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第四章 二人だけの秘め事
4-2.夏の宴Ⅱ
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穏やかな初夏の日差しの元、男女が手を取り合い踊る中にレイヤとエリアスの姿があった。
初めこそ、こんな優雅な踊りなど踊れるのか不安に思ったものだが、一定の事の繰り返しだ。レイヤの飲み込みは存外早いもので、浮き立つ事も無くその場に馴染んでいた。
しかし殆どが、壮年、老年齢層だ。若い二人は非常に目立つもので、ターンの都度エリアスとペアになった時の婦人達の喜びようと言ったらまるで乙女のようだった。否、レイヤも同様で、男達はレイヤとペアになるとどこか嬉しそうな表情を浮かべていた。
「ビャルネおじさん、ちょっとズレてるよ」
モーゼフの狩り仲間のビャルネとペアになり手を取り合うレイヤは、苦笑いで言えば彼は照れくさそうに笑う。
「いやぁ、俺ぁあんまり踊るのは得意じゃないもんでな」
「おらおら、ビャルネ。もうターンだ。嬢ちゃんの次のペアは俺だよ」
モーゼフに肘を入れられ、ビャルネは次に移った。その時のビャルネの少しばかり名残惜しそうな顔が面白かったもので、レイヤはモーゼフと顔を見合わせて笑い合う。
「しかし嬢ちゃんよく笑うようになったなぁ。あんたの笑顔が可愛いってどこかの吟遊詩人もどきの兄ちゃんが言ってたがな。俺もそう思うよ」
誰と言わんとしているかは容易に分かる。「エリアスね」と、答えつつモーゼフと腕組みながら回ると、彼は頷きつつ笑んだ。
「笑った顔が一番良い」
そう言って、ターンの前に頭をワシャワシャ撫でられ次の人へ……。
「やぁレイヤ、一周目なのに随分上手になったね」
言われてエリアスと気付き、レイヤはニコリと笑む。
「思ったより簡単だったら良かった」
「君って運動神経良いし、舞踏会のワルツも直ぐに上手に踊れそうかもね」
「武道会のわるつ?」
剣術でも競うのだろうか? と、踊りながら首を傾げると、彼は「舞踏会」とプルプルと震えながら笑った。しかし、そんなものは分からない。レイヤが小首を傾げたままでいれば「踊るの好きそうだし今度教えるよ」と、頬に口付けを落とされた。
そうしてターンして次の人へ……これを何度も繰り返し、三度エリアスと巡り合った後、レイヤとエリアスは踊りの輪から外れて昼食を取った。
それから吟遊詩人の演奏を聴きながらお茶を飲み、湖で涼みながら二人で歓談した。そうしてまた踊っての繰り返し……。そして、夜の時刻に差し掛かった頃、櫓に松明が投げられた。
レイヤは焚き火の熱さに頬を染め、燃えゆく櫓をエリアスと呆然と眺めていた。
昨日まであんなに立派だったのに、明日には全てが灰になる。それが妙に儚く思えてしまい、必然的に故郷を思い出してしまった。
──未だそこには永久凍土が広がっているらしいが、戦に勝ったコルトスの土地になってしまったらしい。降伏したことによって配下に置かれていないものの、同盟を結んだ上で監視下ではあるそうだ。外界の人間と関わりが皆無に等しいフリージアとはいえ、ソルヤナと共にあったので、ソルヤナ人と同じ括りになる。あの場面で誰も抵抗せずにいれば、誰も血を流さずこんな悲惨な結末を辿らなかったのだろうか。レイヤは思い耽るが、今となっても分からない。
今の今まで、散り散りになった友の事しか考えてもいなかったが、あの日永久凍土で散った老人や男達の事がふとレイヤのふと脳裏に過った。
あのまま野に放置されているのだろうか……。埋葬もされず、朽ち果てた後に骨として転がっているのだろうか。それはあんまりだ。考えると、鈍い痛みが胸を刺し、レイヤのアイスブルーの瞳から覚えたばかりの涙がほろりと溢れ落ちた。
それを直ぐに気付いたのだろう。隣に座したエリアスはレイヤの頬に伝った涙を指で拭う。
「どうしたの……?」
「少しね、故郷の事を思い出しちゃったの。儚いなって……呆気なかったなって」
もうかなり時間も経過するのに、それでも心の傷が癒えないと素直に告げれば、エリアスはレイヤの肩をそっと抱き寄せた。
「……爺さんも婆さんも私と歳も変わらない男もみんな、倒れたままなんだ。あんまりだなぁって、だからね」
