【R18】氷雪のフリージア

日蔭 スミレ

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第三章 恋の病

3-5.愛するという事※

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 果たしていつまで泣いていたのか──その記憶は曖昧で、知らぬ間にレイヤは眠りに落ちていた。瞼は熱を持ったまま。腫れぼったいような重たさを感じつつ彼女は睫を持ち上げた。
 起き上がると、室内は薄暗い。マッチを擦って手燭にあかりを灯し、起き上がったレイヤはベッドの縁に腰掛けた。

 傍らのテーブルには木苺のジュースと一つサンドイッチが置かれており、その端には紙が置かれている。〝起きたら、おなかも減っているでしょう? ちゃんと食べなさいね〟と……。
 間違い無くラウラの字だ。確かに食べ物を見たら腹が減っている事を自覚する。レイヤは、食前の祈りをした後、サンドイッチを摘まんでジュースで流し込んだ。

 しかし、今更のように気付いたが、ラウラが着替えさせてくれたのだろうか……。

 カンサリスプクから夜着の生成り色の素朴なワンピースに変わっている。明日、会ったらしっかりとお礼を言おう。と、思いつつ、立ち上がって窓の外を眺めた。
 外は薄明るいが、窓の外はせいひつに包まれていた。周辺の家屋は殆どあかりが灯っていない。もう夜が深まる頃だろうか。誰一人歩いておらず、集落はどこか侘しげに映ってしまった。

 エリアスはもう帰ってきているのだろうか。眠ってしまっただろうか……。けれど、なるべく早く謝らなくてはいけない。直ぐに思い立ったレイヤは静かに部屋を出て、隣に当てられた彼の部屋の前にやってきた。
 しかし、何から切り出せば良いか……。謝罪の言葉も浮かんで来ない。それでも思ったままはっきりと言おう。決心したレイヤが扉を叩こうとした途端──ガタンと玄関の戸が開く音が響いた。

「母ちゃんも嬢ちゃんも眠ってるだろうから、静かにしねぇとなぁ」

「ええ、そうですね」

 酔っ払っているのだろうか。小声ではあるが、モーゼフの声はしゃっくりが混じっている。レイヤは息をひそめて、耳をそばだてた。

「じゃあな、兄ちゃん。また明日なぁ。おやすみ」

「ええ、モーゼフさんもおやすみなさい」

 それから間もなく、階段を上るエリアスの足音が聞こえてくる。しかし、どうにも規則的なものでなく、どこかふらついている。レイヤは眉を寄せて階段を見つめて間もなくだった。

「あれ、レイヤどうしたんだい?」

 部屋の前にいる事に気付いたのだろう。彼は、レイヤを見つけると首を傾げて歩み寄ってくる。しかし、やはり足元がおぼつかなかった。何事か──と、近付いた途端。酒気が鼻腔を擽り、レイヤは眉を寄せた。

「エリアス、お酒くさい……」

「うん。おじさんたちに前夜祭だって絡まれてね……少しばかり」

 匂いから察するに少しばかりという量でないだろう。レイヤは手燭を上げて、いぶかしげに彼を見上げるが、その面持ちは紅潮も蒼白もしておらず存外普段と変わらなかった。

「……何か僕に用でもあるのかな。こんなところに立っていないで、部屋においで」

 エリアスは部屋の扉を開き、レイヤを招き入れた。
 千鳥足だが、存外しっかりしているのだろう。彼は本当に普段と変わらなかった。レイヤはベッドの隣の設置されたテーブルに手燭を置く。彼は、ベッドの縁に座してレイヤを隣に座るように促した。

「それで、こんな夜更けにどうかしたの?」

 隣に座ると、彼は小首を傾げてレイヤを見下ろした。

 ──全くの無自覚というのか。昼間に、悲しそうな顔をさせてしまったのに。こんなにケロリとしているのは酒の所為だろうか? レイヤは呆然とエリアスを見つめた。

「……酔ってるの?」とけば、彼は苦笑いを溢した。

「少しね。でも、飲んでも変わらないもんでね。ちょっと足元がフラフラするだけで、翌日だって普通に記憶あるし……どうにも、あんまり酔えないんだよね」

 しれっとした調子で言われて、レイヤは何度も目をしばたたく。突っ撥ねられる事も覚悟していたというのに。少しばかり酒くさいだけで全く普段と変わらない。妙に緊張感が解れ、レイヤはエリアスに逃げた事を簡潔に詫びた。

