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Chapter3.謝罪の言葉

3-4.嘘吐きは失望の始まり

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 時刻は夕刻。アルマは一人とぼとぼと礼拝堂に向かっていた。

 ────まさか、寝落ちするなんて思いもしなかった。

 そう。夜更かしが災いして朝食後に直ぐに眠たくなり、テオファネスの部屋で寝落ちてしまったのだ。目が覚めた時には午後一時。とっくに昼食も終わった頃合いだった。既にテオファネスが起きていたものの〝気持ちよさそうに眠っているのに起こすのも悪いと思った〟と気を遣って眠ったままにしてくれたそうだ。いやいや、そんな部分気を遣わないで貰いたい。寧ろ人前で寝顔を晒すなんて恥ずかしいので、即刻起こして欲しかったと思う。

 そうして、和気藹々と洗濯物と取り込むカトリナ達三人娘の手伝いをして慌てて、孤児院裏手にある薬草畑のカモマイルの収穫をした。結局花のレメディーは作れていない。そもそも、花のレメディーは午前中の太陽光で無ければ意味が無いのだから。

 ───本当、一日を無駄にした感は否めない。だけど、テオと少しは心の距離が縮まったならば良いかも。
 アルマはテオファネスの顔を頭に描く。他愛の無い会話くらいしかしていないが、それでも関係は良好と言えるだろう。やはり心の問題は心開いて貰わぬ事には改善されやしない。
 恥ずかしいから弱い部分を晒したくない所為か「なるべく出さないように頑張る」と言ったが、こうして少しずつ彼を知り影と向き合えれば良いと思えた。

 しかし思う。彼は非常に性格が良い。

 見かけはああでも、中身はモジモジとして不器用……それでも素直だ。
 そして極めて人間的。相手に気遣う思いやりがあり、優しすぎる。そして何よりもアルマの心を射貫いたのは、初日の悶着後に言われた言葉だ「女だ男以前に人という括りじゃ変わらない」「許すも許さないも判断すれば良い」その言葉が今も尚強く残っている。
 兵士で男という立場に傲らず、偉ぶったりもせず、対等に物を見ようとする価値観がアルマは何よりも気に入った。 

 ────未だ会って間もないけれど、何だか居心地が良いかも。

 そうでなければ、隣で寝落ちなんてしない。
 そもそも夜中に外へと連れだそうだなんて考えやしない。エーデルヴァイスの中では特に仲の良いアデリナやゲルダのよう。きっと良い友人になれそうな気がする。そんな事を考えている間に夕方礼拝の始まりを知らせる鐘が響き、アルマは急ぎ礼拝堂へ駆け出した。

  ❀

 ──一日の感謝の言葉に、それを唄う賛美歌。そして院長の言葉で締めくくられ、夕方礼拝はいつもと同じ十五分程度で締めくくられ解散となる。その直後、アルマはテオファネスを外に出す件を院長に持ちかけた。
 院長は案の定二つ返事で了承してくれたが……未だ残ってそれ聞いていた皆は複雑な表情を浮かべていた。確かに子供達に鉢合わせしないようにする為の調整は面倒に違いない。それに自分以外はテオファネスの事をろくに知らなければ見た事も無いので、危険かどうか判断出来やしないだろう。

 何せ人であって人でない。アルギュロスの生み出した最悪な兵器という認識しか無いからだ。

 その場でどよめいたのは、かしましい三人娘達だけ。エーファに関しては相変わらず何を考えているかも分からぬおもてを見つめており、ゲルダとアデリナは顔を見合わせていた。だが、それが可決されるのは存外早かった。

「アルマが大丈夫というなら大丈夫でしょう。調整なんて、私達の協力でどうにでも出来るに違いない。上手い事調整しましょう」

 やれやれといった調子でそう切り出したのはゲルダだった。
 やはり六人を纏めるリーダーで最年長の威厳もあるからこそ、皆直ぐに頷きそれにて、この話は終了になったが……。

