30 / 55
二五 代償(2)
しおりを挟む二五 代償(2)
背後から聞こえた場違いな様相の声に、魁地は振り返った。すると、そこには寝起きでパジャマ姿のレジルがぬいぐるみを抱えて立っている。
サイズの合っていないパジャマの裾が手足を隠し、くしゃくしゃの金髪がアホ毛だらけになっている様は、むしろぬいぐるみが汚いお人形をくっつけていると言った方が正確に絵を想像できるだろう。
「なんだよ、お前。今起きてきたのかよ。ってか、お前ってここに住んでるのかよ?」
「うっさいし。寝込み襲われたら怖いけぇ、部屋の場所は教えられん」
「襲うか、お前みたいなぺったんこの幼女なんか。神かなんか知んねぇけどよ」
「……ぺったんこ」
霧生が胸に手を当て、固まっている。
「いや、私はあくまで普通ですから……」
「おい、なんで霧生が青褪めてんだよ。っていうか、レジル。お前エンバッシュ知ってんのかよ? っていうか、お前ザルバンのくせしてなんで蚊帳の外みたいな立ち位置張ってんだよ。いい加減入って来いよ」
「はぁっ? 所詮バイトでここに来てるレジーに、んなこと言われても知らんっちゃよ」
魁地は耳を疑った。……バイト?!
「おい待て。お前今、バイトって言ったか?」
「……いや、言っとらん」と白を切りつつ鳴らない口笛を吹くレジル。
「絶対今バイトって言っただろ。おい、バイトごときが神面してこんなとこにいんのかよ。ザルバンってアーティファクトのことなんだと思ってんだ」
魁地は憤慨する。相手がレジルではなおさらだ。いや、レジルだから、かもしれない。
「うっさい、ボケ。これでもレジーは研究者の端くれやにけ、貴様ができるようなコンビニのバイトとはレベルが違うっちゃよ。研究者向けのハローワークがあっての。そこで斡旋しとったのよ。ここの監視業務を」
「いやいや、まてよ、今ハローワークって言ったろ。それあんましフォローになってねぇから……ってか、まぁそんなことはいいや。いや、良くはないけど。とにかく、お前エンバッシュに心当たりがあるのかよ?」
「なくはないが」
「どんな情報だ?」
「いや、わずかな間やったけど、アイツとは以前研究所で一緒だったことがあるんやさ。奴は当時、転送アバターの武装化を研究しとった。どうも性格に難があってな。周囲の仲間がどんどん離れて、孤立した奴はその後、アングラの思想に取り憑かれたらしい。結局は研究所を出て行きよった」
武装化――そう言えば、エンバッシュは強力な爪のギミックを持っていた。
「アバターの武装化って、あいつの爪のことか?」
「そうじゃ。バスターウェアと違って、転送アバターはただの自己投影体。つまりザルバンがアーティファクトに入るための乗り物に過ぎんで、本来、攻撃用のアビリティーを持ち合わせておらんでな」
「じゃぁ、エンバッシュもバスターウェアみたいなもんなのかよ」
「全然ちゃうわ。転送アバターは、上位次元から自我を乗せた生体エネルギーを転送して動作させるオンライン型の正規プログラムっちゃね。だから、アーティファクトに対しても無害っちゃ。せやけど、バスターウェアはちごうとる。あれは、アーティファクトの虚弱性を逆手にとって、ヒト型オブジェクトの生成と消去を無限サイクル回して、バグアビリティーを持った個体をわざと生み出すっちゅう荒業で作るっちゃ。せやけぇ、アビリティーも偶然任せやし、サイクルには相当な時間が掛かる上に、存在そのものもあくまでバグやけぇ、アーティファクトにとっちゃぁ、てんで良い影響与えん。だから今では新規開発が規制されとる。直近で強力なバスターウェアを得ようとしたら、既存のもん漁るしかないっちゅうわけっちゃ。例えば古代に凍結されたもんっちゃな」
「ふぅ~ん。それでナニワのクマちゃんってわけか。ところで――」
プシューウゥゥゥ、ウィーーン。それは突然だった。
何度も聞いたその音が、再度背後から発せられた。
そして、魁地の声を掻き消すように、開いたセンターの扉を押し分けて、「ドクター! ドクター!!」という大声が室内に鳴り響いた。
「な、何事だよ?!」
足を引きずり、ひくひく泣きながら入ってきたのは山田だった。彼は華凛を抱きかかえている。
「華凛を、華凛を。ドクター、急いで救急処置をしてくれ!!!」
華凛の制服は真っ赤な血に塗れている。その量を考えると、怪我の度合いが普通ではないことは、魁地でも容易に想像できた。
「おいおい、一体何が起きたんだよ。華凛、大丈夫か?!」
魁地は肩を貸そうと彼女の脇に回ったが、それが適わないと理解し、そのまま凍りついた。彼女は痛みに耐え、硬く目を瞑っている。
そして、左腕で右腕をかばっている。
「か、華凛さん……その右腕……」信司はそう言って自分の左腕に巻かれたギプスをぎゅっと握る。
「華凛、どうしてこんなことに……」
結浜も、華凛の身に起きていることを理解して絶句する。山田がドクターに向かって伸ばしたその手には、華奢の右腕が握られていた。
「ドクター、早く、華凛を……」
0
お気に入りに追加
21
あなたにおすすめの小説
百合系サキュバスにモテてしまっていると言う話
釧路太郎
キャラ文芸
名門零楼館高校はもともと女子高であったのだが、様々な要因で共学になって数年が経つ。
