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十一 再起動

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十一 再起動


 ――飛騨高山 両面窟 最奥端の祭壇――


 暗闇の中に瞬く鋭い閃光。その光が直線を描くたび、鳴り響く地響きと共に両断された鍾乳石が次々に落下していく。あたかもカメラのフラッシュのように、一瞬の光は闇の中に大きな人影を映す。まるで夜を人型にくり貫いたような漆黒の影は、頭部に浮かぶ二つの赤い眼光を一層強調し、不気味な様相を呈している。

 一瞬の隙、瞬時にそいつの首元に極太の直刀を突きつける。しかし、その先端が影に触れる寸前、またも放たれた眩い光と共に、直刀はまるで割り箸のように脆弱に裂け、弾き飛んだ。二つの手で握り締められた刀の刃先は、三分の一程しか残っていない。

 どんな攻撃も無意味。これは、他の術などないことを明瞭に示していた。彼は刀を持たない残り二本の手で光り輝く数珠を握り締めた。次の瞬間、辺りは暗闇に包まれた。

 ……永遠とも思える静寂。
 しかし、よく耳を澄ますと鍾乳石の先端から垂れ落ちる滴の音がまるでオルゴールの音色のように響いている。だが、その旋律もは彼らの間には響かない。それ以外何も動きのない時間の止まった無が、ただそこに広がっている。途中、瞼を透かして見る日中の太陽のようにうっすらと光が照らしたかと思えば、それもすぐに闇へと戻った。そして、また永遠の静寂に包まれる。まるで、終わる気配のないその虚無感に、彼女は吐き気を覚えた。が、しかし、その沈黙は突然崩された。

 その結界が、あたかも蜘蛛の糸のように、何かの進入を感じ取った。その信号は五感の類に変換され、彼女に伝わる。
 何かが近付いてくる。まずい、そう思ったとき、蜘蛛の糸の一部が解け、彼の半分が息を吹き返した。そして、彼は瞼をゆっくりと開いた。すると、そこには同じく目を開いた古代の戦士が立っていた。


◆◇◆◇◆◇

 ――徐々に感覚が現実へと引き戻される。
 洞窟内は常に冷気を保っているが、草野原の額からは汗が滴っている。そして、流れ落ちるその汗を掻き分けるように、彼女はゆっくりとその目を開いた。

「……っい、今のは、難波根子武振熊(なにわねこたけふるくま)。……まずいわ」
 汗から熱が奪われ、寒気がした。身震いした彼女は、ジャケットを羽織って水元を探した。


 水元は建造物の内部を覗き見ている。
 格子の隙間から漏れ出す光。水元の発光球が徐々に光を増し、閉じられた祭壇の内側を光で満たす。影は色を取り戻し、その輪郭を明瞭に描いた。そこにあるのは、仁王立ちした甲冑姿のミイラだった。

「なんてこった……おい、草野原! こっちにもう一体あるぞ!」
「なんですって?! 水元、そこから離れて、嫌な予感がするわ!」
「これがクマちゃん……なのか?」

 水元はもっとよく中をみようと、格子に手を掛けた。すると、その扉はあっけなく動いた。彼は格子に撒きついている数珠のようなものの一部がぶらりと垂れているのを見つけた。

「これは……まずいんじゃねぇか……お、おい、なんだ?」

 一瞬、全ての影を消し去るような眩い光が洞窟内を満たした。驚いた草野原は咄嗟に手で顔を塞いだが、瞑った目蓋の裏には光の残像が転写され、痛みさえ感じる気がした。そして恐怖を刺激するような音がその耳を突く。

 それは水元の悲痛な叫び声に他ならない。草野原は痛む目を抉じ開け、声のする祭壇の方を見た。次の瞬間、爆発的な突風が祭壇内部から吹き出し、扉が紙屑のように宙を舞った。それと同時に、何かが弾き飛ばされた。

 水元だ。彼は空中でジタバタともがく。そして天井の鍾乳石に衝突し、草野原の目の前に落下した。驚きのあまり、草野原はただ彼を見つめる。

「ひぃぃ、た、助けてくれぇ!」
 水元は泣き叫びながら、地面を芋虫のように這う。彼の右腕が鋭利な何かに切り落とされ、きれいな断面を剥き出しにして血の噴水を作っている。

「み、水元! どうしたのよ!!」

 水元は草野原のことが見えていないのか、祭壇の方を見たままそこから離れようともがいている。
「ア、アイツが、アイツが来る!」

 その時、草野原は何か別の気配を感じた。恐怖で軋む首を回してゆっくりと祭壇に目を向ける。人影。それはあたかも獲物にゆっくりと忍び寄る獅子のように迫り来る。

「ま、まさか……」
 甲冑をまとうその男の顔は、乾いた皮膚が頭骸骨の表面に薄く残っているだけで、生きた人間のものではない。露出した骨格には配線のようなものが絡んでいる。そして、剥き出しの目はガラス球のように艶やかでクルクル動き回り、水元と草野原を行き来している。それが異常なまでの違和感を発し、彼女の恐怖を一層掻き立てた。

