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第四章 魔女の結末、狼の結末
4-6.母の想い
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──炎揺れる街を走る母。やがて彼女は霧の森へと逃げ惑い、『どうかネーベルを幸せにして欲しい』と亡き祖母ドルテに告げ、命を落とした。
まるで割れた鏡の中のよう。断片的な記憶はいくつも浮かび上がる。
幸せそうに赤ん坊を抱く母と、その傍らで母を優しい瞳で見つめる父と思しき男。
遠くに朝霧の立ち込める広がる森を見て「この子の名を決めた」と笑む母。そうして、全てを包む美しき霧──ネーベルと自分は名付けられた。
この記憶を忘れようとしたのは、母の凄惨な結末を思い出さない為だった。神秘の加護──白き地獄の巫女の血を受け継いだ事を忘れるためだった。
そう、こんな心的外傷を与えた母や亡国を恨まない為だった。
全てを思い出したネーベルは無の空間に居た。一寸先も見えない程に真っ暗だった。
ここはどこだろう、まだ何か思い出せない事でもあるのか──。ネーベルがそう思った時、自分の目の前に白い光がふわふわと漂ってきた。
やがてそれは人の姿を形成する。そこに現れたのは、鏡で見た自分と瓜二つ。
自分と同じ苺金髪を高く結い上げ、森を思わせる深い緑のドレスを纏った女が姿を現した。見覚えがある──否や、ありすぎる。それは間違い無く、恐ろしい幻視の登場人物。自分の母だったのだから……。
「ネーベル。とっても大きくなったわね。美しくなったわ」
母はふわりと頬を綻ばせて笑み──近寄るなり、大事そうにネーベルを抱き寄せた。
「お母様?」
ネーベルは、おずおずと口を開く。
「ええ、そうよ。貴女の事を、ずっと見守ってきたわ。そして私の思いが、貴女を苦しめてしまった事を詫びないといけないと思って……」
母はアイスブルーの瞳を細めて物憂げに言った。しかし、ネーベルは直ぐに首を振る。
「……違うわ。あれは、私が勝手に見て勝手に封じてこうなっただけよ」
「それでも、貴女を独り残してしまったわ。とても苦しめてしまった」
「別にそんな事無いわ。お祖母様がいて、クレメンス様がいて……そしてラルフに出逢えた。私は幸せよ」
思いの全てを告げると、母は心底愛おしげにネーベルの頬を撫でる。それがこそばゆくて仕方ない。思わず苦笑いを溢してしまうと、母はネーベルの鼻の先を摘まんで悪戯気な笑みを溢す。
「そう。嘘じゃない? 本当に幸せかしら?」
「嘘は言わないわ。私はとても幸せよ」
神秘の力を生まれ持った所為で……しかし、そのお陰で霧の魔女として、こうして生きてきた事。『幸せになれ』と無責任な呪いを残して死んだ母を恨んだ事。しかし、魔女の自分は異端と蔑まれて生きていた事。ありのままを告げると母は涙を溢して謝った。それは何度も何度も……。
「本当にごめんなさい……」
「いいのよ。分かているわ。私ももう子供じゃないの。全部向き合えるわ」
そう言って、ネーベルは母の肩を掴んで向き合った。
やや俯いていたので、すぐに自分の身体の変化が分かった。毛先から髪色がサッと白に染まり始めたのだ。
呪いが始まった。そう悟るのは直ぐで、焦ったネーベルは自分の髪を掴んで悲鳴を上げる。このままでは命が燃え尽きてしまうのではないか。幻視の世界に閉じ込められてしまうのではないかと。焦燥が込み上げ、ネーベルは慄きつつ母を睨む。
これは母の所為か──そう思ったものだが、母はネーベルを見てふんわりと優しく笑む。
「……心配しないで。私達先祖白き地獄の民は、元々雪のような白金髪と伝え聞くわ。きっと、巫女としての神秘の加護が開花した証拠。きっと大丈夫。ほらネーベル、お行きなさい。愛する人が待っているのでしょう?」
母はもう一度ネーベルを抱き締めて柔らかく笑む。それから、「私も行くべき場所に行く」と、告げるなり、母はスッと霧のように消え去った。
