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二七 信頼
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二七 信頼
魁地は体に蓄積された汚れ水を体外に排出しながら、あくまでこの部位は自分のオリジナルであることを何度も目で確認して、「はふぅ~」と一息つく。そして、さっきレジルが言っていたことを思い出す。
レジルは、信司の能力が疑わしいと言っていた。奴が意図するところが何なのかは分からないが、あの目は信司が何かを隠していると言いたげに見えた。信司はバグズに入って間もないようだし、まだこのメンバーに溶け込めていないのかもしれない。
だが、魁地にとって、その人間の能力なんてものは重要でない。とにかく彼の目に映っているのは、身を挺して霧生を救った信司だ。
「信司を疑うとか……レジルの奴、何を考えてやがんだ」
パンツを上げてベルトを締めた魁地は、この落ち着く空間に別れを惜しみ、徐に個室トイレのドアを開けた。
すると、彼の目に仁王立ちする山田の姿が忽然と飛び込んできた。
「どどわぁ~!」
魁地は思わず跳ね上がり、トイレの壁に背を打った。
「お、驚かせんな!! なんだよ、こんなところで!」
「うるさいっ。ちょっと黙ってろ。すぐ済むから」
山田は、魁地を挟んで壁に手を当て、彼の逃げ道を塞いだ。
「待て待て! すぐ済むって……山さんよ、てめぇ、まさかとは思ったがそっちの趣味かよ。たのむ、俺はノーマルなんだ。勘弁してくれ」
山田は怪訝な表情を見せるが、魁地の意図するところを理解して顔を真っ赤にする。
「ばば、馬鹿野郎! そういうことじゃねぇよ。勘違いすんな!! いいから、俺の話を聞けよ」
「そ、そんなこと言って、いきなり襲う気じゃ……」彼はパンツのベルトがしっかり掛かっていることを確認する。
「だから、そういうことじゃねぇっつってんだろが。信司だよ、信司のこと」
「なんだ、よかった。信司のことが好きなのか?」
山田の拳がトイレの壁を叩き割る。
「だから、そっから離れろや!」
山田の目はマジだ。少しでも明るい空気を作ろうという魁地の画策だったが、血走ったその目を見て、これ以上のおふざけはなしだと悟った。
「ごめん。冗談、冗談だよ。で、信司が何だって? レジルの言ったことなら、あんま気にしねぇ方がいいぜ。どうせまた俺たちを困らせたいだけだよ」
「ちょっとこっちに来てくれ。じつは霧生も呼んでいる」
山田は魁地をトイレから連れ出すと、倉庫に移動した。すると、その奥には霧生の姿があった。
「よぉ、霧生。すまねぇな。ちょっと二人に話があってよ」
「一体どういうことだ? 大事な話なら、結浜のおっさんやレジルたちも呼んだ方がいいんじゃねぇか?」
「いや、リスクがあるから、できれば拡散したくねぇ。ドクターも俺たちに何か隠している気がするんだ。霧生はこの中じゃ一番まともだし、多綱はバカだから安心だ」
「おい、山さん。死にてぇのかよ」
「冗談だ。お、お前のことを信用してのことだ」
山田は少し照れくさそうにする。その仕草がやけに乙女チックで、魁地は要らぬ予感に身震いした。トイレの冗談が事実になることなどあってはならない。
「わ、わかった。すまねぇ。で、信司のことって、あいつが何をしたっていうんだよ。まさかレジルの言うこと信じるんじゃねぇだろうな。あいつは信司の分析ができないってだけで、何かを疑おうとしてんだぜ」
「まあ、その前に霧生。最近あいつと任務についていて、何か変わったことはなかったか?」
霧生はプロメテウスでの一件を思い出した。スキンヘッドから自分を守ってくれた信司のことを表現しようにも、何と言ったらいいのか分からない。様々な情事が渦巻き、こう言う他思いつかない。
「いえ、特にありませんでした」
山田は「そっか」と、溜息を付く。
「まぁ、いい。単刀直入に言うが、俺はあいつがアングラに寝返ったか、もしくは奴自身がスパイウェアの類じゃないかと睨んでいる」
「はっ?!」と、魁地は口を開けたまま閉じることができない。
「良いから聞け。高山でバスターウェアの結界を解いたのは奴の仕業かもしれない」
魁地には山田の言っていることが理解できない。
そもそも、最初に会ってから信司は魁地のことを献身的にサポートしてくれた。魁地には、彼に対して吐き出す愚痴など一つもない。華凛の一件で気が動転してしまうのも分からなくはないが、信司のことを疑うなど言語道断。魁地は山田に僅かばかりの怒りを感じた。
「おいおい、何言ってんだよ。そんなわけねぇだろ。どんな証拠があってそんなこと言ってんだよ」
「証拠ならある。これは華凛と高山で見つけた映像だ」
山田は自分の端末を起動し、中空にホログラム出力する。それは数箇所をマルチ撮影した監視カメラの映像であった。
「これはバスターウェアの開放された聖域近郊の集会所だ。いいか、今回の任務で信司は高山に行っていない。少なくとも、記録上はそうなっている。しかし、両面窟の部分崩落が見つかったその日、この監視カメラの映像に映っているのは……」
山田は映像を一時停止する。
そこに映る人物は、確かに信司の顔と瓜二つだった。さらにそれを顔認証システムに放り入れると、九十九パーセント以上の確率でそれが信司であると算出結果を出力する。
「まてよ、これが信司だったとして、いきなり裏切り者扱いはないんじゃないのか? 他にも理由があるかもしんねぇし」
「一体、どんな理由があるってんだよ。ドクターも含めて、俺たちに黙っている理由なんてねぇだろ」
魁地は反論できない。何か理由があるとして、それをドクターにまで秘密にすることなど彼には想像がつかない。確かに山田の言う通りだとしか言えない。しかし、それは認めたくない。
魁地は信司を弁明できないかと思案する。直接証明ができないのなら、逆説的に論理付ければいい。つまり、結界を開放した者が彼ではないと言えれば、信司への疑いは晴れる。
では、どうやって?