文武両道を掲げる零楼館高校はスポーツ分野だけではなく進学実績も全国レベルで見ても上位に食い込んでいるのであった。
そんな零楼館高校の歴史において今まで誰一人として選ばれたことのない“特別指名推薦”に選ばれたのが工藤珠希なのである。
工藤珠希は身長こそ平均を超えていたが、運動や学力はいたって平均クラスであり性格の良さはあるものの特筆すべき才能も無いように見られていた。
むしろ、彼女の幼馴染である工藤太郎は様々な部活の助っ人として活躍し、中学生でありながら様々な競技のプロ団体からスカウトが来るほどであった。更に、学力面においても優秀であり国内のみならず海外への進学も不可能ではないと言われるほどであった。
“特別指名推薦”の話が学校に来た時は誰もが相手を間違えているのではないかと疑ったほどであったが、零楼館高校関係者は工藤珠希で間違いないという。
工藤珠希と工藤太郎は血縁関係はなく、複雑な家庭環境であった工藤太郎が幼いころに両親を亡くしたこともあって彼は工藤家の養子として迎えられていた。
兄妹同然に育った二人ではあったが、お互いが相手の事を守ろうとする良き関係であり、恋人ではないがそれ以上に信頼しあっている。二人の関係性は苗字が同じという事もあって夫婦と揶揄されることも多々あったのだ。
工藤太郎は県外にあるスポーツ名門校からの推薦も来ていてほぼ内定していたのだが、工藤珠希が零楼館高校に入学することを決めたことを受けて彼も零楼館高校を受験することとなった。
スポーツ分野でも名をはせている零楼館高校に工藤太郎が入学すること自体は何の違和感もないのだが、本来入学する予定であった高校関係者は落胆の声をあげていたのだ。だが、彼の出自も相まって彼の意志を否定する者は誰もいなかったのである。
二人が入学する零楼館高校には外に出ていない秘密があるのだ。
零楼館高校に通う生徒のみならず、教員職員運営者の多くがサキュバスでありそのサキュバスも一般的に知られているサキュバスと違い女性を対象とした変異種なのである。
かつては“秘密の花園”と呼ばれた零楼館女子高等学校もそういった意味を持っていたのだった。
ちなみに、工藤珠希は工藤太郎の事を好きなのだが、それは誰にも言えない秘密なのである。
この作品は「小説家になろう」「カクヨム」「ノベルアッププラス」「ノベルバ」「ノベルピア」にも掲載しております。
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。

貴族家三男の成り上がりライフ 生まれてすぐに人外認定された少年は異世界を満喫する
美原風香
ファンタジー
「残念ながらあなたはお亡くなりになりました」
御山聖夜はトラックに轢かれそうになった少女を助け、代わりに死んでしまう。しかし、聖夜の心の内の一言を聴いた女神から気に入られ、多くの能力を貰って異世界へ転生した。
ーけれども、彼は知らなかった。数多の神から愛された彼は生まれた時点で人外の能力を持っていたことを。表では貴族として、裏では神々の使徒として、異世界のヒエラルキーを駆け上っていく!これは生まれてすぐに人外認定された少年の最強に無双していく、そんなお話。
✳︎不定期更新です。
21/12/17 1巻発売!
22/05/25 2巻発売!
コミカライズ決定!
20/11/19 HOTランキング1位
ありがとうございます!

百合ランジェリーカフェにようこそ!
楠富 つかさ
青春
主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?
ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!!
※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。
表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。
後宮の胡蝶 ~皇帝陛下の秘密の妃~
菱沼あゆ
キャラ文芸
突然の譲位により、若き皇帝となった苑楊は封印されているはずの宮殿で女官らしき娘、洋蘭と出会う。
洋蘭はこの宮殿の牢に住む老人の世話をしているのだと言う。
天女のごとき外見と豊富な知識を持つ洋蘭に心惹かれはじめる苑楊だったが。
洋蘭はまったく思い通りにならないうえに、なにかが怪しい女だった――。
中華後宮ラブコメディ。
ニートの俺がサイボーグに改造されたと思ったら異世界転移させられたンゴwwwwwwwww
刺狼(しろ)
ファンタジー
ニートの主人公は一回50万の報酬を貰えるという治験に参加し、マッドサイエンティストの手によってサイボーグにされてしまう。
さらに、その彼に言われるがまま謎の少女へ自らの血を与えると、突然魔法陣が現れ……。
という感じの話です。
草生やしたりアニメ・ゲーム・特撮ネタなど扱います。フリーダムに書き連ねていきます。
小説の書き方あんまり分かってません。
表紙はフリー素材とカスタムキャスト様で作りました。暇つぶしになれば幸いです。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる