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Chapter6.生の喜びと永遠の約束

6-6.踏み破られた聖域

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 アルマは修道院で。テオファネスは雑木林の古びた納屋で……離れた生活が始まり三日が経過した。存外事は順調で、毎日夕刻にデニスがテオファネスの様子を伝えに来てくれるが、彼は極めて元気に過ごしているらしい。

「姉ちゃん。テオさん絵を描くの上手いんだな……あれば絵の具でも与えたいくらいだよ。もう本当に黙々と、毎日飽きもせず絵を描いてるよ」

 礼拝堂裏手の墓地でそんな報告を聞き、アルマはほっとする。

「そうなの。意外な特技だって私も初め驚いたよ。彼、物凄い手先が器用でね。紙と鉛筆が欲しいって言ったからきっと絵でも描いて過ごすんだろうなとは思ったけど、やっぱそうだったのね。そういえば、あの日、急いで納屋に向かったから、これをテオに渡して欲しいの」

 そう言って、麻袋に入れた彼のスケッチブックや着替えを手渡すとデニスは頷き受け取った。

「あ、そういえばこっちも、テオさんから姉ちゃんに渡しといてくれってもの預かってる」

 デニスはがいとうのポケットから紙切れを取り出してアルマにそっと手渡した。
 手紙だろうか……。首をかしげて受け取ると「愛の手紙じゃね?」と、デニスはしれっとした調子で言う。その言葉にアルマは目を瞠り頬をたちまち赤らめた。

「な……そんな訳ないでしょう」

 家族はこの件を知らぬ筈だ。まさかテオファネスが言ったと思えない。彼はかなりの照れ性だ。いくら何でも絶対にありえないだろう。

「親父は姉ちゃんに似て鈍感無鉄砲のガサツだから分からねーかもだけど、ホリデーに連れてきた時からそんくらい見て分かったわ。二日目の夜中だか外で密会してたろ? テオさんもテオさんで何か姉ちゃんの話する時すげー嬉しそうだし。母さん、父さんには黙ってましょうね……って言ってるからまぁ」

 あの外出がバレてたのか。しかし黙ってくれているのはありがたい。アルマは首まで赤くしてジト……とデニスを睨む。それと同時に鐘が鳴り響き、礼拝の始まりを知らせた。

「じゃあ、姉ちゃんも暇じゃねーだろうし、俺は帰る。また明日でも」

 そう言ってデニスはヒラヒラと手を振って去って行った。
 アルマは歩みながら、手紙を開く。

 ──エーファは元気にしているか。レオンとロルフは真面目にアデリナの授業を受けているか。俺は元気だ。夫人とデニス、ご主人には良くして貰っている。アルマに会えないのが一番寂しい。上手くやり過ごせて、また会える事を楽しみにしている。愛している。と、綺麗な文字で綴られていた。

 それだけでアルマは心が仄暖かくなった。
 そしてどうか、上手くやり過ごす事を祈るばかりだったが……三日後、平穏は裂かれた。

 朝の礼拝中にシュタールの軍人が礼拝堂に踏み込み、目の前で礼状を読み上げたのだ。

「軍令を犯した技術者のほうじよ。その罪は極めて重たい。だが、ヴィーゼンの天使のうち火曜の天使は機甲マキナに匹敵する超常力を保有し殺傷能力を持つという。よって、アルマ・シュメルツァーを歩兵として服役させる事でこの全ての罪を許す事にする」

 壮年の軍人は最後にベルシタインの皇帝陛下の名を読み上げると、アルマを睨み据える。
 見るからに厳しそうな見た目のガッシリとした男だった。隻眼だろうか。片目には深い傷痕があり黒目が僅かに白く濁っている。腕章の一本線を見る限り、恐らく大佐或いは大尉といった上位役職者だろうと想像出来る。

「最後に技術者に手紙を送ったのは、十二月。貴様らが匿った機甲マキナは絶命したとの見解で間違いはないな」

 そうかれるが、アルマは何も答える事が出来なかった。エーデルヴァイスの誰もが畏怖に顔を青くして、一言も口をきかず、なぜにアルマを出兵させるのか疑問を嘆く事も無かった。院長も同様だろう。彼女も顔を青くして、唇を震わせていた。

「間違いないかといておる」

 念を押すように厳しく言うと、院長は震えつつ頷き「ええ」と嘘を答えた。

 そう、生きているとは言えなかった。生存を言えば、隠蔽場所を吐かせた後、この場で皆、惨殺される事も考えられたからだろ。そのくらいに視線は冷たく、暗い感情が含まれていた。

「……ですが大尉殿。この子は未だ十七の娘です。せめて、普通の出兵者同様に最後に親兄弟と過ごす時間を下さいませんか」

 院長は縋るように言うと、軍人はフンと一つ鼻を鳴らして頷いた。

「聖職者には祈る時間も必要だろうしな。ただ逃げるなど阿呆な事は考えるな。それを想定して我々は今より六人の乙女を捕縛する。天使は力を失えば、また新たに力を発現させる者が現れる故、代わりなど幾らでもいるだろう。六人程度の犠牲など戦場で散った兵士の数に比べれば極めて軽いものだ。貴様が逃げるものなら、礼拝堂が血の海になると思え」

 これが本当に国を……民を守る軍人が言う事かと思えてしまう。

 軍人達に捕らわれた皆の背後に色濃い影が渦巻くのが見えた。背中が妙にゾワゾワする。尋常で無い戦きに、自分の背からもきっと影が生まれて飛び出した事を自覚した。
 そもそもだ。軍人が人質を取るなど卑劣な真似をするなど思うまい。
 エーデルヴァイスは正式な修道女でないとはいえ、〝ヴィーゼンの天使〟と称され、ベルシュタインでは尊き者とされている。

 だがこの男が言う事も事実──各々の代わりは幾らでも発現するのだ。だが、そんな部分を突くなど誰が想像するものか。
 計り知れぬ畏怖に震えが止まらなかった。

 ──何が悪かったのか。どうしてこうなってしまったのか。考えた所で後の祭りだ。

 自分達は巻き込まれただけ。カサンドラの慈しみ深い行動は決して悪い事とはやはり思えなかった。人権さえ剥奪された彼はただ哀れなだけだった。そう、狡い事はあっても誰にも非は無かったに違いない。
 ガチガチと自分の歯が鳴る音が嫌な程に頭に響く。自分が逃げれば皆死ぬのだ。こんな酷いことがあってたまるか……。そんなアルマを見下ろして、壮年の軍人は満足げに薄ら笑む。

「明日、朝の七時。必ず戻って来るように」

 吐き捨てるように言って大佐は目を細めるが、彼は直ぐにアルマの肩を掴み身を屈めて、耳打ちを入れる。
 その言葉にアルマは目を大きく瞠り、背を大きく戦慄かせた。

 ──どうして、なぜ。そんな表情なんか浮かべたくもないのに、自然とそれが顔に出てしまう。そんなアルマを見て、隻眼の男は満足げにアルマを睨み据える。

「さぁ、とっとと行け」

 そう言って、背を押された一拍後──アルマは礼拝堂を飛び出した。
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