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十九 堪忍袋
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十九 堪忍袋
――東京新宿区 歌舞伎町――
「ホント、ここは錆びれた街だよな」
東京都本島の新宿区歌舞伎町、ここは古めかしいビルが立ち並ぶ時代に取り残された街。環境問題でエネルギー法制限の適用された新宿は商業や産業から見放され、今や骨董品のような街並みを残す低所得層の貧困街だ。当時繁栄の象徴であった多くの商業ビルは廃ビルと化し、不法占拠するチーパー(最近では警視庁のストリートギャング対策の一環で彼らのことを安っぽくそう呼ぶ運動を展開中)で溢れている。
「今ではゴミとドラッグが溢れる無法地帯です。まずはBCOの発令された現場に行きましょう」
乱立する高層ビルの隙間は、太陽が真上に昇らない限り地面が光に照らされることはない。その路地裏は廃墟ビルの狭間が作り出すまるで密林のような暗鬱とした空気を漂わせている。その闇を抜けた突き当たりのビル。その地下に、事件の現場となった輸入雑貨屋がある。
「雑貨屋は表向きの体裁。実際はドラッグや違法薬物の集まる拠点だという情報です」
「あれ、なんだよ。面倒なところだな。敵は能力者だけじゃなさそうだぞ。ほら、見ろよ」
地下への入り口は関係者以外入れないよう、黄色と黒のストライプのテープが入り口に張り巡らされている。そして、その前に何人かのチーパーが文句を言いながらたむろしている。
「ったく、ざぁけんなよ。ここねぇと俺たちやっていけねぇじゃねぇかよ!」
彼らはドラッグを入手しようとここに来たが、警視庁の手が入って、封じられていることに腹を立てている。その内の一人が魁地らに気が付き、近付いて来る。
スキンヘッドの頭に蛇のタトゥーを入れ、いかにもという風貌。彼らに限らず、ここの人間は皆それに類する格好と容姿だ。むしろここでは自分たちが異質なんだと、魁地は理解した。
「おうおぅ、なんだなんだ? 珍しいお客様じゃねぇっすか」
スキンヘッドに続き、他のチーパーも集まってくる。魁地たちは七人のチーパーに囲まれた。
「うひょっ、なんだよ可愛い眼鏡っ子連れて。これから三人で楽しもうってか? 俺たちも加えてくれよ」
スキンヘッドが霧生の顎先に指を掛け、長く二股に分かれた舌で緑色の唇を舐めずる。
「へへっ、綺麗な肌だな。まるで向こうが透けるくらいに透明だよ。おれぁよ、こういう如何にも汚れを知りません、っちゅう女を汚すのが堪らなく好きなんだよ、ひょほほっ」
霧生はまるで動じず、冷静な目でスキンヘッドを見ている。
「ひゅぅ~っ。この不感症な目が何とも言えねぇ。どんな声で鳴くのかねぇ」
魁地は溜息をつき、やれやれと横で拳を握った。すると、突然信司がスキンヘッドの手を払いのけた。
「おい、蛇野郎。汚い手でこの人を触るな」
「……信司?」魁地は温厚そうな信司が所謂マジな目付きでチーパーに対峙する姿に驚いた。
スキンヘッドが裂けた広い口角を大きく歪ませ、ニヤニヤと笑う。そして他のチーパーもケラケラと笑いながら徐々に距離を詰めてくる。
「ひょほっ。おい、ボウヤ。こいつはお前の女か?」
信司は一瞬霧生の顔を見て顔を赤く染める。
「べ、別に、そういうわけじゃない、けど……とにかく、お前みたいな汚い奴が手を触れられるような人じゃないんだよ」
「お前、中坊か? ははぁ、このおねぇちゃんのこと好きなんだな? ん? キスとかしてみたいのかぁ?」
スキンヘッドが唇を突き出し、舌をベロベロと出し入れして信司をからかう。そして噴火する信司の顔。
「バ、バカなこと言う……」バキュッ!!!
信司は何が起きたか分からなかった。突然顎先に打ち込まれた激痛が脳天を突き、意識と異なる力で視界がぐるりと上に回る。そして重力がなくなった。突然顎を殴られた信司は、脳震盪を起こして膝から崩れ落ちた。
「信司くん!」
「なっ! 信司、大丈夫か?!」
魁地は地面に倒れこんだ信司を抱き抱える。彼の目は焦点が定まらず、意識が朦朧としている。魁地はスキンヘッドを睨みつけた。
「ってっめぇー、ざぁけんな!!」
その時、立ち上がろうとした魁地の肩を霧生が押さえる。
「待って、多綱くん。私にやらせて」
「えっ、でも霧生……」
霧生は魁地の返事も待たず、スキンヘッドの胸元へと躊躇なく入った。
「お願い、これ以上暴力は止めて。私なら好きにしていいです。何でも」
霧生がその抑揚のない表情からは想像が出来ないほど妖艶なしぐさでスキンヘッドに絡みつく。彼女は舐めるようにその手をスキンヘッドの体中を這わせていく。
「マジかよ。へへっ、こりゃ~、すげぇ」
「さ、砂菜さん……」倒れていた信司が目を覚ます。
「おい、信司、大丈夫か?」
信司がゆっくりと上半身を上げた。「あっ、イテテ」
信司の頭を支えていた魁地の手はべとりと血で濡れている。
「おい信司、血ぃ出てんじゃねぇかよ」信司は倒れて地面に頭を打ったときに裂傷を負っていた。
「大丈夫です……それくらい。それより砂菜さんは?」
「アイツは……もう、好き勝手やってんぞ」
信司は揺らめく焦点を必死で凝らし、辺りを見渡す。
「ぎょあぁぁ~!!!」
「なんだよ、体が勝手に! どうゆぅ~ことだよぉ~!!!」
霧生はスキンヘッドの体を操り人形のように操作し、本人どころか周囲の仲間ごと無言でボコボコにしている。状況を飲み込めない彼らは、誰が敵かも理解できず、右往左往して逃げ出す。
「……はは」信司と魁地は苦笑するしかない。
「傷はそこまで深くないようです。よかった」
霧生が信司の頭に包帯を巻く。
信司の目の前にある彼女の瞳は、笑顔とも真顔とも言えないまるでその閾値の前後を撫で回すような新しいカテゴリーを生み出している。彼は触れることのできないガラス越しの玻璃のようなその目に釘付けになった。
「どうしました?」
「……あ、いえ……僕、逆に助けられちゃって。迷惑だよね……ごめんなさい」そう言って彼は唇をきゅっと噛む。
「そうではありません。私たちは欠陥者です。お互いを必要としている。私にはあなたの力が必要です」
霧生はそう言って地下への階段を指差す。
「さぁ、行きましょう」
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