──無理かもしれないけれど、いつになったっ良いから、故郷に行きたい。散った人達を大地に還してあげたい。と、思いを告げると、エリアスは深く頷いた。
「大丈夫だよレイヤ」
更にきつく抱き寄せられるが、レイヤは睫にくっついた水滴を払うようにぱちぱちと目をしばたたく。
「何が大丈夫なの……」
「しっかりと埋葬を済ませたと報告を貰ってるんだ。だからね、安心して欲しい。だけど、必ずいつか君の故郷に行こう」
優しく語りかけられるが、どうにも思考が追い付かなかった。神妙な面で彼を見つめると、エリアスは一つ息をついた後、穏やかに切り出した。
「……君を買った直後だよ。あの翌日手紙を送って、ソルヤナの国王に頼んだのさ。コルトスに許しを請い、永久凍土に踏み入って君達同胞をしっかりと埋葬させてもらった。永久凍土に最も近い領地やソルヤナ王都にも敬愛するフリージアの慰霊碑を建てたらしいんだ」
ソルヤナ側がそこまでしていたとは思いもしなかった。レイヤは驚嘆するものの──一つ不信感を覚えた。
……なぜ旅人のエリアスがソルヤナの王とやりとりが出来たのか。と。
王は、民の頂点に立つ高貴で尊き存在だ。知識が足りぬレイヤでも、そのくらいは理解出来る。なぜに王が……。しかし、彼の向ける双眸は真摯で嘘を言っているように思えない。
事実、彼が宿で手紙を書いている姿や、宿で手紙を受け取る姿は、今までに何度も見た事があった。その時は、字なんて分からなかったが、まさかあの手紙がそうなのだろうか。
「ありがとうエリアス。……でも、どうして王様が?」
「それは、いずれ言わせて欲しい。さっきも言ったけれど、僕も君の生まれ育った故郷の景色を見てみたい。踏み入れないのは……申し訳無いけれど、必ず見に行こう。約束するよ」
エリアスはレイヤの手を握り、固く誓ってくれた。
その後、他愛の無い会話や今後の話を幾らかした。
先を急ぐ旅でも無いが、行く手を阻む雪に覆われる前に、ここを去らねばならない。あとひと月ほど滞在し、七月の終わりにここを発とうと……。ノキアンの港に出て、そこからソルヤナ行きの船に乗ろうと。計画した。
行かねばならないのは分かるし、行きたいとは思う。しかし、少し向こう側にいるラウラとモーゼフの顔を見てしまうと、またも侘しい気持ちになってしまい、レイヤの瞳に涙が薄く水膜が張る。
「今生の別れなんて事にはならないだろうけど、僕も寂しく思う」
同じように、夫妻に視線を向けたエリアスが穏やかにそう言った。
……それから幾許か。黙ったまま二人は、赤々と燃える炎を眺めていた。
パチパチと燃える炎の音が心地良く、レイヤは穏やかな気持ちで当たりを見渡した。
同じように、焚き火を眺めている者もいれば、婦人達が幾人か集まって井戸端会議をしている姿もある。それから酔い潰れて眠っている者もいた。空が仄かに明るい事からそれを忘れるが、夜も深まり始めた頃合いだろうが。耳をすますと森の方からホゥホウと木菟の鳴き声が聞こえてくる。
「そういえばレイヤ……昨日の約束って覚えているかい?」
隣に座したエリアスに唐突に話題を振られて、レイヤは直ぐに彼に顔を向ける。
昨日の約束とは。あまりに穏やかな気持ちで直ぐに思い出せずいると、彼はレイヤの耳の唇を寄せた。
「昨日、僕の部屋でした続き。酔っ払いの戯れ言とでも思ってるかな?」
……覚えていないとは言わせないよ? と、ゾッとする程に甘やかに囁かれて、レイヤは目を瞠り一瞬にして紅潮する。
「お、覚えてるけど……」
おどおど言えば、彼はどこか艶っぽく微笑んだ。普段の優しい笑みとはまた違う。妙にドキリとしてしまい、慌てて視線を逸らす。すると、彼は〝逃がさない〟と言わんばかりにレイヤの手を握りしめて立つように促した。しかし、向かった先はなぜか夫妻の元だった。
「ラウラさん」
「あら、エリアス。どうしたの?」
「レイヤが眠くなったみたいだから、先に家に戻ります」
──全く眠くないが、何を言っているのだろう。
エリアスの虚言にレイヤは眉をひそめるが、ラウラの背後でモーゼフが目配せし、唇の前に人差し指を当てている。……黙ってなさい。と、意図を汲み取り、レイヤは訝しげに思いながらも黙っていた。
「私たちは朝に片付けが戻ったら戻るわ。二人とも、ゆっくりとおやすみなさい」