ネーベルがゆっくり瞼を持ち上げると、見知らぬ天井が映る。それに寝ている場所はふかふかと暖かく、どこか夏の日だまりに似た似た香りがする。
嗅いだことのある匂いだ。果たして……しかし、それがラルフの匂いだと悟ったネーベルはハッと身体を起こし上げた。
眠っていた場所は、天蓋のついた立派なベッドだった。ふと辺りを見渡すと、ソファにローテーブルと最低限の調度品だけが設置されている。閑散とした広い部屋──そこまで遠くない昔に見た事がある。ラルフの部屋だ。ネーベルは辺りを頻りに見渡すが、誰も居ない。
(で、どうなったんだろう……確か、私)
ネーベルは枕に背を預け、黙考した。
──死刑執行を止められた。茶番だと。そして、クレメンスに亡国の王女と言われ幻視に誘われ、死した母と邂逅した。そして髪は霧の如く真っ白に染まり……。
全てを思い出したネーベルは緩く波を打つ自分の髪を見る。
苺金髪だった筈の部分も今では真っ白に染まっているではないか……。ネーベルは慌てて跳ね起き、鏡を探す。
存外鏡が見つかるのは直ぐだった。ネーベルは姿見で己の姿と対面して、唖然としてしまった。
苺金髪の髪に一房の白髪……だった筈だが、今では全てが霧の如く真っ白だ。
おまけに、自分の装いは黒のローブとドレスではなく、真っ白なサテン生地にレースをふんだんにあしらった可愛らしい夜着だ。それに数日も湯浴みをしていなかった筈なのに、身体だって妙にさっぱりとしていて、薔薇の甘い香りが自分の身体から漂っている。
「え、どういう……事。し、白?」
まるで魔法にかけられたよう。ガラリと変わってしまった自分の姿に、ネーベルは慌てふためき、唇をパクパクと動かす。
「え、え……ぇええ……?」
いや、顔は間違いなく自分だが。ネーベルは、鏡の前で自分の頬を触って訝しげにしていた矢先だった。背後で部屋の扉が開く音がした。振り返るとそこには、ラルフとクレメンスが姿がある。
「おお、起きたか。よく寝れたか?」
何事も無かったかのようにしれっとした口ぶりでラルフは言う。また、クレメンスもニコニコとした優しい笑みを向けているだけで……。
「わ、私。公開処刑で街の広場に居た筈じゃ……」
「幻視見て倒れたんだよ。で、王都の方の判事から無罪が下って、お前もベルタも釈放された。そいで、ここは俺の部屋」
随分と簡略的に分かりやすくラルフは今までの経緯を答える。そして『良かった』と言うなりネーベルをきつく抱き寄せた。
「このオッサン、無茶させるよな? 大丈夫か? 倒れて暫くしたらお前髪の毛真っ白になっちまったし」
そう言われて、ネーベルは彼を見上げる。
「私の髪、変?」
不安になって思わず訊けば、ラルフはククと喉を鳴らして笑みを溢す。
「いや。似合ってる。綺麗だ」
それも真っ直ぐに見据えて言われたものだから、妙に恥ずかしくなってきた。それでも、似合っているのならば。綺麗ならば良い。ほんの少し安堵すると『可愛い』なんて言って、ラルフは頬や額にキスの雨を降らせた。
それがこそばゆいとは思うが……クレメンスの前だ。恥ずかしいし、気まずくて仕方ない。恐る恐るクレメンスに目をやるが、彼は別に気にしていないようで、微笑ましげに自分達を眺めている。
しかし、色々と不審だ。キスの雨が止んだ所でネーベルは訝しげにラルフを見上げた。
「ラルフ、大丈夫なの?」
「何がだ?」
あっけらかんとした彼に、沢での怪我の事を訊くと彼は「あ~」と懐かしむように言う。
「ああ。そりゃ矢をあんだけ喰らったしな。未だそこらじゅう痛いが……王宮専属魔道士のオッサンが助けてくれたし」
しれっと言ってラルフはクレメンスに目をやった。すると、クレメンスは咳払いを一つした後、眉間に皺を寄せて唇を開く。
「王都に戻る最中、アロイス様が急逝が直ぐに届き、不吉な予感を覚えたんです。そうしたら驚きですよ。友人の死刑執行人が、ミステルに向かっているのですから。何やら、近いうちにミステルで処刑を執り行うだの言うんですもの。更に話を聞くと、貴女の処刑だなんて聞かされたもので。間違い無く冤罪と思いました。……それで、執行人には王都に戻って頂き、急ぎヴァレンウルムの王宮騎士団に要請して貰う事を頼んで貰いました。そして僕は慌ててミステルに踵を返した訳で……」