 甲冑の男は泣き叫ぶ水元の右足を片手で掴み、簡単に宙に持ち上げた。水元は七面鳥のようにその手の下で力なくぶら下がり、虫のようにもがいている。そして男はもう一方の腕を宙にかざすと、その手から煌々と輝く直刀状の閃光を作り出した。
 男はその閃光刀を水元に向けて軽く真横に振る。すると、彼の胴体は何の抵抗もなく二つに分離し、鈍い音をたてて地面に落ちた。

「そんな……」草野原はその光景を前に絶句した。体が硬直して動かない。

 腰が抜けた草野原は、震える足をバタつかせ、這い蹲るようにその場から逃げた。

 彼女は必死に洞窟の入り口へと向かった。そして、ようやく外の光が間近に迫ったとき、突然踏み込んだ足に力が入らず前のめりになって転倒した。

 焦った彼女は両腕で体を起こし、足を踏ん張って走り出そうとする。
 しかし、体はバランスを崩してすぐにまた転び、それを何度も繰り返す。状況が飲み込めない彼女は突っ伏したまま自分の足元を見て、そこでようやく気が付いた。

 そこにあるのは脛の半分から下が失われている左足だった。

 ゆっくりと迫る甲冑男の姿。彼女は壁面に両手を当てて片足で跳ねながら入り口を出て、鉄骨階段の手摺に掴まる。そして振り返ると、甲冑男は眩い太陽光を受け、目の前に立っている。

 これ以上は逃げ切れない――そう覚悟した草野原はそこで静止し、木々の隙間から射す光の眩しさを堪えて甲冑男を正面から睨みつけた。死を悟った彼女は、不思議と恐怖が消失して冷静にその男を見ていた。

「難波根子武振熊(なにわねこたけふるくま)……なの?」

 男は外の光に慣れないのか、手で眼窩に影を作りながら、その中の目をキョロキョロさせている。ミイラともサイボーグとも言い難い様相。

 彼は何かに目をつけると徐に草野原に近付き、手を伸ばした。そして彼女の右胸を鷲掴みにする。草野原は猛烈な違和感と混乱の中、もう最期かと目を瞑る。だが、次に彼女が感じたのはジャケットの胸ポケットから何かが抜かれた感覚だった。
 そして、彼女はゆっくりと目を開いた。
 外に出てから少し経ち、瞳孔は適正に収縮して眩しさを感じることもなく非現実的な男の姿をよく見ることができた。その手には、彼女の情報端末が握られている。

 男が端末を指で撫でると、光学立体モニターが起動して中空にホログラムパネルが浮かび上がった。
 そして、ネットワークアイコンを弾いて次々に情報を出力していく。男はさらに、その手を中空のパネルにかざして握り締めた。すると、途端に端末の動作が暴走状態となり、膨大な情報が止め処なく流れ出ていく。それはまるで、情報を掃除機で吸い取っているかのように、草野原には見えた。

「……ま、こんなもんか。ところでお前、俺のことを知っているようだな」

 男が始めて言葉を発した。低い重圧のある声だが、発音は軽快で現代人のそれと何の代わりもなく、違和感はない――ということに草野原はむしろ違和感を感じた。

「や、やっぱり、あなたが難波根子武振熊ね」
「そう呼ぶ人間はいた。ところで、俺の言語はこの時代の言葉に対して相違はないか?」
「え、ええ……充分、通じているわ」
「ふむ、正常に更新できたようだな」

 草野原は目の前のそれに複雑な感情を抱いた。今、自分を殺そうとしているそれは、考古学的遺物『神の兵器』と呼ばれる者。今では失われた神話の世界。古代のバスターウェアだ。その兵器が今、彼女の目の前にある。

 バスターウェアの復活を阻止すること――彼女は結浜からの指令を達成することができなかった。しかし、目の前の生きた遺物は考古学的な興味を尽きさせない。少なくとも、彼は言語による意思の疎通が可能だ。何か情報を得られるかもしれない。まず、彼の目的はなんなのか。

「あなたの目的は? プログラムの終了条件は何なの?」

 波根子武振熊は朽ちた唇を片方吊り上げ、ニヤリと笑った。

「ああ、俺の目的ってのは磐境周辺の人間を皆殺しにすることだよ。だから当然、お前もな」

 突然、彼が右手をかざし、光を放った。そしてその右手を躊躇なく草野原に向かって振り下ろす。それは一瞬で終わった。彼女は死の恐怖さえ感じる余裕はなかった。

 閃光刀は彼女の左肩を階段の手摺ごと通過し、岩壁に固定されていた支柱も切断した。支えを失った鉄骨の階段はバランスを失い、草野原と共に岩壁を落下していった。


 彼は草野原が転がり落ちていった岩壁をじっと見つめている。完全に彼女の姿がないことを確認すると、ゆっくりと振り返った。すると、元来た洞窟の入り口にもたれかかる人影を見つけた。

「調子はいかがかな?」影の男が波根子武振熊に話しかけた。

「まぁ、悪くはない。多少の時差ボケはあるがな。キサマの目的は分からんが、結界から開放してもらった以上、話を聞く余地はあるだろう」
「それはよかった。世界の変革に、是非とも協力をいただきたい」
「それは構わんが、一つ問題がある。俺はアドレスロックによって磐境周辺からは出られない。まずは書き換えのための通信モジュールを入手しろ」

「まぁ、当てはある。俺に任せてくれ、難波根子武振熊。いや、プログラムコード『フェルベアード』よ」
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