【R18】氷雪のフリージア

日蔭 スミレ

文字の大きさ
上 下
31 / 33
第六章 旅の終わり

6-5.冬の始まり

しおりを挟む
「ここがフィリップの書斎なのね…」

セシルに連れられて執務室の中へ入った私は部屋の中を見渡した。セシルの部屋には大きな書棚が幾つも並べられていた。部屋の窓際には大きなマホガニー製の書斎机が2台置かれている。

「え?ひょっとしてエルザはこの部屋に入るのは初めてなのか?」

扉を閉めながらセシルは驚いたように私を見た。

「え?え、ええ。そうなの…」

「結婚して1週間も経つのに?」

「…」

私は黙って頷いた。これでは私とフィリップの夫婦仲がうまくいっていないとセシルにバレてしまうかもしれない。

「…エルザ、ひょっとして…」

フィリップの言葉に思わずピクリと肩が動いてしまった。

「…いや。何でも無い」

そしてセシルは書斎机に向かうと、手にしていたカバンから次々と書類を取り出していく。

「兄さんからこの書斎は自由に使っていいと言われているんだ」

「そうなのね?」

やっぱり、セシルはフィリップから絶大な信頼を得ているのだ。

それに比べて私は…考えると気分が落ち込んでしまう。

セシルの様子を横目で見ながら、改めて初めて入るフィリップの書斎を見渡し…本棚に目を止めた。

「…あら?」

何だろう?見間違いだろうか?

本棚に近づき、私は息を飲んだ。

「ど、どうして…?」

その棚には私がフィリップの為に買った本が3冊並べられていたのだが…全く同じ本が隣に立てられていたのである。

何故?
何故私がフィリップの為に買ってきた本が…2冊ずつあるの…?

「どうかしたのか?エルザ」

気づけば、いつの間にかやってきていたのか背後にセシルが立っていた。

「い、いえ…。同じ本が2冊ずつ並べられているから…」

「あれ?本当だ?何でだろう?でもこの本は兄さんのお気に入りの本だから2冊ずつ買ったのかもしれないな…。元々兄さんは新刊が出ると本屋にお取り置きして貰っていたようだからね」

「そ、そうだった…の…?」

私は並べられている本を眺めながら信じられない気持ちでセシルの話を聞いていた。
もしかして、フィリップは私が本をプレゼントする前から持っていたのだろうか?

『…こんな物の為に…わざわざ出掛けるなんて…』

本を手渡した時フィリップは私にそう、言った。あれは…もしかするとこの本はもう持っているのにわざわざ買ってくるなんて…という意味で言ったのだろうか?
でもこの本を持っているのか、私が尋ねた時フィリップは持っていないとはっきり返事をした。

でも、ひょっとして…わざわざ買ってきた私に気を使って、持っていないと答えたのだろうか…?

「エルザ、大丈夫か?さっきからずっと本棚を見つめているけど…何か他に気になる本でもあったのか?」

不意にセシルに声を掛けられて私は現実に引き戻された。

「あ、いいえ。何でも無いの。ただ、他にどんな本があるのかと思って眺めていただけよ」

「そうか?エルザは読書が好きなんだっけ?何か気になった本があれば借りていけばいいさ」

「そ、そうね…」

セシルはにこやかに言うけれども、今の私とフィリップの仲は最悪の状況の中にある。気軽に本を借りることが出来ない間柄であることを…セシルは何も知らないのだ。

「そんな事よりもセシル、お仕事を始めるのでしょう?私にもお手伝いさせてくれるのよね?少しでもフィリップの助けになりたいのよ」

落ち込んでなどいられない。私はフィリップに認めてもらうように努力しようと決めたのだから。

「ああ、分かった。それならまずは資料整理から覚えてもらおうか?」

「ええ」

私は頷いた。

そう、フィリップに…ほんの少しでもいいから、私は役に立つ妻だと認めてもらいたい。

彼のことが好きだから―。

しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

四季
恋愛
父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

淫らな蜜に狂わされ

歌龍吟伶
恋愛
普段と変わらない日々は思わぬ形で終わりを迎える…突然の出会い、そして体も心も開かれた少女の人生録。 全体的に性的表現・性行為あり。 他所で知人限定公開していましたが、こちらに移しました。 全3話完結済みです。

御曹司の極上愛〜偶然と必然の出逢い〜

せいとも
恋愛
国内外に幅広く事業展開する城之内グループ。 取締役社長 城之内 仁 (30) じょうのうち じん 通称 JJ様 容姿端麗、冷静沈着、 JJ様の笑顔は氷の微笑と恐れられる。 × 城之内グループ子会社 城之内不動産 秘書課勤務 月野 真琴 (27) つきの まこと 一年前 父親が病気で急死、若くして社長に就任した仁。 同じ日に事故で両親を亡くした真琴。 一年後__ ふたりの運命の歯車が動き出す。 表紙イラストは、イラストAC様よりお借りしています。

ドSでキュートな後輩においしくいただかれちゃいました!?

春音優月
恋愛
いつも失敗ばかりの美優は、少し前まで同じ部署だった四つ年下のドSな後輩のことが苦手だった。いつも辛辣なことばかり言われるし、なんだか完璧過ぎて隙がないし、後輩なのに美優よりも早く出世しそうだったから。 しかし、そんなドSな後輩が美優の仕事を手伝うために自宅にくることになり、さらにはずっと好きだったと告白されて———。 美優は彼のことを恋愛対象として見たことは一度もなかったはずなのに、意外とキュートな一面のある後輩になんだか絆されてしまって……? 2021.08.13

元彼にハメ婚させられちゃいました

鳴宮鶉子
恋愛
元彼にハメ婚させられちゃいました

完全なる飼育

浅野浩二
恋愛
完全なる飼育です。

密室に二人閉じ込められたら?

水瀬かずか
恋愛
気がつけば会社の倉庫に閉じ込められていました。明日会社に人 が来るまで凍える倉庫で一晩過ごすしかない。一緒にいるのは営業 のエースといわれている強面の先輩。怯える私に「こっちへ来い」 と先輩が声をかけてきて……?

【R18】深層のご令嬢は、婚約破棄して愛しのお兄様に花弁を散らされる

奏音 美都
恋愛
バトワール財閥の令嬢であるクリスティーナは血の繋がらない兄、ウィンストンを密かに慕っていた。だが、貴族院議員であり、ノルウェールズ侯爵家の三男であるコンラッドとの婚姻話が持ち上がり、バトワール財閥、ひいては会社の経営に携わる兄のために、お見合いを受ける覚悟をする。 だが、今目の前では兄のウィンストンに迫られていた。 「ノルウェールズ侯爵の御曹司とのお見合いが決まったって聞いたんだが、本当なのか?」」  どう尋ねる兄の真意は……

処理中です...