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第六章 旅の終わり
6-6.「ただいま」
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それから約一ヶ月──レイヤとエリアスはソルヤナ最北端、ヴィンテル・ダールへと向かう馬車に揺られていた。そこには、近衛兵のエドガーに侍女のクラリッサの姿もある。
「何もねぇ田舎だけど、レイヤの故郷の近くだし良かったなぁ!」
エドガーは相変わらず親しみやすい笑みを浮かべている。
レイヤは直ぐに頷くが、隣に座したクラリッサは終始エドガーを睨んでいた。
「エドガー様。だからレイヤ様に対して言葉遣いが非常に無礼だと」
「あーあー……クレアは相変わらず細けぇ事」
「エドガー様は、本当淑女に対するデリカシーが欠けているわ!」
貴方幾つよ! と、お決まりのように言って、クラリッサはツンと鼻を鳴らす。
「まぁまぁ」とエリアスは宥めに入ってようやく、そこでクラリッサが折れた。しかし、不服そうではある。その傍らでレイヤは馬車の外の景色を見た。
幾つも街を抜けて、馬車は白い森へ進んで行く。
空からはひらひらと花片のような雪が舞い落ちており、それが妙に心を高鳴らせた。冬は厳しい。だが、決して嫌いで無い。何もかもが白に包まれるこの季節があるからこそ、短い夏が愛おしく思うのだ。
しかし。やはり冷える。これではおなかの子に悪いだろう。と思って、レイヤはクラリッサが用意してくれたブランケットを膝の上にしっかりとかけた。
結局、あの後医者に診て貰ったところ妊娠が判明した。それも、その後を境に次第に異変が始まった。初めは唐突に食べ物の好みが変わった事だろう。その次は、嫌な吐き気に襲われるなどのつわりの諸症状が出始めた。
現在も決して体調が良いとは言えないが、苦でない程だ。比較的顔色も良いが、それでも心配なのだろうか。毛布をかけた途端にエリアスとクラリッサだけでなく、エドガーにまで心配そうな顔を向けられて少しばかり居心地が悪い。何か訊かれる前に「大丈夫」と答えるが、正面に座したエリアスは直ぐにレイヤの手を取る。それがあまりに温かいもので、心地良く思えてレイヤは思わず唇を綻ばせた。
──全てを失った自分に彼はぬくもりを教えてくれた。愛する事を教えてくれた。そして何よりも大事な宝物を腹の中に与えてくれた。何だかそう考えると心がポッと火をつけたように温かくなる。
「ありがと。エリアス暖かいね」
彼の手を握り返して礼を言うと、「どういたしまして」とエリアスは優しい微笑を浮かべた。
そんなやりとりを確と見ていたのだろう。エリアスの隣に座した近衛兵は、侍女を一瞥する。
「おいクレア、寒いか? 手ぇ握ってやろうか?」悪戯気に彼は言うが……。
「──結構です!」と、クラリッサは雷でも落とすようにピシャリと言い放った。
無視しないのでなんだかんだ仲良いのだろう。流石は幼馴染みだ。だが、どうにもエドガーとクラリッサのやりとりを見て毎度思うが痴話喧嘩にしか見えない。そんな二人の悶着を眺めてレイヤはクスクスと笑い声を漏らした。
──そうして馬車に揺られる事、三日後。辿り付いたその地は、広大な針葉樹林を目の前にしたひっそりとした土地だった。
公爵家となる屋敷となる城に到着した日は、雪も止んで快晴だった。
聳えるように高い灰色の石造りの城は晴れた冬空によく映えていた。
新たな使用人達に挨拶をされ、城の中に足を踏み入れるが、エリアスの育った城に比べれば、極めて質素だった。それがかえって落ち着き、この城が直ぐにレイヤは気に入った。気に入った理由は、間近に臨む針葉樹林がどこか、ラウラやモーゼフの居るノキアンの森の集落を思わせるような懐かしさもあったからだろう。
二人の寝室となる夫婦の部屋は、城の最上階という事もあって眺めも良い。
広大に広がる森の果てには、見慣れた形の山脈が走っており、晴天の陽光の下で万年雪が輝いて見えた。
