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二五 代償(2)
しおりを挟む二五 代償(2)
背後から聞こえた場違いな様相の声に、魁地は振り返った。すると、そこには寝起きでパジャマ姿のレジルがぬいぐるみを抱えて立っている。
サイズの合っていないパジャマの裾が手足を隠し、くしゃくしゃの金髪がアホ毛だらけになっている様は、むしろぬいぐるみが汚いお人形をくっつけていると言った方が正確に絵を想像できるだろう。
「なんだよ、お前。今起きてきたのかよ。ってか、お前ってここに住んでるのかよ?」
「うっさいし。寝込み襲われたら怖いけぇ、部屋の場所は教えられん」
「襲うか、お前みたいなぺったんこの幼女なんか。神かなんか知んねぇけどよ」
「……ぺったんこ」
霧生が胸に手を当て、固まっている。
「いや、私はあくまで普通ですから……」
「おい、なんで霧生が青褪めてんだよ。っていうか、レジル。お前エンバッシュ知ってんのかよ? っていうか、お前ザルバンのくせしてなんで蚊帳の外みたいな立ち位置張ってんだよ。いい加減入って来いよ」
「はぁっ? 所詮バイトでここに来てるレジーに、んなこと言われても知らんっちゃよ」
魁地は耳を疑った。……バイト?!
「おい待て。お前今、バイトって言ったか?」
「……いや、言っとらん」と白を切りつつ鳴らない口笛を吹くレジル。
「絶対今バイトって言っただろ。おい、バイトごときが神面してこんなとこにいんのかよ。ザルバンってアーティファクトのことなんだと思ってんだ」
魁地は憤慨する。相手がレジルではなおさらだ。いや、レジルだから、かもしれない。
「うっさい、ボケ。これでもレジーは研究者の端くれやにけ、貴様ができるようなコンビニのバイトとはレベルが違うっちゃよ。研究者向けのハローワークがあっての。そこで斡旋しとったのよ。ここの監視業務を」
「いやいや、まてよ、今ハローワークって言ったろ。それあんましフォローになってねぇから……ってか、まぁそんなことはいいや。いや、良くはないけど。とにかく、お前エンバッシュに心当たりがあるのかよ?」
「なくはないが」
「どんな情報だ?」
「いや、わずかな間やったけど、アイツとは以前研究所で一緒だったことがあるんやさ。奴は当時、転送アバターの武装化を研究しとった。どうも性格に難があってな。周囲の仲間がどんどん離れて、孤立した奴はその後、アングラの思想に取り憑かれたらしい。結局は研究所を出て行きよった」
武装化――そう言えば、エンバッシュは強力な爪のギミックを持っていた。
「アバターの武装化って、あいつの爪のことか?」
「そうじゃ。バスターウェアと違って、転送アバターはただの自己投影体。つまりザルバンがアーティファクトに入るための乗り物に過ぎんで、本来、攻撃用のアビリティーを持ち合わせておらんでな」
「じゃぁ、エンバッシュもバスターウェアみたいなもんなのかよ」
「全然ちゃうわ。転送アバターは、上位次元から自我を乗せた生体エネルギーを転送して動作させるオンライン型の正規プログラムっちゃね。だから、アーティファクトに対しても無害っちゃ。せやけど、バスターウェアはちごうとる。あれは、アーティファクトの虚弱性を逆手にとって、ヒト型オブジェクトの生成と消去を無限サイクル回して、バグアビリティーを持った個体をわざと生み出すっちゅう荒業で作るっちゃ。せやけぇ、アビリティーも偶然任せやし、サイクルには相当な時間が掛かる上に、存在そのものもあくまでバグやけぇ、アーティファクトにとっちゃぁ、てんで良い影響与えん。だから今では新規開発が規制されとる。直近で強力なバスターウェアを得ようとしたら、既存のもん漁るしかないっちゅうわけっちゃ。例えば古代に凍結されたもんっちゃな」
「ふぅ~ん。それでナニワのクマちゃんってわけか。ところで――」
プシューウゥゥゥ、ウィーーン。それは突然だった。
何度も聞いたその音が、再度背後から発せられた。
そして、魁地の声を掻き消すように、開いたセンターの扉を押し分けて、「ドクター! ドクター!!」という大声が室内に鳴り響いた。
「な、何事だよ?!」
足を引きずり、ひくひく泣きながら入ってきたのは山田だった。彼は華凛を抱きかかえている。
「華凛を、華凛を。ドクター、急いで救急処置をしてくれ!!!」
華凛の制服は真っ赤な血に塗れている。その量を考えると、怪我の度合いが普通ではないことは、魁地でも容易に想像できた。
「おいおい、一体何が起きたんだよ。華凛、大丈夫か?!」
魁地は肩を貸そうと彼女の脇に回ったが、それが適わないと理解し、そのまま凍りついた。彼女は痛みに耐え、硬く目を瞑っている。
そして、左腕で右腕をかばっている。
「か、華凛さん……その右腕……」信司はそう言って自分の左腕に巻かれたギプスをぎゅっと握る。
「華凛、どうしてこんなことに……」
結浜も、華凛の身に起きていることを理解して絶句する。山田がドクターに向かって伸ばしたその手には、華奢の右腕が握られていた。
「ドクター、早く、華凛を……」
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