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十五 衝突
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十五 衝突
「ところで、真理望もバグズに入ったんだな」
ようやく誤解が解けたところで、三人は応接エリアでしばしの談笑にふけっている。結浜はさっきのごたごたで呆れかえり、先月分の事件報告書の提出期限が今日であることを思い出したと言って書斎に篭っている。時間になったら出てくると言っていたが、はたして戻ってくるのだろうか。
「ええ、まぁ面白そうだしね」
「いや、でも危険だぞ、お前は止めた方がいいんじゃねぇか?」
「何言ってんのよ。こういう類のは、逆に断ったら後で消されるものよ。選択肢なんてないのよ」
「ふぅ~ん。そんなもんかね。しかしおっさん、なんだか慌しそうだな」
「いつもあんな調子です」
魁地は「ふぅ~ん」と言いながらソファーにダイブし、体を沈める。 そして霧生に尋ねた。
「あのさ、霧生はいつからここにいるんだ?」
「私は中学生のときにわけあってドクターに引き取られました。私には身寄がないので、それ以来ずっと研究所の寮で暮らしながらバグズの仕事をしています」
「そっか。霧生、ずっと独りなんだな。俺も子供の頃に両親亡くして、今回ソラシマに移住するまでは祖父と暮らしていたから、周りの奴らとは『なんか違うな』感が半端なくあったな。結局、自暴自棄になって引き篭もってた。でもまぁ、俺には面倒見てくれる身寄りがあっただけましだったってことか」
霧生は首を横に振り、二人を見つめた。
「私の家族はここにいます。そして今は、多綱くんも、織里さんも……」
魁地は頬を真っ赤に染めた彼女の無垢な表情にあのときの妄想が重なり、ごくりと生唾を飲んだ。彼は心の中で『家族』という言葉を反芻したが、その意味をすぐには思い出せず、霧生に何と応えたら良いのか分からなかった。
するとその時、その静寂を断ち切るように機械音が響き渡り、入り口の扉が開いた。
「おっと、今度はなんだ?」
二つのシルエットが並び、ゆっくりとこちらに近付いてくる。
一人は小柄な男子で、『本島台場中学』のロゴの入った制服を着ている。そしてもう一人は霧生とトレーニングエリアに行くときに擦れ違った欧米風の大男だ。その歩き方が彼の横柄さを存分に伝えてくる。
まず、小柄な方が魁地に手を伸ばしてきた。彼は屈託のない笑顔を彼に向ける。
「あなたが多綱さんですね。お話はドクターから伺っています。僕は蔵門信司(くらかどしんじ)と言います。信司と呼んでください。このとおり、本島台場中学に通っている中学三年生です。じつは僕もここに来てから一年弱程度の新人なんです。判らないことは一緒に学んでいきましょう。宜しくお願いします」
魁地は思いがけず丁寧で礼儀正しい中学生に緊張を覚え、手を上着で擦ってから握手を交わした。
「……?」彼の愛想の良さとは裏腹に、意外にも、その手からは温もりをあまり感じることはなかった。最後の何かが見えないような、まるで霧生と接しているときに感じるそれに近い印象を受けた。
「あ、ああ、宜しくね。俺、多綱魁地っす」
流れの中で、魁地は大男にも手を伸ばした。『変に人間関係を深めないコツは、そこそこ関わっておくこと』魁地はこれまでの経験で、そのメソッドを確立していた。下手に拒絶しては、新たなイベントを生みかねない。
「先日はども、多綱っす」
しかし、その大男は腕をがっしり組んだまま解こうとしない。明らかに見下した彼の表情に、魁地は嫌悪感を覚えた。そして、どうやら、魁地の悪い癖が出た。彼からはすでに、さっきのメソッドが流れ落ちている。
「あれっ? この人、ひょっとして日本語通じない人? ドゥーユーアンダースターン?」
魁地は笑わず笑顔を作り、彼に向かって両手を広げて『お手上げ』のポーズをつくる。
「ね、ねぇ、山田さん。多綱さんはこれから同じチームの一員になる人だし、そんな態度は良くないと思うけど……」
信司がそう言うと、魁地は、彼の言葉に食いついた。
「え、ヤマダ? ちょっとまって、この人、山田っての? おいおい、嘘だろ?! この面で日本人代表みたいな地味な名前なのかよ!」
魁地は腹をよじってひぃひぃと笑い出す。
「あ……は、はい、彼はフォルクハルト山田さんです。ドイツ人とのハーフで」ドガッ!