 礼拝堂を出て直ぐ、アルマは直ぐにアデリナに呼び止められた。
 そこには先程可決を促したゲルダも一緒におり、彼女らは先程より複雑な表情を浮かべていた。

「アルマ、あのさ……昨晩の件、分かってないとでも思ってる?」

 ため息交じりに切り出したアデリナは、薄紅の瞳を尖らせてジッとアルマを射貫く。どう見たって怒っている事は一目瞭然だ。昨晩の件……間違いなく、消灯後の外出の事だろう。直ぐにそれが結び付き、アルマは一瞬にして肝が冷えた。

「何の話……?」

 戸惑いつつくと、彼女は一つ鼻を鳴らし「とぼけないで」と冷たく放った。

「……だって隣部屋よ。ガサツなアルマにしては静かに出来て上手くやったとは思う。でも、バレないとでも思ってるの? 院長にも他の四人にもバレちゃいないでしょうけど、私とゲルダは気付いてたわ」

 どうして規則を破るような事をしたのか。件の機甲マキナに脅されているのではないのか……。と、アデリナは吐き終えると、唇を拉げた。

「午前中はろくにアルマを見なかったものね。特別な務めがある分、孤児院での務めは大目に見る事にしているけど、今日は殆ど三階に居たのは分かってるわ。干渉しないで欲しいと言った事も尊重した。けれど規則を破るまでして……と、いうのは突っかかるのよ」

 ──私もアデリナも心配しているのよ。と、深刻に付け足すとゲルダは一つ息を抜き、続けて唇を開く。

「さっきの提案だって、脅されてると捉える事も出来る。相手は成人男性。その上、機甲マキナ。いくら彼に対抗出来る力をアルマが持っているとはいえ、立場を考慮すれば脅すなんて容易いわ。だから私達が干渉する為に可決を促した」

 ……実際はどうなのか。とゲルダに問われて、アルマは唖然とするが、途方もない罪悪感が渦巻いた。まさか、そんな風に捉えていたなんて……。

 同僚であり友人とはいえ、他人事に違いない。こんな心配をかけていただの思いもしなかったからだ。

「大丈夫だよ。ただ昨晩は……私」

 そこまで言うが、言葉が喉を突っかかってしまう。

「アルマ、全部話してよ」

 アデリナはまたも冷ややかに言うが、やけに声が震えていた。
 その様から、彼女が本気で怒っており、本気で心配しているのだと痛い程に伝わってくる。その証拠と言わんばかりに、彼女の薄紅の瞳が潤い揺れている様からそう悟る事が出来た。

 アデリナとは長い付き合いになるが、こんな表情は未だかつて見た事が無い。
 美人で真面目そうな見てくれな癖に割と適当。基本的に朗らかで、明るい笑顔を振りまきつつも、時折悪そうな顔をする。こういった負の感情など表に出しもしないので尚更、アルマは心が痛んだ。こんな事で友を失いたくない。もう、白状する以外に選択が無かった。

「しらばっくれてごめん……私規則を破って消灯時間に彼の所に行った。初日に自分の吐いた言葉で罪悪感を抱えてて、どうしても居ても立ってもいられなくなった」

 だから謝りに行って、流れで外に連れ出した。と、事実を述べるとゲルダとアデリナが二人同時に頷き、直ぐにどちらのものかも分からぬため息が聞こえた。
 そうしてしばしの沈黙が訪れ……蔓薔薇のアーチの向こうから人の足音が幾つも聞こえてくる。視線を向けると、修道女達が礼拝堂に向かって来る事が分かった。