クレメンスは森に向かってネーベルを探し回っていたところ、沢で倒れていたラルフを見つけたそう。そうして、彼の手当てをしていた時にルーカスの生存の事を聞き、合流した騎士団と城に向かって使用人達を捕らえたのだと説明した。そして最後に、クレメンスはジト……とした視線をラルフに送り「オッサンは止めてください」とピシャリと言う。
「事実だろ?」
何ら悪びれた様子も無くラルフは言うが、「でも、ありがとな」と続けて言うと、クレメンスはやれやれと首を振って吐息をつく。
全て聞くと、クレメンス無しでは冤罪を拭う事は出来なかっただろうと思った。そう思うと、感謝してもしきれぬもので、ネーベルは深々と頭を垂れるが、クレメンスは直ぐに頭を上げるように言った。
しかし、どうして自らかけた呪いが解けると彼が思ったのか。ネーベルはクレメンスに問うと、全て〝異端撤回〟の為だと彼は答えた。
「完全に賭けでしたけどね。ですが、沢に投げ出された貴女の本を見て改めて思ったのですよ。貴女は、白き地獄の巫女の力を引き継いだのです。呪いは断ち切る事も出来るだろうと僕は思いました」
──神秘の加護を持つだけでやる事が違うだけで呼び名が違う。元々は魔女も巫女も同じ。恐らく聖女だって同等で……。そう付け添えて、クレメンスはローブの懐から臙脂色の本をネーベルに手渡した。
沢に投げ出したものを拾ってきたのだろうか。手に取ると、やはり表紙は土で汚れているが、中身は水にも濡れておらず無事だった。それに、ページをめくると、ラルフの手紙もしっかりと挟まっている。ネーベルは嬉しさが込み上げて、大切に包み込むように本を抱きしめる。
「……偶然にも程がありますが、その本は貴女の祖国、エスピリア王国に入った星の巫女の話を元に物語が構築されているのですよ。きっと先祖に守られたのですね」
……運命ですよ。と、優しく言って。クレメンスはネーベルとラルフを交互に見た。
まるで割れた鏡の中のよう。断片的な記憶はいくつも浮かび上がる。
幸せそうに赤ん坊を抱く母と、その傍らで母を優しい瞳で見つめる父と思しき男。
遠くに朝霧の立ち込める広がる森を見て「この子の名を決めた」と笑む母。そうして、全てを包む美しき霧──ネーベルと自分は名付けられた。
この記憶を忘れようとしたのは、母の凄惨な結末を思い出さない為だった。神秘の加護──白き地獄の巫女の血を受け継いだ事を忘れるためだった。
そう、こんな心的外傷を与えた母や亡国を恨まない為だった。
全てを思い出したネーベルは無の空間に居た。一寸先も見えない程に真っ暗だった。
ここはどこだろう、まだ何か思い出せない事でもあるのか──。ネーベルがそう思った時、自分の目の前に白い光がふわふわと漂ってきた。
やがてそれは人の姿を形成する。そこに現れたのは、鏡で見た自分と瓜二つ。
自分と同じ苺金髪を高く結い上げ、森を思わせる深い緑のドレスを纏った女が姿を現した。見覚えがある──否や、ありすぎる。それは間違い無く、恐ろしい幻視の登場人物。自分の母だったのだから……。
「ネーベル。とっても大きくなったわね。美しくなったわ」
母はふわりと頬を綻ばせて笑み──近寄るなり、大事そうにネーベルを抱き寄せた。
「お母様?」
ネーベルは、おずおずと口を開く。
「ええ、そうよ。貴女の事を、ずっと見守ってきたわ。そして私の思いが、貴女を苦しめてしまった事を詫びないといけないと思って……」
母はアイスブルーの瞳を細めて物憂げに言った。しかし、ネーベルは直ぐに首を振る。
「……違うわ。あれは、私が勝手に見て勝手に封じてこうなっただけよ」
「それでも、貴女を独り残してしまったわ。とても苦しめてしまった」
「別にそんな事無いわ。お祖母様がいて、クレメンス様がいて……そしてラルフに出逢えた。私は幸せよ」