突然響いた重い音。それは山田の大きな足が信司の背中を蹴り飛ばした音だった。その体格の差が生み出す運動エネルギーは信司を軽々と宙に飛ばし、彼は蛙のようになって床に落ちた。
「てめぇ、余計なことリークしてんじゃねぇぞ!」
「うぐぇ、ごほっごほっ。ご、ごめん……僕はただ、多綱さんとは仲良くなった方がいいと思って……ごほごほ」
今の蹴りは冗談で済ますには少し無理がある。山田の行為は、すでにベクトルが悪しき方向に傾いている魁地の逆鱗に、容易く触れた。
「野郎!」魁地が一歩踏み出す。すると、後ろから霧生が彼の手を取り、引き止めた。
「多綱くん、ここは抑えてください。それに山田くん、今は無意味に争っている暇はないはずです」
しかし、魁地は彼女の肩を掴んで押しのけた。
「そういうわけにはいかねぇよ。チームメンバーか何か知らねぇけどよ。こんな奴と一緒に何かできるわけねぇだろが」
山田が魁地の目の前に立ちふさがる。頭一つ分の身長差で、魁地は大きく見上げる形になる。
「おい、多綱とか言ったな。調子にのってんじゃねぇぞ。お前なんていなくても俺たちは充分やっていけてんだよ」
「おもしれぇ。山田くんよ、やってやろうじゃねぇの」
本来ならバグズの拠点として任務遂行の司令塔となるこの管制室で、今、魁地は山田と対峙している。お互い、目に映るその対象物を仲間とは認識していない。
魁地は両手で手刀を作って顔の正面と脇腹に置き、空手の後屈立ちのように構えた。それはネットの格闘ゲームで魁地が愛用しているキャラの構えだ。それを見た山田はくすりと笑い、両手の拳を握って頬と顔の正面に構え、ボクシングスタイルでステップしながら魁地の様子を窺う。
「なんだ? その変な構えは」
「知らない? キャップコンファイティングってゲームのセイケン先生だよ。俺のお気に入り。そっちが来ないなら、こっちから行くよ。や・ま・だ・くん」
「何がゲームだ。これは戦争だ。なめんな勘違い野郎!」山田がそう言いながら素早いジャブを細かく繰り出し、巧みなステップで魁地を追い込む。
魁地は伸ばした右手の帆立構えでそのジャブを裁き、足をスライドさせて素早くスイッチを繰り返す独特の運びで山田を揺さぶって徐々に間合いを詰めていく。
数秒先の見える魁地にとっては、構えや術技など形だけで、ゲームで培った反射とタイミングがあれば喧嘩など容易い。しかも、今はオペアの強靭なパワーで、不足していた筋力面もカバーできている。
「ちっ、変な動きで逃げやがって!」
山田は魁地に幾度となくジャブやストレートを繰り出す。が、左右に揺さぶる魁地の動きを捉えきれず、腕が徐々に大振りになっていく。一瞬ガードが開いた魁地の横顔に右フックを押し込む。しかし、上体を一気に下げた魁地に拳をかわされ、山田は勢い余って重心を崩す。
魁地はそれを見逃さない。ローキックで軸足の膝を蹴り上げて山田の支えを奪うと、流れで繰り出した魁地の右後ろ回し蹴りがよろめく山田の腹を捉える。
ドグゥオッ!!
重く響いたその音は、山田の分厚い筋肉を押し退けて衝撃が内蔵に達したことを意味する。
「ぐっはぁ……!」
山田の大きな体がドサンと地面に沈む。彼はレバーを蹴られた衝撃で体の制御を失い、冷や汗を垂らしながらうめいている。
「地面の味はどうだい? 山田くんよ。こっち、ネットの格ゲー界では神と呼ばれる男だぜ。経験値が違うって話」
魁地は山田を上から見下ろし、どんなもんだと言わんばかりに霧生に目配せした。
霧生はそんな魁地を見て溜息をつく――彼は、何も分かってはいない。
「山田くんを怒らせると厄介です。正直言って、多綱くん一人では彼に敵いません」
「はっ? 霧生、何言ってんだよ。このとおり俺の方が奴より上だろ」
山田がゆっくりと立ち上がった。魁地はそれを見て、何だか違和感を覚えた。立ち上がるときの重心の移動が一見不自然に感じたからだ。
山田は汚れた服を叩きながら霧生を睨んだ。
「おい、霧生。お前の玩具、ちょっと壊れちまうかもしんねぇけど、我慢しな」
「何言ってやがる。何度やっても同じ……?!」
魁地は目を疑った。彼の目線は山田を捉えているはずなのに、見る見るそれが中空へと上がっていく。それは常識的にはあり得ない光景だ。
「うそだろ。こいつ……飛べるのか?!」
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