【R18】氷雪のフリージア

日蔭 スミレ

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第六章 旅の終わり

6-3.ソルヤナ

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 ……そんな船内の監禁生活が終わったのは、その後五回の行為を終えて、翌朝の事だった。

 何やら潮の流れも芳しかったようで、既にソルヤナが見え始めたのだと彼は言う。レイヤはエリアスに手を引かれ、五日ぶりに甲板に出ると大陸がもう直ぐそこまで迫っていた。
 潮風に海鳥が飛び交い、彼らに誘われるように次第に船は波も無い入り江へ進んで行く。そうして船は港へと辿り付くと、碇を降ろした。

「……おいレイヤ。お前、身体は大丈夫か?」

 船を降りて五日ぶりに再会したエドガーは会った途端に、心配そうなおもてを向けていた。

「え? 何が?」

 いったい何が大丈夫なのだろうか。意味も理解出来ず、レイヤは小首を傾げると、彼はいぶかしげな眼差しを向けた。

「部屋、隣り合ってるからな。その、船内なんて壁が薄いもんだから、声が筒抜けだったんだわ。まぁ俺が提案した事でもあったけど、あそこまで放浪王子が日夜問わずに本気になって子作りに勤しむとは思わず……」

 少しばかり顔を赤くして、エドガーがぽつぽつと吐露したと同時、レイヤの頬は燃え上がるように赤く色付いた。
 しかし、まさか声を聞かれていたとは思わなかった。しかし、恥ずかしすぎてもうどう答えて良いかも分からない。レイヤは口をあわあわと動かし視線を泳がせると、彼はため息交じりにレイヤの背を叩く。

「あいつ、結構ネチっこくて盛んなんだな。まじで、しつこいだとか嫌だとか本人に言いにくい事が万が一にもあれば容赦無く俺にチクって来い……寧ろなんかムカついただけでも言っていいからよ」

 こういった場合、俺は女の味方だ。と、訳の分からない事をエドガーが吐息交じりに言う。
 しかも子供でも扱うかのように、よしよしとエドガーの頭を乱雑に頭を撫でられたもので、レイヤは恥ずかしい中でもほんの少し嬉しくなってしまった。
 これほどまでに強い味方はいないだろう……。そうだ、彼はエドガーが少し苦手と言っていた程なのだから。

「ありがとエドガー、でもその……あの私の変な声の事はお願いだから記憶から消して」

 いたたまれないほど顔を赤くして言うと、エドガーは「わぁったよ」と優しく笑む。
 そんな和やかなやりとりをしていた最中、エリアスが大荷物を背負ってようやく船から出てくるのが見えた。しかしエドガーとレイヤの姿が見えるなり、どこかムスッとした表情を浮かべてエドガーを睨む。

「……エド、可愛いからって僕のレイヤにちょっかい出さないで欲しいね」

 エリアスはレイヤに近づくなりに、エドガーから奪うように抱き寄せた。まるで威嚇でもするようだ。しっしと手を払い「消毒」と言って彼はレイヤの髪に口付ける。

「お前なぁ、嫉妬の鬼かよ。人の女に手ぇ出す程俺は盛ってねぇわ絶倫王子!」

 放浪王子から今度はまた違うあだ名だった。しかし絶倫とは……。意味を理解出来ず思わず復唱してしまうと「知らなくていいから」と、エリアスは気まずそうにレイヤを見下ろす。

「はぁ……胸焼けするほど甘ったるいな。ほら、さっさと行くぞ」

 ツンと顎をそびやかしてエドガーは鼻を鳴らすが、エリアスはどこか不敵に笑む。

「ふふ。羨ましいならエドも早く告白するなりした方が良いと思うよ」

 ──うじうじしてたら、他に取られるかもしれないね。なんて、エリアスが釘を刺すように言うと、エドガーは非常にばつの悪そうな顔をする。

「いいからさっさと行くぞ、色ボケ王子」

 また違うあだ名で吐き捨てると、エドガーは鼻を鳴らしてスタスタと歩んで行った。

 先を歩むエドガーを追って間もなく。白塗りに金の細やかな装飾がびっしりとくっついた随分と豪奢な馬車が待機していた。
 馬車の前には品の良い中年のぎよしやが立っており、エドガーに向けて手を上げると、彼も同じように手を上げた。知り合いだろうか……。レイヤがそう思ったと同時、隣のエリアスは苦笑いを溢す。

「うちの馬車だね。嫌だね、すごい目立つね……」

 そんな事を独りごちるも「放浪王子さっさと来い」とエドガーに振り向くものだから、彼はやれやれといったそぶりをして、レイヤを連れて歩み寄る。

 そうして馬車に向かうと、少し離れた場所で様子を窺っていた人達はエリアスだと気付いてか深々と頭を垂れる。また、老人においてはレイヤを見るなりに手を組み合わせて、まるで祈るような姿をしたのでめんらってしまった。
 しかしなぜ……。不思議に思いつつ先に乗ったエドガーの手を借りて馬車に乗り込んだレイヤは車窓から外を眺めると、未だ老婆は手を組み合わせていた。