思いの全てを告げると、母は心底愛おしげにネーベルの頬を撫でる。それがこそばゆくて仕方ない。思わず苦笑いを溢してしまうと、母はネーベルの鼻の先を摘まんで悪戯気な笑みを溢す。
「そう。嘘じゃない? 本当に幸せかしら?」
「嘘は言わないわ。私はとても幸せよ」
神秘の力を生まれ持った所為で……しかし、そのお陰で霧の魔女として、こうして生きてきた事。『幸せになれ』と無責任な呪いを残して死んだ母を恨んだ事。しかし、魔女の自分は異端と蔑まれて生きていた事。ありのままを告げると母は涙を溢して謝った。それは何度も何度も……。
「本当にごめんなさい……」
「いいのよ。分かているわ。私ももう子供じゃないの。全部向き合えるわ」
そう言って、ネーベルは母の肩を掴んで向き合った。
やや俯いていたので、すぐに自分の身体の変化が分かった。毛先から髪色がサッと白に染まり始めたのだ。
呪いが始まった。そう悟るのは直ぐで、焦ったネーベルは自分の髪を掴んで悲鳴を上げる。このままでは命が燃え尽きてしまうのではないか。幻視の世界に閉じ込められてしまうのではないかと。焦燥が込み上げ、ネーベルは慄きつつ母を睨む。
これは母の所為か──そう思ったものだが、母はネーベルを見てふんわりと優しく笑む。
「……心配しないで。私達先祖白き地獄の民は、元々雪のような白金髪と伝え聞くわ。きっと、巫女としての神秘の加護が開花した証拠。きっと大丈夫。ほらネーベル、お行きなさい。愛する人が待っているのでしょう?」
母はもう一度ネーベルを抱き締めて柔らかく笑む。それから、「私も行くべき場所に行く」と、告げるなり、母はスッと霧のように消え去った。
ネーベルがゆっくり瞼を持ち上げると、見知らぬ天井が映る。それに寝ている場所はふかふかと暖かく、どこか夏の日だまりに似た似た香りがする。
嗅いだことのある匂いだ。果たして……しかし、それがラルフの匂いだと悟ったネーベルはハッと身体を起こし上げた。
眠っていた場所は、天蓋のついた立派なベッドだった。ふと辺りを見渡すと、ソファにローテーブルと最低限の調度品だけが設置されている。閑散とした広い部屋──そこまで遠くない昔に見た事がある。ラルフの部屋だ。ネーベルは辺りを頻りに見渡すが、誰も居ない。
(で、どうなったんだろう……確か、私)
ネーベルは枕に背を預け、黙考した。
──死刑執行を止められた。茶番だと。そして、クレメンスに亡国の王女と言われ幻視に誘われ、死した母と邂逅した。そして髪は霧の如く真っ白に染まり……。
全てを思い出したネーベルは緩く波を打つ自分の髪を見る。
苺金髪だった筈の部分も今では真っ白に染まっているではないか……。ネーベルは慌てて跳ね起き、鏡を探す。
存外鏡が見つかるのは直ぐだった。ネーベルは姿見で己の姿と対面して、唖然としてしまった。
苺金髪の髪に一房の白髪……だった筈だが、今では全てが霧の如く真っ白だ。
おまけに、自分の装いは黒のローブとドレスではなく、真っ白なサテン生地にレースをふんだんにあしらった可愛らしい夜着だ。それに数日も湯浴みをしていなかった筈なのに、身体だって妙にさっぱりとしていて、薔薇の甘い香りが自分の身体から漂っている。
「え、どういう……事。し、白?」
まるで魔法にかけられたよう。ガラリと変わってしまった自分の姿に、ネーベルは慌てふためき、唇をパクパクと動かす。
「え、え……ぇええ……?」
いや、顔は間違いなく自分だが。ネーベルは、鏡の前で自分の頬を触って訝しげにしていた矢先だった。背後で部屋の扉が開く音がした。振り返るとそこには、ラルフとクレメンスが姿がある。
「おお、起きたか。よく寝れたか?」
何事も無かったかのようにしれっとした口ぶりでラルフは言う。また、クレメンスもニコニコとした優しい笑みを向けているだけで……。
「わ、私。公開処刑で街の広場に居た筈じゃ……」
「幻視見て倒れたんだよ。で、王都の方の判事から無罪が下って、お前もベルタも釈放された。そいで、ここは俺の部屋」
