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第二章 白き夏の始まり
2-4.心を蝕む異変
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明朝、レイヤが目を覚ますが──なかなか起き上がれなかった。
喉はイガイガと痛みを感じ、昨晩のまま全身のほてりは続いている。どうにも気怠いが、いい加減に起きるべきだろう。レイヤはむくりと起き上がるが、そこにはエリアスの姿が無い。
のそのそと天幕から出てきて、ようやくそこに彼の姿があった。しかし、彼の顔を見た途端に昨晩の事が頭を駆け巡る。
「おはようレイヤ」
既に竈の上には鍋がコトコトと鳴っていた。その隣には昨晩無かった竈がもう一つ出来ており、その上で魚がじゅうじゅうと焼かれている。
「起きた……」
「ん、おはよう。湖で顔でも洗っておいで、もうすぐ食事に出来るからね」
「分かった」
レイヤは気怠い身体を引き摺って湖へと向かう。
普通に歩けるが、やはりどうにも今日は身体が怠いが……気のせいだろう。レイヤは気分を入れ替えようとふるふると首を横に振った後、辺りを眺めた。
木々の合間から覗く空は今日も快晴だ。小鳥達の囀りが響いており、まさに朝の情景と言わんばかりに爽やかだ。それに、朝の低い陽光が差し込んだ水面はキラキラと光っており、昨日見た日没とはまた違う美しさがある。
湖で顔を洗い終えたレイヤはフラフラとした足取りでエリアスの元へと向かう。着くなり彼は「出来たよ」と嬉しそうにレイヤを迎えた。
「湖でマスが釣れたんだ。さぁ食べよう?」
近くの丸太に腰掛けるなり、エリアスは焼き魚を差し出した。それを受け取って、レイヤは未だどこか寝ぼけた顔で呆然とそれに齧り付く。
「どう? 美味しいかい?」
魚を食べたのはこの日が生まれて初めてだった。
──しかし、それはモソモソとするだけで味は微塵も感じられなかった。
「変なの、何も味がしない……」
率直に答えるが、飲み込もうとするなら、ヒリヒリと喉が痛んだ。
この違和は何だろう。不快だが別に耐えられない程でない。レイヤはもう一度マスを囓った。
「おかしいな、塩はかけたけど……確かに肉よりも味は淡白だろうけど……」
エリアスは眉をひそめて、マスを睨む。
苦手だったら無理に食べなくても良い。と言われて、レイヤは直ぐに首を横に振った。
「大丈夫、食べるよ。魚にだって命があるもの……」
大地の恵みは粗末にしてはならない。それを食べ物には深く感謝をしなくてはいけない。何せ、命を奪って食すのだから。これはフリージアの習わしだ。
しかし、マスを一匹平らげた時にはもう満足だった。食後のデザートに、彼が近辺で摘んで来た木苺を勧められたが、それもレイヤは食べる事が出来なかった。
──あれは甘酸っぱい美味しいもの。蜂蜜がたっぷりと入ったカモミールミルクや焼き菓子に並んでレイヤが最近好きになった食べ物だった。
大好きな筈なのに。しかし、今日は身体の怠さや喉の痛みが気になってしまい、どうにも食べる気になれなかった。
それから幾許か。天幕を畳み、火を消して二人は早々に出発した。
夏の近付く針葉樹林は緑が濃い。強い命の煌めきを感じが、今日のレイヤは不調の所為で景色を見る余裕も無かった。
……恐らくこの不調は、全て昨晩の彼の所為だろうとレイヤは思った。しかし、文句なんて言えたもんでは無い。やはり、真っ正面から同じ事を言われる事が、どうにも怖いと思えてしまったのだ。この不調を伝えるのも同様だ。昨日の軽い火傷が良い例だが、どうにも彼は過保護と窺える節があった。余計な心配をかけて原因を探られたら堪ったものではない。レイヤは彼の背中を眺めつつ唇を噛んだ。
それから休憩を幾度か挟んで随分と歩き続けたが、空が落陽に色付いても森の景色は一向に変わらなかった。彼は方位磁石を見ながら時折レイヤを振り返っていた。
「疲れたかな。あともう少しだけ頑張れるかい? 地図によると、また湖があると思うよ」
彼が朗らかに言うが、レイヤは返事する気も起きなかった。
飲み食いせずとも喉が焼けるように痛いのだ。足が石のように重たくて、とうとうレイヤは立ち竦む。
前を歩みエリアスは直ぐに、動かぬレイヤに気が付いて、慌てて踵を返してきた。
「どうしたのレイヤ、大丈夫かい」
訊かれて頷くが、酷く目の前が霞んでいた。思ったように自分の身体が動かぬ事に腹が立ちレイヤは唇を拉げた。
(……私がこんなにおかしいのはエリアスの所為だって、言ってやりたい)
罵声を吐きたかった。だが、声を出そうにも喉は焼けるような痛みが走る。
「さぁ、行こう」
手を差し出されたが、そんな気遣いに苛立ちを覚えた。腹を立てたレイヤは、自力で立ち上がろうとした時だった──グラリと視界が揺れて、天と地が逆転した。
視界は暗転し、身体は立つ事をとうとう拒んだのだ。