ラウラは怪しむ事も無く、レイヤとエリアスを招き、おやすみのキスを頬に落とす。そうして、二人は白夜の森を歩んで帰路についた。
初めこそ、こんな優雅な踊りなど踊れるのか不安に思ったものだが、一定の事の繰り返しだ。レイヤの飲み込みは存外早いもので、浮き立つ事も無くその場に馴染んでいた。
しかし殆どが、壮年、老年齢層だ。若い二人は非常に目立つもので、ターンの都度エリアスとペアになった時の婦人達の喜びようと言ったらまるで乙女のようだった。否、レイヤも同様で、男達はレイヤとペアになるとどこか嬉しそうな表情を浮かべていた。
「ビャルネおじさん、ちょっとズレてるよ」
モーゼフの狩り仲間のビャルネとペアになり手を取り合うレイヤは、苦笑いで言えば彼は照れくさそうに笑う。
「いやぁ、俺ぁあんまり踊るのは得意じゃないもんでな」
「おらおら、ビャルネ。もうターンだ。嬢ちゃんの次のペアは俺だよ」
モーゼフに肘を入れられ、ビャルネは次に移った。その時のビャルネの少しばかり名残惜しそうな顔が面白かったもので、レイヤはモーゼフと顔を見合わせて笑い合う。
「しかし嬢ちゃんよく笑うようになったなぁ。あんたの笑顔が可愛いってどこかの吟遊詩人もどきの兄ちゃんが言ってたがな。俺もそう思うよ」
誰と言わんとしているかは容易に分かる。「エリアスね」と、答えつつモーゼフと腕組みながら回ると、彼は頷きつつ笑んだ。
「笑った顔が一番良い」
そう言って、ターンの前に頭をワシャワシャ撫でられ次の人へ……。
「やぁレイヤ、一周目なのに随分上手になったね」
言われてエリアスと気付き、レイヤはニコリと笑む。
「思ったより簡単だったら良かった」
「君って運動神経良いし、舞踏会のワルツも直ぐに上手に踊れそうかもね」
「武道会のわるつ?」
剣術でも競うのだろうか? と、踊りながら首を傾げると、彼は「舞踏会」とプルプルと震えながら笑った。しかし、そんなものは分からない。レイヤが小首を傾げたままでいれば「踊るの好きそうだし今度教えるよ」と、頬に口付けを落とされた。
そうしてターンして次の人へ……これを何度も繰り返し、三度エリアスと巡り合った後、レイヤとエリアスは踊りの輪から外れて昼食を取った。
それから吟遊詩人の演奏を聴きながらお茶を飲み、湖で涼みながら二人で歓談した。そうしてまた踊っての繰り返し……。そして、夜の時刻に差し掛かった頃、櫓に松明が投げられた。
レイヤは焚き火の熱さに頬を染め、燃えゆく櫓をエリアスと呆然と眺めていた。
昨日まであんなに立派だったのに、明日には全てが灰になる。それが妙に儚く思えてしまい、必然的に故郷を思い出してしまった。
──未だそこには永久凍土が広がっているらしいが、戦に勝ったコルトスの土地になってしまったらしい。降伏したことによって配下に置かれていないものの、同盟を結んだ上で監視下ではあるそうだ。外界の人間と関わりが皆無に等しいフリージアとはいえ、ソルヤナと共にあったので、ソルヤナ人と同じ括りになる。あの場面で誰も抵抗せずにいれば、誰も血を流さずこんな悲惨な結末を辿らなかったのだろうか。レイヤは思い耽るが、今となっても分からない。
今の今まで、散り散りになった友の事しか考えてもいなかったが、あの日永久凍土で散った老人や男達の事がふとレイヤのふと脳裏に過った。
あのまま野に放置されているのだろうか……。埋葬もされず、朽ち果てた後に骨として転がっているのだろうか。それはあんまりだ。考えると、鈍い痛みが胸を刺し、レイヤのアイスブルーの瞳から覚えたばかりの涙がほろりと溢れ落ちた。
それを直ぐに気付いたのだろう。隣に座したエリアスはレイヤの頬に伝った涙を指で拭う。
「どうしたの……?」
「少しね、故郷の事を思い出しちゃったの。儚いなって……呆気なかったなって」
もうかなり時間も経過するのに、それでも心の傷が癒えないと素直に告げれば、エリアスはレイヤの肩をそっと抱き寄せた。
「……爺さんも婆さんも私と歳も変わらない男もみんな、倒れたままなんだ。あんまりだなぁって、だからね」
──無理かもしれないけれど、いつになったっ良いから、故郷に行きたい。散った人達を大地に還してあげたい。と、思いを告げると、エリアスは深く頷いた。
「大丈夫だよレイヤ」