悲しみ、やるせなさ、そして感謝の気持ちで心いっぱいになり──ただいま。と、ただ一言レイヤは心の中で呟いた。
「何もねぇ田舎だけど、レイヤの故郷の近くだし良かったなぁ!」
エドガーは相変わらず親しみやすい笑みを浮かべている。
レイヤは直ぐに頷くが、隣に座したクラリッサは終始エドガーを睨んでいた。
「エドガー様。だからレイヤ様に対して言葉遣いが非常に無礼だと」
「あーあー……クレアは相変わらず細けぇ事」
「エドガー様は、本当淑女に対するデリカシーが欠けているわ!」
貴方幾つよ! と、お決まりのように言って、クラリッサはツンと鼻を鳴らす。
「まぁまぁ」とエリアスは宥めに入ってようやく、そこでクラリッサが折れた。しかし、不服そうではある。その傍らでレイヤは馬車の外の景色を見た。
幾つも街を抜けて、馬車は白い森へ進んで行く。
空からはひらひらと花片のような雪が舞い落ちており、それが妙に心を高鳴らせた。冬は厳しい。だが、決して嫌いで無い。何もかもが白に包まれるこの季節があるからこそ、短い夏が愛おしく思うのだ。
しかし。やはり冷える。これではおなかの子に悪いだろう。と思って、レイヤはクラリッサが用意してくれたブランケットを膝の上にしっかりとかけた。
結局、あの後医者に診て貰ったところ妊娠が判明した。それも、その後を境に次第に異変が始まった。初めは唐突に食べ物の好みが変わった事だろう。その次は、嫌な吐き気に襲われるなどのつわりの諸症状が出始めた。
現在も決して体調が良いとは言えないが、苦でない程だ。比較的顔色も良いが、それでも心配なのだろうか。毛布をかけた途端にエリアスとクラリッサだけでなく、エドガーにまで心配そうな顔を向けられて少しばかり居心地が悪い。何か訊かれる前に「大丈夫」と答えるが、正面に座したエリアスは直ぐにレイヤの手を取る。それがあまりに温かいもので、心地良く思えてレイヤは思わず唇を綻ばせた。
──全てを失った自分に彼はぬくもりを教えてくれた。愛する事を教えてくれた。そして何よりも大事な宝物を腹の中に与えてくれた。何だかそう考えると心がポッと火をつけたように温かくなる。
「ありがと。エリアス暖かいね」
彼の手を握り返して礼を言うと、「どういたしまして」とエリアスは優しい微笑を浮かべた。
そんなやりとりを確と見ていたのだろう。エリアスの隣に座した近衛兵は、侍女を一瞥する。
「おいクレア、寒いか? 手ぇ握ってやろうか?」悪戯気に彼は言うが……。
「──結構です!」と、クラリッサは雷でも落とすようにピシャリと言い放った。
無視しないのでなんだかんだ仲良いのだろう。流石は幼馴染みだ。だが、どうにもエドガーとクラリッサのやりとりを見て毎度思うが痴話喧嘩にしか見えない。そんな二人の悶着を眺めてレイヤはクスクスと笑い声を漏らした。
──そうして馬車に揺られる事、三日後。辿り付いたその地は、広大な針葉樹林を目の前にしたひっそりとした土地だった。
公爵家となる屋敷となる城に到着した日は、雪も止んで快晴だった。
聳えるように高い灰色の石造りの城は晴れた冬空によく映えていた。
新たな使用人達に挨拶をされ、城の中に足を踏み入れるが、エリアスの育った城に比べれば、極めて質素だった。それがかえって落ち着き、この城が直ぐにレイヤは気に入った。気に入った理由は、間近に臨む針葉樹林がどこか、ラウラやモーゼフの居るノキアンの森の集落を思わせるような懐かしさもあったからだろう。
二人の寝室となる夫婦の部屋は、城の最上階という事もあって眺めも良い。
広大に広がる森の果てには、見慣れた形の山脈が走っており、晴天の陽光の下で万年雪が輝いて見えた。
悲しみ、やるせなさ、そして感謝の気持ちで心いっぱいになり──ただいま。と、ただ一言レイヤは心の中で呟いた。
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