「そんな事? 気にしてないよ」

 またもしれっとした口調でエリアスは言うが、腹が立つ程に綺麗な笑みを見せた。しかし、まじまじ見ていると、妙に気恥ずかしくなってくる。

 ──きっとこの笑顔が、腹が立つくらいに好きなのだろう。そう思ったレイヤはおずおずと彼を横目に続けて唇を開いた。

「……私、まだエリアスに話がある」

 ゆっくり垂れ落ちる蝋を見つめつつ、レイヤは静かに言う傍ら、彼は小首を傾げた。

「どうしたの?」

 優しくかれて、胸が酷く早鐘を打つ。けれど、言わなくてはならない。レイヤは膝の上で拳を握り、隣のエリアスに向き合った。

「……私もエリアスの事が好き。今更だけどちゃんと言おうと思って」

 震えた声でレイヤは吐露した。それと同時に、またもポロポロと熱い雫が頬に伝い落ちた。
 こんな顔は見せられない。レイヤは俯いて、震える唇で話を続けた。

「本当は、怖かった。自分じゃなくなるような気がして、自分の気持ちに気が付くのが怖かった。逃げたりしてごめんなさい」

 伝う涙も気にせず、レイヤはエリアスに真摯に告げる。ほんの少しだけ顔を上げると、直ぐに視線が交わった。彼は何も言わず、変わらず優しい笑みを浮かべていた。
 拒絶したのだ。今更、こんな自分を愛してくれるかなんて分からない。
「ごめんなさい」と何度も詫びるうち、ひくひくとしゃくりあげるような息になり苦しくなる。しかし──

「気にしないで。怒ってないなんかいないよ。ほら、僕によく顔を見せて」

 彼は自分の膝を叩き、やんわりとレイヤの腕を引いた。
 ここに座れという事だろうか……。レイヤは素直に従い、彼の膝に跨がった。しかしこうもひっついた距離感が恥ずかしい。俯き、モゴモゴと口を動かしていれば、彼はレイヤのおとがいを摘まみ上げた。
 彼の端正な顔立ちが近付いた──かと思うと距離は縮まり、唇と唇が触れ合った。しかし、それはほんの一瞬。甘やかな余韻を残して彼は唇を離し、レイヤの顔を覗き込む。
 前にもされた事があるが……何だと言うのか。レイヤは潤った目をしばたたき、首を傾げる。

「何があろうが僕は君が好きだよ」

 ──誰よりも愛している。と、甘やかに告げて、彼はレイヤの頬に伝う涙を無骨な指で掬う。

「……レイヤって泣いた顔も可愛いね」

 言われてレイヤはドッと紅潮した。

「ばか! 誰の所為だと……」

 プイと顔を背けて、頬を膨らませるが彼は頬に瞼に唇を落とす。

「はは。君の怒った顔も可愛いから好きだけど、レイヤは笑った時が一番好きだよ。小さい唇が得意気にニッって上がるの、本当に可愛い」

 しかし、こうも褒められるのは気恥ずかしい。何だか心の底が酷くムズ痒くなり、次第にレイヤの涙は引っ込んでいった。
 心を満たされていくのは温かい想いばかり。その想いこそ、彼が愛おしくて堪らない何よりも証拠と気付き──レイヤはエリアスの真似をして啄むように唇を奪った。

 その行為の意味は理解出来ないものの、初めて自分から触れた彼の唇はくるおしい程に愛おしく感じてしまった。もっとそうしたいと思う程。レイヤは直ぐに唇を離してジッと彼を見つめていると、ポッと彼の頬に朱が差した。

「……嬉しい、レイヤからキスされた」

 聞き覚えも無い言葉にレイヤは首を傾げる。はて。キスとは……。ジッとエリアスを見つめると、彼はクスクスと笑みを溢す。

「唇を付けたり重ねる事だよ。口付けともいうね。互いの愛を確かめ合う愛情表現だよ」

 唇に合わせ合うのは恋人や夫婦だけ──と、言われてレイヤは目を丸くした。
 何だか恥ずかしい事してしまった。しかし思えば、モーゼフとラウラも稀に早朝に台所で唇を合わせていたように思う。レイヤやエリアスに気付くと直ぐ止めるが。この行動にそんな意味があったとは。レイヤはあわあわと唇を動かした。

「どうしたの。照れているの? 僕はもっとしたいけど」

 エリアスは、レイヤの顔を間近から覗き込んで言う。その息が唇を擽って妙にこそばゆい。レイヤはプルプルと震えて少し顔を遠ざけると、またもおとがいを摘ままれた。

「あ……その……」

「嫌? もっとしよう?」

 有無を言えないまま、今度は彼から唇を奪われた。
 初めは触れる程度だったものの──やがて深みが増し、彼はレイヤの唇を食み始めた。

「レイヤ、口開けて?」

 エリアスに甘く囁かれ、素直にレイヤが薄く唇を開いたと同時だった。途端にヌメリを持った塊が自分の唇に滑り込んできたのだ。
 買われた初日にも同じ事をされたので、彼の舌だと容易に分かる。しかし、今では嫌悪を全く感じられず、舌を優しく吸われると背筋に甘美な刺激が這いずるだけだった。
 歯列を沿い、口蓋を舐られると脳裏にチカチカと星がまたたく。おぞましい程の甘い痺れに全身が戦慄き、頭の中で響く淫靡な水音に次第に腹の奥が甘く疼き始めた。

