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Chapter6.生の喜びと永遠の約束

6-2.賑やかな祝祭日

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 一週間後──アルマはろくに荷物も持たず大型の雪車そりに揺られていた。
 雪車そりを引くのは二頭の馬。それをぎよする父は時折はつらつとした声を上げて手綱を握る。そんな父の後ろ姿を見つめつつアルマは幾度目になるかも分からぬため息を溢した。

 氷点下の銀の世界だ。ため息さえも白々と色付く。それもその筈、年間のうち日照時間が最も短い今がヴィーゼンでは最も寒さが厳しいと言われる時だ。
 しかしその割にあまり寒く感じないのは、やけに人口密度が高いからだろう。
 アルマの両脇にはエーファとテオファネスの姿がある。もはや定員オーバーも良い所、いくら大型の雪車そりといえ五人も乗れば窮屈だった。

「ほらほら、アルマそんな顔しないで頂戴。折角のホリデーなんだから」

 対面に座した母に言われてアルマはに頷いた。

 ──風邪が無事完治したと同時にホリデーがやってきた。それが今日だ。
 今年の十二月は帰省する気が全く無かったが、様々な事がありすぎた所為でこの件を両親に言うのを忘れていた。

「今年は何日に帰るって来るのか」と母に問われたのはつい昨日。
「帰らない」と伝えたが……ホリデーの礼拝後、父が院長やゲルダに直談判して帰省の許可を取ってしまったのである。

 テオファネスはどうするのか。それに帰省しないのは何も自分だけでない。エーファが良い例だ。この旨を訴えた所……「テオファネス君もその子も連れてきちゃえばいいじゃない」と母に軽い調子で言われてしまった。その結果、エーデルヴァイスの皆に口を揃えて「三人で行ってきなさい」との事。そして今に至るのである。

 しかし、困ったのは彼の服だった。

 彼は寝間着兼部屋着の患者衣とシュタール軍の兵士の服しか持っていない。家までの距離は短く、こんな雪の中で誰かとすれ違う事も無かろうが、それでもあの装いではあまりに目立ちすぎる。万が一見つかれば、大騒ぎに違わない。そんな事を伝えた所「こんな事もあろうかと」と、母に服を手渡された。

 ──長袖のシャツにサスペンダー付きのズボン。トラハットと呼ばれる男性の民族衣装だ。その上に厚手のフェルトのジャケットを纏った装いに彼は着替えたが、これが存外しっくりきた。つば付き帽子まで被ってしまえば、顔もはっきりと見えないので、顔さえ覗き込まねば田舎街の青年にしか見えやしない。
 寸法もほぼぴったりだ。その所為もあって存外しっくりくる。

 だが、この装いにアルマは見覚えがあった。どこだろう。と、考えて間もなく、自分が幼い頃に父が着ていた服だと気が付いた。しかしながら父は随分と横に広がっただろう。筋肉質で元々体格は良かったが……。雪車そりぎよする父の背中を見つめつつ、そんな事をぼんやりと考えていれば、隣に座するテオファネスに声を掛けられた。

「寒くないか。完治したとはいえ本調子じゃないだろ?」

 そう言って、彼はがいとうを脱ごうとするので、アルマは直ぐにそれを遮った。

「大丈夫、寧ろテオの方が……」

 テオファネスは一度寿命を迎えた身だ。またも身体に不調を来す事を危惧したが、アルマの代わりに様子を見ていたエーファやアデリナ曰く、その後何事も無かったかのように元気に過ごしているそうだ。否、以前よりも快調らしい。それどころか目に見えて機械に侵された密度も減っており、黒く濁っていた左目の強膜も今では明度が高くなり薄い灰色になっている。

 本当に大丈夫なのか……。まともに会ったのは、あれ以来今日が初めてだ。アルマがジッと彼を見つめるとテオファネスは不思議そうに小首をかしげる。

「どうした? そんなジッと見て……」

 それもぎゅうぎゅう詰め状態。やたらと距離感も近く、覗き込まれるように見つめ返されたのでアルマの頬は一瞬にして赤みを帯びる。

「な、なんでもない……ただテオの身体の方心配……してただけで」

「全然大丈夫。アルマのお陰で絶好調。寧ろ身体が軽く感じるくらい……」

 そんな事を彼が口走って間もなくだった。

「そうかそうか快調か。お前、雪車そり降りて走るか? 身体が軽いならいけるだろ。お前が重たい所為か、雪車そりが遅いもんでな」

 僅かに振り返って父が悪戯っぽく言ったと同時だった。

「分かりました」

 そう告げるなり、彼は跳ね上がるように走行中の雪車そりから飛び降りた。その瞬間、雪車そりは恐ろしい勢いで加速を始める。

「ちょ、ちょっとお父さん、悪ふざけしないで頂戴! あの子はとても真面目よ。本当に降りちゃったじゃない!」

 母は慌てて捲し立て、アルマはエーファが吹き飛ばされないように抱き寄せた。

「ちょっとお父さん、流石にスピード出しすぎでしょ!」

「馬鹿言え、後ろ見てみろよ!」

 豪快な笑いを溢しつつ父が言う。そうして母とエーファ三人で振り返ると、恐ろしい勢いで雪車そりを追い掛けるテオファネスの姿が映った。

 ……機甲マキナな時点で握力が強いなどの身体能力の高さは想像出来たが、まさか脚まで早いと思うまい。それもかなり、浸食部位が減ったというのに。アルマはあんぐりと口を開けて何度も目をしばたたく。その隣でエーファもアルマと同じ表情を浮かべていた。

「すげぇな……ありゃ。こりゃ干し草を運ぶだの牧羊犬の代わりになりそうだな……」

 ──折角だ。帰ってから色々手伝って貰うか。なんて父は笑い飛ばし、雪車そりは更に加速した。

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