更にきつく抱き寄せられるが、レイヤは睫にくっついた水滴を払うようにぱちぱちと目をしばたたく。
「何が大丈夫なの……」
「しっかりと埋葬を済ませたと報告を貰ってるんだ。だからね、安心して欲しい。だけど、必ずいつか君の故郷に行こう」
優しく語りかけられるが、どうにも思考が追い付かなかった。神妙な面で彼を見つめると、エリアスは一つ息をついた後、穏やかに切り出した。
「……君を買った直後だよ。あの翌日手紙を送って、ソルヤナの国王に頼んだのさ。コルトスに許しを請い、永久凍土に踏み入って君達同胞をしっかりと埋葬させてもらった。永久凍土に最も近い領地やソルヤナ王都にも敬愛するフリージアの慰霊碑を建てたらしいんだ」
ソルヤナ側がそこまでしていたとは思いもしなかった。レイヤは驚嘆するものの──一つ不信感を覚えた。
……なぜ旅人のエリアスがソルヤナの王とやりとりが出来たのか。と。
王は、民の頂点に立つ高貴で尊き存在だ。知識が足りぬレイヤでも、そのくらいは理解出来る。なぜに王が……。しかし、彼の向ける双眸は真摯で嘘を言っているように思えない。
事実、彼が宿で手紙を書いている姿や、宿で手紙を受け取る姿は、今までに何度も見た事があった。その時は、字なんて分からなかったが、まさかあの手紙がそうなのだろうか。
「ありがとうエリアス。……でも、どうして王様が?」
「それは、いずれ言わせて欲しい。さっきも言ったけれど、僕も君の生まれ育った故郷の景色を見てみたい。踏み入れないのは……申し訳無いけれど、必ず見に行こう。約束するよ」
エリアスはレイヤの手を握り、固く誓ってくれた。
その後、他愛の無い会話や今後の話を幾らかした。
先を急ぐ旅でも無いが、行く手を阻む雪に覆われる前に、ここを去らねばならない。あとひと月ほど滞在し、七月の終わりにここを発とうと……。ノキアンの港に出て、そこからソルヤナ行きの船に乗ろうと。計画した。
行かねばならないのは分かるし、行きたいとは思う。しかし、少し向こう側にいるラウラとモーゼフの顔を見てしまうと、またも侘しい気持ちになってしまい、レイヤの瞳に涙が薄く水膜が張る。
「今生の別れなんて事にはならないだろうけど、僕も寂しく思う」
同じように、夫妻に視線を向けたエリアスが穏やかにそう言った。
……それから幾許か。黙ったまま二人は、赤々と燃える炎を眺めていた。
パチパチと燃える炎の音が心地良く、レイヤは穏やかな気持ちで当たりを見渡した。
同じように、焚き火を眺めている者もいれば、婦人達が幾人か集まって井戸端会議をしている姿もある。それから酔い潰れて眠っている者もいた。空が仄かに明るい事からそれを忘れるが、夜も深まり始めた頃合いだろうが。耳をすますと森の方からホゥホウと木菟の鳴き声が聞こえてくる。
「そういえばレイヤ……昨日の約束って覚えているかい?」
隣に座したエリアスに唐突に話題を振られて、レイヤは直ぐに彼に顔を向ける。
昨日の約束とは。あまりに穏やかな気持ちで直ぐに思い出せずいると、彼はレイヤの耳の唇を寄せた。
「昨日、僕の部屋でした続き。酔っ払いの戯れ言とでも思ってるかな?」
……覚えていないとは言わせないよ? と、ゾッとする程に甘やかに囁かれて、レイヤは目を瞠り一瞬にして紅潮する。
「お、覚えてるけど……」
おどおど言えば、彼はどこか艶っぽく微笑んだ。普段の優しい笑みとはまた違う。妙にドキリとしてしまい、慌てて視線を逸らす。すると、彼は〝逃がさない〟と言わんばかりにレイヤの手を握りしめて立つように促した。しかし、向かった先はなぜか夫妻の元だった。
「ラウラさん」
「あら、エリアス。どうしたの?」
「レイヤが眠くなったみたいだから、先に家に戻ります」
──全く眠くないが、何を言っているのだろう。
エリアスの虚言にレイヤは眉をひそめるが、ラウラの背後でモーゼフが目配せし、唇の前に人差し指を当てている。……黙ってなさい。と、意図を汲み取り、レイヤは訝しげに思いながらも黙っていた。
「私たちは朝に片付けが戻ったら戻るわ。二人とも、ゆっくりとおやすみなさい」
ラウラは怪しむ事も無く、レイヤとエリアスを招き、おやすみのキスを頬に落とす。そうして、二人は白夜の森を歩んで帰路についた。
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