――魁地はその取っ掛かりになるものを思い出す。それは彼のポケットの中。結浜に見てもらおうとした矢先、華凛の一件で再びポケットへと忍ばせた、エンバッシュの端末だ。
「そうだ。じつはエンバッシュがこんなものを持ってたんだ」
魁地はビニール袋に入った携帯端末を出す。端末はパネルや外装が汚れて使用感があり、赤色の顔をした妙な人形のストラップをぶら下げている。
「これはエンバッシュの上着のポケットに入ってたんだ。中身はセキュリティーが掛かっているから、見てねぇけど、何か手掛かりがあるかも。この、変な人形も気になるし」
目鼻もなく、まん丸でなんの凹凸もない真っ赤な頭部。手足は尖った円錐。言うなれば、星形の頂点が丸い頭というシンプルなシルエット。
待てよ、これってどこかで……。
ストラップを見ていた山田は思い出した。
「そうだ。その人形には覚えがある。高山に古くから伝わる『さるぼぼ』という人形だ。猿の赤子を模したものらしい」
それを聞いた魁地は、思わぬところから繋がった高山というキーワードに光明を得た。
「マジか。ってことは、高山のバスターウェアを開放したのはエンバッシュだと見ていいんじゃねぇか? そういえばあいつ、次は俺にバスターウェアをぶつけると言っていた。そして、奴が高山に行った可能性がある。プロメテウスで奪われた石人の心臓もこれに関係しているかもしれない」
だが、霧生が魁地の話を遮るように口を挟む。
「結論を急いではいけません。まさかエンバッシュが高山の土産屋でそれを買ったわけはないでしょうから、それはおそらく誰かのものをアイツが奪ったと見るのが自然です。エンバッシュ自身が高山に行ったとはまだ限りません。まずは端末内の情報を引き出してみましょう。織里さんなら容易くできるのでは?」
魁地を見つめる霧生。彼女の目は自分の心を全て見透かしているのではないかと魁地は感じ、嘘を付いているようなむず痒さを覚える。
「き、霧生は信司のこと疑っているのかよ?」
「いえ、ミスリードは私たち全員の危険をもたらします。それは、信司くんに対しても同様です。これはむしろ、信司くんを守るために必要なことです」
魁地を見る霧生の乏しい表情は、むしろブレることなく、それを維持している結果なのかもしれない。その眼は感情に揺れることなく、客観的にこの状況を見据えている。
俺は、少し熱くなっていたかもしれない。それでは山田と同じ過ちを繰り返す。
彼女の理屈は理に適っている。まずは彼女に従おう。
「よし、分かった。霧生に従うよ。真理望には俺から伝えておく」
「織里のことは俺はよく分かんねぇから、任せたよ」
山田もそれには賛成した。
「でもよ、やっぱり信司には気をつけろ。あの映像だって紛れもない事実だし、レジルもそう言っていた。不審な動きをしたらすぐにあいつを止めるんだ」
「分かったよ。でもあまり仲間に不信感もってっとチームプレーに響くぞ」
山田は華凛のことを思い出す。彼女は自分の身勝手な行動で重傷を負ったのだ。
「……そうだな。少なくとも、俺はお前らを信じている」
魁地と霧生はそんな山田の言葉に頷く。
信じる――魁地はこれまで、自分の何かを他人に委ねようとはしなかった。信じるに足る人間がいなかったのだろうか? いや、それは違う。彼は、エンバッシュ戦での霧生を思い出す。
彼女は自らを省みず、俺を支えてくれた。それによって、自分は今ここにいる。今なら、勇気を持って振り向くことができる。そこには背中を押してくれるいくつもの手がある。
そして、彼はその中から信司の手を見つけた。
今なら、彼らを信じることができる。むしろ、彼らを信じたいと、魁地は思う。そのためにも、今は山田の疑念を晴らすことが先決だった。
「よし、俺は真理望のところへ行ってくる。念のため、結論が出るまでは俺たちだけで秘密裏に進めよう」
「ああ、すまねぇ」
「山さんが謝ることじゃねぇだろ。エンバッシュは俺を殺そうとしたんだ。立場は同じ。こんどは先手を打ってやるぜ」
「私は山田くんとさっきの映像をもう少し解析してみる」
「霧生、頼んだぞ」
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