欠陥だらけの彼は箱庭で救世主と呼ばれる【イラスト付き】

へっど

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二九 素性(1)

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二九 素性(1)


 ――ソラシマ第Bト区 センターベース 管制室――

 魁地はここに来てからまだ数日だということを忘れるくらい、この管制室に馴染んでいた。今、療養中の華凛以外のメンバーが揃うこの場所で、彼は新たに得たもう一つの自分をこれまで避けて通ってきた人間関係という渦の中に落とし込もうとしている。それは、彼にとって至極新鮮であると同時に、驚くほど自然に行われていた。彼自身知ってか知らずか、良くも悪くも『仲間』というものを心から受け入れている、ということだ。

「……で、エンバッシュが持っていた端末は大橋という人物のものだった。調べると、彼は両面窟の管理人をやっていたが、先日遺体で発見されたそうだ。死因は心臓を抉り取られたことによる失血死。プロメテウスの被害者と同じだ。……まぁ、こいつはビンゴだな」

 魁地はさるぼぼのぶら下がった端末を手でくるくる回す。
「古代のバスターウェアを復活させたのは、エンバッシュの仕業と考えるのが自然だ」

 魁地はメンバーの前でエンバッシュとバスターウェアを結びつけ、先手で信司が犯人ではない括弧たる証拠を固めようと考えている。
「……それに、エンバッシュは俺に何かを送ると言っていた。おそらくバスターウェアのことだろう。奴の本当の目的は俺なのかもしれない。だとすると、俺がすべきなのは、そのなんとかクマをぶっ倒すことだ」

「魁地君、なかなかの調査結果だ」
 結浜の横にいる山田は信司を見て複雑な表情を浮かべている。彼は華凛の一件があって頭が沸騰していたが、信司の純粋無垢な人間性を偽りだと言うのには彼自身葛藤がある。だが、二度と失敗は許されない、と彼はその狭間で悩んでいるのだ。

 信司の純粋さはある種の武器
 ――今必要なのは道徳ではなく真実だと山田は自分に言い聞かせる。そしてその点において、魁地の情報は冷静に受け取らねばならない。

「魁地の意見も一理あるかもな。でも、どうしてエンバッシュが端末を必要とするんだ? そこが今一分からねぇ」
 山田は警戒しつつも、一旦信司の件からは離れることにした。だが、もし信司が主犯ではないとしても、エンバッシュと何らかのつながりがあると、彼は考えている。自然に振舞っていればいつか必ず尻尾を出すはず、と山田は横目で信司を見る。

「確かに、まさかザルバンの世界と電話でやり取りしているわけじゃないだろうしな。今、真理望が端末内のデータを分析している。レジル、その後の分析に変化はないか?」

「うんにゃ。これと言って。せやけど、アーティファクト内から外部インターフェースへのコマンドアクセスが最近頻発化しとるみたいやな。微弱な信号やからよく聞こえんが、エンバッシュ固有の波形も見つけたっちゃ。きゃつめ、なんらかのプロトコルデータを通信しとるみたいやの。バスターウェアの操作に利用しとるのかもしれへん。古代ウェアはスタンドアロン型やで、あいつはプログラムされた目的を達するまでは設計者にも止められん、厄介な奴っちゃ。エンバッシュとて、一筋縄ではいかんじゃろうて」
「目的か。草野原の証言からいくと、この国の人間は皆殺し……って終わりがなさそうだな」
「被害もすでに二十件を超えとるし、はよ手ぇ打たんと本気でそこら中の人間が消されるでよ」
「ああ、分かってるけどよ……あ、真理望。どうだった?」

 奥の実験室から真理望が出てきた。その手には大橋遼斗の端末と出力端子のアダプターケーブルが握られている。
「ちょっと、これを見てみて」

 真理望が端末の分析結果をPCのホログラムモニターに出力する。そこには画面いっぱいに並んだ通信アドレスやデータ通信量が時系列で表示されている。

「この端末の通信来歴よ。これを分析してみると、ここ数日にかなりのデータが送受信されていることが分かったわ。通信データは一見ランダムで、その内容については世界中で使用されているどのプロトコルやコンピューター言語にも当てはまらないものだった。レジルから教わったプロトコルもなかったわ。だから残念ながらその意味は不明。でも、これを含めて計三台の端末と通信していたことが分かったの。特に通信量が多いのはこの端末よ」

 真理望が中空のホログラムウィンドーを手で操作し、モニターに数桁の番号を出力した。
「これは草野原さんが個人で使っている端末のネットワークアドレスだった。彼女の証言から、バスターウェアが彼女から端末を奪ったことが分かってる。バスターウェアはスタンドアロンで動作しているプログラムなんでしょ? だったら、おそらくその端末から人間のネットワークを経由してエンバッシュと何らかの通信をしていると考えられるわ。霧生さんが前に話していた奪われた石人の心臓って古代ウェアの通信モジュールだって言ってたわね。ひょっとしてそれをデコーダーにして現代の端末を通信媒体に改変したんじゃないかな。そしてもう一つの端末、こっちはさっきの通信にたまに絡んでくるような感じなのよね。ただ、何故かこのアドレスは非登録で、世界中の端末の正規リストにもマッチするものはなかったの」

 真理望がその番号を表示すると、皆の表情が変わった。そして、山田が口を開く。

「そいつは見つからないはずだよな。それはバグズ所有の端末で使われている非公開番号だ。……なぁ、信司よ」

「えっ?!」
 魁地は驚いた。

 山田は信司を見ている。山田だけではない、皆が信司を見ている。真理望が出力した番号が信司のものであるということは、それを知らない魁地や真理望でも容易に想像がついた。

「ひょっとして、これ信司の端末なのか?」

 魁地は恐る恐る聞く。彼が見る限り、信司は意外と冷静な表情を浮かべている。

「ええ、そうですね。それは僕の端末アドレスです」
 平然とした顔付きでそう言い放つ信司。山田はそんな信司に怒りを覚える。

「ついに尻尾を出しやがったな! 信司、おめぇはあのバスターウェアが開放されたとき、高山にいた証拠があるんだ。集会所の監視カメラに注意すべきだったな。てめぇ、アングラに寝返ったんじゃねぇのか?」
 山田は信司の胸倉を掴んで持ち上げる。信司は無表情のままだ。

「し、信司。まさか、おぬしが信号の送信元やったんか?」
 レジルが大げさな表情を浮かべて大口を開ける。

 魁地もまた状況を飲み込めず、開いたままの口を閉じることを忘れている。

 その時、パチッパチッパチッ……と、空気を読まない場違いな拍手が背後から聞こえた。
 魁地は何事かと困惑し、ゆっくりと振り向いた。すると、それは結浜の両手によって打ち鳴らされていた。
「おっさん……一体、なんなんだよ?」

 立て続けの展開に、脳が耳から流れ出そうだ――魁地は口を開けたまま、ニヤリと笑う結浜を見つめた。
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