欠陥だらけの彼は箱庭で救世主と呼ばれる【イラスト付き】

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二三 激突(2)

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二三 激突(2)



「まったく、本当に厄介な奴だよ、君ってバグは。それも徐々にバグのコントローラビリティーを上げている。デンジャラスだよ。非常にデンジャラスだ」

 踏み切りを背に、エンバッシュが何かを言っているが、電車の通過を知らせる警報音がそれを掻き消して魁地には聞き取れない。彼はゆっくりとエンバッシュに近付く。

「すまないが、何を言っているのか聞き取れねぇ。もう少し大きな声で言ってもらえねぇか?」
 魁地がエンバッシュの直ぐ前まで来ると、エンバッシュはニヤリと笑った。

「ベリーグッド。自ら死を選択したということかな?」
「いや、これは実験だ」

 エンバッシュには魁地が発した言葉の意味が分からなかった。だが、そんなことはどうでもいいと思い、彼はその爪を天にかざした。当然、魁地が何か企んでいることを見越し、いつでももう一方の爪を出せるよう構える。しかし、魁地はそれ以上進まず、微動だにしない。

「ベリーグッド。もし君がここから逃げ出したなら、プレゼントを用意しようと思っていたが、それも必要はないか。ここで消えていただこう。まぁ、俺一人で全てのバグズを相手にするのは酷だから、いずれにせよ、アイツは結浜のところに送り届けるがな」

 エンバッシュは魁地の首目掛けて爪を振り下ろす。この距離だったら確実にその頚椎を切り離すことができる。
 この爪を振り切れば、ようやくこの厄介事から開放される。エンバッシュはそう思った。

 すんっ……。

「っ?! ばかな――」
 しかし、その刃先は何故か魁地の首の手前を通り過ぎた。

 その理由をエンバッシュは理解できなかった。
 魁地は動いていない。彼と自分との距離が変わる要素はない。しかし、その距離は突然、大きく開かれた。魁地が何らかの方法で後方に移動したのか?

 ――ともエンバッシュは考えたが、彼は気付いた。後に飛ばされているのは自分の方だと。彼の体が何らかの力で押されている。もがいてもそれを止めることはできない。

「ゴァッ!」
 
 エンバッシュの体は遮断機をなぎ倒し、通過する電車の正面にぶち当たると、ドゴゴと激しい衝突音を鳴り響かせながら、急激なベクトル変化を受けて魁地の視界から消えた。

「ふぅ……やってみるもんだな」

 足元を見る。
 そこには、一箇所に固まった小石が積み重なっている。

 念力、テレキネシス――魁地がビルから落下したとき、落下転の直ぐ脇にあったダンボール廃棄物が突然スライドし、致命傷を避けられた。能力の発動は偶然だったが、そのとき彼は昔の自動車事故のことを思い出した。自分がどうやって助かったのかを。

 エンバッシュと話をしている間、足元の小石を移動させることには成功したが、エンバッシュ自体の重量を移動させられるかは未知数だった。

 魁地は踏切の先を眺めた。電車は浮遊モードを解除して接点走行に切り替わり、数百メートル先でけたたましい金属音を発しながら停止しようとしている。エンバッシュの姿は近くにはない。

「なんだこりゃ? ……これは、あいつのだな」

 踏み切りの折れた遮断機に真っ赤に染まったシャツの一部引っかかっている。エンバッシュが電車に衝突した際に引き裂かれて残ったものだ。魁地はそれを掴み取ると、ポケットから何かが落ちた。それはストラップのついた変哲ない小型端末だった。

「どうして、あいつがこんなものを?」
 電車は視界の奥深くで止まっている。おそらくエンバッシュはまた復活するだろう。とにかく彼は早くこの場から去ろうと、それを拾い上げ、プロメテウスに走った。


◆◇◆◇◆◇

 ――プロメテウス――

 魁地がプロメテウスに戻ると、そこには伏した数人の男と血まみれの信司、そして霧生の姿があった。霧生は破れたシャツを信司のジャケットで隠している。

「霧生、信司、大丈夫か? 血だらけじゃんか。怪我はねぇのか?!」
「私は大丈夫、です。危ないところでしたが、信司くんのおかげで助かりました。私のことより、信司くんの手当てが必要です」霧生は肌蹴たシャツを手で閉じ、顔を赤く染めてうつむきながら言った。

「いやぁ、はは。これくらい大丈夫ですよ。結局、こいつらほとんど砂菜さんがやっちゃったし」
 信司は照れくさそうにそう言った。

「信司、お前って大した奴だな。早く結浜のおっさんに手当てしてもらった方がいい。それに霧生、ここで何があったか分からねぇけど、お前体張って俺と戦ってくれてたんだろ。すまなかった」

 霧生は何も言わず、頷く。その表情には憔悴しきった様子が窺える。
 魁地は周囲に倒れている男たちを見た。今度はあまり冗談で済まされるダメージではなさそうだ。
 相当霧生と信司の逆鱗に触れたんだろう。また警察沙汰になるのは必死だ。

「よし、ここを出よう」
「……それより多綱くん。エンバッシュは?」
「あいつは……とりあえず電車に引かせて逃げ帰ってきた。あれで動けなくなってるといいけど、まぁそうもいかないかな。早くここを離れよう。警察や奴が来る前に」


◆◇◆◇◆◇

 踏切から数百メートル先で停車している電車。
 周囲には早々に駆けつけてきた警察がトレジャーハンターのように負傷者を探している。

 少し離れた茂みの影、そこで体のほとんどを砕かれたエンバッシュが身を潜め、ゆっくり体を修復している。
「くそっ、まさかあそこまで強力なテレキネシスを使いこなせるようになっていたとは……情報と違うぞ」

 ふぅっ、と一息吐き、エンバッシュは袖をまくって腕を出す。そこから突き出た爪は何本かが途中で折れている。皮膚の修復は容易いが、刃は時間がかかる。

「ちっ、今回は出直すことにするか……」

 エンバッシュはシャツのポケットに手を入れようとするが、電車の衝突で破れ、大半が失われていることに気付いた。
「くそっ、しまった。こっちの端末がないとあいつに接続できねぇのに」

 彼は次にパンツのポケットに手を入れる。そして配線のようなものが有機的に絡み合う色褪せた石のような球体を取り出した。
「まぁ、いいさ。こいつがあれば容易にシステムを再構築できる。それより、さすがにこの格好は目立ち過ぎるな……さて」

 彼はまだ近くをうろついている警官を見ると、そこに向かって歩き出した。

「やはり、予定通り次のプランを実行する必要があるな。あいつはもう、聖戦の破壊兵器、古代ウェアクラスでないと処理できない……フェルベアードのアドレスロックをこいつで解除して、高山から出直しだ」
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