苺月の受難

日蔭 スミレ

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Study16.災難の結末

16-1

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 妖精や精霊──魔性の存在の最も毛嫌うものは塩だそうだ。確かに一般的に考えてみても塩は浄化作用が強いとよく聞くだろう。
 それはどうやら店主の出身地である南の大陸でも共通らしい。
 言い方は違うが同じ存在だ。つまりは、妖精や精霊にも効くとは分かる。

「気休めのお守り程度かも知れないけどこれを持って行って」

 そう言って、店主はストロベリーに麻の小袋を手渡した。そこにたんまりと入った白い結晶が入っている。ほんのりと香草の良い匂いがするもので、乾燥した植物らしきものが粉砕されて混ざっていた。

「邪気払いに効く香草特別ブレンド。効くとは思うよ。それより解呪の件は力になれなくてごめんね」

 少しばかり申し訳なさそうに彼が言うものだからストロベリーは直ぐに首を横に振った。

「いいえ……閉店中にも関わらずありがとうございます。お代を……」

 ストロベリーはバスケットの中から財布を取り出そうとすると、店主は拒むように手を伸ばし首を横に振った。

「いいよ別にこのくらい。占いの一年保証のアフターサービスって事にしよう?」

「でも僕ら石油王にお茶まで頂いて……」

 ラケルも直ぐに店主に言うが、彼は神妙そうな面持ちに変えて首を傾げた。

「ん、石油王?」

「……あ、すみません!」

 すかさず、ストロベリーは詫びると彼は蒼天の瞳を丸く見開いて不思議そうにラケルとストロベリーを交互に見る。

「……王都近郊の街の女の子達が勝手につけた貴方のあだ名なんです。名前は誰も知らないので。その、いかにも原油輸出の盛んな国の出身って見た目でお金を持ってそう……って理由で」

 少し恐縮しながらも包み隠さずストロベリーは事実を述べる。

 怒るだろうか……不快そうな顔をするだろうか。そんな風に思ったのも束の間。彼は穏やかに下降した蒼天の瞳を細めて、ククと押し殺したような笑いを溢した。

「あーそうだったんだ。確かに俺の出身は割と原油輸出が盛んな国だしそこは当たってるね。でも石油王じゃないし、ただの織物製品や雑貨の売人なんだけどね」

 ──金持ちかどうかは不明だけど。なんて、言い添えて、彼は二人に優しい笑みで見つめた。

「ついでに名前はアゼリャっていうの。アゼリャ・ラビーウ・アシュラフそれが本名」

 未だ笑いを含ませながら彼は自らを名乗った。
 しかし、全く聞き馴染み言葉の羅列はまるで呪文のよう。当然の如く一度聞いて覚えられる筈もない。ましてや発音も難しいもので、ストロベリーとラケルは目を点にして復唱するが彼は『名前だけでいいよ』なんて優しい笑みを向けて言った。

「それじゃあアゼリャさん」と、ストロベリーが直ぐさま言い正す。すると、アゼリャは蒼天の瞳を優しく細めて笑んだ。

「うん、呼び方はそれでいいよ。石油王も面白いし気に入ったけど」

「本当にわざわざ、ありがとうございます」

 今一度礼を述べるとアゼリャはゆったりした所作でお茶を飲みながら、首をユルユルと横に振るう。

「いいよいいよ。そういえばストロベリーちゃんだっけ? 君、最高の恋愛運には見事に恵まれたみたいだね」

 コトリとグラスを置いて。ジッとラケルの方を見つめながらアゼリャは言う。

「……え?」

 一方言われたラケルと言うと、目を点にしてストロベリーの方を見つめた。

 ……しかし、その件においては一度もラケルには言った事が無かった。だが、これは確かに当たってしまっただろう。確かに運命的な出会いで、気付けば好きになってしまったのだから。
 何だか無性に恥ずかしくなってしまい、ストロベリーは直ぐにそっぽ向き『別に何でも無いから』とラケルを突っ撥ねた。一方、そのやりとりを真正面から見ていたアゼリャはテーブルに頬杖をついてニコニコと機嫌良さそうに微笑んでいた。

「あ~羨ましいね妬ましいね。若い子っていいねぇ。控えめに言って原油ぶっかけて着火したいくらいに羨ましいね」

 ──そう思わない? なんて、テーブルの上でお行儀良く座っているオブに問いかけて、アゼリャは大袈裟な程の溜息を吐き出した。

『例えるなら俺は猟銃で打ち抜きたいくらいだけど……流石にその手段はえげつねぇだろ。爆発するだろ』

 ──いいんだよリア充なんぞ爆破で。あー羨ましいねぇ……なんてボソボソと呟いて、アゼリャは口をへの字に曲げた。

「待って、待って! 未だそんな関係でもない! というのか話題が物凄く物騒!」

 オブとアゼリャのやりとりは小耳にはしっかりと届いていた。椅子から立ち上がってストロベリーは前のめりになって言うが『未だ』と二人は顔を合わせて復唱するだけだった。



 それからほとぼりが冷めた後、ストロベリーとラケルとオブはまじない屋リンデンを後にした。別れ際、今一度しっかりとお礼を言って。スカートの裾を摘まんで礼をするとアゼリャは『何かの縁だし、またいつでもオブ君も連れて遊びにおいで』なんて気さくに手を振ってくれた。

「ねぇ、苺ちゃん。最後の何なの……最強の恋愛運って」

 この期に及んで未だ聞くのか。流れからだいたい分かってはいるだろうに。しかし、詳しい詳細を知らないと気になってしまうのだろうか……少し後ろを歩むラケルが聞いてくるものだから、ストロベリーは振り向いてラケルの額を指で弾く。

「だいたい分かってる癖に聞くのは野暮でしょ。乙女に恥をかかせないで」

 頬を膨らませてプイと視線を背けて。ストロベリーはスタスタと宿屋に向かって再び歩み始めた。

「ちょっと待ってよ苺ちゃん!」

 その後をラケルは直ぐに追いかけた。
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