「ああ、永久凍土ツンドラのフリージアの女の子をエリが嫁に迎えるとはもう、国中に知れ渡ってるもんでな。ちと肩身が狭いと思うかもしれないが我慢してくれ」

 エドガーにそう言われて、レイヤが首を傾げる。

「え……私、ただの狩猟遊牧民だよ?」

「君たちからすればそうかもしれないけどね。永久凍土ツンドラのフリージアは僕らソルヤナ人からしたらとてつもなく尊き民なんだ。彼らはいつだってソルヤナ人と共にあった。そして隣人であり恩人である。国の歴史を紐解けば切っても切り離せない存在なんだ」

 エリアスが補足するが、自分はそこまでおこがましい存在でも無いだろう。どうにもあまりぱっとしない。レイヤは未だ窓の外で祈る姿をした老婆を見つめて息をつく。

「まぁ……とりあえず王の場所に向かう前に、街の中心部にほんの少しだけ寄ろう。ぎよしやにもう伝えてあるみたいでね。君に連れて行くべき場所があるんだ」

 そう言って、エリアスが車内の天井をコツコツとノックすれば緩やかに馬車が走り始めた。
 ソルヤナの街は、ノキアンの町並みと大して変わらなかった。
 しかし、屋根の色は殆どが橙色で建物の殆どが比較的新しく、建築中の家屋が多くあった。それどころか草がぼうぼうに茂った更地が多い。窓の外の重苦しい曇り空の元、それが妙に侘しく映ってしまい、レイヤはほっと小さく息をつく。

「……更地、多いね」

 思ったままを呟くと、隣に座したエリアスはレイヤの肩を抱いて同じように外を眺める。

「ソルヤナは激戦の場所でもあったんだ。永久凍土ツンドラのフリージアの多くはこの場所でソルヤナの民を守る為に戦ったんだ。ここは王都、ビヨルクバッケって場所だよ。当たり前のように王都って人が多く栄えているもんでね。街の殆どが焼き払われたんだ。だからこの辺りは新築が多いね。だけど僕が旅を出た時に比べれば随分と賑やかになったと思うよ」

 そう聞いてレイヤは言葉を失った。
 戦の残滓も感じられない真新しい町並みだが、この地でどれ程の命が散ったのだろうか。本当の父母もこの地で眠っているのだろうか。外の景色を眺めながら、レイヤが呆然とそんな事を考えていくばくか──馬車は緩やかに止まった。
 ぎよしやが降りて、ドアを開くとエリアスが先に降り、レイヤの手を取った。

「……レイヤおいで。寄りたかった場所に着いたみたいだ」

 そう言って、エリアスに連れられてきた先は賑やかな街の中心部だった。左右に軒を連ねて店が立っており市場だと窺える。しかし、こんなに豪奢な馬車が止まって何事かと思ったのだろう。街行く人は立ち止まり、エリアスとレイヤを見ると皆深々と頭を垂れた。
 ここでもやはりそうだ。特に年寄りは手を組んで祈る姿を取っている。少しばかり居心地が悪く思いつつ歩む事暫く。水の止まった黒く焼き爛れた噴水が見えた。その前には真新しい石碑が建てられており、文字を囲う紋様はどこか見覚えがあるように思った。忘れもしない。フリージアの装束や、馴鹿トナカイの骨でこしらえた得物に彫られた星の導きの紋様に違いない。

「……永久凍土ツンドラの尊き民、我らが隣人であり恩人、愛しき戦士達はここに眠る」

 区切り区切りにレイヤが刻まれた文字を読んだ後、ハッとエリアスの方を向く。

「……先程も言ったけれど、フリージアの多くはこの街で命を散らした。詳しくは分からないけれど、君の父親や母親もここに埋葬されているかもしれない」

 そういえば、夏至祭の日にソルヤナはフリージアの慰霊碑を国内の二カ所に建てたと言っていた。そのうちの一つなのだろう。だが、こんなに活気ある場所に建てられていたとは思わず、レイヤは今一度、慰霊碑を見つめる。
 愛おしき戦士達……。その言葉を今一度見ると、じんわりと涙が滲んできた。レイヤは石碑の前に跪き、祈るように手を組んだ。

「私は愛しきソルヤナの民に導かれ、この地に帰って来ました」

 どうか、安らかに眠ってください。どうか、この地の平穏を見守りください。とレイヤが静かに祈り顔を上げると、エリアスやエドガーも同じように腕を組み黙祷していた。それどころか、街行く人達も立ち止まり黙祷を捧げている。その様に唖然としてしまうものの数拍後──再び時が動き出したように黙祷を捧げていた街の人は動き始め、エリアスとエドガーも顔を上げた。
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