やがて意識は、真冬の極夜の如く闇一色に染まる。遠くで、エリアスが名前を呼んでいる気がした。だが、レイヤは何も答える事も出来ず、そのまま意識を手放した。
喉はイガイガと痛みを感じ、昨晩のまま全身のほてりは続いている。どうにも気怠いが、いい加減に起きるべきだろう。レイヤはむくりと起き上がるが、そこにはエリアスの姿が無い。
のそのそと天幕から出てきて、ようやくそこに彼の姿があった。しかし、彼の顔を見た途端に昨晩の事が頭を駆け巡る。
「おはようレイヤ」
既に竈の上には鍋がコトコトと鳴っていた。その隣には昨晩無かった竈がもう一つ出来ており、その上で魚がじゅうじゅうと焼かれている。
「起きた……」
「ん、おはよう。湖で顔でも洗っておいで、もうすぐ食事に出来るからね」
「分かった」
レイヤは気怠い身体を引き摺って湖へと向かう。
普通に歩けるが、やはりどうにも今日は身体が怠いが……気のせいだろう。レイヤは気分を入れ替えようとふるふると首を横に振った後、辺りを眺めた。
木々の合間から覗く空は今日も快晴だ。小鳥達の囀りが響いており、まさに朝の情景と言わんばかりに爽やかだ。それに、朝の低い陽光が差し込んだ水面はキラキラと光っており、昨日見た日没とはまた違う美しさがある。
湖で顔を洗い終えたレイヤはフラフラとした足取りでエリアスの元へと向かう。着くなり彼は「出来たよ」と嬉しそうにレイヤを迎えた。
「湖でマスが釣れたんだ。さぁ食べよう?」
近くの丸太に腰掛けるなり、エリアスは焼き魚を差し出した。それを受け取って、レイヤは未だどこか寝ぼけた顔で呆然とそれに齧り付く。
「どう? 美味しいかい?」
魚を食べたのはこの日が生まれて初めてだった。
──しかし、それはモソモソとするだけで味は微塵も感じられなかった。
「変なの、何も味がしない……」
率直に答えるが、飲み込もうとするなら、ヒリヒリと喉が痛んだ。
この違和は何だろう。不快だが別に耐えられない程でない。レイヤはもう一度マスを囓った。
「おかしいな、塩はかけたけど……確かに肉よりも味は淡白だろうけど……」
エリアスは眉をひそめて、マスを睨む。
苦手だったら無理に食べなくても良い。と言われて、レイヤは直ぐに首を横に振った。
「大丈夫、食べるよ。魚にだって命があるもの……」
大地の恵みは粗末にしてはならない。それを食べ物には深く感謝をしなくてはいけない。何せ、命を奪って食すのだから。これはフリージアの習わしだ。
しかし、マスを一匹平らげた時にはもう満足だった。食後のデザートに、彼が近辺で摘んで来た木苺を勧められたが、それもレイヤは食べる事が出来なかった。
──あれは甘酸っぱい美味しいもの。蜂蜜がたっぷりと入ったカモミールミルクや焼き菓子に並んでレイヤが最近好きになった食べ物だった。
大好きな筈なのに。しかし、今日は身体の怠さや喉の痛みが気になってしまい、どうにも食べる気になれなかった。
それから幾許か。天幕を畳み、火を消して二人は早々に出発した。
夏の近付く針葉樹林は緑が濃い。強い命の煌めきを感じが、今日のレイヤは不調の所為で景色を見る余裕も無かった。
……恐らくこの不調は、全て昨晩の彼の所為だろうとレイヤは思った。しかし、文句なんて言えたもんでは無い。やはり、真っ正面から同じ事を言われる事が、どうにも怖いと思えてしまったのだ。この不調を伝えるのも同様だ。昨日の軽い火傷が良い例だが、どうにも彼は過保護と窺える節があった。余計な心配をかけて原因を探られたら堪ったものではない。レイヤは彼の背中を眺めつつ唇を噛んだ。
それから休憩を幾度か挟んで随分と歩き続けたが、空が落陽に色付いても森の景色は一向に変わらなかった。彼は方位磁石を見ながら時折レイヤを振り返っていた。
「疲れたかな。あともう少しだけ頑張れるかい? 地図によると、また湖があると思うよ」
彼が朗らかに言うが、レイヤは返事する気も起きなかった。
飲み食いせずとも喉が焼けるように痛いのだ。足が石のように重たくて、とうとうレイヤは立ち竦む。
前を歩みエリアスは直ぐに、動かぬレイヤに気が付いて、慌てて踵を返してきた。
「どうしたのレイヤ、大丈夫かい」
訊かれて頷くが、酷く目の前が霞んでいた。思ったように自分の身体が動かぬ事に腹が立ちレイヤは唇を拉げた。
(……私がこんなにおかしいのはエリアスの所為だって、言ってやりたい)
罵声を吐きたかった。だが、声を出そうにも喉は焼けるような痛みが走る。
「さぁ、行こう」
手を差し出されたが、そんな気遣いに苛立ちを覚えた。腹を立てたレイヤは、自力で立ち上がろうとした時だった──グラリと視界が揺れて、天と地が逆転した。
視界は暗転し、身体は立つ事をとうとう拒んだのだ。
やがて意識は、真冬の極夜の如く闇一色に染まる。遠くで、エリアスが名前を呼んでいる気がした。だが、レイヤは何も答える事も出来ず、そのまま意識を手放した。
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