「……さて、もうすぐ修道女達の礼拝も始まるでしょうし、中庭に行きましょう。アルマ、詳しく全部話してくれるわよね?」

 ゲルダはそう言って、アルマの背を軽く叩くと先に歩む。アルマとアデリナは少し遅れてその後を着いて行く。

「……アデリナごめんね」

 まさかあんな泣きそうな顔をされると思わなかった。そこまで心配されるとは思わなかった。アルマが小さく詫びると彼女は無言で頷いた。

  ❀

 ──六月二十六日。晴れ後曇り。
 夜更かしが災いして、半日を無駄に過ごしてしまった。夜間外出がアデリナとゲルダにバレていたらしく、礼拝後に説教される。ただ二人は心配していたらしい。けれど、彼の事やこれまでのやりとりの一部を話せば少し理解してくれた。
 だけど、こうして他者に心配をかけてしまうのならば、衝動的な行動をしないようにしなくてはならない。「干渉しないで欲しい」と言った私の言葉をここまで尊重してくれた二人だ。ただただ反省している。また、困った事があれば何なりと相談するよう、自分一人で抱えぬよう、頼るように言われた。
 
 そこまで書いてアルマはペンを置き、深い息をつく。
 テオファネスの状態などを綴る為に付け始めた日記だが、どうにも今日は礼拝後の件で頭がいっぱいだった。
 あの時のアデリナの表情を思い出すとどうにも酷く心が軋んでくる。
 説教には慣れているので、規則破りなんて大した事無いと思っていた。とはいえ規則の全ては……自分達を守る為のものに違わない。
 集団生活故、皆がそれを当たり前のように守り合う。否、各々が修道院の規則を守るからこそ、それが絆の土台となるのだろう。

 羊飼いの家庭に生まれた自分。ゲルダは街の仕立屋。アデリナに関しては子爵家の令嬢……と、生まれも育ちも皆バラバラ。それでも、皆突然得体の知れぬ力を二つも発現させ、人の抱える影が見えるようになって、家を離れて修道院にやって来た。特に、アデリナなんて領地も身分も違うので、本来だったら絶対に関わり合う事も無いだろうに。しかし、ここに来た事によって同じ事をして絆は磨かれ友になった。

 ────友達にあんな顔させちゃダメだよね。アデリナ、一応許してくれたけど……三年間の信頼とかもう台無しだろうな。

 結局、アデリナはあの後一言も口を開かずだんまりとしていた。その後だって特に会話も無し。

 ───明日からもあんな調子だったら流石に気が重たいな。

 アルマが重苦しい息を吐いたと同時だった。軽快なこうが響いたのである。
 席を立ちドアを開けると、そこにはアデリナの姿があった。
 レースのふんだんにあしらわた白の愛らしい夜着に身を包んだ彼女の手には湯気の立ち上ったポット。ふわふわと、林檎によく似たカモマイルの香りが立ち上っている。

「……寝る前にお茶を飲もうとしたけど、淹れすぎちゃったの。消灯まで一緒に飲んで話でもしない?」

 そう言って、彼女は薄紅の瞳をアルマに向けると、困ったような笑みを向ける。別に断るような理由も無い。アルマは頷き、彼女に部屋に入るように促した。
 そうして部屋のベッドサイドのナイトテーブルにトレーを置くと、アルマとアデリナはベッドのへりに腰掛ける。
 週に何度かアデリナは部屋に来る事がある。こうしてお茶をしながら雑談に花を咲かせ、時には愚痴を吐き、内緒話をして……。

 しかし流石に今日ばかりは気まずい。そう思うが……「ねぇ、アルマ」と彼女が話を切り出した方が早かった。

「夕方キツい態度取ってごめんね。私、感情的だった。ただね、本当に心配したの。〝無干渉でいて欲しい〟がずっと突っかかってて腹が立って……」

 だから、ごめんね。と彼女はアルマに向き合ってやんわりと笑む。
 そして続け様に「衝動的に謝りに行かなきゃって気持ちは私も分かるかも」と彼女は困ったような顔で笑んだ。

「それは別に良いよ。私こそ、心配かけるような真似をしてごめんね」

 そうしてアデリナと顔を見合わすと、どちらとともなく自然と笑みがこぼれた。
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