったから雷じゃねぇよな。地震か?」
「いえ、これは……まさか」

 信司が青い顔をして辺りを窺っている。
「織里さん、さっき傍受した信号は?」
「言葉じゃないみたい。おそらく何らかのコード。送信先はアーティファクトのコマンドインタプリタよ。つまり、この世界に何らかの特殊操作をしたみたい」

 真理望が端末のホログラムを指で弾くと、管制室の巨大な中空モニターにアルファべットと数字の羅列が浮かび上がった。魁地には何のことやらさっぱり分からない。

「……このコードは……この施設に張られていた暗号化バリアを解凍しています。このバリアは研究所周辺の次元アドレスをカメレオン化することで、外部のザルバンからは見えないようにしていたものです。つまり、この場所はもう丸裸と言うことです。……このタイミングで動くとは、予想より早かったですね」


 今度は、耳をつんざくような警報音が管制室内に鳴り始めた。
 エッジの利いた人工波形が打ち鳴らす大音量のアラーム。それはまるで、殻に覆われた人の本能を引っ掻いて生物としての危機感を剥き出しにさせるような音だ。それは聴覚から脳髄を伝い、全身に恐怖を蔓延させる。

「なんだよこれ、BCOじゃないよな?!」
 魁地は突然の事態に平静を装う余裕もない。だが、周囲の誰もが同様に、穏やかでないことは皆の強張った表情で察しがついた。

「セキュリティーアラームだ。どうやら設備異常と外部侵入者警報のようだ」
しおりを挟む
感想 1

あなたにおすすめの小説

百合系サキュバスにモテてしまっていると言う話

釧路太郎
キャラ文芸
名門零楼館高校はもともと女子高であったのだが、様々な要因で共学になって数年が経つ。 文武両道を掲げる零楼館高校はスポーツ分野だけではなく進学実績も全国レベルで見ても上位に食い込んでいるのであった。 そんな零楼館高校の歴史において今まで誰一人として選ばれたことのない“特別指名推薦”に選ばれたのが工藤珠希なのである。 工藤珠希は身長こそ平均を超えていたが、運動や学力はいたって平均クラスであり性格の良さはあるものの特筆すべき才能も無いように見られていた。 むしろ、彼女の幼馴染である工藤太郎は様々な部活の助っ人として活躍し、中学生でありながら様々な競技のプロ団体からスカウトが来るほどであった。更に、学力面においても優秀であり国内のみならず海外への進学も不可能ではないと言われるほどであった。 “特別指名推薦”の話が学校に来た時は誰もが相手を間違えているのではないかと疑ったほどであったが、零楼館高校関係者は工藤珠希で間違いないという。 工藤珠希と工藤太郎は血縁関係はなく、複雑な家庭環境であった工藤太郎が幼いころに両親を亡くしたこともあって彼は工藤家の養子として迎えられていた。 兄妹同然に育った二人ではあったが、お互いが相手の事を守ろうとする良き関係であり、恋人ではないがそれ以上に信頼しあっている。二人の関係性は苗字が同じという事もあって夫婦と揶揄されることも多々あったのだ。 工藤太郎は県外にあるスポーツ名門校からの推薦も来ていてほぼ内定していたのだが、工藤珠希が零楼館高校に入学することを決めたことを受けて彼も零楼館高校を受験することとなった。 スポーツ分野でも名をはせている零楼館高校に工藤太郎が入学すること自体は何の違和感もないのだが、本来入学する予定であった高校関係者は落胆の声をあげていたのだ。だが、彼の出自も相まって彼の意志を否定する者は誰もいなかったのである。 二人が入学する零楼館高校には外に出ていない秘密があるのだ。 零楼館高校に通う生徒のみならず、教員職員運営者の多くがサキュバスでありそのサキュバスも一般的に知られているサキュバスと違い女性を対象とした変異種なのである。 かつては“秘密の花園”と呼ばれた零楼館女子高等学校もそういった意味を持っていたのだった。 ちなみに、工藤珠希は工藤太郎の事を好きなのだが、それは誰にも言えない秘密なのである。 この作品は「小説家になろう」「カクヨム」「ノベルアッププラス」「ノベルバ」「ノベルピア」にも掲載しております。

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

友達の母親が俺の目の前で下着姿に…

じゅ〜ん
エッセイ・ノンフィクション
とあるオッサンの青春実話です

貴族家三男の成り上がりライフ 生まれてすぐに人外認定された少年は異世界を満喫する

美原風香
ファンタジー
「残念ながらあなたはお亡くなりになりました」 御山聖夜はトラックに轢かれそうになった少女を助け、代わりに死んでしまう。しかし、聖夜の心の内の一言を聴いた女神から気に入られ、多くの能力を貰って異世界へ転生した。 ーけれども、彼は知らなかった。数多の神から愛された彼は生まれた時点で人外の能力を持っていたことを。表では貴族として、裏では神々の使徒として、異世界のヒエラルキーを駆け上っていく!これは生まれてすぐに人外認定された少年の最強に無双していく、そんなお話。 ✳︎不定期更新です。 21/12/17 1巻発売! 22/05/25 2巻発売! コミカライズ決定! 20/11/19 HOTランキング1位 ありがとうございます!

父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

四季
恋愛
父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

百合ランジェリーカフェにようこそ!

楠富 つかさ
青春
 主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?  ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!! ※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。 表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。

ニートの俺がサイボーグに改造されたと思ったら異世界転移させられたンゴwwwwwwwww

刺狼(しろ)
ファンタジー
ニートの主人公は一回50万の報酬を貰えるという治験に参加し、マッドサイエンティストの手によってサイボーグにされてしまう。 さらに、その彼に言われるがまま謎の少女へ自らの血を与えると、突然魔法陣が現れ……。 という感じの話です。 草生やしたりアニメ・ゲーム・特撮ネタなど扱います。フリーダムに書き連ねていきます。 小説の書き方あんまり分かってません。 表紙はフリー素材とカスタムキャスト様で作りました。暇つぶしになれば幸いです。

後宮の胡蝶 ~皇帝陛下の秘密の妃~

菱沼あゆ
キャラ文芸
 突然の譲位により、若き皇帝となった苑楊は封印されているはずの宮殿で女官らしき娘、洋蘭と出会う。  洋蘭はこの宮殿の牢に住む老人の世話をしているのだと言う。  天女のごとき外見と豊富な知識を持つ洋蘭に心惹かれはじめる苑楊だったが。  洋蘭はまったく思い通りにならないうえに、なにかが怪しい女だった――。  中華後宮ラブコメディ。

処理中です...