随分と簡略的に分かりやすくラルフは今までの経緯を答える。そして『良かった』と言うなりネーベルをきつく抱き寄せた。
「このオッサン、無茶させるよな? 大丈夫か? 倒れて暫くしたらお前髪の毛真っ白になっちまったし」
そう言われて、ネーベルは彼を見上げる。
「私の髪、変?」
不安になって思わず訊けば、ラルフはククと喉を鳴らして笑みを溢す。
「いや。似合ってる。綺麗だ」
それも真っ直ぐに見据えて言われたものだから、妙に恥ずかしくなってきた。それでも、似合っているのならば。綺麗ならば良い。ほんの少し安堵すると『可愛い』なんて言って、ラルフは頬や額にキスの雨を降らせた。
それがこそばゆいとは思うが……クレメンスの前だ。恥ずかしいし、気まずくて仕方ない。恐る恐るクレメンスに目をやるが、彼は別に気にしていないようで、微笑ましげに自分達を眺めている。
しかし、色々と不審だ。キスの雨が止んだ所でネーベルは訝しげにラルフを見上げた。
「ラルフ、大丈夫なの?」
「何がだ?」
あっけらかんとした彼に、沢での怪我の事を訊くと彼は「あ~」と懐かしむように言う。
「ああ。そりゃ矢をあんだけ喰らったしな。未だそこらじゅう痛いが……王宮専属魔道士のオッサンが助けてくれたし」
しれっと言ってラルフはクレメンスに目をやった。すると、クレメンスは咳払いを一つした後、眉間に皺を寄せて唇を開く。
「王都に戻る最中、アロイス様が急逝が直ぐに届き、不吉な予感を覚えたんです。そうしたら驚きですよ。友人の死刑執行人が、ミステルに向かっているのですから。何やら、近いうちにミステルで処刑を執り行うだの言うんですもの。更に話を聞くと、貴女の処刑だなんて聞かされたもので。間違い無く冤罪と思いました。……それで、執行人には王都に戻って頂き、急ぎヴァレンウルムの王宮騎士団に要請して貰う事を頼んで貰いました。そして僕は慌ててミステルに踵を返した訳で……」
クレメンスは森に向かってネーベルを探し回っていたところ、沢で倒れていたラルフを見つけたそう。そうして、彼の手当てをしていた時にルーカスの生存の事を聞き、合流した騎士団と城に向かって使用人達を捕らえたのだと説明した。そして最後に、クレメンスはジト……とした視線をラルフに送り「オッサンは止めてください」とピシャリと言う。
「事実だろ?」
何ら悪びれた様子も無くラルフは言うが、「でも、ありがとな」と続けて言うと、クレメンスはやれやれと首を振って吐息をつく。
全て聞くと、クレメンス無しでは冤罪を拭う事は出来なかっただろうと思った。そう思うと、感謝してもしきれぬもので、ネーベルは深々と頭を垂れるが、クレメンスは直ぐに頭を上げるように言った。
しかし、どうして自らかけた呪いが解けると彼が思ったのか。ネーベルはクレメンスに問うと、全て〝異端撤回〟の為だと彼は答えた。
「完全に賭けでしたけどね。ですが、沢に投げ出された貴女の本を見て改めて思ったのですよ。貴女は、白き地獄の巫女の力を引き継いだのです。呪いは断ち切る事も出来るだろうと僕は思いました」
──神秘の加護を持つだけでやる事が違うだけで呼び名が違う。元々は魔女も巫女も同じ。恐らく聖女だって同等で……。そう付け添えて、クレメンスはローブの懐から臙脂色の本をネーベルに手渡した。
沢に投げ出したものを拾ってきたのだろうか。手に取ると、やはり表紙は土で汚れているが、中身は水にも濡れておらず無事だった。それに、ページをめくると、ラルフの手紙もしっかりと挟まっている。ネーベルは嬉しさが込み上げて、大切に包み込むように本を抱きしめる。
「……偶然にも程がありますが、その本は貴女の祖国、エスピリア王国に入った星の巫女の話を元に物語が構築されているのですよ。きっと先祖に守られたのですね」
……運命ですよ。と、優しく言って。クレメンスはネーベルとラルフを交互に見た。
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