「……んぅ、ぁ」

 僅かに開いた隙間で息をすれば、自分でもびっくりする程に甘えた声が出た。レイヤが慌てて唇を離すが、彼は少しばかり名残惜しそうな顔をしていた。

「レイヤの舌、木苺の甘酸っぱい味がするね」

 可愛い。と耳元で吐息混じりに囁かれたと直後──今度は耳の間近に淫靡な水音が響き始める。途端に背筋が戦慄いた。

「はぅ……ぁ、っ……エリアス何して!」

 驚いて目をみはると直ぐ──彼の吐息に耳を犯され、ふにゃりと力が抜けてしまった。

「……ん。耳にキスしてるだけ。レイヤが可愛いから」

 ゾッとする程甘く囁かれて、レイヤはふるふると首を横に振るう。

「そんなとこ、舐めな……ぁん、うぅ!」

 しかし、またもねっとりと外耳に舐められ、あられもない声が出てしまった。
 真っ赤になったレイヤが彼の唇から逃れようと、ふるふると首を横に振ろうとするが……後頭部を押さえられてしまったので動かす事が出来ない。

「あんっ……ぁあぅ、や、だめ……えりあす」

 段々と呂律も回らなくなり、妙に腹の奥がジンと熱くなる。しかし、同時にレイヤはある事に気付いてしまった。
 自分の股が当たる部分──彼の身体の一部が次第に固くなってきたのだ。確かこんな感触が前にもあったが……。

「あぅっ……んぁ。あっ……何か、私の股のところに……硬いの……」

 当たっていると言うや否や、彼はようやく耳をねぶるのを止めて、非常にばつが悪そうな顔でレイヤを見下ろす。

「……バレちゃったか」

「これ、その……前も、野宿の時に太股に硬いの、エリアス……ここ、擦ってたよ、ね?」

 私にキスした後に。と言うなり、彼は破裂しそうな程に顔を赤くして、滑稽な程即座に詫びた。

「あの時、やっぱり起きてたんだ……。ごめんね、見苦しいことして、気持ち悪かったね」

 かれて、レイヤは首を横に振る。ただ恥ずかしい事をしていたと想像出来たが、具体的に何をしていたかは分からなかったのだ。

「……これ、僕が興奮している証拠だよ。男って興奮すると、ここが大きくなるってレイヤは知ってるかな?」

 かれてレイヤは首を傾げる。しかし、一つだけ心当たりがある。雄の馴鹿トナカイのペニスが交尾の時に形が変わる事だけは知っている。おずおずとそれを言うと、エリアスは「そうだね」と優しく肯定した。

「つまりね……レイヤを抱きたくてこうなってるんだよ。女の子はそれを受け入れやすいようにおなかの奥が熱くなって潤ってくるよ」

 その存在を教えるかのように、彼は腰を突き上げてレイヤの股に強く押し当てた。すると腹の奥を燻っていた熱が弾け、更に火をつけたように暑さが増す。ひたひたと、奥から何かが滴りはじめた感触を覚えて、レイヤは目をみはる。

「……もしかして、もう濡れちゃったかな」

 かれるが分からない。レイヤは首を振ったと同時、彼が腰を突き上げた所為で鮮烈な刺激が加わりレイヤは、背をガタガタと戦慄かせた。
 股の少し前の方──何か引っかかる部分に彼の屹立が擦れるのだ。

「──んぁ、ぁあっ!」

 酷く甘えた声が出てしまった。いたたまれない程に顔を赤く染めたレイヤは口を押さえて、エリアスを睨む。

「そんなに可愛い声を出したらダメだよ。我慢出来なくなって、寝てる君を見て自慰しちゃうくらいだから、僕はそこまで人間が出来てないよ? 歯止めが利かなくなっちゃうよ?」

 そう言おうが、エリアスは離す気配が無い。硬くなった屹立を尚も擦り付け、まるで本当に交接を行うように揺さぶった。

「あ……んぁう、ぁ、えりあす、やだこれ……」

 変だと、何だかふわふわして気持ち良いと──舌っ足らずに伝えれば、彼に唇を奪われた。角度を変えて何度も貪られると、次第に頭がぼんやりしてきた。妙な感覚だ。次第に勝手に腰が揺れてしまい、彼はそれに合わせて腰を突き動かす。
 唇を貪り合っていると次第に息が苦しくなり、レイヤは彼の唇から逃げるように喘ぐ。

「ひゃ──んぁ、ああ!」

「……あぁ、僕の戦姫フレイヤは可愛いね。本当は最後までしたいけど、今日はお酒入っている所為で物凄くネチっこくしそうだし……こういうの素面しらふでしたいからね。もっと、気持ち良い続きはお預けでも我慢出来るかな?」

 宥めるように言われて、唇や額にキスの雨を落とした彼は優しく笑む。レイヤは少し名残惜しそうにしながらも、頷いた。

「そう。じゃあ、明日の夜、この続きをしようね?」

 ……ゾッとする程甘やかに言って、エリアスは優しく笑んだ。
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